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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
六章 魔女大戦
76/89

1.大川外ダム

 

 ◎


 氷河結晶の台頭から始まった一連の事件。

 関係者は全員――正確には俺と龍月朧君を除いて、全員が亡くなったので真相は闇の中ということになる。巨人や騎士長といったリーダーシップを持つ司令塔がいなくなったことにより裏世界はてんやわんやになっている訳だが――。


 てんやわんやなのは何も裏世界だけじゃない。

 詳しく言えば高校とか。

 九月の半ば、我々学生、目下文化祭の準備中である。


「どんな感じですか先輩のクラスは?」

「ほとんど女子しかやってないからすこぶる効率は悪いな」

「言いつつ、先輩もサボってるんですね」

「いや、君が呼び出したから来たんだが………」


 夏休みを終えて三週間、未だ休み気分が抜けきれていない間に文化祭が目前に迫っていた。俺の知らないところで劇が行われることが決まっていたようで今さっきも体育館の舞台裏で小細工をしていたところだ。

 で、もうすぐお昼ということで一足早くご飯頂いちゃいましょう――、というメールが糸鳥ちゃんから来たのが五分前。

 中庭のベンチで隣り合って座る。

 夏の暑さは未だ止む気配はなく、俺も糸鳥ちゃんも夏の制服を纏っている。手で首もとを扇ぎながら改まって糸鳥ちゃんに問い掛ける。


「で、こんな時にどうしたの? 最近変な噂が立っているから糸鳥ちゃんと行動したくないんですけど」

「悲しいこと言いますね。あれですか、私と先輩が付き合ってるっていう」

「夏休み見られたしな…………」


 オフ会だけじゃなく、コロシアム後に会ったことも見られたようで。壁に耳あり障子に目ありだ。いないと思っていても見られてるものなんだな。

 今だって見られてるかもしれない。直接的弊害はないが好奇の目で見られるのはなかなか居心地が悪い。

 そんな内心を知ってか知らないでか、糸鳥ちゃんは俺の腕を胸に抱いて寄り掛かってくる。


「いいじゃないですか、堂々と会う口実ができて」

「糸鳥ちゃんは意外と胸が大きいんだね」

「何普通に変態なこと言ってるんですか」


 そうは言っても顔を赤くして俺から離れた糸鳥ちゃんは少なくとも痴女ではなさそうだ。

 いや、もう今も忘れられないお姉さんがいるもので。抱き締められたらもうそんなことばかり考えてしまうようになった。

 すると「結局大きい方が好きなんですね」と頬を膨らませながら彼女は言う。


「そんなことはないよ。真っ平ってのは嫌だけど…………男の娘とか」

「それは言わなくても考えませんよ。そうじゃなくて性欲とか死んでるのかと思ってたんですけどね」

「いや、女の子って触ったら壊れそうじゃん。怖いでしょ。だから俺からはあんま触りたくないんだよな」


 常に"百合に男が入るな"と思いながら生活することで尊さだけを感じて劣情抱かないという荒業。アニメキャラでそういうこと考えるとすごい罪悪感になったりとテンション下げる方法は色々ある。


「そんな殊勝なことを考えてるとは。その割にところ構わず引っ掛けますよね…………」

「そんな覚えはない」


 距離の詰め方が苦手なだけだ。敵意に敏感で、悪意に鈍感という性格だからだろう。


「話がだいぶ逸れたな本題は?」

「その前にお昼頂きましょうよ」

「…………そうだな」


 あまりせっかちになっても仕方ない。

 文化祭の準備なんてやんなくていいならやりたくないし、確かに口実があるなら少しくらいサボタージュしていてもクラスの連中にため息を吐かれるだけで済む。


「じゃあ、適当に購買で買ってくるから待ってて」

「はーい」


 宛もなく購買に行ったもので特に欲しいものもなく何となくうろうろするだけだった。人間的な食事したいというな、弁当が良いというか。


「本っ当に桔梗さんがいなけりゃ不健康になるばかりだな…………」


 パンなんかよりはおにぎりの方がマシそうなので、おにぎりを三つほど買った今度は自販機に向かう。ミネラルウォーターがある自販機は校門前の受付のところにしかない。水を飲もうなんていう殊勝な学生は俺くらいしかいないのかな。


 帰り際――校門を抜けて学校に足を踏み入れる女子生徒を見つけた。文化祭準備により勝手に出入りする生徒は多い、だから目立つはずもない。普通なら。

 腕、足、頬に包帯が巻かれているのだ。彼女は気にしていない様子だが周りからはチラチラ見られている。

 それに同じクラスの奴だった…………ような。たまにしか学校に来ないからうろ覚えだ。


「文化祭だから来るって結構図々しいな。だとしたらだけど…………」


 横槍ほど鬱陶しいものもない。

 だが、怪我人。一体どうしたのだろうか。軽症なのだろうがこの傷の付きかたは珍しい。

 階段から落ちたとしても、転んでもあんな怪我になるだろうか?

