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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
四章 裏世界の深淵
63/89

11.暗幕の奥

 

 ◎


『おおおおお! またしても劣悪金属ラスト・メタルの蹂躙だーっ! 強過ぎる、強過ぎるぞ! ちょっとくらい手加減してよ!』


 背中に接続している金属アームが対戦チームを薙ぎ倒し、阿修羅の如き尋常じゃない力を見せつけた。

 加速能力者の音速蹴りがもろに胴体に突き刺さるが微動だにせず、逆にその足を掴み取った。ネジを引き絞り、斜め四五度に投げ飛ばす。


 無数のアームの先端がU字の金属器を変形し、五人の首を地面に押し付けるようにして穿つ。


『勝者はライト・シューター、ライト・シューターです』

『やっぱりこうなっちゃったか~、いやすごかったけどね?』


 代わり映えのない歓声にもそろそろうんざりしてきた頃だ。仮面以外の金属化を解除し放送台下の観客席を見詰める。

 そこに並んでいるのは裏世界の住民。もしかしたら、ここに天空院雷導がいるかもしれない。


 優勝したので、この後は賞品の贈呈が行われる。

 一〇〇〇万円と"未来視の義眼"だ。どちらも俺の身に余る代物だがいつか役に立つかもしれない。適当なところで消費しよう。


 フィールドの再形成のために、一旦控え室に戻り、一〇分ほどで召集のアナウンスが鳴った。

 賭けも一段落したのか会場に戻ると放送台下の観客席はあらかた空席になっている。放送塔を覗いているもワッシーと目が合い、手を振られた。

 ステージのど真ん中に立っているのは白髪頭の老紳士だ。視線を向けると、片手に乗せているプレートを平行に保ったまま優雅に一礼してきた。


「コロシアム主催、天空院雷導の代理として賞品を贈呈させて頂きます」


 銀色のバットに一〇の紙束がピラミッドのように段々と積まれている。優勝賞品の一〇〇〇万円。百万が厚さ一センチという話は本当みたいだな。

 こうして見てみるとあまり大金という感じがしなかった。


 腹を金属化し、指ほどの取っ手を開くと歪曲空間に繋がっている。その中に無造作に放り込んで扉を閉めた。これで絶対なくさない。

 次は未来視の義眼か、と老人に向き直ると。


「申し訳ありません。優勝賞品、未来視の義眼は――盗まれました」


 言って、再び頭を下げた。

 そこまで欲しかった訳ではなかったが、事が事だけに多少は驚く。大会賞品を盗まれるとは一体何のためのセキュリティなのか。


「誰が盗ったかわかりますか?」

「いえ……」


 未来視の義眼――認識を改める必要がある。その価値を俺はあまり意識してなかっただろうから。

 まず、未来を視ることができるこの魔道具は眼を片方くり貫いて嵌め込まなければ使えない。おそらく現実世界での一般的義眼に魔法を付与したものなので、現実世界と裏を出入りしても問題はないだろう。

 そして、未来視の力。これは言うまでもなく悪用し放題の代物。盗みたくなるのもわからなくはない。

 一人でうんうん、と頷いていると老人が燕尾服の内ポケットから何かを取り出した。


「…………腕時計ですか?」

「これは天空院雷導からの、この度の不手際のお詫びの品でございます」


 高反射の銀のフレームの内部、黒い円盤に金色でギリシャ数字が記されている。テカりか方に安物感があるがカッコいい腕時計だと思った。


「魔道具ですか?」

「はい……"時が来たら道標となる"と仰っていましたが」

「道標?」

「それ以上は何も言わずに」

「……時が来たらか……」


 秒針が小刻みに揺れ、一回りして短針が分を刻む。

 時が来たら何かの引き金となると考えておけばいいのか。腹の四次元空間に入れるのは控えておく。もしかしたら狂うかもしれない。


 もしかしたらだが――、天空院雷導は俺が優勝したから義眼ではなく時計を渡したのか? 直接会うことができないため大義名分が必要だったのかもしれない。

 俺は腕時計を受け取り、早速左手に巻いた。


「優勝おめでとうございます。風当たりも強いでしょうが、どうか御武運を」


 軽い会釈をした老紳士に見送られながら俺は首都ドームを後にする。会場を出た外には警備員二人しかおらず、ほんの数十分前まで試合が行われたとは思えない活気のなさだ。

 何もなかったみたいに過ぎ去る風景が無性に虚しい。激情も渇きも、掻きむしりたくなる衝動も空転するようだった。


 路地裏で現実世界に帰還し、電車に乗って自宅まで虚ろに景色を眺める。

 小宮駅前に着いたのは二時間強ほどの時間の後だ。乗り換えのタイミングが悉く悪くて、行きの時よりも待った。

 駅前は夏休みとか関係なく、夕方になると人混みができる。隙間を縫いながら構内から出た。献血お願いします、という声は雑踏にまみれて掠れ掠れ、女子高生の一団が見向きもせずに横切る。


