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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
五章 氷河結晶
68/89

4.金糸雀の声

 

 ◎


「実際のとこさ、水連ちゃんは桔梗さんのことどう思ってるの?」


 今更ながら俺は躑躅坂桔梗との接し方がわからなくった。だから、どこか間違っていたのかと思った。

 だから水連ちゃん――、第三者からの意見が聞きたくなったのだ。


「…………元だけど、殺し屋だから…………」

「元、ですか。私は現役だと思ってましたけどね」

「そう、なの?」

「正確に引退か現役かってのはわかりませんけどね。でも爪を研いでいる感じはしてましたよ」


 知らなかった。いや、理解できなかったと言うべきだろう。爪の研ぎ方なんて知らないのだから目の前でしていたのかもしれなかったのだ。

 最寄りのスーパーに向かって歩きながら水連ちゃんは言う。


「海斗さんは良くも悪くもばっさりしてるんですよ」

「ば、ばっさり……? あっさりじゃなくて?」

「はい、ばっさりです。簡単に言えば、一人の人間の良い点と悪い点をまったく別のものとして捉えてる感じですかね」

「別のもの……」


 その言葉にしっくり来るものがあった。

 人には良いところもあれば、悪いところもある。それは当たり前だ。だから、悪い点があったとしても仕方ないと思う。そこだけで人間性まで判断してはならないはずだ。


「善性説に傾いた考え方なんですよね」

「別に悪いことじゃない気がするんだが」

「人間だから失敗することもある――と思っているんでしょうけど、その失敗が取り返しのつかないものだったらどうするですか?」

「どうするかって……償うしかないんじゃないかな」

「人を殺す職業だとしても?」

「それは…………」


 そこで水連ちゃんはふっ、と息を吐いた。思わず彼女の顔を見る。ばつの悪そうな表情を浮かべていた。


「海斗さんは――全部赦しちゃうんですよね。愛さんのことも、桔梗さんのことも、真倉黒也のことでさえ」


 だって、誰も手を差しのべないのは可哀想だから。

 人を恨みながら生きるのは辛いから。


「あなたは誰に対しても誠実で、嘘を吐かなくて……でも、綺麗事過ぎます」


 息が詰まると思った、気づいたら息をしていなかった。夕闇落ちる路上の真ん中で立ち止まってしまう。

 綺麗事過ぎて何が悪いんだ――、それが実際にできたらどんなに良いことか。

 だが、そういうことじゃないらしい。同じく立ち止まった水連ちゃんは言った。


「――辛いんじゃないですか、周りにいる人は」

「そ、んなこと……」

「純潔過ぎるあなたと隣にいれるのは、同じく純潔な者だけなんですよ」

「…………そんなこと…………」


 ならば、ならば――。

 いや、そんなことはないはずだ。友達という友達はいないけど、糸鳥ちゃんだって希だってそんなこと思っているはず…………ないと思う。


「水連ちゃんもそう思うの……?」

「――裏世界に関わるべき人物ではないと思います。居候の身でこういうことを言うとあれですけど、あなたと一緒にいたいと思う人からしたら艱難辛苦だと思いますよ」


 艱難辛苦。正確な今は知らないけど、字面だけで意味はわかる。


「それを貫ける強靭なメンタルですよね、すごいのは」

「強靭な訳ないだろ……こんなになってるのに……」

「それは迷いですよ。答えが出る問題ですから、また別の概念です」


 赦すか、赦さないかの選択。これからも、ほんの数日前と同じような態度で接することができるのか。


 殺し屋が人を殺すのは当たり前だ。仕事だから、仕方ないと言えなくもない。

 なら現象は、辞めたと思っていたから実際に見た時のショックが大きかったから起こり得た。

 ああ――、俺は彼女にもうそんなことをして欲しくなかったんだ。


「どうすればいいの……?」

「私にわかる訳ないじゃないですか。それはあなたと……桔梗さんの問題でしょう。重要なところを他人に委ねたはいけません」

「…………中学生に説教されるとは…………」

「裏世界の住民は特に精神年齢が跳ね上がってますからね。風格という点では希さんなんかは尋常じゃないですし」


 それはある。何百人の不良を従えた総長みたいなね。きっと魔神もそうなのだろう。糸鳥ちゃんも、去代ちゃんも、海猫ちゃんも。


「そもそも俺と一緒にいたがる人なんていない気がするんだが」

「希さんとかそうなんじゃないですか? あの氷の城から移住してきたんですから」

「あまん気にしないと思うけどな」


 言い終わって顔を上げるとスーパーは目の前だった。

 この俺が人間関係で悩む時が来るとは、我ながら意外。まあ、あんな奇想天外な世界がなければ考える必要もなかったことだがそれが俺の試練なのだろう。そう思うことにした。




 買い物から帰ってきた頃には既に桔梗さんは表のリビングにいた。希との話は終わったようでソファーでくつろぎながらテレビを見ている。あまり良い表情とは言えない。しかし、こうやって挨拶をすればいつも通りだ。


