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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
四章 裏世界の深淵
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10.異能決闘大会――チーム戦

 

 ◎


 桎梏世界から出た俺達三人は首都ドームの最寄り駅の前にいた。座標にズレのせいででたらめな場所に繋がったのかな。足元には素朴な少年が倒れている。


 すぐに響いてきたのは観客からの大歓声だ。慌ただしく帰って来たばかりためか妙な浮遊感がある。歓声も少しくぐもって聞こえた。

 と、三人で顔を見合わせる。

 共闘は成り行き故、利害関係がなくなった以上は灰色だ。俺に争うつもりはない。


「俺はチーム戦に参加する予定だから戻るけど二人は?」

「私達は桎梏世界に入りたかっただけだしもう帰る」


 海猫ちゃんがせいせいしたとばかりに肩を下ろした。その気持ちはすごくわかる。

 対して、あんなことがあったにも関わらず毅然としている古露愛花ちゃんは。


「悪魔のことも、天使のことも私達だけの秘密よ。既に天空院雷導に知られてるでしょうけど、これ以上接触しなければ大丈夫だと思うから」

「わかった。ここで会ったことは忘れるってことでいいのな?」

「ええ、ではさようなら海斗ちゃん」

「ははっ、海斗ちゃんだって」

「……さいなら、愛花ちゃん、海猫ちゃん」


 二人の少女は手近なビルの壁面を蹴って、屋上を跳躍して離れていった。すごい帰り方をしてるな。

 ちなみに往来のど真ん中で寝ている少年は放って置く。あんな目に遭ったんだから、もう裏世界に関わらないだろう。説明の必要もない。


 念入りに体をほぐしてから、耳が痛くなるほどの歓喜の声に近づいていく。

 首都ドームの入口のセキュリティは仮面を着けて通過した。やはり嫌な顔をされたが二回目だから気にしない。急いで会場までの廊下を行く。


「個人戦は流石に終わったよな……えっとプログラムは……」


 壁面に埋め込まれたディスプレイの魔道具に現在の対戦者が入力されている。

『黒白教会』VS『ライト・シューター』――。

 これはチームの名称だ。既にチーム戦は開始しており、ライト・シューターというのが今回俺が参加することになっていたもの。

 岩井塾と名乗るのは危険ということで決まった名前だ。

 遅かった。苦味が口の中に広がる。桎梏世界で時間を取られ過ぎた。


 入場ゲートは閉まっているはずなので観客席に向かって走る。螺旋のように広がる階段を飛ばし飛ばしに踏み急いだ。

 中央やや左辺りのゲートから客席に入る。

 見回しても座席には誰も座っていない。裏世界の住民がいるのは放送席の下だせだ。

 だが耳障りな歓声は間近からする。


「参加者には人がいるように見えて、別々に音を複製しているようだな」


 階段を下り手すりを掴んで乗り出す。こうすればステージがよく見えると思ったからだ。

 同タイミングで実況解説の声が聞こえてきた。


『おっとー! ライト・シューターの美少女が滅多撃ちにされてるぞーっ!』


 ワッシーの楽しげな声とは裏腹に起きていることは無惨の一言だった。

 真っ白なブラウスもピンク色のスカートも自身の鮮血に濡れていた。彼女――姦女々は腹を殴られ血を吐いている。

 頭を掴まれた女々はそのまま顔面を外壁に押し付けられた。バキッという痛ましい粉砕が響き渡る。


 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度もだ――。

 バキバキ鳴っていたものが、ぐちゃぐちゃに変化してやがて平らに均されたような軽い音になった。ここまでされたらもはや人間としての造形を保つことはできない。

 関節が外れているのか垂れ下がる腕が捻れて揺れた。


「……………………………………………………や、めろ…………………………」


 残酷な光景から思い切り俺は眼を逸らした。見ているだけで自分にも痛みが伝わってくる。

 では、他の三人はというと、一人当たり一〇人ほどと戦っていた。捌ききれるはずもなく着々と追い詰められている。


 どうしてこんなことになっているんだ。大会規定ではチームは五人までだ。

 まさかこれも主催者、天空院雷導の手引きか――?

