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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
六章 魔女大戦
77/89

2.狂喜の魔女

 

 ◎


 その場で何もしない――というのに耐えられず歩きながら情報を交換していた。彼女の松明のおかげで暗闇による精神異常は回避される。


「サキ、君は今から三時間前にこうループ空間に来たんだな?」

「そうよ。一時間真っ直ぐ歩いて、それから二時間引き返した」


 俺よりも一時間先に地下に入っていた。

 彼女は一時間真っ直ぐに歩いた。

 俺は二時間真っ直ぐに歩いた。

 さらに彼女は二時間引き返した。

 この時点で矛盾が生じる。次元が歪んでいると言ってもいいだろう。裏世界でそんなこともある。


「サキはどうやってループしてるって気づいたんだ?」

「目印をつけただけよ。牢屋の一つを明るくしてみて、歩いてたらいつの間にかすれ違っていたわ。君は?」

「俺は何となくだけど」

「……………………」


 ゴミを見るような目である。使えないやつだな、と言っているようなもの。

 口に出して言わなかっただけありがたい話だ。態度だけなら気のせいという線は残されるからな。


「違和感とかヒントになりそうなものは見たかな? 俺は勿論見てないけど」

「見てない。構造からしても特異な部分はないしね」

「そうなんだよな…………牢屋が続くだけだからな」


 はてはて。牢屋が続くとは言ったものの、俺はまだ牢屋を調べていないぞ。

 すぐそこの鉄格子に手を伸ばす。材質もただの金属だ、叩いても殴っても壊れる様子はない。

 次は内部を調べようと隙間から覗いているとバスッ――という聞き覚えのない音がした。

 瞬間に鉄格子は鉄の棒と化す。


「ええと、サキさん?」

「中見るんじゃないの?」

「そうですけど…………」

「壊してもループに入ったら戻るから気にしなくていいから」


 彼女の言った通りだが牢屋に異常は見られなかった。

 トイレもベッドも窓もないただ綺麗なだけの病的な牢。入口もないのだから異常ではあるけれど。

 再び道を行くと切断されていたはずの牢屋はどこ吹く風に元通りになっていた。

 いや、元通りって基準どこだよ。

 全部同じデザインだからどこが戻ったのかわからないじゃねえか。


「サキさん、炎で目印つけて」

「は? どうして?」

「牢屋の中心を知りたいんだよ。ここを中心としたら左右に二つずつは見えるだろ。では端からみたらどうなるのかって話」


 特定できればループする地点の座標がわかる。

 それで何なのかって話だが鍵になるかもしれない。目印を確認するという意味で後ろ向きに進む。

 順当に灯りは遠ざかっていく。ざっと三〇の牢を通り過ぎた。

 サキが首を傾けながら呟く。


「ループしてない? 後ろ向きで進んでるからなの?」

「…………ループ現象の回避条件を満たしているんだろうけど」


 疑念を抱きながら後退を続けていると、足音が一つ消えたことに気づいた。

 サキがいない。

 左サイドにいたはずの姿が忽然と消えた。サキだけループ現象に巻き込まれたのか、それとも条件を満たして牢獄に辿り着いたのか。


「――目を逸らしたからか?」


 彼女が俺に質問をした時、視線がこちらに向いた気がした。俺は真っ直ぐ目印を見ていたから実際のところはわからんが、可能性としては考えられる。

 なら、俺も目を逸らせば――。


「きゃっ!」

「うおっ」


 顔を上げると額がごっつん、とぶつかった。

 額を押さえるサキが目の前で恨みがましい視線を向けてくる。俺は"金属再生"のおかげで痛みはない。


「ちょっとどこから現れたの!」

「…………多分だが"自分がどこにいるかわかっている"状態だとループしないんだろうな」


 少しでも目を逸らせば見分けがつくなくなり、条件の外に出てしまう。そしてループ現象に突入する。

 自分の位置の相対的観測がループしない条件だとして、恐らく後ろ向きに進むと入口に辿り着くのだ。

 そこで、サキが松明と化した鎌で床を鳴らした。