「おかえりなさい、二人とも」

「ただいま戻りました……話はついたんですか?」

「まあね。彼女って意外と繊細な人なのね、知らなかった」


 希をそんな風に評価する人がいるとは。面倒見が良いとは俺も思うので、同意するところだが。

 その心配性の彼女が桔梗さんと何を話すのだろうか。嫌な予感しかしないがどちらも打ち明けて切れる気はしない。

 知らないところで事態が進むのだけは本当に辞めて欲しい。



 ◎


 八月一一日。時刻にして午後八時頃。

 氷河結晶討伐連合の会合が行われることになっている。情報共有が主な目的の定期的な集まりである。討伐するまでどれくらいかかるのだろうか……夏休みの課題はあらかた終わらせたが、先が見えないというのは精神的に来るものがあった。

 ちなみに俺は、別に氷河結晶を討伐するためにここにいる訳ではない。ここというのは古家ふるいえ御苑。首都、略奪師と激戦を繰り広げた懐かしの地である。


「どうして公園になんか……」と言葉を漏らすと隣を歩く目的の人物――龍月朧君が解説してくれた。


「ここに結界を作って拠点にするみたいだよ。氷河結晶の行動範囲を統計してここら辺が最も出現率が高いからだって騎士長が言ってた」

「何となく襲撃されそうなものだけどな……」

「結界と言っても、不可視の結界だからね。条件を満たしている者しか見ることはできないんだ」


 月光が照らす先に、数百人単位の裏世界の住民が集まっていた。月夜の下でこんな集まっていると宗教染みたイベントのようだ。俺達がやって来た時には既に情報は統合され討伐軍に伝えたられているという状況だった。


 簡単に整理するとこうだ。

 被害者数は拡大。もうすぐ一〇〇人を超えるという。また、つい数時間前に凍死体が発見されたとか。

 氷河結晶の組織人数の概数は――およそ三〇人という。異能の情報はというと全員が"氷"を使うとのこと。名は体を表すというか、そういう異能使いばかりを集めたという感じだろう。で、リーダー格の男は裁木さばきという凶悪なやつらしい。

 そして、一番大きいのが氷河結晶のアジトの発見だ。

「襲撃作戦は三日後に行う」と相変わらず仕切りをしている隻腕の巨人が言った。


「煮詰まってきているね」朧君は斜めに構えている。「まったくお粗末な作戦だよ。一致団結という点では氷河結晶の方ができている」

「数がいればって戦法なんだろうな。結局それが一番簡単でわかりやすい」

「その作戦で一体それだけが死ぬんだろうね……」

「それは自己責任ってことなんだろうな。雲行きは怪しさはひしひしと感じるけどな」


 戦力面だけ見れば成功率は素数連合の時より圧倒的に高い。一人に五人でかかればまず負けることはないくらいには平等の戦闘が繰り広げられるだろう。死傷者数はぐんと減る。だが、あくまで比較したらの話でしかない。

 大失敗と比べたら大抵のものは良く見える。朧君の言い分はもっともで、泥船に乗っているようなものかもしれない。


「ま、俺達は俺達のすべきことをすればいいんじゃないかな?」

「だな」


 会合が終わると蜘蛛の子散らすように討伐連合メンバーは一目散にその場から消えていく。現実世界に戻った者もいれば、魔道具の力で影に潜った者も、はたまた転移系スキルを使用した者までいる。十人十色の帰還の仕方だ。混沌とした光景だった。

 見とれている俺とは対照的に、慣れたと言わんばかりに視線を外す朧君は踵を返す。


「じゃあ向かおうか……金糸雀金糸のところへ」


 揺れる金髪を追って。闇夜の都内んへと駆け出した。




 御苑から徒歩一〇分強、俺達は足を止めて大きな影の中から上を見上げる。


 糸鳥ちゃんの妹である少女、また別の姉を持つ特異な家族構成の少女は国の実質的な中心、都庁のてっぺんにいるらしい。

 二〇〇メートル長の二つの塔の下方を繋げた一種の近未来的建造物。月を反射する窓は想像以上に多く、部屋の体を為しているのか心配になった。重要施設だとは思うが、ここにどんな用途がるのか知らない。高校生は思ったよりも無知。


