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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
四章 裏世界の深淵
60/89

8.The white covered by curse

 

 ◎


 背中に衝撃が走り、俺は自分がどこかに落ちたことに気づいた。すぐ隣には先程まで戦っていた少年がいる。

 視線を巡らすと、ただ真っ暗な空間――だが、不思議なことに視界は鮮やか。部屋自体が異能でできているといったところか。


 他にも人の気配があったので振り返ると少女が二人、間を開けて林立していた。


「古露愛花と大海の魔女……」


 何となくだが、きっと合っているはずだ。彼女らの放つ圧倒的覇気はそこらの異能者と比べ物にならないレベルだった。

 そんな二人が同時に、たまたま、集まったとは言い難い。俺の直感は外れていなかった。


 真っ青なカーディガンを纏った吊り目女子が俺を捉える。創造クリエーションを思わせる冷たい視線だ。

「あなたも……」と半分驚き、半分警戒の色を見せる。


「いや、何も知らない」

「じゃあ何故――、"呪縛使い"と一緒に飛び込んで来た?」

「?」


 呪縛使い――。

 裏世界なら、異能使いとか、魔法使いとかと名称のカテゴリーは同じものだろう。

 だが、俺は聞いたことがないし、知らない。


「呪縛使いって何だよ」

「……本当に知らないで来たの? そっちの方が面倒だ……」

「おいおい」


 説明してくれませんかお嬢さん――と尋ねようと、すり寄るつもりがその一歩は踏めなかった。後ろから肩を掴まれ身動きが取れなくなったからだ。

 万力で固定されたように関節の動きが封じられている。骨が砕けるというより、一体化しそうだ。


「……き、みは……」

「私は古露愛花。あなたは結城海斗で間違いない?」

「何故俺の名前を知っているんだ?」


 と、問い掛けるよりも早く古露愛花は言う。


「その反応だと当たっているみたいね」

「ここは裏世界のどこかに繋がってるんだよな? 他の参加者は?」


 彼女の発言は何かを知っているような言い種だ。何かを知っているはずだ。

 見えるところには俺と、少年と魔女と古露愛花の四人だけしかいない。既にどこかへ送還されたのだろうか。


「それと呪縛って何だ?」

「…………それは後で説明する」

「絶対しないやつだろ! 今、お願いします!」


 押しに弱いのかため息二つ吐いて古露愛花は口を開く。


「裏世界には異能が幾つか存在する。超能力と魔法がほとんどで、妖術使いなんてのはあまり見られない。派生として混成もあるけど今は無視。だけど、他にも異能は存在しているの。それは『呪縛』と『奇跡』と呼ばれる」

「呪縛と奇跡……」


 新しい、いや、隠されていた異能の名を思わず復唱してしまう。第一印象、闇と光みたいな対称性を感じた。

 で、あの少年の異能が呪縛に分類されると。


「超能力は自分のスタミナを、魔法は空気中の不可視不可侵の有限エネルギーを――」

「ゲームで言うとマナみたいなやつな」

「――妖術は怪異のスタミナを。で、奇跡は"精神を消費"して、呪縛は"肉体を消費"する」

「精神と肉体……? スタミナとかじゃなくてだよな?」

「ええ。その現象のことを"精神汚染"、"肉体汚染"と私達は呼ぶの」

「つまり、感情とか運動機能ってこと?」

「そういうこと」


 だとしたら代償がデカ過ぎる。精神を磨り減らしたら感情はなくなるし、肉体を捧げたら不随になる。

 他の異能と比べたら圧倒的に不便だ。下手に使うことができない。


「――で、問題はその後」と言ったのは青いカーディガンの大海の魔女さんだ。「精神、肉体を消費し尽くした場合どうなると思う?」

「消費したら死ぬんじゃないですか? それとも植物人間みたいになるとか?」

「それならどんだけ楽かって話だけどね……その答えはこの先にあるよ」

「いや、教えてくれよ」

「何でも誰かが教えてくれると思ったら大間違いだから」


 魔女さんは厳しい人のようだ。

 でもまあ、その通り。そう言われたからには自分の足で見つけようではないか。

 古露愛花と大海の魔女は示し合わせていたようで、特に言葉を交わすことなく、その答えがあるであろう場所まで歩を進めた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……」


