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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
五章 氷河結晶
65/89

1.氷河結晶

 

 ◎


 氷河結晶討伐連合会議から数時間後、俺は自宅に戻ってきた。時刻は午後の一一時だ、とてもじゃないがただいまと言う気力はなかった。

 でも、俺の心内とは裏腹に気安さ満点の挨拶が為される。


「おかえり」

「まだ起きてたんですか、桔梗さん……」

「ええ、ちょっと考え事ね」


 綺麗なお姉さんの考えることとかすごく気になるけれど、追及する気にもならない。とにかく眠い。会場でずっと立っていただけだったがそれでも話を聞くだけで全身緊張状態だったことを考えれば仕方ないことか。


「風呂は……朝にして、このまま寝ます……」

「あら、お休みなさい」

「はい……」


 真っ直ぐ歩けないと理解しながらも身体がいうことを聞かない。自室の扉の前にして一回体当たりしてようやく止まる。思わず前傾姿勢に体重を乗せてしまった。

 頭を擦ってずり落ちるかと思ったが、両脇に白い腕が通される。視界にはうっすら黒地の布が映る。


「…………き、きょうさん…………」

「こんなとこで寝たら明日全身バラバラよ」


 桔梗さんの肩を借りてベッドまで移動し、ゆっくり揺れないように横に倒される。布団が沈むと共に全身が柔らかさに覆われ一息に夢の世界に誘われた。


「お休みなさい」

「は、い……休みます……」


 桔梗さんの浮かべた仄かな笑みを最後に意識は消失した。

 眼鏡と髪留めが外され、頬を撫でられたような気がしたがきっと夢だろう。残念なことにリアルの彼女が俺に良くしてくれる道理がない。



 氷河結晶と呼ばれる異能組織が存在する。およそ一年前に発足した氷系能力者しか参加できないという一風変わった条件のある新興組織。

 目をについた者を片っ端に攻撃するという気性の荒い行動が確認されたが、しばらく鳴りを潜めていた。だが、今になってどうしてか姿を現し始めた。今回のアクションは過激を極め、大殺戮の様相を見せたため氷河結晶討伐連合が結成されたという経緯がある。

