7.異能決闘大会――個人戦
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年に数回、首都ドームで行われる異能による殴り合いは異能決闘大会とも呼ばれる。
ルビだけ聞いたらどんだけヤバい戦争が起こるんだよ、と思ってしまうが実際は誇大広告。盛り上げるためのプロパガンダだ。北欧神話風。
大会では賭けが行われる。試合ごとにオッズが決められ、観客は日本銀行の発行する金券をかける。
それどころか関連グッズなんかも出る始末。Tシャツとかキーホルダーとか誰が買うんだよと思うが意外と売れるそうで。
お金持ちの大人が観戦するとかであの手この手でふんだくろうとしてるのだ。
「にしても結構いるんだな……軽く百人は超えてる……」
「現実世界だと夏休みですしね」
思いの外観客の数が多い。こんなにも集まると裏世界にいるということを忘れそうになる。
そういう訳で、人混みができている首都ドーム前にて女々ちゃんと隣り合っている。
「じゃ、エントリーしてくるから」
「はい、席から応援しますね」
「ありがとう」
魔道具も持ち込みは原則禁止。それは参加者も観客もだ。
認識阻害の腕輪を使うことができないため顔がバレるリスクがあると頭を抱えたものだが糸鳥ちゃんのナイスアイデアで乗り切る――。
生体装甲、顔面のみで突入。
入口前で警備をする二人が一番最初のアイアンマンみたいな顔をした俺に眼を丸くした。
彼らの手には魔道具無効化の銃が握られている。
「魔道具の類いは持ち込む禁止です」
「はい」
「その仮面は……」
「これは自分の異能です」
答えると、警備員は仮面目掛けて銃口を向けトリガーを引いた。何もでないといっても思わず目を瞑ってしまう。
やや不満そうな顔をしたが「どうぞ」と中に入れてくれた。
エントリー自体は糸鳥ちゃんがしてくれたみたいで俺はイベントスタッフの案内に従って控え室で待機する。一〇畳ほどの空間に椅子とテーブルのある真っ赤な部屋。
「赤を見てると好戦的になるんだっけ……」
子供騙しだ。それともまた別の意味があるのか。
しかし、ここまで真っ赤だと気分が悪くなる。血の色を見ていると嫌なことを思い出してしまう。死体とか、炎とか。
時間まで暇だから道中渡されたマニュアルを読むことにした。
『個人戦予選』――参加者多数の場合。
半径三メートルほどの円柱状フィールドに幾つかが形成され、グループごと、そこから落ちないようにする。写真には男二人が円から互いに押し出そうとしている姿。
円の外は桎梏空間と呼ばれる暗闇が広がっており、落ちたら出ることができないと記されている。だが、以前の大会で落ちたやつは今もピンピンしているらしいので死の心配はないだろう。
で、これが一番重要なことで――異能を使って落としてもいい。
予選で人数を擦り合わせた後はトーナメント形式。八人にまで絞るようだ。今回は例に見ない大人数の参加のようなのでかなりの数が落ちることになる。
パンフレットの最後のページには優勝商品がでかでか描かれている。一〇〇〇万円と十字真剣。参加者がこの金額に目を眩ましたのだと思うと虚しい。
「あの少年参加してるかな……」
俺が参加した理由の一旦を背負う少年――。
学校単位で裏世界が知覚されているところでは俺がレアキャラ扱いされ、誰が先に倒すか競争しているらしく実際に襲いかかってきた一人。
そんな事態が起きたのは俺の情報が半端に伝わっているからだ。
個人戦での目的は俺のイメージ返上のため良い成績を残し、強いことをアピールすることだ。
それから数十分――。
真っ赤な空間の中央の宙に次元の歪みが発生し、俺の体を飲み込んだ。真っ暗な視界の中、どこかを移動している。
どうやら、いよいよ始まるようだ。
「死なない程度に頑張りますか」
◎
煌々とした光が差し込んでくる――。
目を慣らしてから見開くと、既に俺は円形闘技場の中の円形闘技場に立っていた。半径三メートルしかない円柱だ。
サークルには俺以外に六人がいて、一〇メートルほど離れた場所には違うグループの円がある。合計七つのステージで八人を決めるようだ。
ふむ、俺のいる円は全て男。古露愛花も七人の魔女もいないみたいだ。とりあえず一安心だな。
一安心ついでに首を捻って数十センチ後方を見下ろした。深海の如き不透明さの桎梏空間。一体どこへ繋がっているのやら。
死ぬことはないとは言ってもこんなヘドロに入りたくはない。
再び正面に向き直ると、客席から歓声が上がった。日本チームのシュートがゴールに入った時のような雄叫びまでも多分に混じっている。
首都ドームは五万人超を収容できるが、その全ての席が埋め尽くされている。だからいってそれが全て裏世界の住人という訳じゃない。
