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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
一章 裏と表のプロローグ
7/89

⑦情報屋 真倉黒也

 

 ◎


 迷っている時に、誰にも頼れないのは意外と辛い。


 少なからず不安な時、思わず友達に話してしまうことはよくある。体育着を忘れたとか、宿題を忘れたとか。

 そういう類いの話だ。

 俺は、俺の心の中で渦巻く不安を発散することができない。心情的なは背水の陣みたいなもの。


 それに、こんなに悩んだこと自体が人生で一度もない。

 生まれながらに成功する方法よりも、失敗しない方法を知っていた俺には縁がなかったことだ。


 けれど、こんなこと愛が生きていたとしても相談はできなかっただろう。俺は愛のようになりたかったんだから自分でやらなきゃならない。


 愛は俺のことをいつでも待ってくれてるという確信があった。

 俺も、愛のためなら何でもするつもりだった。

 そういう相手がいないっていうのはどうしようもなく――。


「どうしようもなく何だよ俺……」


 明らかに精神が弱くなっていることを自覚する。

 後悔している暇はないのに、どうしてもこうなってしまうのが人間だ。俺は頭を振って無理矢理にでも思考を切り換える。


 スマホを確認すると日高さん、島崎からメールが届いていた。『大丈夫?』とだけ送られている。


 学校単位で弔う会みたいなやつをやったみたいだしな。俺は行けてないけど。

 メッセージを送り返そうかと思ったがそれは全てが終わってからにする。と、言いつつも手詰まり。


 刑事と交渉とかドラマっぽいことがあるのならまだしも、自殺で解決扱いされたらのだからどうしようもない。

 独自というにも限度がある。ドラマらしく探偵にでも頼るか? 胡散臭過ぎるな。


 今日は日記に挟まれていた地図に描いてあった星印の場所へ行くことにした。

 ここから徒歩で三〇分で到着する距離ではあるが、そこまでは土地勘がないのでもう少しかかるかもしれない。


「学校休んでるんだから時間はあるんだがな……」


 二週間くらい休んでるがそろそろ出席日数が怪しい。前言撤回、時間はない。


 という訳で実際歩くと四〇分であった。

 予想通りというか、懸念通りというか何もなかった。どっからどう見ても駐車場でしかない。地図アプリと照らし合わせてみても場所は正しいにも関わらず。


「何なんだこの地図は……まるででたらめじゃないか」


 ここでも何も得られなかった。

 何回目になるのか。

 心が折れそうになる。諦める、という選択肢が脳裏にちらつく。

 何をしても愛が帰ってくることはないのだから、と。

 とにかく力任せに何かを殴りたい気分だった。


「ああ、帰るか……」


 動けば何かが変わると思った俺が甘かった。探偵に頼るってのもあながち悪くない手なのかもしれない。唯一お金がないというのが問題ではあるけれど。

 自然と俯きがちに歩いていた。


 前々から理解はしていたが俺には荷が重過ぎたる。本来なら警察やそれに準じる機関がやることだ。

 それが動かなくなった以上はもうどうしようもない。心理的にじゃなく物理的に。


「マジでどういうことなんだよ……」

「それはこっちの台詞なんだけどね――」


 ふてくされたように呟いた俺の言葉に反応した誰かがいた。


 見上げると全体的に黒色の服装をしているつり目の青年が目の前にいる。思考に没頭して背後にいたことに気がつかなかった。

 まったく知らない人なんだが。

 気軽に話しかけられたし、もしかしたら会ったことがある人かもしれないから当たり障りなく挨拶してみよう。


「ああ、ですよね。そっちの台詞ですよね」

「――まったくその通り、世の中上手くいかないのは何歳になっても辛いもんだ」

「…………」


 会話が続いてしまったんだが。

 いや誰だよ。

 もう一度顔を見ることにした。冗談のつもりだったがマジっぽい反応だったからな。

 昔俺の家にピザの配達してくれた人とかか? それとも某ハンバーガー屋のスマイル店員?