 彼女がどちらのてっぺんにいるのか、それとも真ん中の二回り高度が低い中抜けの部分か。それによって労力に差が出る。


 朧君は開かない自動扉を無理矢理こじ開けて内部に侵入を果たす。裏世界でもこの施設足を踏み入れるのは気が引けた。やってること不法侵入だ。動いていない監視カメラでも視界外に出たくなる。

 中は思ったよりも煩雑していてエントランスという感じではない。銀行の受付を広げたような印象を受けた。

 目を慣らしながら階段を捜索する。すぐに見つかった。丁度良く月光が入り込み踊り場が確認できた。


「屋上まで階段続いてる気がしないんだけど……?」

「それなら異能で登ればいいだけだよ」

「な、なるほど……」


 爽やかに言われても返事はどうしても苦笑いになってしまう。流石岩井塾生、といった感じか。黎明の世代に数えられるだけあって何でもできるんだな。


 明日絶対筋肉痛になる――、そんな台詞が思い浮かんだ。


 結局、途中から壁登りし始めたし。俺は手足を杭にして恐怖に抗いながら垂直の城をクライミングしたが、朧君は壁を歩くという荒業をやってのけた。


 何だかんだで右の尖塔の屋上までやって来た。五〇メートル四方の石庭にヘリポートのマークが塗られている。

 高い高い怖い怖い。

 真ん中で思わず腰を下ろした。


「誰もいないな……」

「どうやら逆に来てしまったみたいだ」


 朧君の指差す先にはもう一つの尖塔――と、人影。この距離では風貌まではわからないがビルの縁に座りながら足をぶらぶら揺らしていた。

 どうやってあっち行くの――?

 また登るのだとしたらもう諦めたくなる。こっから話せないかな。そっちの方が確実に楽だ。予想通り彼は「じゃあ、行こうか」と宣った。


「どうやって?」

「一っ飛びさ」


 言って朧君が手を差し出してきたので、その手を取ると彼は軽い動作で地面を蹴った。途端、高度が二倍ほど跳ね上がる。さっきまで立っていた四方がサイコロサイズになった。


 ところで俺は人生で一度もジェットコースターに乗ったことはない。だから人生一七年ほど急降下を経験していないためこれが初めてになる訳だが。

 曰く、普通に怖い。全身からドッと冷や汗が滲み出た。首の後ろが痺れて背中を凍らせる。


「下ろせ下ろせ下ろせ下ろせ下ろせ下ろせ下ろせ下ろせ下ろせ下ろせ!!!」

「落下ミスるから暴れないで!」


 途中、錐揉み回転しながらも何とか逆側の搭に着地することができた。反動なんか一切なくフワッとした落下であった。抱き着いた手を離すと、膝が砕けて尻餅つく。

 少女の背後から朧君が話しかけた。


「久し振り、金糸」

「どうも、朧先輩」


 煩わしそうに彼女は振り向くと、続いて俺にも視線を巡らす。不躾な目、と言うよりも不思議なものを見る目だ。その割に驚くような様子も見せない。

 俺は視線を外しつつ、立ち上がって朧君の隣へ立つ。


「訊きたいことがあるんだろう?」

「あ、ああ……」


 促されるようにして一歩前に出る。


「えっと……金糸さん? 糸鳥ちゃんについて訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「呼び出しておいてそれはないでしょ」

