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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
五章 氷河結晶
70/89

6.裏切り者

 

 ◎


 氷系の異能の一斉放射を受けて檻は四の三乗立法メートルの氷塊と化した。

 物体に隙間なく挟まれる――生きている内ではあり得ない体験に感動しなくもなかったが、身動きが取れない状況で囲まれるという状況を看過することはできそうにない。

 いやいや、まさか、つけられていたとでも?


「それとも――……生体装甲『赤鋼』」


 鎧が滲み出るように纏われ、体積を内側から増大させることにより内部から崩壊させる。血潮を思わせる赤き鋼は氷を押しやって無理矢理形を形成する。

 ビキッ、バキッッッ――。

 少しの隙間は全体を両断する一撃と化した。それだけの圧力がかかったのだ。それだけの生成力が『金属再生』にあるのだ。氷塊を踏み砕きながら箱の上部に這い出ると数多の異能使いの視線に射抜かれる。


「この人数、檻……待ち伏せしていたな?」


 答えは勿論返ってこない。それなら前回と同じく捉えればいいだけだ。待ち伏せの情報源を得ることができる。読心系異能使いがいるので確実だ。

 二人の青年の救出は後にさせてもらって、今はこの数をいなすことに集中する。一対多数の経験も多い訳じゃないため油断できない。

 右腕に漆黒の細槍を生成し、見下ろすようにねめつける。


「どこからでもかかって来い」


 そう言おうとする寸前、先程俺達に篝火云々言っていたリーダー格の男が一声上げた。謀ったように言う。


「ここまでだ、撤退開始ッ」


 脱兎の如き動きで踵を返した奴らはあつらえたように四方八方に散っていく。

 思わず歯噛みし、声がした方に向けて槍を投擲する。何者かの足に突き刺さるように狙ったが地面から隆起した氷の壁が阻む。細さ故に貫き切ることはできずにむざむざと逃亡を許した。

 待ち伏せとはいえ――。

 こちらの情報を知っていなければできない行動を見せた。


「――裏切り者か……そりゃあんだけいりゃ一人や二人いてもおかしくないか」


 いや、氷河結晶は全員氷系の異能を使うんだ。なら、討伐連合軍に参加している氷系異能使いが一番怪しい。そんなやつ一人しか心当たりはなかった。

 自分の通信連絡の魔道具を起動し、報告をしようとすが、大音量が轟いて打ち消される。


『南東エリアからも連絡有り! 氷河結晶の襲撃を確認! 交戦中、押し切られるとのこと!』

『西エリア連絡着きません!』

『北東エリアも同じく反応なし!』


 本部で事務をしている下っ端の慌ただしい声が飛んで来た。俺が連絡を入れたことすら気づいていない模様。

 氷結組は同時多発的に襲撃を敢行している。どこも待ち伏せされて不意打ちにやられているらしい。


「裏切り者の存在は確定か……応援に行った方が良いよな」


 まずはこの氷に埋まっている二人を発掘しないければ。

 両手を錐にアイスピック気分で削っていく。心なしか氷像になりそうな二人に睨まれているような気がしたが黙々と掘り進める、かれこれ数十分で救出作戦は成功した。

「そんな物騒なもので掘るなよ!」とジャケットを整えながら言う人もいたが状況説明に入る。


「テロみたいなことが起こってんな」だぼだぼのTシャツを氷にずりながらカジュアル系の青年がぼやく。「で、どうするだよ? 援軍するか?」


 氷結は本気で連合を叩き潰しに来ている。短期決着を望んでいるのはこちらばかりではないってことか。


「……俺達のところはすぐに逃げたよな。お前が氷から出て来てから……安全重視っていう確実性を伴った行動原理だな」

「異能の情報も伝わっているのかもしれませんね。驚いた様子もなかったですし」


 投擲した槍も振り返ることなくガードしたのだ、行動パターンから熟知されていると言っても過言ではない。他の二人のこともある、リークしたのは内部情報に深く関わっているやつに違いない。


