7.戦闘開始
◎
俺を始めとした討伐軍は、氷河結晶の根城とされている廃工場の周囲一〇〇メートル地点で待機している。全ての人員が配置されるまでまだ数分はかかる模様。
一〇人単位のチームを合計八つ作り、氷結のアジトを八方に囲む形。俺が所属するのは威風巨人と呼ばれる二メートルはありそうな男と同じで、奴らの懐へ一番に突っ込む最前線のチームだ。
建物の際から様子を窺うが今のところは敵に動きは見られない。
昨晩の一件で交戦は開始された。氷河結晶の方もそれなりの対応はしていてもおかしくない。
未だ見つかっていない裏切り者への対策として、人員配置は巨人の即興とのこと。騎士長が教えてくれた。
「――よし、では今から一〇秒で作戦を開始する」
連絡用通信魔道具を手にしながら巨人が言った。その言葉を聞いて俺も、俺以外のメンバーも背筋がピンと伸び切る。いきなりの宣言に肝が縮む思いだ。
ズオォ、と振り返った大男がおもむろに消火器を連結したような円柱形の黒い物体を取り出した。所謂バズーカであり、おそらくは裏世界で魔改造されたものだ。
いきなりとんでもないものを出しやがった――。
そう思うのも束の間、「三、二、一」静かなカウントが耳に届いた。カチッ。力の込められた指はトリガーを引く。
まず聞こえたのは空気を切っていく高音。続いて、後端から煙が巻き視界が薄く阻害される。眼前で手を振ってミサイルが飛んでいったであろう廃工場に視線を向けた。
刹那――喧喧囂囂の爆音と、視界をも焼き尽くす炎の柱が街の一角を彩った。工場は木っ端微塵に弾け飛び、余波である爆風が次々の周囲の建物を薙ぎ倒す。一〇〇メートル離れていても灰塵を抱いた風が押し寄せた。
もし、工場の中に人がいたなら絶対死んだ――、確信を持ってそう言える。爆発の威力だけを考えたら素数剣に匹敵するものがある。
一発しか使えないようで巨人はバズーカをゴロンと転がし、立ち上がった。
「行くぞ、お前らッ」
「「は、はいっ」」
誰ともなく返事し、第一戦闘部隊は作戦開始する。
瓦礫の中を走り抜け廃工場のあったであろう座標まで走る。邪魔が入ることなく目前までやって来れた。
爆心地へ足を踏み入れると、不燃物を焼いた特有の刺激臭が鼻を刺した。熱味は金属再生の副作用で鈍感だが、相当の温度だろう。
工場は骨格から爆散し、崩し将棋のように乱雑に溶けた鉄筋が積まれている。豪々と燃え盛る火炎は何もかも焼き尽くしたというのに消える様子がない。炎の性質からして現実世界と違う。
「生きてる訳ないよな。骨も焼かれてるだろうし…………」
燃えるゴミも燃えないゴミも纏めて燃焼できるという強火力な処理場があるが、あれで完全犯罪できるという話も聞いた。火は人間を存在ごと消すことができるのだ。兵器としてだったらさらに凶悪だ。
「あれ? 何か光りませんでしたか?」
凄惨な光景に立ち尽くしていると"嵐"隊員が首を傾げた。彼の視線を先を追うと、確かに火炎の中にモールス信号のように点滅する光がある。
次の瞬間、光と辺り一帯を地獄にしていた火炎が失われた。一転、月明かりが真っ暗な街を照らす光源となる。
「これは――!」「まさか氷河結晶の異能かっ」「戦闘準備だ!」
隊員達が戦闘態勢に入る中、俺はその場から動けずにいた。
眼球を金属化し〈セカンド・フェーズ〉〈ガイズ・コンパス〉――解析の権能を発揮したのだ。そして、消火の原因の特定に成功した。
曰く――、温度の低下。
消火なのだからそれは当たり前なのだが、同時に別の一点の温度が跳ね上がったのだ。その光方に心当たりがあった。
「――レーザーか!?」
不意に刺すような閃光が瞬き、誰もが思わず目を瞑った。人間生物の眼球を守る本能だ、逆らうことはできない。
その中で、人間の眼がない俺だけはしっかりと目の前に迫る熱線を見据えていた。
――右腕、金属化『灰鉄』に超強化スキルである〈スペリオル〉を纏わせ、光線が到達する寸前に虹色の燐光を放つ掌をかざす。
チュミミーン――、と法則の外れた立体音が全身に振動として伝わってきた。右腕だけでは熱を処理し切れないらしく、装甲を纏い切れていなかった皮膚をジリジリと焼き始める。
「うお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォ!!!」