 同じ気持ちを共有する者が集まり氷河結晶を解体する訳だが、前回の素数連合でわかたっことがある。彼らは自らの異能を開示しないため作戦が立てられないのだ。

 結果、チームと方角だけ擦り合わせて後は実力で――、という杜撰な作戦とも言えない方法になった。それ故にほとんど生き残れなかった訳だが。

 まあ、今回もそんな感じになってしまった。

 斬り込み隊長的なポジションとしてだが朧君とダブルで調査に赴くことになったのは唯一の救いだ。岩井塾生だし、黎明期の世代らしいから強いはず。



 翌朝、いつもより一時間遅い目覚めだった。

 昨日の夜、討伐連合会議に参加した時と同じ格好だ。だて眼鏡と髪留めは机の上に置いてある。

 まずは水だ。とにかく喉が乾いている。

 リビングに出ると既に桔梗さんと水連ちゃんが各々好きなことをしている姿がある。水を溺れるほど飲んでから顔を洗いに洗面所へ向かった。


 それから朝シャワーを浴びて暖まって、というか暑くなってリビングに回帰するとテーブルには皿に盛り付けられた果物群。

 オレンジとかパイナップルが綺麗に揃えて並べられている。見た目はいいけど皮が付いていたり、薄過ぎて食べられなかったりするけど。

 果物は俺が美味しく頂きました。


「おはようございます」

「やっと?」

「さっき頭に冴えが戻ってきたばかりなので」

「ふふ、そう。おはよう、海斗君」


 一々名前を呼ばないで欲しい。年上のお姉さんに名前で呼ばれるってすごくドキドキしちゃうから。ま、戯れ言というやつだが。

 現在八月の初旬、まだ三週間以上休みは残っているが予定の一つを消化させてもらう。


「桔梗さん、今日は時間ありますか?」

「今日と言わず、毎日暇だけどね」


 訳ありの居候だから労働はせず、俺の家のメイドをしているから家事以外にすることがないのだ。実質的に俺というか、俺の親が養っている。


「なら買い物行きませんか? 一緒に出掛けるって約束してましたよね」

「ふうん、今でいいの? 昨日は忙しそうだったけど……」

「むしろこれから忙しくなりそうなので、ゆっくりできる内に」

「当日に言うのはどうかと思うけどね」

「…………ダメでしたか?」

「ううん、いいわ。準備するから待っててね」

「は、はいっ」


 蠱惑的な微笑みに背中に氷柱を突っ込まれたように身動きが取れなくなった。背筋がピンと伸びて、心なしか頬や耳が熱くなっている。

 俺の方こそ彼女の隣に相応しいカッコいい服に着替えなければ。とは言っても箪笥に中にある服に目ぼしいものはないのだよ。制服で行くかあ?


「制服で桔梗さんと買い物か……」


 上がるシチュエーションだった。

 冗談はともかく、高校生らしい私服に着替えてリビングで待機する。財布の中身、スマホの充電を確認しポケットに突っ込んだ。

 遠足前の小学生のようにドキドキしている気がする。

 それから数十分後――。


「お待たせ」

「…………………………」

「海斗君? どうしたの?」

「い、いえ……」


 ドキドキしながら待ち過ぎて疲れてしまった。

 本当に小学生かよ。ソファーから起き上がり準備の終えた桔梗さんを視界に入れる。


「カッ――!」


 やはり黒いな、と視線を下げたら白かった。黒好きの桔梗さんが白ファッションを纏っているだと!? 俺にしたら天地が逆転するくらいの衝撃だった。拘りとかなかったんですか。

 膝丈の真っ白スカートに半袖黒ブラウス。背中を隠す黒髪は左右で三編みされており、絶妙に俺の萌えポイントを押さえている。ショルダーバッグが斜め掛けされており胸元が強調されてなくもない――、というか驚異的である。

 これはお出掛け用もいうよりも、お洒落用だ。実年齢不明だが膝丈などなかなかできるものではない。キャピキャピしてしまっている。


「我が生涯の一片の悔いなしってこういう時に使うんですね」

「違うでしょ」


 そうかな? 

 この衝撃は女々ちゃんと初対面並みだ。美少女成分一〇〇パーセントの彼女と匹敵する。桔梗さんは美女成分が八五パーセント、美少女成分が一四パーセントだ。スペックを考えてもこの結果は妥当なものだ。


「語彙力がないのが情けないっ、ダメだ……俺にはあなたを誉めることができない」

「…………………………」


 シラーっと細い視線で睨まれる。

 百花繚乱とでも――?

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合とか――?

 砂漠の中のオアシスかな――?

 違う、そんな言葉で片付けて良いものかッ! 俺の脳をフル稼働させて言葉を紡ぎ出した。


「――――まるで、スーパーセルで青天の霹靂のような壮大さです」

「……………………壮大……………………?」

「……………………そ、そうだい……………………」


 普通に考えたらあり得ないことしていると、ようやく気づくのだった。いつもいつも気づいた時には遅いのだ。俺がはぐらかすから桔梗さんがぷんすかしてしまっている。


「嘘です、綺麗です。可愛いです、愛しいです、愛でたいです」

「あ、ありがと…………そこまで言われると恥ずかしいけど」


 そうでしょう、そうでしょう。あなたの構成要素の一パーセントは恥じらいですから。奇跡的バランスで成り立つスパイスが躑躅坂桔梗そのものと言ってもいい。ツンツンの後に来るデレであり、オラオラの後に来るドラだ。

