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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
五章 氷河結晶
72/89

8.「もう止まれる理由はない」

 

 ◎


 流星のように降り注ぐ極太の熱線を避け、弾き氷結した地面を抉り蹴る。その合間で差し込まれる振動熱剣を〈スペリオル〉でガードをする。

 多彩故に手数が多い。射程が短い俺に対して、裁木は空から地面からと際限なく攻撃を仕掛けてくる。

 特に上から撃ち出される熱線が視界を阻害するため厄介だ。敵を捉えられないため後手に回ってしまう。


「熱と氷が折り合っているってのがな……」


 温度を操るだけあって熱線と冷気を隣り合わせに使用してくる。その温度差がヤバい。そのせいで振動熱剣でなくとも赤鋼の鎧が破損してしまった。

 だが、気持ちは相手も同じものだ。俺は壊れた途端に直ってしまう、攻撃し甲斐がないにも程がある。精神を擦り減らす俺と、着々と肉体的疲労を蓄積させていく奴。そんな感じだ。


「強硬度の再構成の異能かよ……噂以上に厄介だな」

「ま、死にませんからね」

「だからといって氷漬けにすることもできない訳だ。ああ、面倒だ……」

「氷河結晶を辞めて頂けるのなら戦う必要もないですがね」

「今更だな……ここまで来たら誰にも止めることことはできない」

「リーダーのあなたならできるんじゃないですか? そのつもりなら俺も討伐軍を止めます」

「――俺にはできないさ」


 あたかも自分以外の誰かならできるという言い草だ。

 しかし、疑問をぶつけることは叶わない。

 裁木を中心として異能が吹き荒れたからだ。足元からは氷結現象が発生し道路を埋め尽くす勢いで霜が広がっている。また背後の宙には揺らめく火の玉が数十浮かぶ。


「だが、お前の戦う理由がなくなればいい――、時間稼ぎに徹する」

「討伐連合自体の崩壊か」


 俺が連合軍に参加に積極的な理由はなかった。乗りかかった舟だからというのが多分にある。

 だが、適当に終わらすつもりはない。

 そっちがそのつもりなら俺も最後まで貫き通す。理由がなくなろうとも裁木だけは俺の手で倒す。


「氷河結晶が討伐軍に勝てるとは限らないだろ」

「いや、確実に勝てる」

「随分な自信だな」

「いや、自信じゃないさ。どこまで行っても他信さ」


 吐き捨てるように言うと、振動熱剣の先端を俺の額に向ける。もう喋るつもりはないらしい。

 俺は手首辺りから弧を描く虹色の刃を生成する。肘の位置よりも長く伸びる光り輝く刃の切れ味は一体どれほどのものか。

 放たれた正面と上から降り注ぐ熱線を〈ガイズ・コンパス〉を駆使しつつ回避しながら奴に接近していく。移動妨害の氷の壁が現れるが刃の斬撃を飛ばしバラバラに砕き、飛び越える。道路表面が平らな霜が張っているが、足をスケート靴のように再構成して滑って行く。

 ジャンプと斬撃を交えて進行、瞬く間に裁木の目前に迫る。

 光輝に包まれる虹色の刃が振り下ろされた振動熱剣を削っていく。燐光と火花を散らしながら後方に押し出した。

「おおおッ!」と歯車を噛み合わせ莫大なパワーを引き出す。振動熱剣を切断すると共に背後へ吹っ飛ばした。余波に煽られながら十字路の真ん中で蹲って細い声を上げていた。


 自分でもここまでやれるとは思っていなかった。だが、相反するようにまだまだやれるという感覚も掌に残っている。全身〈スペリオル〉化だけじゃない。もっと強力になれる要素がある気がした。


 裁木は倒れた振りをし、"飛行翼"なる魔道具を装着して熱線を放ちながらバック飛行で退却していく。判断力の速さは敬服に値する。選択なんて俺の最も嫌いな言葉と言っても過言ではない。


「流石の俺も飛べないな」


 ――だが、何の対策もしてないと思ったのか?