「――灯りを着けながら進むのね。見分けがつくようにしながら」

「多分ね」


 サキが鎌を振るうと房毎に色の違う炎が灯る。虹色をさらに細かく分けたグラデーションが一面に並んだ。化学基礎の授業で炎色反応というものを習ったことを思い出す。


「君はどうしてこの牢獄に来たの? 俺は知り合いを助けるためだけど」

「意外ね、あなたみたいな人がそんな殊勝なことを考えるなんて。根っからの助けられ体質の癖に」

「そんなこと思ってたのかよ、余計なお世話だよ。で、サキは?」

「別に。会いたい人がいただけ」

「面会って訳か。それで迷子になったと」

「迷子じゃないっ!」


 鎌の先、一センチが背中に刺さった。痛くはなくても嫌な気分だ。

 女の子ならそれくらい可愛げがあっても良いと思うが、彼女からしたら名誉毀損に当たるのかもしれない。ここは個人の尊重をしなけりゃならないな。


「そうだな、悪い。迷子なんかじゃないよな」

「わかればいい」


 ふん、と顔をそっぽに向けながらも矛ならぬ鎌を収めてくれた。

 レインボーロードははまだ続く。雑談の一つや二つしてないとやってられない。

 コミュニケーション能力の低さに定評が俺に雑談なんていう高度な技は使えないので当たり障りのない質問で時間を潰す。


「この牢獄ってヤバい犯罪者とかいたりするのかなやっぱり…………殺人鬼とか」

「そういう人は今はいないかな。全員餓死してると思うよ。いるのは数人のはず。私とあなたの目的の人物が違うとしたら二人はいるかもね」

「餓死かよ…………」


 騎士長はミミーに食料を持たせた、みたいなことを言っていたはずだ。餓死はないにしろ、精神への心配は尽きない。

 ――しかし、二人か。

 捕まっているのだからバトル展開はないと思うが、いやはや、あまり期待できないな。


「君が会おうとしてる人が生きてる保証はあるのか?」

「ええ、必ず生きているわ。半封印状態だもの自殺すらできないはずだわ」

「封印状態? まさか呪縛とか奇跡じゃないだろうな…………」

「へえ、その二つを知っているんだ。でも心配結構、"彼女"は魔法使いだもの」


 口振りからしてそれなりに知っている関係に聞こえた。

 しかし、封印されているか。どんな理由で投獄されたんだろう。

 炎は虹を基にして色合いを並べられていたが、遂に最終紫色ゾーン突入した。


「魔王の城みたいだな」

「ラブホテルとかじゃない?」

「そんな口にするのも憚られるような言葉で同意を求めるな」

「魔王の城でもホテルでもなく牢獄だけど」


 振り返ってもループ現象に入ることはない。数百、数千は下らない数の房を通過していた。

 サキの異能は魔法型なので宙にあるエネルギーで炎を作り、移動しながらなので問題はない。虹色がなくなったら白系、黒系で攻めればいい。

 エネルギーも色も問題はないが、そろそろ俺達は強行突破が脳裏に過る頃合いだった。


「正規の方法じゃない気がしてるんだが。俺の知り合いは絶対もっと早く来たはずなんだが」

「…………私はあなたのペースに合わせて歩いてただけ」

「ここでそんなこと言うなや。空飛べるなら早く言えっての。抱き着いてれば一緒に行けただろ」


 ため息を吐いて、再び正面の暗闇に視線を戻――すことはできなかった。炎の灯った牢は唐突に中断される。


 扉がある。魔王の城にありそうな扉。

 炭素のように黒い鉄板にやたら曲がりくねった模様が彫刻されていた。シダ植物のゼンマイが幾つか彫られている。


「ははっ、やっと入口に着いたな…………遠回り、はしてないか。時間がかかっただけで」

「ようやくなのね」


 俺は辿り着いただけでゴール気分になったが、サキは一層気を引き締める。面会するんだよな。どんな奴が待っているというのだ。

 観音開きの鉄板を押すと、隙間から仄かな明かりが漏れた。グッと力を込めて押し広げる。

 唯一の光源の正体は所謂画面。

 壁面に埋め込まれた無数のディスプレイの内、二つが点灯していたのだ。


「これは――」


 左右の壁には本棚幾つも並べられており、ファイルとして纏められている。机の上にはブラウン管のテレビが置いておるもののコンセントはない。資料が床に散らばっている。足下にあるものを拾う。