喉が捻れるような咆哮を上げながら、気合いで無理矢理に熱線の軌道を空へ打ち上げた。圧力が消失した右腕は反動で背後にいた"嵐"隊員の顔面に激突してしまう。彼は残念なことに「あ痛」と言って気絶したしまった。
おお、気絶してしまうとは何と情けない。
遥か遠くの宇宙に消え行く光線を見上げながら、俺は大きな息を吐いてその場に座り込む。咄嗟過ぎて息をするのも忘れていた。
巨人も流石に驚いているものの、冷静に状況を把握に努めている。無意識と思われる呟き声が聞こえてきた。
「…………氷河結晶が熱線だと…………?」
「あっ」
そうだ、氷系異能使いじゃなければ参加できない氷河結晶にどうして熱線使いがいるんだ。この攻撃が魔道具ではないことも〈ガイズ・コンパス〉で特定している。
しかし、疑問について思考を巡らせることは叶わなかった。
その前に物陰から続々と人影が出てきたからだ。見覚えのある黒ずくめが幾人とこちらを見詰める。包囲されていたのは俺達の方だったらしい。
反射的に巨人、隊員は背中合わせになるように円のフォーメーションを取った。
「戦闘開始だッ!」
巨人の威圧的な一声で両軍勢とも一斉に動き出す。
四方を囲む氷河結晶の構成員が天頂へ掌を向けると、次々鋭利な氷柱が降ってくる。数十人が一人五つ程だ。直近にも敵がいるため避けることは不可。
途端、右隣にいる大男から紫色のオーラが吹き出した。肥大化したエネルギーが人型を形成し擬似的な巨大化を再現する。表面に火花を散らせながらも氷柱を紫の腕が弾き飛ばした。
そのまま、敵を巻き込みながら周辺建築へと突進し、倒壊させる。
これは威風巨人の作った突破口だ。嵐隊員を背負いながらがら空きになった一点に駆け込む。
「逃げながら戦えッ!」という煙の奥からの命令に従い俺達は二方向に別れて移動を再会した。
俺と、他――だが。
「おいおい! 嵐隊員どうすんだよ!?」
偶然かそうでないか、俺のところに氷河結晶の異能使い達はやって来こなかった。大人数の方に手を回したのか、煙幕で上手くカモフラージュできたのか。
それならそれで好都合。嵐隊員を安全地帯まで連れて行けばいい、そういう訳で引き返す道に振り返った。
顔を上げると、道の一〇メートル先の暗がりに奥に人が一人立っていることに気づく。踏み込んだ足をすぐさま引いて、どっしり構える。
「ま、そう簡単に逃げられないか…………あなたは誰ですか?」
「俺は――」ポケットに入れていた手を抜き、金色の髪を掻き上げながら青年は言う。「――裁木だ」
「裁木…………氷河結晶のリーダーがお出ましとは驚いた」
嵐隊員を肩から下ろし、「生態装甲全身『灰鉄』」と小さく呟くと禍々しき黒雲色の鎧が全身を包み込む。拳にトゲトゲのガントレットを覆い、奴に疾走する。
アスファルトを歪ませながら右ストレートを放つが半身を傾けるだけで避けられ、素早い動作で仮面の前に指先を向けてくる。先端から眩しいくらいの輝きを散らし、熱光線が発射された。
ホームランボールのように空中に投げ出され、五秒の滞空の後、壁面にぶつかることでようやく停止した。顔面の鎧は赤熱さてドロドロに溶けている。
顔を左手で押さえ、装甲板を切り替える。『灰鉄』から『赤鋼』。顔から全身、鮮血の鎧に再構成された。
「まさか裁木が熱線使いだったとはね…………」
リーダーが氷を使わないなど誰が考えるか。そういう意外性を貫く意味があるとは思えなかった。対外にしか効果を発揮しなさそうと言えばいいのか。
ともかく、赤鋼ならば炎熱耐性も上昇している。熱線に溶かされることはないはずだ。
チカッ、チカッ――、這い出る間もなく幾つもの光の点が飛んでくる。胸部に到達する光線を掴み捨て、裁木のいるところまで駆け出す。
依然として光線を放ち続ける姿を捉え、再び右ストレート。裁木は俺が放つ前から軌道がわかっているかの如く首を傾けた。
――ま、素人の俺の動きを読むことは簡単か。なら、異常性を全面に出せばいい。
腕の長さを拡張し、二呼吸分早く距離を詰める。
「――かッ!」
驚きとも、怒りとも取れる息を漏らした奴の頬を掠めた。
背後に行った手を切れ味の悪いギザギザな鎌に変形し、今度は腕を引っ張る。体重を前に傾け、直後後ろに重心を傾けた――この挙動は人間には再現できない。
次の瞬間、首におぞましい裂傷を作る一撃は、氷点下に凍えさせられた。腕を伝って全身に白い膜が張り巡らされている。
――氷結だ。熱の異能じゃないだと?