 同じく"飛行翼"を纏って追って空を飛行する。全身装甲状態だと重みに耐えられないので右足と左腕、頭だけ装甲を残し、それ以外は解除した。

 防御力は低下し、飛んでくる熱線の脅威度は跳ね上がる。

 しかし、もう終わりだ。


「しゃああああああああああああああ!!!」


 裁木は大きく腕を広げ、手超巨大な氷の塊を生成する。

 咆哮に応じて、隕石と見紛う物体が俺目掛けて落ちてきた。南極から取り寄せたかよというサイズ。直径五〇メートルはくだらない。

 ――だけど、壊せないとは思わなかった。

 左腕の刃が暴虐を尽くし果たす。無限にも増殖した斬撃が分子をバラバラに砕いて煙にした。

 赤い光が無数に浮かぶが光線になるよりも早く、忌々しそうに目を見開く男の横をすり抜けるように円弧を振るう。

 胴体を死なない程度にと、翼を八つ裂きにする。

 うぁあぁぁぁ――、という声にならない声を漏らしながら裁木は堕ちていく。落下直前に下方に爆発を起こし、落下を相殺する。爆破の熱は冷却できるのでほぼ無傷で着地を果たした。

 俺は自由落下に任せて先に地面に落ちていたので背後を取っている。

 裁木は膝をつきながら項垂れていた。憔悴したように呆然と呟く。


「これで…………終わりか…………」

「全ての終わりという訳ではないさ」

「いいや、終わりだ! 全てが終わるぞ! 氷が裏世界を覆い尽くすぞ! "あの人"の手でッ!」


 途端、彼は狂気染みた叫びを上げた。馬鹿デカい哄笑を絶えることなく続ける。

 それも束の間。ふと、事切れかのように彼は気絶した。

 一息吐きたいところだが、連絡の魔道具で中央に連絡を入れる。しかし、反応はなかった。


「あれ…………まさか既に氷河結晶が襲撃されていたのか!?」


「――それは違うよ」


 返事が返ってきた。思わず裁木に視線を向けるが気絶している者が喋る訳はない。

 語りかけられたのは背後からだった。

 ――こいつが真犯人。

 ――でも、どうして…………どうして君がそんなことをしているんだ。

 直感して、直観する。聞いたことのある声だと。さらには氷河結晶の裏のリーダーであることも。


「――何故君なんだよ、朧君っ」

「それは簡単な話だよ。氷河結晶は元々俺が作った組織だからさ」


 前髪の左端に金色が混じっている温厚そうな少年が立っていた。

 龍月朧。

 岩井塾生。法則吸収ルール・サイクル

 第二攻撃部隊に所属していたはずの異能使い。


 "エネルギー吸収"と"氷結"を結びつけるのは難しい。初見で気づくことはできないロジック。


 人間の体からは常に熱が放射されている。

 そこには熱エネルギーが存在する。熱エネルギーから電気エネルギーやら運動エネルギーが生まれている。化学エネルギーなんかも熱エネルギーありきか。

 では、その原初なる熱を吸収――いや、奪ったらどうなるか。

 エネルギーを奪われてしまえば熱運動は止まる。絶対零度になった体はもう動かない。脳まで凍結されれば思考もない。

 彼は氷河結晶の参加条件を満たしている。


「朧君…………どうしてこんなことをした? 氷河結晶の行動原理にどんな意味があるというんだ?」


「君は全てのことに理由があると思うのか?」


「いいや。だが、理由なければ想いがあるはずなんだ」


「詩的な表現だね。君らしい善性溢れる言葉だ…………そうだね理由はあるよ。だけど今回は少し複雑でね。言うならば裁木は模倣犯であり、俺は便乗犯といったところかな」


 氷河結晶の設立者は朧君。

 裁木が模倣犯で朧君が便乗犯。

 これを念頭に整理するとこうなる。


「設立者は君で一年前に騒ぎを起こした。当時はそれで止めたが、今になって裁木が模倣したからそれを利用して再び動き出した……?」

「その通りだ」と朧君は満足気に頷いてみせた。


 だとすると幾つか疑問が浮かんでくる。

 一年前、止めた理由。

 今回、始めた理由。

 全てのことに理由があるとは思わないが、因果は必ず存在する。


「もう一度訊くよ。どうしてこんなことをした?」


 こんなこと――、氷河結晶のサポートするようなことも裏切ったことも唐突に俺の目の前に現れたことも。全てを含めてだ。

 真っ直ぐな瞳でもって俺を射抜きながら彼は答えた。


「――止める理由がなかったから、かな…………」


 嘘偽りのない答えだ。

 なら、その通りなのだろう。答えになっていないようにも聞こえるが、ある意味答えなのだ。つまり――。


「――一年前は止める理由があったんだな?」

「そうさ…………もうあの人は死んでしまったから」

「あの人?」

「流石の君も知っているだろう? ――"魔神"と呼ばれる女の子をさ」


 知っているも何も、俺は彼女の幼馴染である。



 ◎


 ――約一年前。


 茹だるような熱帯夜の真夏は裏世界も共通に苛む。

 この頃、都心を中心に裏世界の住民を次々と氷結させるという事件が立て続けに起きていた。

 当初は氷結系異能使いの組織としか認識していなかった者は多かった。しかし、撃退に向かったものが帰ってなかったこともしばしば。連合軍を構成し、討伐に動くという段階にまで警戒度は上がっていた。