注意深く観察すれば、観客のほとんどが同じ動きをしていることがわかる。つまりモブだ。何らかの異能でサクラを仕込んでいるらしい。
「そこまで盛り上げるための必要あんのかね……」
本物の人間の客は、中央にある放送施設の下の座席に集まっている。そして、立体映像の砂時計が浮いている。
流石にここからじゃ女々ちゃんがどこにいるかはわからなそう。
間もなく、スピーカーから大ボリュームのハウリングが鳴らされた。キィィン――という甲高い音に、空気は一転してローに落ち着く。
『今宵も始まりますラグナログ……個人戦まもなくスタートします。実況は私、波方、解説は――』
『――解説のワッシーでーっす! よろよろ~』
ラジオパーソナリティーみたいなやつらが担当している。アシスタントさんポジションの女の子がちゃんと解説できるのか気になる。ちゃんと聞いておこう。
『史上最多の四九人の参加ですがワッシーさんはどう思いますか?』
『えーと、すごい多いと思います!』
『は、はあ……』
全然ダメじゃねぇか。チェンジだ、アシスタントさんを交代させろ。
『でも、有名人とかいるからすごい爆発とか起きそ~』
『"古露愛花"、"大海の魔女"、"劣悪金属"ですね』
『そうそう、ラスト・メタル。ほら! 仮面着けてる! ははは!』
遠くから俺のこと指差して笑っていやがる。それどころかモブの観客の笑い声もこだました。
すごい勢いで笑われてるんだが……断固として交代を要求したい。というか誰なんだよワッシー。
まあ、古露愛花はともかく、"大海の魔女"か――水属性っぽいネーミングだ。それぞれの得意分野に応じた二つ名があるのだろう。
『もうそろそろ始まります、準備は宜しいでしょうか?』
『皆、準備上々だよねー! うぃーやっ!』
砂時計の砂がくびれをすり抜けて、落ちきる瞬間――スピーカーは最大音量となり、出力された鐘の音が始まりを告げた。
サクラの大歓声を呼び水とし、予選が開始される。
心の準備ができていない間に始まってしまった。
だから、初手の対応が一瞬遅れる――。
俺の正面に位置した青年はバッと両手を広げて。「『波状豪風』!」と叫ぶと、暴風が吹き荒れサークルから押し出す向きの風に呷られる。
そして、仮面を着けた俺を狙ったものだけは、不自然に一点集中され胸を叩くような衝撃が走った。グラッと足が縺れて背中から倒れる。
地面が足から離れて自由落下。黒い沼までの距離は一〇メートル。ステージ自体の高さが結構あるので、考える時間だけは十分にある。
両足を金属化し、突起状に拡張して壁面に穿つ。後はとにかく腹筋で体を平行に保つ。が――。
「これっ、きっっついな!」
俺の神業におおおおお――、という歓声が上がる最中俺の横を真っ逆さまに落ちる三つの影が過った。彼らの叫びは打ち消されて聞こえない。
逆行して俺は垂直な地面を割り進む。
フィールドには俺を合わせて四人。風使いが優勢、他二人は暴風に晒され動けずにいた。
足を一層、地面に突き刺しながら俺を落とした野郎に近づく。仮面なので風によって眼が霞むことはない。
「その仮面剥がしてやる!」
「ふっ」
風に乗って目の前まで迫る青年の右腕を弾くが、左手はすり抜け襟を掴まれる。完全に間合いに入ったやつは俺の顔の仮面と皮膚の間に爪を立てた。
「人間の力じゃ開くことはないぜ」
「ちっ」と彼は後方へ下がる。その隙に、彼を囲うように他二人が移動していた。期せずして三対一の形になる。
ジリジリと詰め寄っていると不意に右耳に爆音が叩きつけられる。視線を巡らせると、隣の隣の円柱から六人が弾き飛ばされているところだった。
円の中心に聳立していのは一人の少女。おそらく、彼女が古露愛花か大海の魔女だろう。
席の一つが埋まった。
まだ俺には余所見している暇はない。
「金属生成――槍」
直径四ミリほどの細さの持ち手にV字の楔が埋め込まれた極細フォルムの漆黒槍だ。抵抗値が限りなく低いので、人間の肉なら軽々貫くことができるだろう。
左右の二人もそれぞれの異能を叫ぶ。
「来いっ、『鉄筋召喚』!」
「『ペルセウス・カノン』!」
片や手にバールのようなものを召喚し、片や五つの星を浮かばせて光線を放とうとする。三方向からの攻撃に対して、青年は己を中心として旋風を巻き上げ防御の体勢に入った。
「……なるほどね……」
風の防壁はバールのようなものを弾き、緑色の光線を掻き消した。この中だと飛び抜けた異能のようだ。
だが――、襲撃者と比べたら生温い。
槍を床面に刺し、鏃を再生成を実行。
風の壁を出し抜く方法は簡単なことだ。地面から鉄骨を打ち出し、やつの胸を強かに打ち付ける。
「がはっ――!?」
息を詰まらせ異能制御が弱まった瞬間に防壁をすり抜けて、肩からのタックルで場外へと押し出す。