 力なく叫んだのは呪縛の異能を持つ少年である。いつの間にか目覚めていたらしい。

 このままにしておくのも不憫なので連れていこう。


「えと、あっちに何かあるみたいだから……カモン」

「いやいやちょっと……」


 文句たらたらながら、少年は訳有り女子二人と俺の後を追う。

 にしても何もない空間だ。世界を構成する要素という要素が存在していない。宇宙の始まりだってもっと何かあっただろう。それともこれこそ終わりの光景なのか。


 星のような円球体なのか、ずっと真っ直ぐ歩いてくると不可解な発光体が地平線から昇る。眩い光が現れては消え、消えては現れた。

 光に闇が絡み付いている――。

 黒く汚れた球体の中には人の形を確認できた。


「何だよあれ……」

「"天使"ね」

「天使? 天使ってあれか、羽が生えてたり、頭に環があるやつ?」

「そんな感じそんな感じ」


 大海の魔女は俺には厳しいようだ。適当な返事が返ってきた。

 糸鳥ちゃんに大岩山後楽園に出てくる召喚生物について聞いた時、違和感があったことを思い出す。


「で、周りの黒いのが呪縛ね。正確には成れの果てだけど」

「呪縛? 結構流動性があるんですね……」


 もうちょっとねっとりしたものをイメージしていたのだが、ゆらゆらと形を変えている。

 だが、返ってきたのは否定の言葉だ。


「違う。天使の奇跡が呪縛を消し去っているんだよ。飲み込もうとする闇をね」

「呪縛って侵食するんですか?」

「縛る、だから当たり前でしょ」


 円球体の結界の中で天使は俯いている。

 感情の欠片もない表情だが、美しき芸術品のような麗明さがある。とにかく非生物感が強い。

 奇跡を酷使し過ぎて、精神汚染の末、無感情の天使に成り果てて。とても同じ人間だったとは思えなかった。


「――原点に立ち返って……どうしてこの天使が呪縛に囚われているんですか?」

「この天使が暴走しないように呪縛の力で抑えているのでしょうね」


 古露愛花があっさりと答えた。

 天使の暴走。

 精神汚染の末に心を失い、やがてはこのような神々しき後輪を背負った天使になるんだよな。

 心がないのに暴走をするのか?


「天使は大いなる意思のようなものに突き動かされ、奇跡を世界に飽和させる存在」

「大いなる意思って……地球の意思みたいなこと? そんなの存在してるのかよ?」

「……そう言われているだけの話。コミュニケーションすらできないから確かめられない」


 大いなる意思とやらが存在することを証明するのも、存在しないことを証明することもできない。しかし、誤差の範囲と断ずる訳にもいかない、か。


「とにかく天使は奇妙な行動を取るの。多分、この天使はその中でも最高レベルの神秘性を有している」

「で、呪縛により抑えている――? 誰の呪縛だ……使ったら肉体汚染があるんだろ? 無限って訳にもいかない」

「だから取っ捕まえてるんでしょ、コロシアムで」


 頭を整理したかった。

 古露愛花が言った。だから取っ捕まえてる、って。

 これがコロシアムの裏の目的か――?


「天使を下界に出さないように呪縛異能者をこのゲートに突き落としているとでも!?」


 あの少年が俺に攻撃する瞬間にバランスを崩したのは干渉があったから。

 元々、運営側は呪縛の異能を持つ者を突き落とすつもりだった。

 話をまとめたらそいう結論に至る。


「どうやらそうみたいね。実際にこの目で見て確信に変わったわ」

「じゃ、じゃあ僕はこれからどうなるんですか!?」


 震えた声を出したのは当の少年。

 ここに送り込まれた呪縛能力者は天使をストッパーを果たしている。ここで問題になるのは、強制されて呪縛を使い続けたかどうかだ。

 そしてもし、強制する人物がいる場合、そいつは――。


 ――知覚したのは無限の虚無が広がる上空から四足獣が無音に着地した瞬間だった。


 山羊のような禍々しい角が生えたドラゴンのような生命体。勾玉を思わせる細い瞳、凶悪な牙から漏れる咆哮は不快指数ガン上げ必死。

 眼も口内も真っ白に染まっていた。中身がスカスカどころの話じゃない。

 表面は呪縛表皮は喩えるなら、光さえ飲み込むブラックホール、吸収率ほぼ一〇〇パーセントの色彩ヴァンタブラックだ。


「"悪魔アストラ・インペル"」


 大海の魔女がポツリと溢した名称に対して返事する者はいなかった。その前に悪魔が飛び込んできたからだ。狙っているのは呪縛異能の少年。その前に立ち塞がっている俺たちともども轢き殺そうと巨大な前足が振り下ろされる。