 彼は――この世界を嘲笑うように失笑していた。こんな世の中のことを眼中にも入れていないが如き冷酷さがある。

 話しかけてきたのはあちら側からだから俺がそこまで焦る必要はないのかもしれない。

 やがて彼は口を開いた。


「こうして顔を合わせるのは初めてかな、どうも宜しく」

「やっぱり初対面……」

「そんな顔するなよ」

「…………」


 失礼ないように顔見知り設定でいったがあちらもさもそうかのように言い回していただけか。

 ヤバいやつだな。俺もだけど。


 冗談はともかく。

 ここまでまじまじと見つめればこの男が古家セントラルセンターですれ違ったやつであり、天空遊園ですれ違ったやつ でもあることはわかる。


 理由はわからないが、それがあちらから接触してきたのだ。

 これほどのチャンスは他にない。ここで畳み掛けなければ終わりという意気込みで行く。


 会話は慎重に。相手の正体がわからない以上はノーリスクで情報を引き出さなくてはならないから。


「で、何の用ですか?」

「何の用もないだろう? こんなところまで来てるんだからね」

「…………………………」


 こんなところだと?

 愛が地図で印を付けたこの地に何らかの意味が生じている。なんらかの特別な場所らしい。

 らしいが。

 わからない。

 わからないが、わかった振りをしなければならない。

 あれはエニグマ暗号か何かなのか?


「で、ですよね……そういうあなたは誰ですか?」

「強いて言えば、スカウトみたいなものだよ。ついでだけどね」


「スカウト?」馬鹿正直に聞き返してしまった。知ってる設定じゃなきゃならないのに。芸能界に繋がりがあるようには見えないけど。


「どうやら君は『あの件』について調べてるようだからね。完全に情報は断たれていたはずにも関わらず、俺と会うくらいには手がかりを持っているようだし見所がある……君と仲良くなるしかないと思ってね」

「な、なるほど……」


 全然なるほどじゃねぇよ。名前を聞いているのですがこちらは。

 あの件というのは愛の件なんだろうけど、情報が断たれているだと? 警察の杜撰な態勢のことを言っているのか?

 そろそろついていけなくなりそうだ。どうやら疑われてはないようだが、これ以上はヤバい。


「しばらく情報屋をやってたけど君のことは聞いたことがないから最近知ったタイプかと思って」

「へ、へぇ……いや、はい」


 情報屋?

 最近知ったタイプ?