「裏切り者がいるとしたら下手に動けないぞ……鉢合わせるなんて冗談じゃない。死んだ振りして離脱するってのも悪くないな」

「相当な痛手だろうさ、組織力でも知恵でも連合軍が勝てる要素はなさそうだな……お前はどうする劣悪金属ラスト・メタルさんよぉ?」


 彼らは退場するようだが俺にはまだ確かめなくてはならないことがある、退く訳にはいかない。


「俺は残りますよ……」

「そうかよ。じゃ、達者でな」


 気持ち程度の挨拶をすると腰を下ろしていた氷から跳ね、暗闇の街並みへ消えていった。見送って、とりあえず隣のエリアの応援に走り出す。



 ◎


 全ての終息が為されたのは午後一一時頃だった。チームの被害状況の確認、情報の擦り合わせと統合、そして――裏切り者の特定。

 俺はエリアを幾つか回ったのでスタミナ切れで本部に到着するのが遅れた。


 これからの対応として総意したのは"明朝に討伐行動を開始"することだった。後手に回ってしまった以上、こうして集まっていても仕方がないというのとらしい。

 急ぎなのは明朝アタックの対応だけではない。先の戦闘で怪我を負った者の治療と亡くなってしまった者の火葬が行われている。

 庭園風景の美しい公園が悲しく思えた。


 作り出された要塞だけでは足りないため、テントを張って中で患者が横になっている。治癒系の異能使いはそもそも人数が少なく、魔道具でも怪我人全員には行き届いてない模様。

 やや離れたところには木々が組み合わせられキャンプファイアの様相を呈しているが、次々と布にくるまれている遺体が放り込まれる。手を合わせても合わせても足りないくらいだった。その後は地面を掘ってそこにまとめて遺骨を納める作業。


 午前五時の作戦開始ということであらかたの討伐連合軍メンバーは仮眠を取っていたが、俺は古家御苑を走り回っていた。そうしなければならない理由があったから。

 けれど、いくら探しても彼女は見つからなかった。


「はあ、はあ――」息が切れている、膝が震えている、頭はクラクラしてさえいる。辛い、死んだように眠りたい。惰眠を貪りたい。

 さらに、二時間以上探しても見つからなかった。

 何回目かわからないが、外周へ走り出そうとした瞬間に肩を掴まれた。反動に耐える力も残されておらずバランスを崩し、膝をついく。


「おいおい、大丈夫か?」

「…………騎士長…………」


 肩を貸してもらったが、あれで限界が来たのかしなだれるような体勢になった。満身創痍の体を引き絞り、中央広場に向けて小さな歩幅で進み出す。

 そういえば、あれだけ走ったけど騎士長のことも一度も見ていなかった。そもそも公園にいなかったのだろう。


「その姿を見ていれば大体わかるが…………君の探しているであろう少女のことだが」

「――ミミーはどうなったんですか!?」

「落ち着けよ。死んだ訳じゃない」

「そう、ですか……」


 聞いた途端に全身の筋肉が緩んで伸びたことを何となく知覚する。安堵の感情が押し寄せてきた。

 ――良かった、本当に良かった。こんなところでお別れなんて御免だ。

 そんな俺に騎士長は苦笑いを浮かべながら続ける。


「そういう建前が必要だったってだけさ。俺達は裏切り者の影をまったく掴めていなかった。氷の異能使いだから裏切り者ってのは安直過ぎる判断だが、一番怪しいのは確かでもある。だから放っておく訳にはいかなかった。そういうことにして内部崩壊は防いだ。いや、それしかなかったと言うべきか。上層は今も特定しようと奔走していると思う」

「…………ミミーは今どこに?」

「裏世界で最も堅牢と言われいる牢獄――"大川外ダム"さ」


 大川外ダム。確か都内に三つだけあるダムの一つだったと思う。なかなかの絶景が拝めるようで観光地みたいな扱いをされていた。

 どうしてそんなところに牢獄が建造されている。


「ダムのコンクリートの中に牢屋を造ったから現実世界からでも出られないんだ。当然、部屋の強度も異常に高い。"七人の魔女(セブンス・ウィッチ)"すらも破壊不可能という代物だな」