 大岩山後楽園で現れた怪生物ジェットブラック・レイヴンよりも一回り大きい、完全に避けきることができなかった。スタンプの衝撃で俺は地面を転がっていく。

 少女二人は華麗に着地を決めていたが、表情は晴れない。ただデカいというのは脅威なのだ。


「今回ばかりは共闘するしかなさそうだな……」

「そんな転っている人に言われても」


 やはり大海の魔女、嫌なところに突っ込みを入れてくる。

 起き上がって彼女らの隣に並び立つ。四足獣は脱兎の精神で逃げ回っている少年に飛び込んでいた。

 ふう、と息を吐く古露愛花。


「まあ、出口を探すのと討伐するのと……どちらが早いかな?」

「そもそも出口あるの?」

「さあ」

「今は呪縛に気を取られているけど、その後私達に襲わないとも限らないしね」

「「やっちゃいましょうか」」

「君ら……」


 気が合ってることこの上ない。殺伐としてなかったら微笑ましいんだがな。

 まあ、戦うとなるなら俺もささやかなにながら助力させてもらおう。


「先手は俺に任せてくれないか?」

「大丈夫なの」

「海魔女さん、俺の本気に刮目しな」


 海魔女って言うな、と聞こえた。

 生体装甲『灰鉄』を纏い、今にも少年に食らいつきそうに迫る悪魔獣に突撃する。両手を剣に創り替え、後ろ足に突き刺す。ほんの数ミリだけ抉る。

 壁だった。

 これが壁に本気でぶつかる感覚なんだ。一種の感動を覚えてしまった。


 途端、キュイィィィィンン、という機械音染みた咆哮振動が虚無の口から発される。どういう原理か、俺にだけピンポイントで伝わってきた。

 音による兵器というものは実際に存在していることからもそれが凶器になり得ることは知っていた。知識として知っていたが――。


「――だからって、鎧を分解する程の振動だとっ!?」


 極小の亀裂が幾つも連なり、分子構造までも切り離したのだろう。音響兵器が物理的に何かを削るなど常軌を逸している。


 それは文字通り音速でやって来る。

 俺の体は瞬く間に砂塵と化した。



 ◎


 〈再生機能、実行中………〔0.000001%〕〉


 セーフモードに移行するのも久し振りだった。

 ここまで細分化されるのは初めてだ。

 まさか。一撃でここまでされるとは予想もできなかった。呪縛は大きな代償があるだけ、普通の異能の何倍も強力だと言えよう。


 悪魔アストラ・インペルは分子の間に働く力すらも千切る振動を発していた。あの時の俺は高硬度の金属体だった。それでも跡形もなく消滅した。


 あれは――防御が不可能なんじゃないのか?