「何々…………『(まる)更正施設としての役割』…………『洗脳』…………物騒なことしてたんだな。見る限り計画は凍結されてるっぽいが」

「私達は所謂裏ルートから着てしまったみたいね。ここはどうやらモニター室みたいよ。画面を見て。知り合いが映ってるかもよ」


 点灯しているディスプレイに視線を飛ばす。

 裏世界で稼働していることを考えれば赤外線カメラの魔道具だろう。房内部に設置されており囚人を映していた。

 いつかに見た時と同じ私服姿のミミーはベッドに横たわって安らかに眠っていた。


「大した胆力だな、こんなところで熟睡とは…………どうやってあっちに行くんだ?」

「このプリントに地図が書いてある」

「お、ありがと」


 モニター横に鉄扉があり、先に進むと牢屋に繋がっているらしい。

 早速向かおうと足を伸ばすがサキが動く様子はなかった。ディスプレイ、ミミーではなくもう一人の画面を凝視している。釣られるように視線が向く。

 ミミーはランプを持たされていたようで部屋は明るさを保っているたが、もう一人の方は薄暗い。人間的生活を送れるような環境とは思えない。

 たまにだがキラ、と光る。光の軌跡で線で繋ぐと――上下左右の壁から鎖が飛び出していることがわかった。


「…………そういえば封印されてんのか…………」

「彼女は"狂喜の魔女(セブン・マッドネス)"と呼ばれているわ」


 サキは忌々しさを隠そうともせずに言った。

 面会で済むか怪しい空気、乱闘が始まっておかしくないノリだ。

 触らぬ神に祟りなし――、という訳でさっさとミミーを救出作戦を開始する。


 モニタールームから出ると連絡通路が続く。床面はグレーチング

 で構成されている。

 靴と打ち合って足音が反響する。

 間もなく出口であろう扉が見えてきた。モニター室の時と同じように押し開くとディスプレイで見た牢屋が目の前に並んでいる。


 一番手前の房の鉄格子から寝こける少女を覗く。可愛らしく寝息をたてているではないか。

 閂で閉じられているよみたいだが、内側から絶対に届かない造りのようだ。金属の板を抜くと蝶番が悲鳴を上げた。


「起きろミミー。起きろー、起きろー、起きろー」

「うぅん」


 楽しげに口元を歪ませて寝返りを打った。全く声が届いていないみたいだ。揺らさなければ起きなさそうにない。

 肩を軽く揺するが抵抗を受けてしまった。寝てるとはいえ腕を殴られると痛い。


「寝癖が悪いな…………」


 ミミーの上体を起こして後ろから抱くような体勢になる。耳元でひたすら起きろ起きろと囁いた。

 身体が不自由さを脳が異常と処理したのか前触れなくパチッと目を開く。ミミーの視線はまずお腹の部分で組まれている俺の手に向いた。

 うるっとした瞳は俺を見上げた。特に何も言わずミミーは俺の腕を左右に退かして立ち上がる。

 身なりを整えながらさりげなく問い掛けられた。つい土下座したくなる酷く冷たい声である。


「…………何のつもり…………」

「なかなか起きないから悪戯を…………あ、あのミミーさん?」

「さ、脱獄しましょうか」

「ちょっと待ってくださいよぉー!」


 とっとと牢屋を出る後ろ姿を追って俺も鉄格子を越えたところで、サキが封印されてる何者かの房の前で立っていることな気づいた。

 ミミーが視線だけで説明しろ、と言うので軽く紹介する。


「サキって言う魔法使いだよ。髪型は見ての通り凄いことになってる」

「…………二人で一緒で来たの?」

「な、何故そんなことを訊くんだ…………」

「ふうん」と何かを察したような、もしくは不機嫌そうな声を出す。「あそこに用があるの? ヤバいやつが入ってるのに」

「ああ、狂喜の魔女だっけ」

「え。え!? 今、狂喜の魔女って言った!? 言ったよね!?」


 ナーバスな雰囲気から一転し、豹変して怒鳴るような訊かれたのでうんうんと頷く。

 反応からして結構な有名どころらしい。

 狂喜の魔女――。

 そういえば俺の知り合いに大海の魔女ってのがいたような。点と点が繋がる寸前にミミーが言った。

「"七人の魔女(セブン・ウィザード)"の七人目。最凶の魔女"狂喜の魔女(セブン・マッドネス)"」