 そんな中でもリーダーである龍月朧は負ける気は微塵も感じていなかった。それだけの異能があり、実際に数多の強敵を屠って来たのだ。自信に見合う実力があった。


 今日も今日とて堂々と、通り魔のように人間を氷結させるつもりで街に繰り出す氷河結晶は偶然出会ってしまう。

 今ほど有名ではなかったが魔法を全てを司るという"魔神"と呼ばれ始めた少女に――。


 龍月朧を含めた氷河結晶のメンバーは容赦なく彼女を撃ち抜こうとした。だが、悉く撃ち落とされるどころか…………暴虐の限りを尽くされ壊滅を余儀なくされた。

 辛うじて耐えきった朧すらも二の句が次げない状態だった。信じられないものを見る視線とはまさにこの状態のこと。

 悪魔とはこういうものだと思い知った終末の日である。


「何でッ…………俺の異能が効かないんだ…………!」


 エネルギー吸収の異能は物理法則だけでなく、魔法にも適応されるにも関わらず発動がしなかった。朧は理解できない埒外の現象に恐怖と驚きを隠せずガタガタと震えていた。

 魔神はそれを冷たい瞳でもって見下ろすばかり。


「エネルギー吸収か。まあまあ、強い能力を持ってみたいだな――だが、私の足元に及ぶことはないな」


 クワガタの角のように先端が二つに別れた青紫色の禍々しい杖を突きながら魔神が呟いた。

 月光に照らされ、艶やかに映された彼女の顔を見て、朧の思考は飛んでいく。

 彼女は美少女だった。

 それもそんじゃそこらにはいないハイレベルの奴である。嘘偽りのない純潔が覗く一見可愛げのある顔に以外の情報は霧散した。


「おい、お前の名前は何だ?」

「えっ、あ…………名前は…………龍月、朧」


 ボーッと見とれていたため、吃りながら彼は答えた。

 思案気な表情すらも絵になり、より一層朧の心を扇いだ。ほんの数秒前、殺されかけたことを忘れて横顔を見詰めていた。

 魔神は詰まらなさそうな濁った瞳で問い掛ける。


「おい、朧。お前はどうしてこんな組織を作ったんだ?」


 名前で呼ばれたことを嬉しく思うくらいの思春期少年のメンタルに回帰してしまった朧。とはいえ、動揺したまま答えられる質問ではない。

 ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「ただやりたかっただけ、かな…………強い人と戦いたかったってのもあったけど、さっきのでその理由は潰れたよ」己の傷痕を見て深く思う。頭も、腕も、足も、体も、血だらけ。立つ気力もなく、魔神に見下ろされながら深く座り込んでいた。「――でも、ないって言うのが一番しっくりくる」

「ふうん」


 詰まらなさそうに相槌をうつと魔神は当たり前のように言ってのける。


「じゃあ止めろ」

「は?」

「いいから止めろ」

「は?」


 止めろ、と言われた――。

 一通りしか捉えようはない言葉だが、朧はしばらくフリーズした。理解にいつもの五倍の時間がかかった末に答える。

 本能的湧き上がる感情をそのまま言葉にして。


「どうして君の言うことを聞かなければならない。俺は俺のやりたいことをしているだけだ。それをとやかく言われる謂われはない。殺すならそうすればいい。だが俺は止めるつもりはない」


 格上相手に正々堂々も啖呵切ってやった。岩井塾という特殊環境で生活してきた朧は制限というもに何よりも苦しまれたからだ。止めるくらいなら死んだ方がマシだと冗談なく言った。