 放送台下の座席に突撃しようと廊下を引き返していると、リプレイ画面が表示された。そこには突然現れた数十人がライト・シューターに襲い掛かる瞬間だ。


「乱入者だと……!? どうして止めないんだ――」


 そう思ったが、すぐにこのコロシアムに抑止力はないという結論に至った。

 あくまでもイベントの目的ら呪縛を集めるため、金銭を得るため。参加は個人自由。それ以上に主催者の意図はなく、他の意図があっても絡み合うことはない。

 乱入されてもイベントのスパイスでしかないのだ。


「そうか、そうだよな――世の中なんて期待できることないよな……」


 安全を期待していた。

 正々堂々とした勝負が始まると思っていた。

 だが、間違いだった。いつも、何度でもする間違いだった。

 約束は――大切なことに対しては容赦してはいけない。きっとこれを表す言葉は"苛烈"という。

 鮮烈、熾烈、苛烈――。


 俺は客席まで戻り、柵に乗り出す。

 俺に渦巻く赤い感情に突き動かされ、爪が食い込むくらい拳を握った。


「金属化『赤鋼アカハガネ』」


 全身が鮮血色の騎士風のプレートアーマーに包まれる。十字の盾が肩に装着され、背中には翼を模した金属板が重なり並ぶ。

 禍々しさはバイザーに残っており、左右非対称のアイレンズは炎のような奇形。


 翼を展開し、蜘蛛のように八本の細い骨格を生成する。鉄骨の先端は三本爪になっており、地面にがっしり足を着けながら、ぎこちない動きで客席から会場に降りる。


『おっと、左観客席から乱入者が現れたようです。どう思いますか解説のワッシーさん』

『次は何だー! 変な蜘蛛みたいなやつがいるんですけど! 次の乱入者は意味不明過ぎ~! って感じでーす』


 人間味のない淀みなき進行だがスピードはある。

 黒白教会の乱入者含めた合計四〇人超の敵を倒すには骨が折れる作業だ。しかし、ただの機械的作業だ。


 赤い鉄骨の足関節からさらに三つの足を生成し、二四の足を黒白教会の者に向かって突っ込ませる。拡張生成しながらなので距離は関係ない。

 三本爪は奴らの腕や膝を貫き、両端共に鏃状の槍を残して次の敵へと向かう。喉から絞り出したような太い悲鳴が幾つも聞こえるが知らん。


「あの赤い蜘蛛野郎を殺るぞッ!」


 生き残りは集まって俺を攻略しようと慣れた動きで陣形を組んだ。俺の放った三本爪を往なした奴らが俺を支える八本の支柱に攻撃を仕掛ける。

 蜘蛛の形状からして、この八つの内、半分が壊されたら動けなくなり、さらに一つでも壊されれば倒壊してしまう。

 各々の得物、異能の一撃が赤鋼に叩き込まれた。

 ガアァン、ガガガゴゴォ――と、鈍い金属音がドーム一帯に広がる。

 そして、僅かに立ち上った煙と静寂。


「……………………傷、一つ……………………だと………………?」


 ポツリ、と誰かが溢した。支柱に刻まれたのは表面を削る程度の傷だけ。

 畏れによる硬直が走った刹那、柱から剣が飛び出し一網打尽に数十人を戦闘不能に陥れた。当然、殺さない程度に、意識を失わない程度の一撃でだ。


 比較的遠くにいる残党に眼に意識を傾けた瞬間、背中から足を生やしている俺に向けて放たれたミサイルが爆発をした。

 ドゴオオオオォォォ――と、爆風によりドームの天井は吹き飛んだ。さらに追撃とばかりに無数の炎の玉が合間なく落ちてくる。



 爆音の中でも聞こえていた実況の声もなくなっていた。

 尋常じゃない攻撃ではあったが、絶対殺戮神殿スレイ・スレイヴ・エデンほどではない。故に――。


「その攻撃で俺を倒すことはできない」


 関節から生えている二四本の掌が残党を捉えると、槍が射出される。音を置き去りにする一閃。肩を砕き、脇腹を抉り、片眼を切り裂く。

 残っているのはやつらの狂気染みた悲鳴のみ。

 ライト・シューター――つまりは、岩井塾生の四人には当てていない。鬣獅子王。鬣獅子女。鳳凰皇鳥。姦女々。