 まあ、いいか――、と中庭に向けて足を動かす。


 明後日には二日間行われる文化祭が開催される。

 校門でも実行委員らしき人物と教師が話していたしアーチでも作るのではないだろうか。窓にも厚紙が張られ文字が記されている。

 タピオカとかー。

 シュークリームとかー。

 お化け屋敷とかー。

 休憩所とかー。

 休憩所に看板はいるのか疑問だが。

 ともかく高校生らしい若干手抜き感のある出来のチラシ等が乱雑に外壁に貼り付けられている。クラス単位だけでなく、部活単位でも色々やるようで。


「俺には縁がなさそうだな…………やることもあるし…………」


 俺のクラスの劇を頑張るとかじゃ断じてない。

 かなり個人的な話。

 前方から誰かが近づいてきたので、すいっと避ける。

 おもむろに顔を上げると同じクラスの女子軍団のリーダー格のイケイケ女子と目が合う。別に何かを話す仲じゃないしな。微妙な距離感だから気まずい。適当に会釈しながらすれ違おうか。


「――っす」

「あ、結城も昼?」

「う、うっす、そんな感じ…………」

「ふーん。じゃ」


 すたすた購買へと向かっていく後ろ姿を見ながら俺は思う。

 ――何故声をかけた。

 だが、これは俺がコミュ障だからかもしれないと合点がいく。彼女レベルの対人コミュ力があると知ってるだけで話し掛けることができるのだろう。

 まったくもって敬服の至りだな。俺なんかに労力を使わせて。

 行動力は人一倍。

 劇の主役を張るだけはある。


「お待たせ」

「もうっ、遅いですよ! 一回ナンパされちゃったじゃないですか!」

「へえ、噂が流れてるのによくやるな…………」


 イライラしている。

 俺を待たずにパンを貪っていた。

 糸鳥ちゃんにとっては俺は男避けにもなっていたみたいだ。

 糸鳥ちゃんの分を考慮して二本買った水の片方を渡すとバシッと掴み取られてごくごく天を仰ぐ。


「ぷはっ――、にしても高校に通っていると高校生やってるって感じがしますよね」

「そりゃ高校生だからな。ま、普通の高校生はそんなことすら思ってないんだろうけど。自意識がある時点であんまり高校生やれてないんだろうな」

「無理がないと言ったら嘘になりますからねえ」


 昼休みとなり中庭でイチャイチャし始めるカップルが増えてきた。濁った瞳でその姿を眺めながら俺達は言葉を交わす。


「先輩は女の子と付き合ったことあります?」

「…………ないけど」

「先輩は生涯独身っぽいですからね。誰とでも結婚式できちゃうから誰も結婚しませんよね」

「好きじゃなくては結婚してはならない、っていう法律はないからな。異能を使えたってLove or Likeと訊かれても答えられない訳だ」


 高校生の分際で結婚を語るのは随分不遜やことだと思えるが、大学生になっても、社会人になっても変わらないんだろうな。

 中学生から高校生になって精神が成長した気がしない。

 ならば、もう俺の精神は成長の余地がないということだ。もう完成し、一生停滞したまま。


「それはともかくだよ。どうして呼び出したんだ?」

「先輩が私を顎で使ったからですね」

「そんなことあったっけ? 顎で使われているのは俺ばっかな気がするんだが」

「あーあ、"大川外ダム"の事件のこと調べたのになー」

「な、何やて工藤!」

「誰が工藤か」


 大川外ダム。都内有数のダムというのは表向きで、裏世界では史上最硬の牢獄として機能している。

 件の氷河結晶の顛末として生き残りは俺と朧君だけだと思っていたが、もう一人いた。

 途中退場した異能使いの少女。

 氷結系ということで冤罪ながら裏切り者として牢獄に囚われた可哀想な娘だ。


「先輩が救出作戦を実行したのが氷河結晶の件が終息した一週間後でしたっけ?」

「うん、下準備に結構時間がかかったんだよな。俺方向音痴だから前もって電車とかバスとか調べとかないと辿り着けないんだよ」

「それは知りませんけど…………情報を擦り合わせるってことでその時のこと詳しく教えてくれませんかね」

「そうだな。時間が経って俺も忘れかけてるからアウトプットしないとな」


 という訳で整理がてら夏休みの後半に起きた事の回想を始める。



 ◎


 氷河結晶の件と居候一号の突然の別れにより、丸々五日は死んだように生きていた。水連ちゃんがいなかったら三日目くらいで息絶えていただろう。

 それくらいに沈んでいた。心の整理がついてくると今度は心に中に鎮座する空虚が意思を殺し尽くしてきたのだ。

 危うく壁に頭を打ち付けそうになったが、近所迷惑だから止めた記憶が朧気ながらある。


 テレビでは古家の"急な気温の低下"について言及されていた。素数剣と朧君の『法律簒奪ロー・デス・エル』が"現実影響率"を大きく上げたのだろう。どちらも尋常じゃない異能だからな。