 正確なまでの指向性があることは――呪縛から逃れられないと言われいるようだった。

 俺ですら呆気なく殺られたのだ、残された彼女らは……古露愛花と大海の魔女はどうするのか。上手く立ち回れるとかそんなレベルじゃなかった。


 蟻を象が踏み潰すだけなら良かった。

 だが、あれはある意味人間的何かだ。明確な意思がある。足に攻撃した俺を本気で排除した。

 憤怒とか、苛つきとか敵愾心――。

 それもそうか――元々人間だったはずなのだ。肉体汚染の末、悪魔になってしまったんだ。


 天使を動かすのが世界の意思とやらだとして、では悪魔は何なのか。呪縛にて天使を押さえつけようとしているのなら、世界概念とは敵対する何かだと。


 はっ、そんな馬鹿な話があるか。世界の意思なんてある訳がない。

 俺も、彼らも人間だ。天使になったとしても、悪魔になったとしでも、その事実は消えない。

 その意思を誰かだとか、何かのせいだと言われるのは遺憾だ。不服だ。業腹だ。

 そうであって欲しい――って話だが。


 きっとそれは悲しい物語だから。ここで断ち切る。アストラ・インペルが自分の意思とは関係なく呪縛のせいでこんなことをしているのなら俺が止めてやる。

 天使なんか知ったこっちゃない。



 ◎


 飛び込んで来たのは灰色の鉄人が瞬間的に始末された光景だった。彼を中心として空気の歪みがあったのも束の間、削り取られてしまった。

 古露愛花も大海の魔女も言葉を失う。


「ぇ……え!? 今何がっ!?」


 誰か青いカーディガンを纏った少女が隣にいる古露愛花に詰め寄った。だが、心情はどちらも同じだ。古露愛花も眼は見開いたまま立ち尽くす。


「ここまで強いなんて……」

「ちょっと、しっかりして!」

「静かにして。今考えているの……一六、いえ、それじゃあ足りない。倍は必要になる……?」


 ぶつぶつと呟くなか、悪魔アストラ・インペルは呪縛異能の少年に接近を果たし虚無の瞳を差し向けた。体を震わせて座り込んだ少年は、不気味が獣の形をして歩いてきているようだと思う。


「あっ――あ、ぁ、ぇって……!」


 舌が麻痺したのか思うように動かせず辿々しい呂律だけが溢れる。キュイィィィィンン、という咆哮が発されると、彼に異変が起こった。

 全身から真っ暗なヘドロが滲み出てくる。

 紛れもなく呪縛の異能を使っている時と同じ現象。


「があっ……ああああああああああぁぁぁあああああああああああ――ッ!!!」


 苦痛と吐き気が同時やって来た感覚に、少年は叫んだ。眼は充血し切って今にも血管が破れんばかりに膨らみ、やがて、闇に覆われ動かなくなった。

 黒い包帯に巻かれたそれは、ひとりでに浮き上がり天使の下へゆっくりと飛んでいく。


 桎梏世界の深淵が桃色に光った――刹那の合間に漆黒の繭は桃色の一撃により沈んだ。

 虚空の瞳は光線の始点のゆっくりと振り向いた。見据えられたのは古露愛花である。


「――生け贄にすることは、絶対許さないわ。呆気なく散っていった彼のためにも……私はあなたを殺戮しなければならないの。だからあなたはもう諦めて」


 冷たく言い放つと、背中に四つの葉っぱが翼のように現れる。翼はそれぞれ桃、緑、橙、空の色をしていた。

 桜の花弁のようで、新緑の葉緑のようで、哀愁の楓のようで、雪の結晶のようで――。


「『春夏秋冬ユング・フラウ』――"四季重奏フリューゲル"!」


 異能の発声と共に、四枚の翼からレーザーが放たれた。色彩は混ざって全く新しい薄黄色へと変化する。

 対して、アストラ・インペルは口を大きく開き超高音域の振動を繰り出した。

 人間の耳には知覚不能な音の物理攻撃が古露愛花に襲い掛かる。咄嗟に翼を盾にするが空中に投げ飛ばされた。絶え間なく、四足獣は指向性の消滅咆哮を発射する。


 逆転の余地がなかった。

 適応する時間すら与えない――そんな殊勝なことは考えていないにしても、容赦というものは皆無だ。

 これが現実、手加減などフィクションの中だけと思い知らされた。


 ――私もこんな簡単に殺られるというの。


 失望と落胆が心中に渦巻いた。己の弱さと不甲斐なさと、計画性のなさと他にも色々。

 何も結城海斗に付き合う必要もなかった。しかし、悲劇だと思ってしまったら動かざる負えなかったのだ。


 ――だから行動に後悔はない。ただ弱い自分にイラつくだけ。


「本当に馬鹿じゃん――っ!」


 魔女の声が聞こえたのは眼を瞑った瞬間でも、音響砲撃が到達する瞬間でもあった。水の球弾が横合いから古露愛花に激突し、古露愛花は消滅咆哮の射線から外れる。


 緑の翼を振るい風を巻き起こし安全に着地したところで彼女は自分の状態に気を向ける。全身が水に濡れ服が肌に張り付いた。今度は桃色の翼を振るうと熱が発生して水は蒸発する。