「セブンス・ウィッチ……"大海の魔女"」

「大海の魔女か。魔神との決戦があって以来見ていないな……」


 ぎらついた男が遠い目をしているのも束の間、中央の要塞前に辿り着いた。治療テントに運ばれ空いている所に横にさせてもらう。

 一〇秒目を閉じるだけで夢に没落すると直感したので、瞼を強引に開いた。


「騎士長、ありがとうございます…………だいぶ楽になりました…………」

「行き届いていなかった情報を教えただけさ。結城君、君は…………何というかもっと友達を作ったら?」

「は、はは…………自分から作ったことないんですよね、俺」

「よくここまで普通に生きてこれたな。まあ、君は放っておかれるタイプでもないか。龍月君と随分仲良いみたいだが?」

「友達、なんですかね。そもそも友達がいませんからわからないんですよ」

「いるのは彼女ばかりって? はっはっはっ」

「…………」


 怖気の走るジョークで笑った彼ははらはらと手を振って要塞へ歩いていった。見詰めた後ろ姿が素数連合の時より大きくなっているように見えた。

 小学生の時は中学生は大人だと思っていた。

 中学生の時は高校生は大人だと思っていた。

 高校生になって大学生を大人だとは思わなかった。

 けれど、彼のことはいつでも大人だと思うだろうし、いつだって憧れる。これが皆から騎士長と呼ばれる所以だ。


「…………ありがとうございます…………」


 大きな背中に最後にもう一度頭を下げて、目を瞑る。心が安らんだからか一〇秒もかからずに意識は深層まで沈んでいった。



 ◎


「あなた大丈夫?」

「えと、それは頭の問題ですか? それとも体の方ですか?」

「…………頭に問題がありそうね…………」


 氷河結晶討伐連合の紅一点である治療師ヒーラーさんという目覚ましで、夏でも未だ日が昇っていないという時間に叩き起こされた俺は開口一番にそう問われた。眠気に教われながらも、鉄板のボケをしたが頭の病気だと思われたらしい。