 後、一人残っている。

 いや、残しておいた。

 前情報で見ていた黒白教会のリーダーの男。恐怖に震えて歯をカチカチ鳴らす髭面の中年。

 俺は八本足で奴に近づく。逃げようとしていようだが出入口は封鎖されているためどうすることもできない。


「あ、開けてくれぇ! 金なら幾らでも払うっ! だから開けろおおおおおォォォ!」


 扉を引き、叩くが一寸足りとも動く様子はない。

 彼の後ろ姿に俺の影が被さった。びくりと全身を震わせ、ゆっくりと振り返ろうとする。

 俺は翼をパージして地面に降り立った。自分の手で――終わらせるなら自分の手で。

 返り血に染まっている鎧の手の中に剣を一振り。素数剣を意識した優美なデザインの西洋剣。

 首もとを狙いを定めて、構える。


「や、やめ、めっ、やめ――やめてくれえええええ――ッ!」


 惨めなまでの叫び声を聞いて、俺は眼を瞑って考えた。

 きっとここが最後のラインだ――。

 俺が立っているのは現実世界と裏世界の狭間。狭間は狭間でもここから先は落ちるだけ。

 どんなに手を伸ばしても戻ってくることはできない。有崎さんが苦悩したように、名もなき暗殺者の少年が郷愁に耽ったように。そして、魔神までもが苦しんだ領域。


 でも、論点はそこじゃない。

 俺はきっと、反復横跳びみたいに世界を行き来できてしまうタイプだ。

 もし、裏世界で人の命を殺めたとしても、現実世界に持ち込まないことができる性格。暗殺者である桔梗さんと同棲していることからもわかる。完全に切り離しているのだ。

 だから、殺すと決めたら迷わず剣を振るうことができる。


 裏世界に法律はないから別にいい――そんな理由だ。

 人の命を天秤に測るのに法律が必要なんて、最低の人間かもしれない。いや、かもなんて言えるはずもない最悪だ。

 それでも、俺に止める理由はない。どちらでもいいと思ってしまったらどこまでも堕ちてしまうから。


 赤熱の剣を振るい男を袈裟斬りにすると、やつは夥しい量の出血に伴って苦痛の悲鳴を上げた。

 結局、俺は殺さなかった。

 やめておく、と自分で決めた。

 そんなことをしてしまったら、幼馴染に顔向けができないと思ったから――。俺一人だったら選ぶことのできなかった選択肢だった。

 生成した剣を万力のような握力で砕いて、ただ立ち尽くす。


「おい……」


 電池が切れたように動かなくなった俺に、後ろから声をかけてくるものがいた。知っている声なので振り返らなくても誰かわかる。同チームの鳳凰ガルダだ。

 服や頭からチリチリと火花を散らしていた。


「鳳凰…………フェニックスの異能か」

「『不死皇鳥ガルダ・フェニックス』――炎と不死を司る能力だ」


 踵を返すと同時に実況放送が再開された。


『勝者はライト・シューターだーっ! 乱入者四〇人を一瞬で葬ったやつは劣悪金属ラスト・メタルだ!』


 ワッシーの雄叫びにモブによる歓声が追随するように拍手の嵐が巻き起こる。

 掻き消されそうな声でガルダは言った。


「姦があの状態だ、俺達は降りる……お前はどうする? 一人でもやるか?」

「やるよ」


 迷いなく答えられた。糸鳥ちゃんからのお願いは岩井塾生のチームでコロシアムに参加することだ。ガルダがやめると言えば約束もチャラになる。


「そうか……」と追及することなく頷くガルダは女々ちゃんの下に寄り、処置を施す。俺はやはり、その光景を直視することができなかった。

 合わせる顔がないのは女々ちゃんにもだ。


 試合終了の合図と共に開いた出入口は目の前にある。黒白教会のリーダーの男を踏み越えて薄暗い廊下へ歩を進めた。


 仮面以外の金属化を解除し、真っ直ぐ控え室に向かう。一面真っ赤な一室に身を投げ、眼を閉じる。何も考えたくなかった。


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