「あなた。自分は出口を探すと言ったわよね……?」


 まず古露愛花が向けたのは呆れたような細い視線だった。目を泳がせながら大海の魔女は返事する。


「い、気が変わっただけ!」

「相変わらず読めないわね……まあ、いいわ。正直一人ではキツかったけど二人ならギリギリ行けそうじゃない?」

「そうね。あんな獣如きに私達が負ける訳がないわ」


 少女は二人は並び立って今にも咆哮せんと見下ろすアストラ・インペルを迎え撃つ。

 ゴゴゴゴ、と地盤沈下のような縦揺れが起きた。桎梏世界の深淵の果てから何かがやって来る。四方八方から本来透明な液体が押し寄せてきたのだ。

 長い髪を手で払って大海の魔女が言う。


「"大海アイル"」


 四足獣に数千、数億にも昇るリットル数の水が殺到した。縦二〇メートルを超える巨体すらも飲み込み体の自由を奪う。四肢で水を掻いてもがき始めた。


 先んじて空へ避難した二人は状況を俯瞰する。能力の発揮者である大海の魔女がうんざりした風に言った。


「この程度じゃ倒せないわよね。そもそも窒息の概念がなさそうだし」

「自由を奪うという点ではいいんじゃない? 消滅の咆哮でもそれなりに時間がかかりそうだし」

「じゃあその間に"謳歌宝来伝"の準備しといて」

「ええ……でも、あれを確実に倒すとなると三〇層は必要だから、かなり時間がかかるわよ」

「何かよくわからないけど、ここは魔力がたくさんあるから大丈夫」


 桎梏世界の深淵――呪いと天使のせめぎ合う無限の空間。その押し合いに魔力介在しない分、静謐なままに維持されていたのだ。

 また、遮蔽物がないため遠くからでと引き寄せやすい。


「――あら、思ったよりも早い。もうそろそろ来るんじゃない?」

「マジでぇ……」


 うんざり気味の二人がさらに高度を上げたところで、アストラ・インペルを中心として大海がゴリゴリ削られ始める。水中でもお構い無くキュイィィィィンン、と咆哮すれば全方位に消滅の破動が広がった。


「じゃあ、時間稼ぎよろしく海魔女さん」

「その呼び方すると死ぬかもよ?」


 古露愛花はもう一歩飛び上がり息を吐く。両手を大きく広げ目を瞑ると、彼女の体の目の前に四色の四つ葉が現れる。

 まず一枚、と呟きさらに息を漏らす。間もなく二枚目が並んだ。


「本当に頼むわよ……!」


 逆に、大海の魔女はその場から降りて行く。

 無限に思えた大海は一つもなく既に原子レベルにまで分解されている。アストラ・インペルは無音のままに上空の少女を見上げる。

 きっつ――。

 魔女は頭のこめかみ辺りを押さえる。


「概念の音を媒体とした精神攻撃……」


 魔法により精神耐性を上昇させることで浸食を抑えている状況。四足獣の全身から微弱な振動が発生していたことは大海アイルを使った際に気づけたが、能力がわかったのはほんの数秒前。


「"発狂の呪縛"」


 付随して音による攻撃が可能といったところだろう、と。

 混乱と判断力低下の症状に襲われながら大海の魔女は指先を巨大呪縛獣に向ける。水色の煌々を纏った彼女の前に魔法陣が浮かび上がる。


 ――"過烈水圧縮砲ヴァラリア・ツェンダー"


 陣から燃え盛る炎の如き聖水の砲弾が射出された。真っすぐにアストラ・インペルの顔面に向かう。

 台風に匹敵する風圧の一声で過烈水圧縮砲ヴァラリア・ツェンダーを相殺し、魔女に向かって跳ねた。

 水色のエネルギーを推進力として瞬時にその場から離れることで回避しながら、今度は過烈水圧縮砲ヴァラリア・ツェンダーの魔法陣を一〇個展開し、射出する。


 呪縛獣は、グロオオオオオオオオオォォォ――と叫びながら全身を振り回し体当たりするように砲撃にぶつかった。何事もないように落下し、再び魔女を見上げる。先程より人間味のある憎悪にまみれた視線だ。

 背中に流れる冷や汗に意識を向けながら、少女は一息吐いた。


「呪縛の権能は連続行使はできないか……」


 だとしても大してダメージを与えることができなかったことに、魔女は思わず唇を噛みたくなった。

 だが、性格を理解するファクターにはなった。金属鉄人をひと思いに葬ったように、後先考えずに本気防御をしていきたのだ。

 ――二回目に本命の攻撃をすれば当たる。


「"水魔獄連鎖ネプテエント・ジグソー"」


 三〇を数える魔法陣が黒の巨体を囲むように発生し、水で構成されたチェーンが放出され四肢を拘束する。恐ろしき前足が引き上げられるが、鎖が千切れる度に質量が補填されより厳重に絡まり自由を奪う。