「いや、そうじゃないのか。まさしく熱の異能かよっ!」
凍結している俺を他所に、裁木は月光の織り成す自らの影から一太刀の剣を取り出し俺の腕をぶった斬った。赤鋼が斬られたことに驚きを隠せないが、異能の仮称『熱操作』の有用性も脅威だ。
熱操作――。
あたかも熱くするだけのように聞こえるが、冷やすこともできる。熱と氷。氷の部分が氷河結晶成分だった訳だ。
「流石ボス…………一味違う…………」
氷結を暴れほどき、距離を取りながら右腕を再生する。
にしてもあの剣、ただの剣じゃない。その場合は異能に結び付く。
異能を二種類所持する者はかなり少数と聞く、彼も例に漏れないはずだ。ならば魔道具という線が一番妥当か。
ただの剣が赤鋼の鎧を斬り裂ける道理はない。
「魔道具…………熱耐性があるから熱線に焼き斬られることもないはずだ…………」
「簡単なことだ。"熱"だけではないというだけだ…………例えば"振動"とかな」
「振動と熱!」
「"振動熱剣"、オレはそう呼んでいる」
鏡面のように鮮やかな銀のボディの剣の刃にはオレンジ色のラインが一本刻まれている。魔道具の本来の性能は振動、プラスして熱を与えれば熱剣になる仕組みといったところか。
――何でも斬るマンじゃねえかよ。
そんなことを思っても仕方ないので間接的な手段を選ぶ。漆黒の細槍を生成し対抗する。
「射程に入らなければ問題ない」
「それで槍の方が有利だと?」
嘲笑うかのように裁木は疑問を呈したが、俺は無視して槍を突き出す。
見切られ振動熱剣の側面で軌道を逸らされる。それだけで漆黒の槍はドロリと溶けて先端部分がアスファルトに突き刺さった。
思わず舌打ちしそうになる。俺にとって最も恐ろしいのは見切り能力かもしれない。反応速度だ、これを何とかしないといけない。
今や凝固している頬の傷も不意のズームパンチをギリギリ避けられなかった。逆に、あのタイミングでかわしてきたのだ。
――俺にとって対人、それもスピードタイプは鬼門って訳かよ。
「力だけで蹴りがつくことばっかだったからな最近は…………」
正念場と言うより、修練場。氷河結晶リーダーは俺が何とかする。他は討伐軍に任せる。それで集中できる。
俺は黙殺虫の使っていたような刀の生成した。剣身に〈スペリオル〉の虹の燐光を纏わせる。
「振動熱剣と斬り結ぶ刀だ。飽きるまで振り回そうか」
「話に聞いた辺通りの精神性だな……謙虚なのか偉そうなのかわからなん。ふん、その刀を叩き折ってやろう」
裁木自体の速度は気持ち一般人の二倍くらいだ。相当の早さだが追いつけないこともない速度でもある。
一太刀浴びせれば、逆に返され、突きがやって来れば上から叩き落とす。幾度となく剣と刀で斬り結んだ。
鍔競り合いの最中、俺の〈スペリオル〉の刀を睨みながら奴は言う。
「振動熱剣でも斬れないとはな。これで熱線も弾いたのか」
「まあな」
関節を引き絞り力を加えようと前傾姿勢になろうとするが、何かに突っ掛かった。嫌な予感を抱きながら足許を見ると氷にびっしりと固定されている。
金属再生の弱点の一つ、感覚がないことが発動してしまった。
バランスを維持できなかった俺は刀を弾かれ仰け反り、そして、がら空きに一閃か走る。
「くっ、おおおおおッ!!!」
咄嗟に刀を手から離し右肘を振動熱剣の側面に落とす。
さらに叫びながら右足の氷結を破壊し、膝を突き上げる。剣を上下から挟む形だ。
「無駄だ、その赤い装甲じゃオレの熱には耐えられない」
事実、触れた瞬間に蒸発の煙が噴き上げている。
それはわかっていた。それでもやったのだ、当然対策の一つな一つはある。
「〈コア・メタル・アーマー〉――!!!」
膝と肘を重点的に強化する。
それにより、俺を真っ二つにするはずだった剣の動きを止めるこもができた。だが全ての動きを止められた訳ではない。