 同じようにすれ違おうと足を進める寸前に、袖を掴まれ軌道が変わった。人混みから抜け出て手すり際に寄せられる。西日に眼を細目ながら顔を上げると糸鳥ちゃん。


「こんにちは。先輩っ」


 私服姿の後輩が楽しげに笑みながら声をかけてきた。

 糸言糸鳥――岩井塾生。条件反射的のように、必死に押さえつけていた記憶が思い起こされる。

 徹底的な破壊を受けた姦女々の凄惨な末路が俺の脳裏を豪々と焼く。怒りと苦渋が全身に駆け回った。


「――ッ、ああ、こんにちは。糸鳥ちゃん」


 感情は隠そうと思っても隠しきれるものではない。だが、なるべく平静を意識して言葉を紡いだ。

 俺の異変を何となく感じ取っているはずだが、彼女は顔色一つ変えずに続けた。


「ちょっくら裏に行きましょうか」


 俺の手を取ると、すいすい人垣をすり抜けて階段を降る。陸橋下に建っている柱の影の一つに身を隠して、俺達は裏世界に侵入する。

 どこを見回しても人はいない無音地帯だ。声が響きそうなものだが人がいないから問題ではない。

 ここに来たということは裏の話だ。


「で?」

「聞きましたよ、チーム戦で優勝したそうじゃないですか」

「……聞いたのはそれだけか?」

「ええ、まあ、女々さんのことですよね……一応連絡ありましたし」


 糸鳥ちゃんは眼を伏せながらに染々と呟く。悲しんでる風ではなく、ただ事実を受け入れたような動作。

 だけど、俺は想像していた。

 腹の裏で冷笑する少女を――。


「――糸鳥ちゃん……もしかしてだけど、こうなることがわかっていたのか?」


 彼女の左腕を無理矢理掴んで柱に押し付けて、にじり寄る。見下ろすようにして丸い瞳を覗いた。逆に見透かされるような、揺れない眼光が俺を貫いてくる。


「へぇ? どうして?」

「いや何となくだけど」

「そんな適当なこと言うなんて意外ですね」


 いつも浮かべる仄かな笑みを湛えて彼女は答えた。はぐらかされたのか、それすらもわからない。

 女々ちゃんにも同じような感想を抱いたが、それ以上に閑静な心音が流れている気がした。


 押さえていた手を離すと、糸鳥ちゃんは手首を軽く回しながら歩き出す。調子を一転させて問い掛けてきた。


「未来視の義眼はどうするんですか? 使うつもりないですよね」

「あー、あれは貰えなかった」


 俺が追って答えると、途端に振り返って口をわなわなさせる。


「持ってないんですか!?」

「……欲しかったんだ……」


 糸鳥ちゃんの目的の一つがわかった。

 あわよくば俺からかっさらおうとしていたんだな。

 結局のところ彼女には彼女の利用目的があり、俺には預かり知らぬところで動いているのだ。同じ敵と戦ったこともない俺は彼女にとって味方ではないのだから。

 きっと、心は開かないのだ。


「……先輩って案外使えないですよねえ」


 彼女は愉しげに嘲笑して、早歩きでここを離れた。



 ◎


 自宅に着いた時には日は沈み込んで淡い青色の空を仰ぐことができた。けれど、無気力感を拭うことはできない。メンタルは強い方だと思っていたけど。

 扉を開くと出迎えたのは桔梗さんだった。


「おかえりなさい……って顔でもなさそうね」

「いえ、ただいま戻りました」


 気遣いの言葉をかけてくれたが、すぐに切り替えた居候一号はキッチンに立った。夏野菜カレーを作っているみたいだ。カレーはあまり好きじゃないんだがな。

 ソファーにかけながら、桔梗さんの纏う背中で結んであるエプロンの紐を見る。俺のプレゼントした漆黒エプロン。ふと、鍋を掻き回すお玉杓子の動きが止まった。


「そういえば同窓会の手紙が来てたわよ」

「はい?」

「手紙」

「は、はあ……」


 確かにテーブルの上には白い封筒が一つあり、真ん中に招待状と記されていた。中身を取り出し三つ折りになったA4紙を開く。タイプで打たれた明朝体が並んでいた。

『南木中学校 第53期卒業生同窓会 招待者:3年5組 会場:当校校庭 日程:9月20日 午後8時』

 要件のみが書かれ、余分な情報は皆無。裏を見ても、縦読みしても意味はなかった。


「実家から転送されたみたいね」

「だとしても誰が……」


 まったくきな臭い話だ。

 中学校を卒業生したのは二年前だ。同窓会にしては早過ぎる。集まる理由を適当に設定しただけにしても、匿名でこれは怪し過ぎる。

「行くの?」と背中を向けたままに桔梗さんが尋ねられる。


「どうでしょうね……断る理由は正直ないですが、新手のヤンキーの仕業って線があるので。不良と書いてワルってやつです」

「もしかして学校で待ち構えてってこと?」

「そうです」