 狙い通り紅潮した彼女に温かい目を向けつつ、にやつきを隠す。もう満足しちゃったんだけど。


「ま、行きますか」

「そうね」


 どこに行くかは決めてないけれど、隣にいて退屈することはなさそうだ。



 ◎


 まず俺達は小宮駅の隣である新都心駅にやって来た。

 ホームに降り立つとすぐに見えるドームとビル街は、ここらでは最も都会な風景だ。記憶では逆サイドにショッピング施設等が並んでいたはず。

 二ヶ月振りに来た。真倉さんに騙されて戦闘させられたのが懐かしい。むしろ腹立たしいが。


「映画とか見ますかね」

「面白いのやってる?」

「さあ、テレビとかも見ませんからね。多分やってないと思いますけど」


 じゃあ何で提案したかってなるけど、お約束だから。だけど皆が皆が好きって訳じゃないんだよな。適当に雑貨屋周りを回ることにする。すると、桔梗さんが。


「突然だけど海斗君。もし知ってる女の子が君と付き合っていると勘違いしてたらどうする?」

「は? 急に何ですか?」

「質問よ。思わせ振りなことをして女の子が本気になったらどうする?」


 どうして精神衛生上際どい質問をしてくるのか。

 ラブコメか何かでよくあるやつ。いや、よくはないけど。ヤンデレとかよくやってそう。


「そりゃ説明するでしょ」

「本当? じゃあ色んな人に言い触らしてたら?」

「………………………………」


 最悪のパターンやないか。というかそんなやつとは話するのも嫌だろ。だが、遊びとかじゃなく本気だったとしたら……そう考えたらそいつはやっぱりヤンデレか。


「やっぱりね」


 無言を貫いていた後の台詞はため息と共に発された。


「付き合っちゃうのね」

「いや、そんなことはない――と思いますよ」

「押しに弱いにも程があるんじゃない?」

「違いますよ。それに誰でも付き合うなんてことは有り得ませんから」

「知ってる女の子って言ったよ」


 俺の知ってる女の子で付き合っても良いと思える人とは――。

 考えちゃいけないことだった。

 考えて答えが出てしまったら、どうする。意識してしまうではないか。

 すると、桔梗さんは立ち止まった。考え事をしていた俺は二歩進んで、二歩後退する。


「お茶しましょ?」


 指差す方を見ると、カフェの店先だった。まだどこにも行ってないが時間帯も時間帯だからランチにしてもいいだろう。停滞していた思考を走らせ追うように店へ入っていく。

 窓際の二人席に腰を下ろし、注文を済ませる。


「えと……」

「さっきの質問は気にしてないでいいよ。心理テストとかだと思ってさ」

「あはは、心理テストですか。はは……」

「…………誰か想像した?」

「してませんからっ」


 こんな必死に否定したらまるで想像してしまったみたいだ。その証拠にニヤニヤした笑みを桔梗さんが浮かべてきた。

 大人の女に遊ばれてる。弄ばれてる。それはそれで良いんだけどさ。


 そうこうしてい内に注文したものが届いた。オレンジジュースとサンドイッチが俺の手元に並べられる。桔梗さんにはアイスコーヒーとクリームが渦巻いた謎のコップ。


「よく人目を幅からずそういうもの注文できるわね」

「オレンジジュースですか?」

「サンドイッチも。男の子的にはどうなの、女の子の前で無理してコーヒー飲んじゃいたくはならないの?」

「そんな痛いことしたくないですよ。絶対後から来るタイプなので」


 クール振ったりしても良いことなんてない。自分が意識してたって、相手はそうとも限らないんだ。大抵自意識過剰で終わり、全くの徒労となる。そう考えたらオレンジジュースもコーヒーも同じ。