「セブン・ウィザードか。そりゃ有名どころだな」

「そんなのと一緒の空間で生活してたんだ私っ!」

「鎖で繋がれてるから大丈夫だったろ」

「違うから! 狂喜の魔女がヤバいのは空間における"精神同調"の能力だから!」

「じゃあ、同じ空間にいたミミーさんもシャウトしてた可能性もあった訳か。無傷なら運が良かったんだな」

「多分、知らなかったからだろうね。気づいてたら絶対巻き込まれてたと思うよ」


 サキは立ち尽くしたまま中を覗き込んでいる。ミミーの話であれば、立っているだけでも精神攻撃を受けていることになる。

 仲間とは言えないが、協力した仲なので忠告しておいた。


「サキ! そんな近づいていると危ないぞ」

「心配結構。知ってるから」


 煩わしそうに答えてサキは杖を床に突いた。

 まあ、面会するつもりだったんだから対策はしてるわな。余計なお世話をしてしまったみたいだ。

 なら俺達はとっととここを離れよう。モニター室に戻り、ショートカットを探さなければ。


 扉を開いたタイミング、地震でも発生したのか牢獄が大きく揺さぶられた。

 予想以上に横揺れが酷く、バランスが崩れ足をもつらせてしまう。ミミーも同じように倒れてしまい、奇しくも身体が重なった。

 ミミーが俺を押し倒したような体勢。耳元に女の子の細腕があり、妙にくすぐったい。

「結城君」と小さな声で名前を呼ばれた。彼女の顔を見れば、頬が真っ赤に染まっているではないな。

 天井に亀裂が入り、コンクリートの欠片がボロボロ落ちてくるのを視界に入れながらも大きな瞳に引き寄せられる。


「――はっ!? ヤバっ、ちょっと精神が引きずられたッ!」


 ミミーの頬に手を添えようとしたところで正気を取り戻した。桔梗さんとキスしたことを思い出すことにより現実を直視したのだ。故に気分は最悪。


「ミミー、起きろ! 」

「ちゅ、ちゅー」

「正気を失うんじゃあないぞ!」

「――え、今私は何を…………」

「退いてくれ。行かないと――」


 早く行かないとサキの下まで。

 この地震は彼女が鎌で狂喜の魔女の身を切り裂いている衝撃によって作り出されたものなのだから。

 生体装甲、全身『赤鋼』を纏い一つの牢屋に走る。右手に剣を生成し、滅多切りを敢行する鎌に差し込んだ。

 金鳴り音と共に火花な散るが、どうにか動きを止めることができた。

 サキは殺気を秘める瞳で俺に視線を向ける。


「それがあなたの真の姿ね。趣味が悪い」

「そうかな? こういうのが好きってやつもいるぜ…………」


 サキの瞳が赤く光った。呼応して鎌も不純なき深紅のエネルギーが刃を覆う。

 その瞬間、剣が半ばほど断ち斬られた。左手にもう一本生成し、二本で対抗するがそれも時間の問題。

 紅の眼で見詰めたものを赤熱されるらしく、俺の顔面の温度が急上昇し始めた。ところどころ煙が吹く。

 敗北が脳裏に過る――、その前に訊かなくては。


「君は何者なんだ?」

「"魔女を殺す者ウィザード・ウィザード"」


 二つ名を聞いて、すぐ首を絞められていた。

 依然として俺の剣を抑え込んだまま、分身してだ。馬鹿みたいな怪力で凹ませてきた。

 次に、肩口に剣が添えられる。

 次に、両腕を押さえつけられる。


「私は魔女を殺す。邪魔をするあなたも殺す」

「ぐッ――!」

「『魔導凱旋イグナイト・レイオス』!」


 両腕が落ち、左肩は切断され、顔面は灼熱と化し、首は斬り落とされた。

 分身は消え、本来のサキは当初も目的を達成するため鎌を掲げる。未だ鎖に囚われの狂喜の魔女の心臓に狙いを澄ました。

 足元に転がる金属塊を踏み潰し、赤刃を振るう。


「――ちょっと待ってよ」

「んっ!?」


 指を鳴らす音と共に、牢屋の地面から氷の山が隆起した。足を取られたサキは攻撃をキャンセルして一本後退する。針のように尖った赤眼を鉄格子の先に向けた。

 視線を受け流し、得意気に笑みを浮かべたミミーは声を張り上げる。


「彼をガラクタにしといて私が許すと思った?」


 仁義なき女の戦いが今、始まる――。


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