 さらにもがくが、もがけばもがく程魔法陣から飛び出す鎖は太くなっていく。

 クールタイムを終え、超音波のような耳から脳を揺さぶる奇音が発され魔法陣が壊され鎖が水と化し水たまりができる。

 ぶつけようのない感情を抑えもせず、呪縛獣が魔女に大口を開けた。鉄板すら切り裂けそうな鋭利な牙が魔女の柔肌に突き刺さる直前――。


「――はい、よろしく」


 軽く宙を蹴った大海の魔女は青いカーディガンを揺らしながら言った。相手は勿論―、古露愛花だ。

 古露愛花から悪魔アストラ・インペルまでの射線に四色の四葉が幾重にも並び、道標となっていた。その数は丁度三〇枚である。

 背中を見せる魔女とすれ違うと、掌から極彩色が溢れる。花弁にかざして叫ぶ。


「"謳歌宝来伝"――!」


 放たれた虹色の光線は花弁を貫くごとに膨大な熱量を獲得し、ほぼゼロ距離で呪縛獣に衝突する。覆い尽くす光線に飲まれギャアアアァァ――と悲鳴染みた嗚咽を漏らすが、地面に叩きつけられても耐えていた。

 呪縛表皮はやや崩れるが、再生力のせいで思ったよりも削れていなかった。


「くっ、くぅううう……!」

「愛花っ」


 超能力である『春夏秋冬ユング・フラウ』は古露愛花自身のスタミナ次第で維持できるかどうかが決まる。魔法とは違い本人の気合次第では膨大な力を引き出すことも可能だが、それをするには命をかけなくてはならない。

 しかし、そう簡単にできるようなことではない。

 強力な異能に恵まれた彼女―ー古露愛花には縁のない限界であった。都合良く引き出すことなどできないはずだ。


 その時――三つの虹色の槍がアストラ・インペルの腹部を貫いた。裂傷と亀裂から熱光線が虚飾の内部に入り込み呪縛獣は崩壊の一途を辿る。すぐにボロボロと砂塵となり、光線に飲み込まれた発狂の悪魔は消滅した。

 桎梏世界の深淵を照らしていた極彩の光が途切れ暗闇が戻って来る。跡形もなくなったことを念入りに確認して大海の魔女は振り返った。


「やった! 余裕で倒したじゃん、愛花!」

「あなたは時間稼ぎだけだったからよ」

「そうかな?」


 心底嬉しそうな笑顔を浮かべる彼女とは対照的に古露愛花は表情は硬いものだ。悪魔が最後を迎えた瞬間に見えた極彩色の中でも褪せない虹色を見ていた。現れた瞬間も、消えた瞬間も確認することができていない。

 その代わり出てきたのは――粉微塵になったはずの結城海斗。

 渦巻く感情を整理するのに時間がかかったが、やがて古露愛花は口を開く。


「何故生きているの……?」


 わざとらしく肩を竦めて結城は答える。


「そんな迫真な風に訊かれてもですね……隠している訳じゃないのでいいんですけどね。まあ、不死系の異能なんですよ」

「不死……そんなことだったの……」

「何で落胆しているんだよ」

「い、いえ、何でもないわ」


 遅れて気づいた魔女は地面に降り、結城の下に歩きながら。


「不死能力者かあ。初めて見た。砂みたいになってたのに生き返るんだ……ちょっと気色悪いかも」

「ひっでーの」

「だって死んでたじゃん。幽霊でしょ、実質。愛花とか呆気なく散っていった彼のためにも――とか言ってたし」

「呆気なくてすみませんね……」

「最初から本気出さないからでしょ? 死んでもいいからって相手の力量を視る嗅覚が鈍ってんじゃないの」

「む……意外とまともなことを……」


 結城に対しはやや厳しいがアドバイスもしっかりしている。存外世話焼きな性格が伺えた。それは古露愛花を助けに行ったことからもわかる。

 三人は呪縛異能の少年に寄って、状態を確認する。呪縛の強制発動による肉体汚染は見られなかった。

 大きく肩を下ろして魔女が声高に吠える。


「これで一件落着ーーーっ!」

「まだよ」と頭をはたいた古露愛花は桎梏世界唯一に光源へと視線を飛ばした。

 そこには呪いの瘴気に囚われている天使がいる。


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