6.間隙
◎
糸鳥ちゃんと近場のスーパーに向かう。制服姿で、しかも家から来たという状況。
「かなり怪しいカップルに見えそうだ」
「怪しいって何ですか、普通にカップルでいいでしょう」
「いや、兄妹で通るかな」
「私のこと嫌いなんですか!?」
箍が外れたように積極的アプローチを仕掛けてくる後輩。
ドMの気がある俺としては、ドSの糸鳥ちゃんとは相性が悪くないと言える。しかし、怪しいのだ。素性も性格も信用ならん。
「今日の晩御飯は何する予定で?」
「決めてない。というかそんなに作れる訳じゃないから期待されても困る」
「魔女の方々にはドッグフードで良いとしても、私達はどうしましょうかねえ」
「……………………怖い、怪異より怖い」
「冗談ですよ、嫌いにならないでっ!」
と、糸鳥ちゃんはここぞとばかりに俺の腕を取った。これじゃあデートしているみたいじゃないか。誰かに見られても言い訳ができない。
籠を掴む際に引き剥がし、店内には拳一つ分の距離で入る。
七時前ということで人はやや少ないが意外と活気づいている。この時間帯に出掛けることは少ないのでテンションが少し高まった。
「糸鳥ちゃんは嫌いな野菜とかある?」
「あー、そうですね…………茄子、トマトは無理です。周りが固いくせに中身がドロドロなのがキモいですから」
「じゃあ、茄子とトマトを買おうかな」
「ちょっと! 先輩ドS過ぎでしょ!」
「旬だから」
「それなら胡瓜とかでいいじゃないですか!」
「胡瓜は食物繊維だけで栄養は皆無な野菜だから後回し。まあ、罪悪感もなくはないからパイナップルでも買うか」
「別にパイナップルでウィンウィンにはなりませんから」
とっとと籠に入れてスーパーを練り歩く。正直栄養のことは考えていない。同じものを食べ続けないようにはしているが。
「そういえばパンとかありませんでしたね」
「元々食ってないからな」
「へー」
「特定何とか商品ってあるじゃん? そういうのは控えるんだよ」
「意味わからないです」
「家庭科の授業でやってるだろ、落花生とか小麦とかイカとかはアレルギーになりやすいって」
「あー」
詰まらなそうに伸びをするとふらっと角を曲がって姿を消した。
あらかたを籠に入れてレジに並ぶ。
間もなく会計を終え、出口を抜けるタイミングで糸鳥ちゃんは合流した。人混みが多いのは嫌いなのか。
道を逆行しながら何となく尋ねる。
「糸鳥ちゃん、君は今回の作戦に協力するつもりはないんだよな」
「…………どうでしょうね?」
「それならそれでいいんだ、別に邪魔をするつもりはないんだろうから。知恵を貸してくれるのは何らかのメリットがあるから、と勝手に考えているよ」
「それを私に言って何かあるんですか?」
「いやあ、宣言した方が都合が良いと思って」
流石に怪しむような目を浮かべる糸鳥ちゃん。
その実、俺には何の意図もない。あたかも"監視している"かのような言い方をしてみただけ。バレてもいいからと好きなだけ言ってかませたのだ。
自宅に戻るとすぐに調理を始める。
糸鳥ちゃんは今まで一度もキッチンに立ったことがないらしく、不器用以前にお陀仏だった。炎天の魔女こと天衣ちゃんは一人暮らしらしく、自炊には慣れているようで見事の料理の腕を見せる。
四人でテーブルにつき挨拶。
「頂きます…………いや、皆言えよ。円ちゃんもさあ、これ言うの何回目だ?」
天衣、円、糸鳥共々手を合わせさせてから食事を開始する。親になった気分だった。
しかし、こうして大人数で食べるのも懐かしい。桔梗さんがいなくなって以来水連ちゃんともあまり一緒にしていなかった。
「人肌恋しいって奴かな…………」
「意外と寂しがりやなんですねえ、先輩って」
弱味でも握ったつもりかしきりに糸鳥ちゃんがにやつきながら言ってくる。
勿論、違う。正解は失恋。今では整理がついたが、つい最近まで思い出してしまったら涙を流していたくらいた。
無意識にそういう対象を求める――、ということもあったが、やはり上手くいかないものだ。代わりなんている訳がない。
「ただの恋煩いだよ」
「好きな人いるんですかっ!?」
意地悪なオーラは無限の彼方に弾き飛ばして、食い気味に乗り出してきた。肩を押してテーブルに乗った足を元に戻させる。
声色とは裏腹に心配そうな表情だ。
それなりに誠意を見せて説明する。
「ごほん、じゃなくて――」んっん――、とちゃんと咳払いしてから言う。「好きな人がいる訳じゃないよ」
「そ、そうですか。特定な人はいないと」
「でも好きになっても良い人はたくさんいるんだよ」
「は?」
「この感性は理解されないかもしれないけどさ、俺って好きになろうと思えば誰でも可愛く、もしくは格好良く見える人間なんだよ」
「は?」
「んー? ちゃんと説明したぞー」