 手紙をしまって視線を上げると、桔梗さんの肩が小刻みに揺れていた。どうやら笑いを堪えているようだ。そんな面白いことを言ったつもりはないんだがな。


「普通行かないと思うけど。つくづく変人だね」

「そんなんじゃないですよ……」


 行くつもりなんてなかった。

 ただ、中学三年生の頃は死んだ幼馴染と同じクラスだったから。行かなければならないも思ってしまっただけ。自分の意思なない。



 午後七時を回った頃、俺と居候一号、二号はテーブルを囲んで手を合わせた。頂きます。野菜カレーは野菜から食べるが吉。スプーンではなく箸を使って食す。

 まあ、野菜の味はそれぞれだよな。


「すごく美味しいです!」

「ありがとね、水連ちゃん」


 居候二号は忙しなくスプーンを口に運んでいる。成長期だから食べることは良い。俺もだけど。

 チラッと俺に視線を飛ばした水連ちゃんは桔梗さんにアイコンタクトを取り始めた。やがて大きく肩を竦めてため息を吐いた。


「海斗君は聞かないと答えてくれないのよ」

「みたいですね」


 ああ、そういうことね。感想言えばいいんですね。


「美味しいですよ、野菜以外」

「要はカレーの味ね……」

「カレーを食べるなら普通のが良くないですか?」

「そ栄養バランスを考えないと、夏バテするわよ」


 ピシャッと俺の意見は封殺された。

 健康とか考えてくれてたんだな。スーパーに並んでるからかと思ってた。旬の野菜は栄養があるって言うし。

 残すような不義理はしない。野菜のなくなった野菜カレー、美味しく頂きます。


「「ごちそうさまでした」」「お粗末様でした」


 明後日から八月。夏休みはまだまだ始まったばかりだ。こうして三人で食卓を囲む機会は飽きるほどある。

 しっかり食物に感謝して、手を離す。


「ちょっといいかな、水連ちゃん」


 丁度、食器をシンクで水に浸けている俺より一回り二回り小さな少女に声をかけた。クルッとコンパクトに踵を返す。


「何ですか?」

「ちょっと訊きたいことがあるんだけど?」

「ということはコロシアムで何かありましたね?」

「あったっちゃあったし、なかったっちゃなかったな。誰も話してくれないからさ」


 聞けば答えてくれるほど簡単じゃない。

 正面から聞けば、嘘吐くだろうし、はぐらかされるに決まっている。それは俺の誘導尋問の技能がザルなだけかもしれないが。

 この件のおかげで俺の立ち位置が微妙なことになった。何かが手遅れになる前に情報集めときたい。


「糸言糸鳥について調べられるかな?」

「岩井塾生ですか……頼られたところ悪いんですが多分無理だと思います。最近は塾生への風当たりが強いですし、政府が出張ってきますから。でも、今知ってることなら」

「それで頼む」

「糸言糸鳥さんでしたね、伝え聞いたことなので信憑性はありませんが、確か彼女――妹がいたはずです」


 後輩だったけど、お姉ちゃん属性だったんだ。次会った時はおもいっきり甘えてみよう。


「実の妹ではなく塾生として一緒に育てられた義理、ですけどね」

「義理の妹とか……」


 ラノベみたいだ、とは言わないけれど。そうか、家族がいたのか。鬣兄妹は血の繋がりが見られたがパターンはそれぞれか。


「名前は糸言……木糸きいとだったかな?」

「糸鳥ちゃんが今高一だから水連ちゃんと同い年くらいかな」

「心当たりはないので、襲撃事件よりも早く卒業しているはずです」

「ふむ……ま、ぼちぼち調べときますか」

「気をつけてくださいよ? "氷河結晶"が活発化してますから」


 氷河結晶とは何ぞや。俺が知っている前提で言わないで欲しい。


「氷河結晶って?」

「え……」


 知らないんだ、という気まずい表情に思わず目を逸らしたくなった。いつもことだけどさ。色々な人からそんな反応をされたな。

 水連ちゃんは咳払いで、区切ってから口を開いた。


「一年前くらいに現れた組織なんですけどね、構成員全員が氷系の異能者みたいで。ここに来てまた動き出したみたいですよ。とにかく目についた人間を攻撃してるみたいで、連合を組んで討伐しようという動きもあります」

「素数剣ほどじゃないんだよな?」

「当たり前ですっ」食い入るように答えた水連ちゃん。「まあ、油断できる相手ではないですからね」


 気をつけなければいけないことが多過ぎる。危険を避けるための準備に危険が伴うとか本末転倒だ。

 いつも先手先手を取られるのはこうやって後回しにしているため。本当に大事なことなら損失があっても実行すべきなんだろうけど、そこまでの覚悟はできていなかった。中途半端な野郎だ。


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