裁木は固定点を円の中心とし、弧を描くように剣を流すことにより俺の左脇の半ばまで振動熱剣を埋める。内側構造から金属鎧が溶けいく。
「うっ、あああぁぁぁ……!」
「痛みはないのに呻き声はあげるのか」
「ぐッ!」
空中に投げた虹の剣を再び握って振り下ろせば、奴はあっさり後方回避を敢行する。
傷が治るとはいえ、内側からの崩壊は再生に時間がかかる案件だ。歯車が幾つもの組み合わせっているようで複雑になっている。自分でもどうしてこんな体なのかわからない。
「やっぱこういう小細工は性に合わないな」
「そうか? 即興にしては悪くないと思ったが」
「お褒めに預かり光栄だが、折角金属生命体になったんだ。人間らしからぬ攻撃をしなくてどうする」
裁木のスピードと反応を超える一撃を与えられればいいんだ。
奴は絶対無敵という訳ではない。異能のポテンシャルは俺の方が上のはずだ。
――それに素数剣も比べてしまえば朝飯前だ。
刀は遥かの空へ投げ飛ばす。
「さあ、行こうか――〈スペリオル〉両腕」
虹色を両腕全体に纏い、正面の敵に構える。呼応して奴も振動熱剣を俺に向けた。
どちらともなく地面に蹴り、一直線に激突をする。
◎
――古家御苑、氷河結晶討伐連合軍、要塞。
要塞では前衛部隊への支援として魔道具の供給、援護、治療を行う後衛部隊が動き出そうとしていた。
先見部隊の連絡を受け、必要な場所に必要な物資を提供する。
下っ端であるオペレーターの下に届く情報はやはり、奇襲のつもりが逆に奇襲を受けたという報告だった。
裏切り者がミミーという氷結系異能使いではないことを示している。無論、上層に所属する者はわかっていた。
テーブルに広げた地図を見下ろしながら騎士長は唸る。接敵確認した部隊からの連絡を地図上に示していたところ。
「……一か所だけ来てないな……西か……」
「どうしたんですか騎士長さん?」
白衣から着替えて動きやすい服装に直した"ナース"と呼ばれる治癒班リーダーが一人会議室に籠っていた優男に声をかけた。
「ああ、ナースか……不自然な点があってな。巨人のチームに次ぐ攻撃部隊である第二部隊からの接敵の連絡がなくてな」
「敵に会わなかったんじゃないの?」
「それならそれで連絡が入るはずなんだ」
「一瞬で殺られたんじゃ?」
「リーダーの裁木レベルならともかく、そいつは今あの少年が相手しているみたいだからな」
「へえ……」と言いつつ、口元を緩ませる。「じゃあ、魔道具が無効化されてるとか?」
「かもしれんが、どうにも釈然としない……それに裏切り者だって――偵察任務の時、あのミミ―と一緒にいた奴って誰だったっけ?」
「私が知る訳ないですよ」
「それもそうか」
詰まれている書類と記憶を頼りに情報を精査していく。前回の敵の襲撃を受けなかった班と、今回音信不通の班に所属する共通人物がいるかどうか。
あたかもミミ―が裏切り者であるかのように目立たせて、スケープゴートした人物。
そして、真犯人の異能を騎士長は知っていた。彼は頭を抱えながら呟く。
「ヤベぇ……この推測が合ってたら絶対終わる……」
「何がわかったんですか?」
「裏切り者が氷河結晶とは別に動いてるってことかな。で、狙うとしたらどこかって話だ」
「別に、ですか……挟み撃ちとか? それか――こことか」
「……心なしか外からの声がなくなってないか?」
出撃準備ということで武器を揃えたりしていた際の掛け声が止んでいた。だからといって準備完了と考える程お花畑でもない。
間もなく要塞内部を歩く足音が響いてきた。熱いところではよく響く音だが、実に寒々し声音をしている。
「やはりか、やはり君か」
騎士長の確信染みた声と同時に扉が開け放たれる。