人間の顔を見てみたらそこまで劣悪な造形をしている者は少なかったりする。表情や性格も好き嫌いの要因だが、見た目に関しては俺は多分誰でも良いと思えるのだ。
「まあ、可愛いに越したことはないんだがな」
「そりゃ面食いだとは思ってますけど」
「…………思ってないでよ」
「はあ、変わった価値観ですね」
「決めてしまえば多分好きになっちゃうんだよな、好きになれちゃうんだよな」
「他人でも?」
「誰かのために、というか可愛い女の子に尽くすってのは男の子からしたら結構命懸けられる類いの話なんだぜ」
「絶対条件は可愛いですか」
「実際付き合うとかなったらそれだけじゃ済まないが、好きになるだけなら射程距離は無限だ。ノートリアスビッグだ」
俺は潔癖症なので不清潔な人とは接触したくない。ご飯を食べ終わった後、水にしっかりお皿を浸けてないとイライラしてしまう。
自分のテリトリーが侵されるのも堪えられない。可愛い女の子なら許せるが、限度もある。最悪他人がいなくても生きていけるのだ。
「隣に居て欲しいって思う、ってのは本当に人生に一回あるかないかだろうしな」
自分を犠牲にできるほど人を愛す体験なんて今度ないだろう。もう既に通り過ぎたのだから、もう流石に。
箸を茶碗の上に置いて、再び手を合わせる。
「ご馳走さまでした。君らも言うんだぞ」
「はーい、ごちそうさまでしたー」
「ご馳走さまでした」
「うぃーすっ」
糸鳥ちゃんは何だかんだで、天衣ちゃんは素直に、円ちゃんはまだまだだね。
四人分の皿洗いをやっている間に女子は風呂に入ったりと好きにしている。俺が圧倒的に不憫過ぎて悲しくなってきた。
本当に優秀だったんだな居候一号。
三人まとめて風呂場に向かっていたから、湯気の向こう側がどうなっているのか気になりつつ自室に戻った。
「一応、訊いておくか…………」
電話帳を開きとある携帯番号を入力すると待機音が続く。たっぷり一〇回ほど鳴ったところで回線か繋がった。
途端、スピーカーから怪しい気配が立ち上る。
『やあ、久し振りだね結城海斗君』
「…………ですね、真倉黒也さん」
俺が連絡を取ったのは裏世界で情報屋をしている男。最近はご無沙汰だったが相変わらずの邪悪さである。
『今回は何だい? どうせ変な頼みごとだろうけど』
「変じゃないですよ。タイムリーな話題ですって」
『というと?』
「魔女殺しの魔女って知ってますよね?」
『ああ、魔女なのにウィザードっていうよくわからない通り名の奴のことか。なるほど、大体事情は飲み込めた。つまりは奴の動きを知りたいとな、理由はどうせ七人の魔女の誰かを保護しているといったところかな』
「どこから見てるんですか…………」
わかりやすいな、と肩を揺らしているのが見えるようだ。ストーカー並みの情報網も相変わらずである。
知っているなら話は早いが、真倉さんの言い方に違和感。よく知っている人かのような言い回しだった。
「魔女殺しは七人の魔女を倒そうとしているらしいんですが、どうしてか知りたいんですよ。魔神に執着していることくらいしかわからないので」
言った後、聞こえたのは彼の微笑みだった。何を面白いと思ったのか耳を傾けていると。
『はは、丁度それを調べ終わったところなんだよ。別の人物からもまったく同じ依頼を受けたからね』
「俺、以外に?」
『ああ、誰かは秘密だが魔神との関係を調べて欲しいって。だから今すぐ教えることができる』
「…………報酬ですか?」
『ああ、わかってるね』
彼に頼るのも何度目か、その都度しっかり請求された。お金を払ったパターンは少ないが。
素数連合に参加したりと結構大変なこともあるのが難点。
安全なものが来るように、と祈りながら聞き入る。
『そうだね…………俺の敵と戦って欲しい』
「ええ、また?」
飛び出したのは、祈りが通じてなさそうな言葉である。
いや、期待してなかったけどさ。にしても直接的に言われたのは初めてかもしれない、いつもは仄めかすにも程があった。
今回に関してはいつもと違うのかもしれない。
「敵って誰ですか? 魔女殺しな訳ないですよね」
『うん、今は詳しく説明しないが――"錦島玲瓏"という人だよ』
「錦島玲瓏…………敵が多い人だとは思ってますけど、それで効率が悪くなったらどうするんですか…………」
『これに関しては濡れ衣だよ。だが振り払うのは難しいんだ』
俺は意外だと思った。
自分の興味以外は何でも切り捨てる人だと思っていたからだ。俺だって実際間接的に殺されたこともある。
人の気を遣うような言い方――。
俺と戦わせようとしているのだからその表現は間違っているのだろうけど、漠然とそう思う。
「…………殺してとかじゃなくて良かったです。戦って撃退するだけならいいですよ、引き受けます」
『それなら良かった。君は嘘を吐かないから、言葉の上でも信用できる』