「で、どうだい、君の情報を俺に教えてくれないか?」

「…………………………」


 一世一代の好機だろうと思う。

 ここを逃す手はない。


 多分この人は俺の知らないことを知っていて、もしかしたらこの件の真実すらも知っているかもしれない。

 だけど、考えた瞬間に俺は嘘を吐きたくないと思ってしまった。端からみたらくだらない理由かもしれないがこの件に関してだけは嫌だと思った。


 それに悪いことをしたら帰ってくる。世の中そういう風にできてる。

 一息深呼吸をした。まず何から説明すればいいかわからないが、絡んだ糸を解すように一つずつ。


「すみません」

「ん?」

「何を言っているのか一ミリも理解できません」

「俺の素性のことを言っているのなら心配せずとも、ほら」


 私立探偵の名刺をもらった。情報屋で探偵ということか。


「すみません、そういうレベルでなく理解できてません。そもそもあなたは誰ですか? ついさっきまでストーカーかと思ってましたが……」


 青年は俺の発言の意味を理解したのか途端に浮わついた笑顔を崩して眉間に皺を寄せる。


「まさか……?」

「多分そのまさかです。この場所が何なのかも、最近知ったタイプとかも、あの件というのにも齟齬があるかもしれません」

「おいおい、勘弁して欲しいな。ここまでか……」


 男は本当に頭を抱えていた。実際にやる人を見たのは初めてだ。

 やがて前髪を手で上げて額を現した。姿はカッコいいけど表情は真剣そのもの。


「だが、だ。予想外ではあったが事実は事実、情報だ。君が俺と出会ったしまってことにも、勘違いしたことにも理由はある。どうやってだ?」

「理由ですか」


 古家セントラルセンターにいた理由。

 天空遊園にいた理由。

 ここにいる理由。

 俺と愛との関係、そして謎の日記。


「それとこれとは話は違いますね。ただ教えることはできません……どうやらあなたも何かしら知ってるようですから互いに提示し合うというのは?」

「なるほど」


 俺の持っている情報に価値がなかったら使えない交渉方法だが、食いついてくれた。

 というか何故かにやついてるし。典型的なギャンブラーって感じだ。それも頭が良いタイプの。


「なるほど、悪くない。なんというかよくわからないが君は嘘を吐かなさそうな気がする」

「それなら良かったです。じゃあ契約成立でいいですね?」

「探偵である俺の台詞を奪うとは……ますます面白い。目的は達成できそうだし好都合だ」

「ここじゃなんですし場所を変えませんか?」

「じゃあ――、ここらに良いカフェがあるんだそこにしよう」


 俺の同意を確認もせず、彼は翻って歩き始めた。念のためGPSを起動してから男の後ろを着いていく。

 彼が俺のことを嘘を吐かなさそうと言ったように、俺もなんとなくだが彼を信用しても大丈夫なのかと思っている。胡散臭いが契約や法律はきっちり守りそう。

 でもGPSは重要だから。


「そうですよ、あなたの名前は何ですか?」

「そういう時は自分から名乗るもんじゃないのか?」

「俺のこと知らないんですか?」

「目を付けたのは公園ですれ違った時だからさ、時間がなかったんだよ。今回会ったのも偶然」


「そうですか、じゃあ俺から」わざとらしく咳払いしてから「結城海斗です」と言った。

 相手の反応は淡白なもので「へー」というだけだった。別に面白い反応を期待していた訳じゃないけどさ。


「あなたは?」

「そう急かすなよ。名刺に書いてある通り、真倉黒人」


 服装が黒ければ、名前も黒いって。この分じゃ腹も黒そうだ。きっと一生落とすことができないくらい染み付いてるに違いない。なんつって。


「さあ、こっからは面白くなるぞ」


 なんて不吉なことを言いながら道を行く真倉黒人。暗澹を地で行く笑みを浮かべて。

 その後を続く俺も、きっと――真実に辿り着くため。



 ◎


 真倉黒人は私立探偵であり、情報屋でもある。


 見た目は大学は出たくらいの好青年。一八〇センチメートル前後の長身で、服装は全体的に黒で揃っている。

 年の割に若く見えるのは張り付いている軽佻浮薄な笑顔が板に着いているからか。


 また、見透かしたような性格がそれを助長している。実際頭が良さそうな成りはしているけれども、働くのは悪知恵ばかりか。

 ともかく道中の軽い会話だけでも胡散臭さがひしひしと感じ取れた。


「さて、結城君、結城海斗君。君が俺のことをわかってきたのと同じようにこちらもわかってきたよ」

「そうなんですか」

「ああ。君のようなタイプは珍しいと思うよ」


 褒めてるようではなさそうだ。

 彼は揶揄するような笑みを浮かべている。

 珍しいタイプっていうのはこちらの台詞だ。人の裏をかくのを生き甲斐にしているようなやつに見える。


「その意見には概ね同意ですよ。俺も今まで生きてて似てる人は見たことありません」

「君みたいな人が量産されたら社会は混沌と化すさ。人類に一人で十分だと思うよ」

「あなたも同じようなものですけど」

「人類悪って? それこそ人類に一人じゃ収まりきらないな」