 だが、あろうことか魔神は「知らん」の一言で切り捨てる。


「私が言ってるってだけで十分だろ。氷河結晶をやめろ、異論は認めない。逆らうことも認めない。いいな?」

「おい」

「――いいな?」

「…………はい」


 傲慢この上ない言い分だった。威圧的な物言い。

 けれど、朧は顔を立てに振って頷いたのだ。

 不思議な気持ちに包まれながら魔神を見つめる。すぐにその感情の源流を理解した。

 だから、この命令は絶対に逆らうまいと思った。


 それが唯一にして無二の出会い。

 再び会うことはなく、魔神は死んでしまったのだから。



 ◎


「――魔神は死んだ。だから俺には彼女の命令に従う理由はなくなった…………」


 朧君は記憶に浸るように目をそっと伏せる。

 大まかにだが朧君と魔神の邂逅の話を聞いた。

 一年前と言うと、魔神こと愛も裏世界に来て間もないくらいのはずだ。八神愛の記憶の断片。

 彼女が一年前の氷河結晶を滅ぼした――。


「正直言えば、俺にはもうその気はなかったんだ。裁木が模倣したってそのまま討伐しても良かったんだ。あのまま忘れられていたら」


 あれから今までに魔神を深く思い出すようなことが起きたのだろう。それは俺にも心当たりがあった。同じ道を辿ろうとしているのだから。


「――素数剣か?」

「ああ。彼女が死んだということを知った時には相当動揺したけど、それでも再開する理由にはなりえなかった。だけど、彼女が死んで誰からも忘れられることには耐えられなかったんだ――一種の形見を目の前にしたらね」


 朧君はポケットから何かを取り出した。

 正方形を組み合わせたようなデザインのアクセサリーだ。全体が水色で深い青色の宝石が真ん中に埋め込まれている。

 瞬間にフラッシュバックする。

 素数戦線と水連ちゃんとの会話。二四本プラス番外二本は既に破壊されている。

 そして、唯一現存する素数剣――。


「――No.13 氷壊剣ヴァルナカルナ」

「君がそれを持っていたとはな……よくもまあ、平気な顔して俺と仲良くしてられたもんだ」

「探りでもあったよ。もしかしたらバレているのかと思ったし……君は嘘を吐いているのか吐いていないのかわからないからな」

「……君にはそういう風に見えたのか」


 疑ってかかれば、どんな顔をしていても疑わしく思えるってやつか。

 俺は君のことを信じていたんだがな。まあ、信じるのは自分の勝手だ。だから裏切られるのも勝手なのだろう。


「――信じられないと裏切ることもできないか……」

「だから、俺は続けるよ。全てを氷尽くすまで。もう止まれる理由はないんだ」

「そうか」

「何も言わないのかい?」

「いいや、俺も魔神とは縁が――ないけど、苦労させられたからな」


 ――こちらからも苦労させたけどさ。

 魔神こと八神愛。

 龍月朧も俺と同じく彼女に憧れてしまった。

 呪いのようにも纏わりつくそれを振り払うことはできない。命令だとか、約束だとかそんなありふれたものでさえ。

 でも、それは悪いことじゃない。守ることが必要なこともある。


「あいつがやったことだ。本意ながら止めさせてもらうわ」

「君にはできないよ、何もかも足りない」

「そりゃそうだ。でも、君を放っておくことはできない……世の中悪いことばかりなんだ。朧君、君の都合の良いことは起こらないから宜しく」

「そういう自分勝手なところはそっくりかもしれない。でも、俺も相当自分勝手だよ」


 朧君は氷壊剣を両手で握り、胸の高さまであげる。

 氷河結晶の異能使いの比にならない温度変化が吹き荒れた。<ガイズ・コンパス>により秒単位の温度変化を観測した。

 金属体でも次々と霜が降り、動きが鈍くなっていく。

 氷結耐性を纏う朧君はいっそ清々しく。


「彼女は言ったよ『お前の世界はマイナス二七三度が絶対零度なのか? 私の世界はマイナス無限だ』って。それってどういうことなのかな?」


 俺が知るか、と言おうと思ったが尋常じゃない硬さの氷の礫が次々と俺の身体を打ち付けるので声を出すことすらままならない。

 ――やっぱ、素数剣ヤバっっっ!!!

 そして、一番ヤバいのが『素数剣は素数剣でなかれば相殺できない』という点だ。正面から打ち倒すことはまず不可能。

 朧君の異能『法律吸収ルール・サイクル』でも魔神の『魔怪デスパレード』のエネルギーを吸収できなかったと言った。明確に残酷なまでの次元の違いが存在するのだ。

 不可能なものは不可能――。


「"ディザスト・ブリザード"」


 山岳で遭難するように白の嵐(ホワイトアウト)が全てを飲み込む。

 季節を転変された世界は氷の大地と化す。


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