 どこにも問題はない。聴診器使っても意味はないですよ。


「えっと、劣悪金属ラスト・メタルだからメタさんって呼ぶわよ」

「め、メタさん…………独特のセンスをお持ちで」


 ナイトと加えてもいいですよ。そうしたら凄くカッコ良くなるから。

 しかし、俺に渾名を付けるとは。それは俺の十八番だ。やられっぱなしじゃいられねえ。


「お姉さんは何と呼ばれているんですか?」

「ナース」

「ナース…………まんまですね。じゃあ、あなたのことはロベルタと呼びますね」

「何でっ!? ロベルタ要素はどこから?」

「いや、何となく……」


 強いて言うなら聖母マリアに誓って生命を守ったりしそうだからだが。ナースはどう捻っても渾名にすることはできないんだよ。関係なくても仕方ない。

 ま、冗談だが。


「女神様よりはマシでしょう?」

「ええ…………女神様でも良かったのに…………」

「意外とお茶目なんすね」


 ――痛いとも言える。

 "金属再生"があるため怪我どころか筋肉痛すらないが、女神様はどうしても確認しないも気が済まないようで渋々検診を受けた。

 あまり寝ていられなかったものの、やや冷たい空気に頭は冴え冴えしている。


「メタ君、心臓から歯車の音がしてるわよ」


 聴診器を胸に宛てた女神様が指摘した。

 ふむ、異能を使っていなくても心臓に歯車はあって回っているようだ。体内時計みたいなものか、それか身体の恒常維持の仕組みか。

 特に追及されることなく検診は終わる。


「変な異能だわね」

「まあ…………それにしても女神様は医療の知識があるんですね」

「まあね、何となく適当に大学で看護学んでたから。まさか実際のこんなことするとは思わなかったけどね……わかってたらもっと勉強してたわ」

「進路ってやつですか。考えたくありませんね」

「ああ、メタ君は高校生か。そんな悩まなくてもいいと思うけどね。大学に行きたくなければ行かなければいいだけだし、適当でも何とかなるものだよ」

「あんま参考にならないアドバイスですね。でも、行かないって選択肢ですか」


 何となく行く気になっていたのは大学くらい出とかないと、という風潮があるからだ。進学するのは高校生の五割ほどらしいが、それでも行かなければと思っていた。

 行かないなら何をするかって話になる。親の脛を齧ってニートする訳にもいかないから就職しないといけないんだろうな。


「…………働きたくねえ…………」


 結局そこに行き着く。もうそれは仕方ない。高校に通うのですら正直嫌だが、何だかんだ諦めてしまうのだろう。我ながらメンタル弱ぇ。それとも学校に友達がいないからですかね。

 げっそりしていると慎ましやかな胸を張り、女神様がふんと鼻を鳴らす。


「そんな君に生き甲斐というものを教えてあげよう。この女神様が、女神様が!」

「は、はあ……」と引き気味な返事をすると人差し指が眼前に飛んで来た。

「"働くのは人のため"にだよ。お金のためとかじゃなく誰かのために頑張れば回りに回って幸せになれるから」

「俺の大好きな綺麗事ですね」

「私も大好きよ、綺麗事」


 意外とまともなことを言うので少々見直した。

 水連ちゃんとの会話が思い出された。どんな時でもキレイキレイでありたいけど、それによって傷つく人がいることを知っている。わかりあえるのは同じ思いを持つ人だけなのだ。


「――いや、あるのは可能性か」

「ん?」

「いえ、そんな風に思って治療に励んでいたんですね。どうして裏世界でって訊いてもいいことですか?」

「あっちよりは自由だからかな……選択肢が多くて、勿論も責任も伴うけど私みたいなのにとっては楽なんだよね」

「自由ですか。まあ、ルールはないですからね……」


 自らルールの中に入るのも自由という訳だ。


「後悔はしてないんですか?」

「やり始めはいつも後悔するものだから、後悔しなくなるまでの続けるの」

「これから酷い目に遭ったとしてもですか?」

「どうだろうね、場合に依るんじゃないかな。人間ってそんな意思の強い生物じゃないし」

「…………台無しな台詞ですね」

「迷うことも悪いことじゃないから。でも、何となく後悔はしないと思うよ。自分でも十分やったっと思っちゃってるから」


 やり残したこともないかな――、と彼女は言った。

 とてもじゃないが女神とは言い難い。彼女は人間だ。限りない一つの生命として。人間のように迷って、人間のような答えを出す俺と同じ人間だ。


 俺だって後悔しない選択肢を選んできたつもりだ。だけど、選択肢にないものを選ぶことはできなかった。

 つまり、そういうことだ。どの選択しても、後悔はするのだろう。だけどそこから先は自分次第か――。


「よしっ、そろそろ行かないと」


 時計の時刻は四時一〇分を指し示していた。後方支援の分隊に所属する女神様はもうしばらくここにいるようだが、前衛を任された俺はもう出掛けなければならない。

 懐にしまっていた眼鏡を取り出し装着する。ピンク色の髪留めで前髪を押さえてからアタマを下げた。


「ありがとうございます、カウンセリングみたいなことしてもらって」

「私もそれなりに楽しめたからいいよ。若い男の子とか好きだし」

「今更そんなこと暴露されても…………」


 ――尊敬できるのは変わりませんよ、とか言ったら調子乗りそうだ。うん、言うのはやめておこう。


 挨拶を交わし、治療テントから出、古家御苑に鎮座する要塞を見上げる。まったく誰が造ったんだ。安土桃山時代の城かっての、絶望的センスだな。

 見納めだと思うと寂しさもないでもなかった。

 もうすぐ決戦は始まる――。

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