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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
四章 裏世界の深淵
61/89

9.天使と魔神

 

 ◎


 俺がセーフティ状態の間に二人の女――古露愛花と大海の魔女により、悪魔アストラ・インペルはほとんど撃滅されていた。恐ろしい威力のビームの中で復活したので咄嗟に〈スペリオル〉を使わなかったら俺はすぐさま消滅し、再びセーフゾーンに送り込まれていただろう。


「頼りになる少女共だな。カッコつけて登場するつもりだったのに……」


 ともかく、強大な敵を撃破した俺達は桎梏世界の深奥に封印されている天使の下へ向かった。


 彫刻像のような真っ白な女性の肢体には西洋風の布で巻かれて……何だ? 水着のパレオ的な? そんな軽い感じじゃないわな。

 己の知識の脆弱性に思いやられる。とにかく布に絞られていた。

 背中から鴎のような真っ白な羽が生えているのも天使らしい。彼女は球状の結界に中で停止している。結界を食らわんと呪縛が絡み付くがその度に消されて、しかし、飲み込んでを繰り返していた。


「彼女がそんなに危険なのか?」

「彼女って……君はあれをまだ人間として扱うの?」


 呆れというよりも、嘲り交じりに古露愛花が問い返してきた。


「元々人間なんだろ?」

「それを言ったらさっきの化物そうだけどね」

「……いや、人型だからさ思わず」


 何か言い訳してるみたいになってしまった。

 確かに彼女は元は人間だったんだ。『奇跡』の代償の精神汚染の末、感情と意識が失われてまったく別の存在になった。


「あれ? 精神汚染って極まると肉体も変化するの?」

「そうよ。呪縛も完全に飲み込まれるまでは人型を保つ、変わらず人型のパターンもあるけど」

「人型悪魔、獣型天使ってのもある訳か」


 悪魔アストラ・インペルはどうしてか呪縛異能者に異能を強制的に使わせて天使を抑える悪魔に変える役目を担っていた。そのためにコロシアムが開催されている。

 つまり、主催者側にあの獣の使役者がいるはずなのだ。


「話を戻して、この天使ってそんな危険なのか?」

「さっきの悪魔も見たでしょ。悪魔とか天使は土台無茶苦茶な強さを持っているの。弱いってことは絶対にない……この封印を見る限り最低でもアストラ・インペルと同等ってところかしら」

「最低でもって……ていうことは天使の中でも最強クラスって訳か」

「そうね」


 先程の悪魔もそうだが、天使からはプレッシャーというものがまったく感じられない。まさしく上位生命体と言わんばかりの体系をしている。第六感でもなければ、悪魔や天使の尺度は測れないのだろう。