 何を言っているかわからないが、見透かしたようなことばかりだ。思わせ振りなことばかり言いやがって。

 意味不明過ぎて嫌な気持ちにもならないが、意味深過ぎて心配にはなる。

 生理的に人を好きになれないのは初めてだ。


 という訳で、カフェテリアへ向かっていた。

 一〇分程歩いたところで暗めの材木でできている建物が見えてきた。住宅密集地から隔離された路地裏の奥にあるそれ。北海道にありそうな三角屋根が印象的な喫茶店。


 壁には蔦が這っていてアンティーク感を醸し出している。知る人ぞ知るという趣だ。全体的にダークに落ち着いている。

 看板に『seraphic』と筆記体で描かれていた。


「俺の行きつけなんだ」

「そうなんですか……」


 真倉さんが扉を開くと上部に付いているベルが鳴った。

 中は荘厳な雰囲気でいらっしゃいませ、というノリでは決してない。

 面接の待機時間の如き、息を止めたくなる雰囲気だ。


「マスター、奥の部屋使わせてもらうよ」

「…………」


 カウンターでコップを拭いているムキムキ髭面の店主に向かって軽く手を上げて告げると奥の扉に向かっていく真倉さん。

 行きつけというのは本当のようでそれだけの台詞でマスターは頷いた。


 六畳間ほどの空間に、あるのはただのテーブルと四つの椅子だけだ。テーブルの上にはメニューが置かれている。


「まぁ、座りなよ」

「…………」

「そんなに警戒するなよ。ほら注文していいから」

「はあ」


 特に飲みたいものはなかった。

 折角店に来たのにお茶を飲むのも勿体ないと思う。

 だからといって炭酸飲料だと飲んだ後に喉が乾いてしまう。何のために飲むんだ、ってなる。

 個人的好みとしては水が好きなのだがお冷やは大抵水道水。俺はミネラルウォーターが飲みたい。


「俺はアイスコーヒーだけど君は?」

「ちょっと待ってください……」

「優柔不断だな」

「……そっちは行きつけかもしれませんが俺は違うんですよ、少しは時間をください」

「悪気はなかったんだが、これがしょうでね」


「嫌われそうなタイプですね」とは言わなかったけれど、彼が性悪を隠そうともしないのなら俺が躊躇う必要もないんだがな。悪口はやはり言いたくなかった。


「」



「――そんなことよりも説明をですね」

「ああ、説明ね、説明……ふむ、悪いんだけど、先に情報を提示するのは君だ。それに見合うものを教えよう」


 こちらが不利な条件は仕方ない。その見合うという範囲が釈然としないが。それにこの事件を知っているどころか、理解しているような言い方だ。


「じゃあ質問形式にでもしようか。まずは俺から」


 勝手に質問形式にされてしまった。しかも先行があんたかよ。

 それだと明らかに質問の量に差が出てしまう。

 あちらが解決するのは俺よりも明らかに早い。こっちは個人情報を話さなければならないというのに。

 不平等でも、拒否することはできない――。


「質問、君は何故あの日古家セントラルセンターにいた?」

「その日にいた理由――それは……幼馴染が死んだからですね。日付に関しては立ち直ったのがその日だからです」

「なるほど、幼馴染か」


 答えを聞いた彼は、満足気に笑んだ。絶対不特定多数に嫌われる邪悪な微笑みである。

 言葉以上に何かを察したようだし。


「俺のターンですね」


 質問したら答えてくれるらしいが、どこまで知っているのか。

 探り合いをして情報を捨てるのは悪手。

 一気に核心に迫る。


「その件は自殺ですか、他殺ですか?」

「他殺」

「…………………………」


 頭の血管が断線してショートしそうだった。

 あまりにも呆気なく告げられた言葉は刹那的に全身を駆け巡る。

 可能性を考えていなかった訳じゃない。だがそうなると俺のすべきことは歪曲してしまう。

 俺の動揺を気にも留めず進める真倉さん。


「では次は俺のターン。さっきあの駐車場にいた理由は?」

「また理由ですか……それは幼馴染の私物である地図にそこがマークされていたからです」

「なるほどなあ」


 真倉さんは満足そうに頷いた。先程から要領を得ない質問をされているような気がする。それは俺が情弱だからだ。


「では次ですね――犯人は?」

「それは――無理だね」


 敢えなく拒否された。だが、知ってはいる。


「情報屋としての仕事の範疇になるからお金が必要になるよ。お近づきの印に今回だけは三万円にしてもいいけど」

「そうですか」

「今のはノーカンで、もう一度質問してもいいよ」


 料金かよ。世知辛いな。

 一介の高校生にとって、三万円はなかなかの金額だ。それに俺の通っている学校はバイト禁止。


 ノーカウントの理由は情報屋としての仕事に関係してるかららしい。少なからず愛の件に関わっているのだろう。

 だが、さっきの質問の通り、直接的なことは教えてくれない。


 愛は他殺、その事実だけでもパンクしそうだと言うのに。


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