「そんな話は聞いてなかった……」


 高いところが好きだからって理由でもなければ、屋上を集合場所に選ばないと思ったが朧君の方かよ。あの跳びっぷりなら高所を好きなのもわかるものか。

 彼女――金糸雀金糸がちょっと不機嫌そうなのでさっさと終わらせようか。


「現在の糸言糸鳥の行動目的とかわかるかな?」

「さあ」


 興味ない風に彼一言で女は答えた。素っ気ないのは先程の反応からもわかっていた。この分だと本当のことを離してくれるかも怪しいところだ。


「じゃあ異能とか知ってる?」

「『雷速電撃スクリプト・サンダー』と呼んでたわ。名前の通り電気の異能。性質として裏世界の電化製品を動かすことができる」

「電気の異能……」


 岩井塾生らしい強力な異能だと思う。裏世界の機械を動かすことができるという点からも逸脱している。

 彼女の行動原理と関係しているかはわからんが、例外的な力だ、使い方によっては裏世界の非常識すら覆すだろう。


「彼女の使えるは岩井塾と極悪編隊。リーダーはほぼ確定と判断して、岩井塾の方だよな。俺はそちらの事情をあまり知らないが岩井塾の成立に際して事件とかなかったか?」

「さあ」

「じゃあ、岩井夫婦はどうだ? 生きてるとは聞いているが糸鳥ちゃんと接触とかしたとかないかな」


 この質問には即答しなかった。やや間を開けるものだから俺は彼女を見詰める。

 縁に座っていた金糸はその場で立ち上がり風を受けるように腕を大きく広げた。数少ない非対称性により裏世界に自然な風は存在しない。ならば月光浴といったところか。

 ゆっくりと彼女は俺に振り返った。


「――岩井夫婦は死んでるから」

「え…………」

「糸鳥が殺したようなものよあれは」

「殺、した――?」


 さもありなんと告白した彼女は顔を上げた。都会の光がない大空には星の連なり、天の川銀河がくっきり見える。下ばかり見ていたから光景を見て息が漏れた。

 儚い――。

 感想かどうかはわからないがそんな言葉がまず一番に出てきた。美しいものは悉く儚さを伴っているのかもしれない。手が届かないというのはそういうことなのだろう。

 海を眺めた時のようなセラピーを受けて、俺は改めて息を吐く。


「君の糸鳥ちゃんじゃない方の姉……名前は知らないけど、その姉は糸鳥ちゃんと繋がっているんだね」

「はい、そうです」

「彼女らはどうしてか岩井夫婦の殺害を画策し、実行した。でも君は理由を知らない。だけど君が関係者なのは確実だ…………鬣兄妹ならともかく、ガルダ君ならともかく、義妹の君なら"使われた"と思う」

「…………」


 返事は返ってこなかった。

 金糸雀金糸であり、糸言木糸である彼女の両方の姉が主役だとしたら彼女は準主役ポジション。敵は夫婦といったところ。

 また、糸鳥ちゃんは岩井夫婦が死んだことを隠そうとした。そもそも岩井塾というシステム自体がおかしいのだ。

 ――ヤバいことをしていたに決まっている。


「岩井塾というシステムにどんな意味があったのかはわからないが、きっとそれは成就したんだ。そうでなければ散々の襲撃を生き残ったという夫婦が死ぬ訳がない。ところで糸鳥ちゃんの異能は聞いたが、君と、君のもう一人の姉の異能は聞いてなかった」

「…………」


 畳み掛けるように言ったものの、どこ吹く風で暗闇の街を眺めている。

 都庁を超える高さの高層ビルも相当数存在している。どこまでも高い。ここで現実世界に戻れば百選に選ばれる摩天楼が覗けることだろう。

 好きな人とこういう景色を見るのは俺の夢? みたいなものだったりする。


「口止めされている訳じゃないんだろ? 君なら喋らないとでも思われてるはずだ。そうではなくてはこうして接触することもできない」

「仮定の話でしょ?」

「証拠はどこにある――、とでも言いたそうだがそれはあれだぜ? 犯人しか言わない台詞とかだ。その返事はルート確定させたぞ」

「そう。あなたの推測は知らないけど」


 嘘を吐いてるようには見えなかった。

 彼女は嘘を吐く理由がないから真実を隠さない――それは、無関心から来るもの。金糸と糸鳥ちゃんはもう完全に切れているのだろうな。


「私の異能は"対象の異能を知る"能力。そして、金糸雀かなりあすずめは異能使いではない」

「……無能力者、それは君の能力が保証しているってことか」

「そういうこと」


 岩井塾生、そして糸鳥ちゃんの協力者である雀さんとやらが無能力者とは意外な展開である。異能を知る――という異能を利用して何かを起こしたのは間違いないだろうがそれより先が見えない。