「掻き回すだけ掻き回したけど、ノータッチってことね?」


 大海の魔女のため息交じりの質問に「うん」と古露愛花は頷いた。俺も彼女らに着いてきただけなので特に異論はない。


「でも、あの獣型悪魔がいなくなったってことは封印を維持できないってことだよな。いつか暴れ出すことか?」 

「……そうかもね」

「そうなったら終わりだけどさ。魔女が七人揃っても勝てないと思うよ」

「七人の魔女ねえ……じゃあ"八帝魔神"ならどうだ?」


 これは単純な興味だ。今は亡き俺の幼馴染の二つ名。彼女自身は最強と自負していたらしいが本当のところは知らない。

 ギリッ、と歯が砕けそうなくらい噛み締める音がした。


「あーあ」不憫なものを見る目で古露愛花が。「彼女には魔神のことは禁句なのに……」

「そういえば七人の魔女って魔神にこてんぱんにされたんだっけー……?」

「があああああああああああああああああああ――――――――――っ!!!」


 頭を激しく上下させて青い魔女は叫んだ。

 そこまでのトラウマを刻み付けられていたのか。相当容赦なく潰されたのだろう。可哀想なことをしてしまったな。


「あっと、ごめんなさい」

「許さんっ! お前の口を顔面から剥ぎ取って背中に付けてやるッ!」

「考えることだけでグロいこと言わないでくれ――って、本当に襲い掛かって来るな!」


 その時――、心なしか天使が顔を上げたような気がした。

 目を奪われるように凝視したものの、元の状態をしっかり見ていた訳じゃないので何とも言えない。

 気のせいではない、と思うが。羽交い絞めにされながらも冷静な判断力は残っている。


「――速やかにここを離れた方が良さそうだな」

「堂々と話をすり替えるなっ!」

「何でもするから許してくれ」

「そんなんで許すのはメルヘン系ビッチだけだっ!」


 糸鳥ちゃん、君は実はメルヘン系ビッチだったのか。

「馬鹿なこと言ってないで出口を探すわよ……」というため息が聞こえてきたので一旦休戦ということになった。

 二人の少女はとっとと歩いていくが、俺は後ろ髪引かれるように何度も天使に振り返った。

 どうにも、大切なことを忘れているような気がしたのだ――。


「ま、いつか思い出せるか」


 そんなこと言って思い出せた試しはないというのに――。



 ◎


「かれこれ一時間歩いているけれど、出口……見つからないな……」

「そもそもあるの?」


 俺と大海の魔女の文句を聞き流しながら古露愛花は首を振っては暗闇に出口を探している。

 ペースを考えたらもうそろそろ個人戦が終わってもおかしくない時間だ。どうにかチーム戦に参加したいところだが結構ギリギリになるかもしれない。


「ところで海魔女さん、君の名前は?」

「何でもいいでしょ」

「じゃあ、仮に海猫ウミネコと呼ぶから」

「猫はどこから来た!?」


 別に海猫さんのことを猫っぽいとか思った訳じゃない。海といったら猫しかないと思っただけだ。

 名前のことはともかく、ただ歩くだけというのも結構疲れる。俺は前を行く少女の背中に語りかけた。


「ここまで探してないんだから、出口を探すよりも創った方が良くないか?」

「じゃあやってよ」

「いや、あなた達魔法使えそうじゃん」

「私のは超能力。そこの海猫は魔法使いだけど」

「海猫言うな!」としゃかりきに突っ込む青い人は古露愛花に飛び掛かったが、避けられ地面に突っ伏した。どういうタイプの人なんだこいつは。


「海猫、使えないか?」

「そんなの使えるやつはなかなかいないんだよ! 次元に風穴開けるには果てしない空間干渉力が必要なんだ。それをわかって言ってんのか? あ!?」

「……じゃあ、俺達って完全に閉じ込められたって訳……?」

「え、マジで……?」

「さっきまで激おこだったのに……君って情緒不安定なのな……」


 出口はどこにも存在せず――もしかしたら、どこかにあるかもしれないが、この無限に広がる世界の中で探すのは何日あっても足りない。

 そして、創り出すこともできないとなると。

 俺は漆黒の宙を見上げた。その仕草を見て古露愛花が呟く。


「それしかなさそうね」

「何言ってんの?」

「私達はどうやってここに来たの?」

「ああ、また誰かが来るタイミングで戻ればいいのか……それってかなり、難しくね?」

「ええ、どこのタイミングでどこに落ちてくるかわからないからね」


 ここと裏世界を繋ぐゲートは呪縛異能者が落ちてくる時だけ。つまり、これ以降見つからなかったら開かないことになる。そうなると来年まで待たなくてはならない。


「ちなみにだけど……ここで現実世界に戻ったらどうなる?」


 対応する座標が存在しない場合はどうなるのか。

 古露愛花の一刀両断が発動する――。


「無理。戻ろうと思えばわかることだけど、戻ることができないから」

「そういう無効状態っての異能以外にあるんですね。じゃあ残る方法はもう一つしかなさそうだな」

「何かあるの?」

「あれ? 気づかなかった?」


 俺なんかは真っ先に思い浮かんだが、改めて考えると普通は思いつかないかもしれないな。桎梏世界の存在意義そのものだからな。


「天使だよ。天使ならこの空間も破壊できそうじゃん」

「結城海斗……」

「それはない」

「ふむ、その心は?」

「暴走するからでしょ」


 加えて海猫からも否定の言葉が出る。


「桎梏世界という遮蔽物のない空間と、呪縛の拘束から考えても、天使が裏世界に飛び出してきたら影響率からして裏世界だけでなく表もやられるはずだし」