ま、不意討ちだな。
ここぞとばかりにバールを振り回す野郎には金属の拳をお見舞いした。こめかみに直撃し、昏倒。
「で、ペルセウス君はどうする?」
「あ、あぁ……!」
恐怖心だかで後退った彼は足を踏み外し桎梏空間に飲み込まれる。昏倒した男を闇に葬ってようやく本選の席一つを手に入れた。
おおおー、という歓声も聞こえるがもう慣れて感慨もない。
どうやら隣は拮抗した戦いが繰り広げられている。ムキムキ野郎がおそらくフィールドから作成した岩の剣と、童顔の少年の硬質化した腕が火花を散らしていた。
「――がぁっ!?」
「ふっ、貰ったッ!」
どうやら終局だったようで、少年が硬質を保てなくなったのか血が溢れ出る。大男は岩の剣で殴りつけ、場外へ吹っ飛ばした。
一仕事終えたとはがりに選手に振り返ると、光景を見ていた少女が震える。
「――うっわ、最悪やな……」
死人が出るイベントとはこういうことか。あんなので頭を殴打されりゃあ間違いなく終わる。
わかっていたこととは言え、見ていられない。
うん、運が悪かったと思ってくれ――。
鉄骨を数十メートル伸ばし、幅を一メートルほどに拡張した。根元を切断すると隣の円柱までの橋となる。
突拍子がなかったらしく、会場の空気がやや凍り付いた。そんな中でもテンションアゲアゲのやつもいる。
『やらかしたねー! ラスト・メタル! もうっ最高過ぎ!』
ワッシーがガラス窓に張り付くようにして歓喜している。
橋を渡るだけなのに皆に見られるからかなり緊張した。思わず足を滑らしそうになるくらいの重みがある。
筋肉質の男は俺を見据えて、にやつく。
それから、邪魔だと言わんばかりに少女に剣を振り下ろした。俺は両腕を金属化してそれに割り込んだ。ギィン、と高音の金が鳴った。
「あ、ぁ……」と息を漏らした少女。「あ、ありが――」言い終わる前に俺は少女を後ろ手で突き落とす。彼女は無抵抗に沈んていった。
一安心していると、見た目通りの渋い声がかけられる。
「何のつもりだ?」
「血を見るのは好きじゃなくて」
「はっ、そんなやつがここに来るんじゃねえよ」
「いやいや。それを言うのは俺を倒してからにしてくれ――」
右腕を刃に創り替え、奴に握る岩の剣を真っ二つにしてのけた。加えた力に殺し切れずにつんのめった男の腹部を左手で掌打する。
利き手じゃないならあまり効果はなかったみたいだが少なからずダメージを負っているみたいだ。
「ぐうっ……なるほど、噂に違わずなかなか強いな」
「それはどうも」
再び地面から剣を取り出すが、今度は二刀流だ。それに剣も一回り大きくなり射程が伸びた。
真上から圧縮するような二撃を両腕で打ち払えば、やつの胴体ががら空きになる。右腕を固く握ると赤錆から灰色へと色彩が染まった。
硬度変化だ。
「――甘いッ!」
読んでいたとはがりに大剣から手を離したやつは大きな掌を俺の首めがけて伸ばしてくる。このまま俺が拳を振るおうともリーチからして先に攻撃を受けてしまう。
ま、その程度なら――。
肘先からスプリングで飛ばした右の拳が男の顔面にめり込んだ。さながらロケットパンチだ。
「これだけ硬かったらタダじゃ済まないよな」
「うっ、おあああああああああ――いっ、痛あああああああああいッッッ!?」
ま、盛大に骨が砕けたからな。触れたくても腫れ上がってしまいどうすることもできないみたいだ。
あまり刺激を与えぬよう、転がして桎梏空間に落とす。ズムッと巨体が沈んでいく。本当に大丈夫なのだろうか。
「やっぱ入りたくねえな……」
「う、動くな!」
暗闇を覗いていると。震えた声で命令されても――と振り返れば中学生くらいの少年が俺に掌を向けていた。
ふむ、ここに残っているのは俺を合わせて二人。そして、橋を渡ってもう一人が俺の元いたサークルに逃げ込んでいた。抜け目ないやつがいたもんだ。
「ともかく君を……落とさせてもらうよ……」
「で、出ろっ、『闇黒獣人』!」
少年の右手から黒い影が泥々と溶け出て、何者かの上半身を形成する。獣のような鉤爪、角の生えた頭、三角形の牙。見覚えのあるようなないような動物の身体が影から出てきた。
影は驚異的なスピードで俺に斬りかかる。反応が遅れ、攻撃が俺の胸を抉る――かに見えたが、実際は空振り。
どころか、少年の体はぐらついて円柱の外へ傾いていた。
しかし、彼の動きは異常に不自然過ぎた。何者が頭にゴム弾でも撃ったような挙動を見せたのだ。
違和感を直感し、俺は彼の腕を掴んで、落下を防ごうとする。
その刹那――さらに隣の円から一人で傍観していたはずの少女が彼を負うように桎梏空間に向かって落ちる。
「あ……」唐突な展開故、腕に力が入らず少年もろとも暗黒に飲み込まれる。
絡みつくような暗黒の沼の、その先には――。




