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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
一章 裏と表のプロローグ
6/89

⑥手がかり

 

 ◎


 古家セントラルセンター脇の歩道。

 跡はまだ残っていた。


 一ヵ所だけ妙に黒ずんでいるところがある。体は落下の衝撃でバラバラに散らばったらしいが一つしか痕は見られない。

 そこのすぐ横に花束がいくつも置かれていた。


 本当に死んだんだな。誰もがそう思って手向けたんだな。


「ここで愛は……」


 太陽の傾きのため陰ができている。

 見上げると途方もない高さの壁が仁王立ちしていた。こんな高さから落ちたら逆に恐怖心もないだろう。

 即死だろうから痛みは感じないはずだが、その前は苦しんでいたのかな。


 肌寒いくらいのビル風が吹いてきたが、ここから動こうとは思わなかった。足を地面に縫い付けられたように立ち尽くす。

 俺のようにここに立ち止まる人が現れたところでここから離れることにした。

 後ろ髪を引かれるような――どころか引きずり込まれるような感覚を味わうこととなったが、ここで油を食ってる暇もない。


 四時前、古家駅を出発して最寄りの南木駅に六時過ぎに到着した。


 遅い時間になってしまったが今日のうちに『空中遊園』に行っておきたかった。既に太陽は沈みかけている。

 母親にメールを送ってから道のりを進んで行く。心構えがあったから前回よりは早く着くことができた。

 やたら幅が狭くて、急な階段も軽やかに上ることができている。

 最後の段に足をかけたところで公園の遊具が見えてくる――普通だったら。

 つまり、普通じゃなかった。


「こんなことに……!?」


 そこにあった遊具の骨組みは捻れて、切れて、バラバラに分割されている。地面は抉れて、木々は薙ぎ倒され、見るも無惨な惨状を呈していた。


 子供が近づけないように、ビニール紐を規制線にして残った鉄骨にぐるぐる巻き付けられている。

 昼に情報を整理していた時に知った、違和感の一つだ。


 南木公園――『天空遊園』の破壊。

 奇しくも起きたのは愛の死亡日時とほぼ同じなのである。まるで呼応するようにバラバラになっているのだ。


 しかし、これもわからない。

 方法論からして、一体誰がこんなことをできるというのだ?