 金糸雀金糸から得られる情報はこれくらいか。

 朧君に小声で話し掛ける。


「今回の話し合いの代償ってどんなもん?」

「大したことじゃないよ。彼女の身を保証するって条件で来てもらった」

「身を保証? 直近で命狙われてたの?」

「まあね。岩井塾生ってこともあるけど、彼女の異能じゃ氷河結晶にも勝てないからね」

「ここら辺に来る方が危険だと思うけどな……」

「君が急いでそうだったからね」

「あ。俺のせいすか……」


 ビルの縁で片足立ちして揺れながらバランスを取る金糸ちゃん。すごく話し掛け辛い。怖過ぎて彼女に抱き着く勢いで肩を掴んで引き寄せる。少女一人分の体重が俺に乗った。

 ふむ。まったく警戒されていない。

 隙間なく触れているというのに、離れようともしない。俺が好きならともかく、そんなことは銀河が裏返ってもあり得ない。


「……君、恐怖心とかないのか?」

「ありますよ、表に出ないだけで」

「それが致命的なんだよな。咄嗟に行動に出ないって自爆くらいしか実用性ないぞ」

「そうなんだ」

「……シャキッとしないが、とにかくありがとう。参考になったよ」

「礼には及びませんよ」

「ここに来るの大変だったろ。本来ならエレベーターがないところだし」

「空飛んで来たから関係ない」

「あ、そっすか……」


 飛行の魔道具は人気なようで、結構な数が作られていてヴァージョンアップも頻繁に行われているらしい。商魂逞しい魔法使いが多いみたいだ。

 リアルマネーで取引されるので俺みたいな学生は泡銭を稼ぐしかないのだ。経済が成り立っていると言えなくもないが、これが原因で若者の参入が多くなっていたりするからなかなか頷けない。


「なら、今日は解散だ。気をつけて帰るんだぞ金糸雀金糸ちゃん」


 掌サイズの正三角形のアクセサリーを発動させると四メートルはあるグライダーが背中に装着された。よそ見して電柱にぶつかる時のように、ふらっとビルから飛び降りると数秒後、真っ白の布が鳥のような翼を広げて遠退いて行くのが確認できる。

 瞬く間にビル上には俺と朧君しかいなくなった。


「……帰ろうか」

「そうだな。朧君も今日は助かった、俺にできることがあったら何でも言ってくれよ。俺って忘れっぽいから」

「そうだね……近々お願いするかもしれないから宜しく」

「おう、任せとけ」


 返事だけは一人前なんだよな。俺。

 まったく言うのは簡単だ。思うのも自由だ。だが、実行に移すとなるとまた別の問題。重い腰を上げるまでで既に一〇倍くらいの労力が必要になる。だから軽率に口にしてはならない。

 言ったからにはまったなしだ、内容問わず覚悟する。


「では帰りますか」と言おうとした直前、朧君のポケットに入っている氷河結晶討伐連合の連絡魔道具がアラーム音を鳴らして発光した。スマホを模した受信専用の端末。二人して映し出された画面を覗く。

 どうやら、ここからすぐの場所に氷河結晶が現れたようだ。既に連合メンバーの幾らかは返り討ちに遭っているらしい。端末をしまった彼は羽織を整え始める。


「早速動いてきたな。俺達も行こうか」

「男前にざっくり切り込んでいるところ悪いけど、ここから下りるだけで数十分かかりそうなものだけど」

「さっき俺達はどうやってここまで来たのさ」

「君がゲームさながらのハイパージャンプをしてだけど」

「そうだね、俺の"異能"でね」


 というと――尋ねる前に朧君は俺の膝裏に腕を通し始めた。詰まらせることなく体勢に入る力が彼の細身にあるとは質が違うなと関心するばかりではあるが、いささか気まずい状況である。

 こいつ……ナチュラルにお姫様抱っこ選びやがったからな。


「背中に乗せて欲しかったんだが……」

「暴れそうだからさ。一気に下りるからしっかり掴んでて」

「う、うん……」


 思わず乙女な反応してしまうけど、大変心苦しい。

 足を竦ませることなく二〇〇メートルの高さをバランスを崩すことなく落下していく。数秒で地面まで到達してしまう。朧君の腕の中で様子を窺うと楽し気に笑っているではないか。

 足どころか下半身まで潰れてもおかしくない無茶な所業だ。

 だが、ふわり――と。

 何気なく、さりげなく、そんでもって気づかぬうちに地に足着いていた。


「じゃあ、行こうか」


 俺を下ろさないまま彼は一直線に現場へ走り始めた。その速度は尋常じゃないもので音や景色を置き去りにして駆け抜ける。

 身体強化の異能ではこうはいかないはずだ。落下無効と高速移動を実現させる異能とは一体何なのか。奥が深いまである。


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