「本当に信じているか怪しい感じですけどね。信じるってことは裏切られてもいいってことですから」
『君はそんなことを思っているのかい? 俺と君の仲じゃないか。深い付き合いだろ』
「まあ、深さだけならざっと死海くらいはありそうですけど」
『――教えよう、魔女殺しの魔女の正体と魔神との関係を。これから何をしようとしているかもね』
◎
サキは魔神の栄光をなぞろうとしていた。
また、魔神がいないから七人の魔女を倒そうとも言っていた。
理由はわからないが、自分が魔神と匹敵すると周りに示したかったと考えるのが自然だ。
では、その理由は何か――。
『魔女殺しの魔女――彼女の本名は東葉渚。魔神によって破壊された組織に所属していた。彼女の目的は一つ、己が第二の魔神となって裏世界を支配しようと考えている』
「支配、すか…………」
『馬鹿らしいと思うかい? まぁ、実現は不可能だろう。そして、支配とは言っても支配したいのは世界というよりも個人らしい』
「復讐ってことですか。それこそ馬鹿らしいですよ」
『東葉渚が活動を始めたのは知り合いが殺されたから。その名前は棗棘。そして復讐相手は"皇帝"と呼ばれる男だ』
東葉渚――。
棗棘――。
皇帝と呼ばれる人物――。
『皇帝はそればもう随分と傲岸不遜極まれり。自分が最強なんて言っている奴を見れば屈服させようとするというイカれた野郎だ。だが、唯一勝てなかったのが魔神だった』
「ったく、ここでも魔神か…………」
『君の幼馴染は本当に何をやっていたんだろうね』
「そりゃ、最強になりたかったんでしょう? 残念なことに」
皇帝と呼ばれるに相応しい人格の持ち主の男が棗棘と呼ばれる人間を殺し、復讐として魔女殺しの魔女こと東葉渚が裏世界最強の名を得るために魔女達を殺戮しようとした。
新しい最強になればその名が全土に響き渡り、皇帝が接触してくる可能性が増えるという寸法。
皇帝も皇帝で相当の異能使い、という訳だ。
「皇帝か。皇帝なんて聞くとたわけ! とか言うのだろうか…………」
『言うね』
「言うんかい。それはともかく棗棘ってのは岩井塾生徒ですよね、名前からして」
縦と横に並べただけだから。
案の定真倉さんはうん、と言った。
俺レベルの被害者ともなると岩井塾生はトラブルを起こすのが好きなのかと思ってしまう。糸鳥ちゃん、朧君、水連ちゃんの事件は危なかった。
「でも、そういうことか…………皇帝さえ見つかれば解決するんですね」
『そうだね、だけど、正攻法ではできないから魔女殺しもああいう手段を取ったんだよ』
正攻法では無理と言う。
サーチ系の魔法を無効されるとかだろうか。それとも出現条件があったりか。
『要は、裏世界にあまりいないんだ。ほとんど現実世界で過ごすんだよ』
「…………まぁ、あっちには異能はありませんから安全っちゃ安全ですよね」
現実なら目の前のことに警戒すればいいだけだ。スナイパーを雇われない限りは遠距離攻撃されることもない。新宿の掲示板に後がない、って書かない限りはそんな心配も必要ないだろう。
皇帝は表と裏を行き来し、ちょくちょく情報を得ながら、表で生活しているのだろう。
「最強を名乗る割に引きこもりしてるんですね……」
『ビビりなのさ、魔神のことがあってから。噂では東京都が海に沈んだと言われているよ』
「沈むって何ですか……埋め立てるの逆のこと?」
それから幾らかの情報がもたらされ、皇帝のことだけでなく、魔女達の行方さえ大体の当たりがついた。
打てば響くとでも言えばいいのか、訊いてないことまで話してくる。いつもならそんなことないのに――、そう思った時に俺は気づいた。
貸しを滅茶増やそうとしてるがな。
錦島玲瓏との対決が依頼と言っていたが、相当の野郎なのか。真倉さんが警戒してらしくないことをするくらいだ、岩井塾系のトラブルと並ぶかもしれない。
『…………結城君』
改まった口調で真倉さんは言う。
『この頃、いや、これからもだろうが、裏世界は不安定だ。氷河結晶、魔女、皇帝――大規模な異能騒動が続いてきた。現実への影響率も高まっている。もしかしたら……そろそろこの世界も終わるかもしれない』
「も……?」
『まぁ、君は目の前のことを頑張ればいいさ。じゃあまた』
言いたいことを言うと真倉さんは勝手に電話を切った。
この世界も――って、いつも意味深なことを言う。そうやって俺の気を引こうとしているのなら、まさに成功してしまっているのだが。
「タスクがどんどん増えてるな。早く解決しとかないと……」
やることに負われているとストレスが溜まっていく性だから、結構焦り始めている。この件に時間がかかるであろうことを考えれば、胃に穴が二つほどデニる気がしてならない。
魔女集めも大変だ。情報により時短もできるが、サキとの戦闘も自然と訪れる。気が重くなった。
「まあ、しれっと頑張るか…………次は"浄土の魔女"だ」