 鉄棒を捻切るなんて人間の所業ではない。じゃあ機械を使ったかと問われれば勿論、否。規模を考えたら機械が必要だが、こんなところまで運ぶのは現実的じゃない。


 雷でも落ちたのか。天災とかそういうのじゃないと説明できない気がする。当然それも観測されていない。


「……壊されている、思い出の公園が……」


 あの日、愛が言っていた『あの公園』がやっぱりここだと思う。そう思える記憶を思い出せたのだ。


 ありきたりな話――。

 小学校に入学したての頃だったか、ここで遊んだ時のこと。

 仲良く二人でブランコに乗っていると愛が、小学生である愛が、俺に言ってきたのだ。

 台詞は多分『いつかわたしとけっこんしよ』だ。


 結婚の約束を昔にしてるなんてラブコメみたいで、本当にありきたりである。当時の俺は小学生並みの知能だったのでその言葉を知らなかった。


 だから答えは『うんいいよー?』という二つ返事によるもの。とりあえず頷いただけ。

 愛はそれで嬉しそうな顔をした。この時の俺も今と変わらず、愛の笑顔を見て笑顔になった。


 だが、この約束は永遠になし得ない。片方だけしかいないのだから。

 もしも、あの日これに気づいていたらどうだったのだろう。もしかしたら――。


「止められたとでも言うつもりか? はっ」


 いつの間に長居していた。七時半を回っているので帰ることにする。母親に要らぬ心配をかけるも良くない。

 階段を下りていくと誰かが上ってくるのに気づいた。道が狭いので少しスピードを落としてすれ違う。

 トラブルに群がる野次馬はどこにでもいるってか――。


「…………?」


 気のせいだろうか。

 さっきすれ違った男って、古家セントラルセンターのところにいたような気がする。


 何事なかったように降り道に足を踏み出すつもりだったが。

 脊髄に液体窒素を流し込まれた感覚というか、背中に氷柱を入れられた感覚というか、神経を首から引きずり抜かれた感覚というか。

 とにかく冷や汗も出ないくらいに芯から震え出す。

 こりゃあ――通り魔並みに怖いだろ。ストーカーとか。


「これは――切り込むべきか……?」


 状況を考えたら怪しさ満々だが、もしかしたら手がかりになるかもしれない。例えば、愛の件を調査しているジャーナリスト的なやつの可能性だってある。


 それにストーカーにしては手際がお粗末過ぎる。

 バレてください言わんばかりだ。偶然と考えるべきか。俺だって辛うじて思い出せたくらいだ、あの男も覚えてる可能性は高くはない。


 ならば逆にこちらからのコンタクトを取ってもいい。

 危険は承知している。それでも行くというのは馬鹿かもしれないが、実際そうだから臆する意味はない。


 振り返って階段を二段飛ばしで駆け上がった。

 緊張はしているが体はちゃんと動かせる。何かあっても対応できるはずだ。喧嘩は苦手じゃないし。


「はぁ、はぁ、はぁ……あれ?」


 壊れた遊具は見当たるが、件の男がいない。いつかの日のように探し回ったが、その姿はなかった。

 隠れてはいない。

 隠れてはいないだと?

 規制線の中にも入ってみたが、それでも人はいなかった。俺以外に存在してなかった。

 すれ違った後、俺は入口で止まっていたから来たら絶対に気づくはずだ。だから下りてはないはずだ。

 はずなのに。


「……おいおい」


 肌寒い――体が震える。怖い。暗辺りが見えない闇が怖い。

 さながら金縛りのように動けなくなる。

 そして風の音だけが耳に届く。


「人が消える――って……どういうことなんだよ!」


 手すりを乗り越えて崖を下ったってか?