 そこでふと、思い出した。


「あ、ミミー…………後で助けに行くつもりだったんだ…………」


 未だ囚われているであろう少女ミミー。

 騎士長が牢獄に連れていったらしい、ということだけしか知らない俺だったがスマホで検索をかけて行き先を調べ上げる。

 ミミーの自力脱出が無理。とにかく硬いという情報だけで翌日、大川外ダムに向かった。


 朝出たのに着いたのは昼過ぎだった。

 眠気がとんでもなかったが轟々と流れる水の奔流が耳から俺を揺さ振った。脊髄まで振動が伝わって変な緊張が走る。

 見学していても飽きないが、目的は果たさなければ。

 ――裏から表がわからないように、表から裏もわからない。

 人目につかない適当な座標から裏世界に侵入する。一応警戒しながら辺りを探ってみたが一見して変わったところはない。


「…………コンクリートの中にあるんだっけ…………」


 どうやって入るんだよ――と思って歩いていると幅広の通路の真ん中に穴が空いている。階段は暗闇に繋がっていた。

 壁に手をあてながら降っていくと、無限にも続きそうな空間の奥から遠吠えのような音が聞こえる。シュゴオオォォ状態とでも言えばいいのか。


「太陽光入んないって病むよな絶対…………」


 ミミーはそこに一週間に放り込まれているのだ。既に正気を失っているかもしれない。悠長にしてられる時間はもはやないという訳だ。

 間隔を空けて牢屋が並ぶが、どれも人が入っている様子はない。ホラゲーのように骨だけ残ってることもない。

 〈ガイズ・コンパス〉で立地造形と座標を確認しながら進むが。


「…………まさか、ループしてるのか?」


 気づいた時には二時間が経過していた。

 なるほど、これが脱獄不可能も言われる所以。真っ暗闇で無限となったら精神がおかしくなること請け合いだ。

 で、こうなってしまった以上は今さら引き返しても無駄と。


「破壊もしくは、正規の方法で出るしかないのか…………」


 ――正解はある、騎士長はミミーを送り届けて戻ってきたんだ。方法は必ず存在する。

 だが、前情報なしで、となると不可能なんじゃないのか?

 光源がないというのも不味い状況だ。外壁が壊せなくはないはないというのが唯一の救いか。


「……………………」


 思考を放棄して壊す方向に傾きかけた時、暗黒に一つの灯りが浮かび上がった。掌ほどの大きさの炎が足音と共に前からやって来る。

 二つの足音が重なると俺も、前方の某も立ち止まった。

 ここは裏世界、戦闘が始まってもおかしくないのでその前に会話を試みる。


「えー…………その分だとあなたも出られなくなったみたいですね…………」

「――というあなたも?」


 高音の可愛らしい声が返ってきた。

 声音からして女の子ですかい。氷河結晶所属という線はないので彼女自身の理由で牢獄に訪れているみたいだ。


「かれこれ二時間は歩いているんですが出口も牢屋も見つからなくて」

「私も同じような感じ。引き返した場合だけどね」

「やっぱ進んでも戻ってもダメか…………」


 と、悩んでいると暗闇から鋭い視線が俺を射抜いてきた。

 別に漬け込んだりするつもりはないんだがな。初対面、それも顔も見えなければ信用できないのも仕方ないか。


「…………出るまででいいから協力しましょうよ」

「仕方ないかな。破壊して出るのは最後まで取っておきたかったし」

「物騒なことで…………」


 俺も同じこと考えていたがな。

 どことなく希と似た空気を感じさせる少女だ。自信? みたいなものがオーラになって滲み出ているような。人の上に立っていないと満足できない――とまでは行かないけれど。

 とはいえ、出るまでに相当時間がかかるはずだ。距離を近づけておくに越したことはない。


「名前知らないと不便だから教えてくれよ」

「そういう時は自分から名乗るものじゃないの?」

「俺はそういうの気にしないけどな…………俺のことは、まあ、劣悪金属ラスト・メタルとでも呼んでくれ」

「…………へえ、あなたが」


 面白そうに頬を上げるのが炎の奥に微かに見えた。

 他人にいって理解されるって、相当な有名人になったものだ。


「で、君は?」

「私のことは――"サキ"とでも呼んで」


 暗闇から現れたのは――。

 頭をクルクルツインテールにする黒髪の少女。

 目元には十字の傷。鎌を杖のように、もしくは松明のように使っている。

 ふむふむ、どうも変わったやつみたいだ。

 俺のことを舐めるように凝視したサキは、支配するように微笑んだ。


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