「それこそ過剰なんだけどさ……」


 水があるなら水に越したことないけれど。

 桔梗さんのスプーンの動きに合わせてサンドイッチを食し、一〇分程で再び手を合わせる。ごちそうさま。心中で言って、一息吐いた。


「自分で誘っておいてあれですが……これからどうします? 雑貨屋とか本屋くらいしかなさそうですけど」

「なら散歩しない?」

「散歩」と鸚鵡返す。「ショッピングがてら?」

「ええ、目的もなくぶらつくのもいいでしょ」


 カフェを出た俺達二人はショッピングがてらの散歩に出発した。かなりの店舗数を従えているモールなので見ていて飽きない。枕専門店、ゲームセンター、婦人服、ドラッグストア等。無秩序に並んでいるのが現代日本の多様性を表しているようで面白――くはないけど。

 まあ、気を紛らわす程度だ。なのでどちらともなく帰途に乗っていた。隣接施設には向かわず、一般道の歩道を行くことになる。


「小宮駅まで歩きます?」

「そうしよっか」


 改札前を抜け、脇にある階段を降り、反対側の線路沿いをゆるりと歩く。

 線路に面するドームの地下駐車場入口が見えてきた。前を通ると生暖かい空気が流れてくる。覗くと橙色の誘導灯が煌めいていた。種目は覚えていないがオリンピックの会場になるんだっけ。

 夏真っ盛りな日射しの下でも、疎らながら人通りはある。


 俺達は周りから見たらどう思われるのだろう。姉弟か、恋人か、親子か。友人同士にも見えないな。

 すると――丁度、人が通っているタイミングを見計らったように腕が組まれた。捩じ込まれた桔梗さんの腕が肋骨辺りに添えられる。


「え、……超ふにふにするんですけど。あなた一体幾ら……」

「ちょっとこっち行かない?」


 信じられないくらい可愛い"作り笑顔"で左折を敢行してきた。半ば引きずられるように脇道に逸れる。

 数分もしない内に都会の一角が民家の合間にかわり果てた。唖然としながらも俺は彼女の後ろ髪を見詰める。無意味なはずはない――、と信じて足に力を込めた。


 一〇分程だろうか。それくらい歩いてようやく桔梗さんの足が止まった。着いたのはやや広い公園だが、ここに用があった訳でもないだろう。

 俺の疑問を先んじて、彼女は言った。


「さっき対面から来たの異能使いよ。それも聞くに名高い無差別の殺人鬼のね」

「殺人鬼!?」

「通称『黙殺虫ナチュラル・キラー』」

「ナチュラル・キラーですって!?」


 勿論、言われた名前に心当たりなんてないけれど、元暗殺者である彼女ですら警戒するというのなら驚異度は知れるというもの。

 それに殺人鬼と言った。

 無秩序な裏世界ならばそういう輩も少なからずいると思ってはいたが、ほんの数メートル先まで近づいていたと考えると身震いしてしまう。


「だから離れようとしたんですね」

「あなたの顔が知られてるからよ。そうしたら私まで裏世界の関連人物と思われるかもしれないから」

「ま、そうですよね……」


 納得しつつ、未だに俺と腕を組んでいる桔梗さんのあれの感触に至福を感じていた。


「巻いたんですよね?」

「ええ、そのはずよ。後ろには誰もいなかったわ」

「なら良かっ――」


 ――た、と言えれば良かった。

 しかし、桔梗さんが黙殺虫ナチュラル・キラーに気づいたようにあちらが俺に気づいた可能性もあるのだ。もしかしたら俺達が不自然に道を曲がったように見えたかもしれない。


 追ってくるとしたら、やつらはどうするか。

 俺は以前、新都心駅近くの金持ちの家に潜入したことがあった。その時、俺はどんなことしていたか――。


「公園でお姉さんとデートとか、何やっちゃってんの劣悪金属ラスト・メタルさん」


 背後から声がした。振り向くと、ベンチの背凭れに腰を下ろしている男がいる。こんな暑いのに長袖のパーカーに腕を通し、フードを被る少年。手には緑色の円柱状の何かが握られている。

 一種の値踏みするような瞳を向けられた。


「ところで君は人間? それともゴキブリ?」


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