 冗談キツいぜ。幽霊でも見てたのか俺は。上段の冗談。悪い夢でも見ているようだ。

 どうやって。

 不可能だ。

 まるで――最高セキュリティで仕掛けられているビルディングに侵入するようなものだ。


「あ……?」


 今、一瞬何か思い浮かんだような気がした。だが、よくわからないままに忘却の底へ沈んだ。

 よくわからないがここにいるのは危険そうなので帰り道に向けて一目散に走った。階段を下った後も全速力で家まで駆ける。


「今……今、何か……?」


 空は雲がかって星を隠していた。月明かりも薄く真っ黒だ。


 でも、一瞬だけ満点の星空が見えた気がする。それは満点というよりも満開だったが、脳内が作り出した幻想だったのか。

 それは青い空だった。


 そんなのはどうでもいいか。

 家に帰るとすぐに鍵を閉めた。唯一の安全地帯に着いたため膝が崩れてしまう。

 そして無意識に呟く。


「あの男、絶対何か知っている……」


 少なくとも入れない場所に入ることのできるトリックや方法を知っているはずだ。

 俺のやるべきことが見つかった。

 あの男にコンタクトを取る――。



 ◎


 翌日、朝から隣の家である八神家にお邪魔していた。

 愛の両親に連絡を取って部屋に入らせて貰っている。目的は勿論言うまでもない。

 手がかりの捜索だ。


「ここに来るのも久しぶりだな……」


 愛の部屋――入るのは小学生以来。当然ながら内装はだいぶ変わっていた。何というか事務的になってるというか、女の子女の子していない。


「勉強好きだったもんな……」


 机の棚には問題集が並んでいる。

 愛は勉強もできればスポーツもできる優等生である。だけど、何故そこまでして良くあろうとしたのかはわからない。

 少なくとも高校に入ってからは磨きがかかっていたとは思ったけれど。


「おっと……これは、日記じゃないか」


 机の引き出しを無遠慮に開けていたら見つけてしまった。他人に見せるための書いてるものじゃないだろうから赤裸々なことも書いてるかもしれない。


 俺は不躾だから躊躇なく開いた。必要そうなところを抜粋して読んでみる。

 どうやら、この日記には今年度に入ってからのことが書かれているようだ。


 ――四月八日、始業式。


 ――春休み明け、久しぶりに海斗君と一緒に登校した。なんだか眠そうだったから昨日は寝不足なのかもしれない。ゲームとかやるタイプじゃなかったと思うけど……

 ともかく海斗君と沢山話せて楽しかった。明日からは新しいクラスメイトとも仲良くと思うけど、海斗君はそういうのは苦手そうだから若干心配かな――


「俺のことばっかか……」



 ――四月九日、二年生になって初めての授業。


 ――昨日、海斗君は人付き合いが苦手だと思ってたけどそんなことなかった。でも仲良くなるのが皆女子なのが結構ショック……まぁ、カッコいいからわかるけど――


「なんてことを書いているんだ……恥ずかし過ぎるぞ! いや、女子ばっかじゃなかったしな!」



 ――四月二〇日、友達ができたけど。


 ――ツインテールの可愛い女の子、日高ひだか千尋ちひろさんと友達になった。初対面なのに海斗君とも仲良くなっている。海斗君が微妙にニヤニヤムカついた――


「ツインテールがいたらニヤニヤしちゃうでしょ!?」



 ――四月二二日。

 ――日高さんは良い娘だった――


「…………」



 ――六月一一日。


 ――島崎君が海斗君に絡んでいた。まったく合わなさそうなのに仲良さげだ。島崎君がどんな人か千尋ちゃんに訊いてみたが、どうしてか話してくれなかった――


「泥沼の関係だからなあいつらは……」



 ――六月一二日、体育祭について話し合った。

 ――放課後、先生に頼まれたことをした後にデートに誘っちゃった。本当に勘違いばっかり。もしかして私と二人きりが嫌なのかな、と思っちゃうよ。でも誘って良かった――



「……そんな風に思ってたのかよ……」



 ――六月一四日、ショッピングセンターで遊ぶ日!


 海斗君がお洒落を誉めてくれた。かくいう海斗君も気合いが入っていてカッコ良かった、自分の魅力に気づかないよね。

 海斗君と一緒に出かけるのは久し振りだったから楽しかったけど、少し独占欲が強くなったかもしれないから気をつけよう。

 どんな時でも海斗君は海斗君だった。いつも優しい海斗君が好きです……とか書いたりして――


「……軽く死にたい気分なんだが。マジで恥ずいこと書いてんな!」



 ――六月一六日。


 海斗君はあの公園のことを覚えてなかった。当然のことなんだろうけど、私にとっては大切なことだからショックかな。


 私は大切なものを守るためにいけないことをする。

 そんな時、海斗君はどう思うのか。

 正しくなくても、優しい海斗君なら許してくれるかもしれないけど、私は甘えててもいいのかな。

 罰を受けなければならないのに逃げててもいいのかな。


 こんな私を海斗君はどう思うのかな。もしも答えるが聞けるのなら聞きたいと思う。


 だけどその答えが拒絶の言葉だった時、私はどうなるのか。

 きっと生きていけないと思う。海斗君の前では。なんて全ての責任を押し付けるのも悪いよね……でも、残酷なくらい優しいからきっと全て受け止めるんだろうし――



 ここで日記は途切れている。

 何なんだこれは。最後のは意味が不明にも程がある。

 日記には俺のことばかり書いてあったけれど最後の最後はまったく理解できない。


「いけないことをする? 罰を受ける? 何を書いているんだ?」


 文字通りなら愛は罪を犯していて、俺に許して欲しいということになる。俺が許さなかったら生きていけないとも言っている――。


 つまり、俺が絶対許せないようなことをしているということか?


 警察はこの日記のことを知らないのだろうか――まるで遺書のようなものなのに。俺に話を訊きに来てもおかしくない。


「とにかくしばらく借りていくぞ愛」


 こんなこと言っても無駄だけど。

 それからも引き出しを開けて下着を確認したり、クローゼットを開けて服等もチェックしておいた。念を入れて掛け時計の裏も確認したがメモが張り付いていない。


 用なしと判断して部屋を出ようとした時、日記に挟まっていた一枚の紙ヒラヒラが落ちる。

 拾うとそれが地図だとわかる。

 コンビニとかでコピー印刷したようなペラペラの紙でできていて、ここらの地形が描かれている。


 俺の家から半径一キロメートルの距離の円の軌跡も描かれている。この場合は俺の家じゃなく愛の家なんだろうけど。また端っこの方に星のマークがある。わざわざ毎日使う日記に地図を入れるというのは考えにくいものがある。


「疑おうと思えば何でも疑えるな……疑心暗鬼にはならないようにせねば」


 愛の部屋の窓から覗けるくらいに近い自室にに戻った。ベッドで横になりながら考える。

 俺のできることはとりあえず今すぐできることは全部やった。


 八神愛の死は自殺と判断されたが、それは偽り。俺は真実を知りたい、そのために動いた。


 その収穫はないこともなかった。だが、残念ながら情報を統合する頭の方がない。

 日記を見返してみると意味深なことが書いてある場合もある。けれど何の前触れもなく因果関係を見出だせない。ここに書いていないだけで出来事があったのだろう。


「俺の知らない愛の姿か……」


 区切りを考えるのなら高校入学から。

 聖人君子のような性格とは裏腹に罪犯すような性格がある――。

 手詰まりだ。一発逆転できるような何かがあれば。


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