 現実世界にまで影響を与えるほどの権能を有しているとは想定外ではあるが、俺にはある予感があった。

 先程、天使が見せた挙動――。

 精神が汚染されてるとはいえ、無条件に敵ではないはずだから。


「多分だけど、大丈夫だと思う」

「だから根拠は?」

「ないな。でも他に方法はないんだし」

「言っとくけどそっちの方が死亡率高いから」

「手早く帰るに越したことはないさ」


 はあぁ、とうんざり気味のため息を吐き古露愛花は「海猫さんはどう?」と訊いた。


「ううん……そろそろ歩くのも飽きてきたってのもあるし、ワンチャンにかけてみるのも悪くないかも」

「じゃあ、協力してもらうぞ」

「へ?」


 了承を得たので俺達は道を引き返し天使のいる桎梏世界の深淵まで戻った。呪縛が渦巻いているので一〇メートルより近づくことはできなさそうだ。

 俺と海猫の一歩後ろに古露愛花が並ぶ。


「さっき天使が反応した時、俺と海猫さんが話していた時なんだ。ほんの一瞬だったけど、ヒントになると思うから愛花ちゃんは反応する話題を探ってて」

「……わかったわ、結城海斗ちゃん」


 恥ずかしがり屋と言うよりも負けず嫌いって感じか。俺は普通に愛称として呼んだつもりだったんだがな。

 にしても海斗ちゃん、て――。


「顔面を剥ぎ取って背中に付けるだとか言ってたよな」

「残虐性に惹かれたとか? うわあ、嫌な天使」

「その周辺の話題だろ? 確か封印の後の天使をどうにかしようって話だったな」

「普通に警戒したんじゃない?」

「そうかもしれない」


 という訳で天使を排除を匂わせる会話を始めた。とは言っても、裏世界には常識外れな異能があるのでミサイルだか原子爆発じゃ歯牙にも止めない可能性もあるため実は難しい。


「にしても天使ってどんな能力持っているんだろうな」

「さあ? それこそ結界とかじゃない?」

「結界ねえ……俺なんかは結界と聞いたら創造クリエーションの人が思い浮かぶけど、どっちがすごいんだろう」

「どっちも底が見えないから何とも言えないけど、互角くらいなんじゃ」

「じゃあ天使が表に出ても抑えられるじゃん」

「強い力がぶつかり合えば現実と繋がるんだってば」


 そこが根本的におかしい。

 容量を超える力が発生すること自体がシステムとして破綻しているのだ。世界の中で世界を破壊する可能性が生まれること自体が秩序に反している。自然には起こり得ないこと。

 それとも――これこそがシナリオとでも?

 世界の意思か、暗躍する"大人達"の思惑か。何か大仰な計画がるのか? 人類進化計画ウルトラ・チェンジ・アジェンダみたいな。


「強過ぎて世界を破壊してしまうか。封印されているのは世界を守るため…………ここの主催って誰?」

「主催? あれの裏世界で会社企業して一儲けする野郎な。変わった名前だったから憶えてるはなんだが……ええと、思い出した――天空院てんくういん雷導らいどう


 明らかな偽名だよな、と海猫は笑った。

 だが、俺は笑えない。

 天空院海。

 天空院――その苗字は魔神が裏世界で使用していたものだ。奥の上にある南木公園の別名と俺の名前が由来となっている。

 こんな奇天烈な名前、前もって知っていなければ思いつきもしないだろう。そいつはきっと魔神、八神愛に近しい人物の可能性が高い。

 まさかだが、愛の親族とか?


「ん、どうした?」


 少し黙り込んでしまったようで海猫に心配されてしまった。

 天使じゃなくて俺が反応してどうする。


「天空院雷導……会えるかな」

「誰もその実態がわからないっていう触れ込みだから難しいと思う」

「そうか、それはまた後か」


 先程から天使が動く様子はない。気まぐれで動いただけだったのだろうか。

 唸りの息を吐いていると、斜めに構えていた愛花ちゃんが言う。


「海斗ちゃん、二人の会話を思い出してみたけど――反応してたのって海猫ちゃんが怒ってた時よね?」

「そうだな、そのくだりだとは当たりはつけてたよ」

「それって"あの人"の話題だったわよね」

「……どうしてここにもあいつの名前が出てくるんだ」


 それなら確かに納得はできる。

 裏世界にだって数人しかいない、天使が脅威として警戒するに値する名称になり得る存在だ。

 ならば、間違いなく彼女は桎梏世界の成り立ちに関わっている。天使とだって、接触していたはずだ。

 俺は問うた。


「――君は魔神を」


 桎梏世界の広さからしたら小さな呟きだ。

 だが、天使はしっかりと聞き取ったように顔を上げた。呪縛の隙間から俺を見つめる。光り輝く暖かな瞳だ。


「君は……――八神愛のことを知っているのか?」


 本当はこんな台詞を言うつもりはなかった。

 そして、天使は、呪いの浸食を防ぐ結界が軋ませてまで反応した。呪縛が急速に縮むと、天使から純白の線が飛び出して桎梏世界を塗り替える。ペイントを全消ししたように瞬く間に世界が漂白されていく。

「あれは……出口!?」と愛花ちゃんが指差した先にアスファルト造りの道路が見えていた。


 二人は出口に走るので俺も追う途中、天使に振り返ると――天使は微笑んでいた……ような気がした。


「愛……君は何をしていたんだ?」


 恒常性が働いているのか白く上塗りされた世界が再び黒く染まっていく。

「早く来て!」という海猫の怒号に向き直って俺は桎梏世界を後にしようと足は一歩踏み込む直前、呪縛異能の少年を置いてきていたことを思い出して反転した。


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