5.路上決戦
◎
事が起きたのはその一時間後だった。いつの間にか眠りについていた俺は、車の急加速の振動に目が覚めたのだ。
俺は女々ちゃんを堪能していた上半身を起こしながら尋ねる。
「何が起きて……」
「トラックに囲まれてるみたいです。最近流行ってるやつです……こういうことを何と言うんでしたっけ?」
「……煽り運転ですかね」
「そうそう、ほら――」
綺麗な細い指が指差した窓の奥には確かにタイヤが八つある長大なトラックが並走している。有名メーカーのロゴが描かれていた。いやいや、そんな奴が煽り運転してたら訴訟ものだぞ。
――あ? これ、さっき見たぞ。
前後を見ても同型の車に挟まれていた。側面の壁のガードレールと共に四方囲まれた形になる。
「かなりのスピード出てるな……」
高速道路だけあって飛ばせる分、ブレーキをかけるつもりはないようだ。こちらが合わせるしかないとも言える。
「っ、まずいな」
「寄せてきてる、振動来るぞ!」
杉村さんは呻き、羽元さんが声を張り上げた。その瞬間前後左右から衝撃が走る。天井に付いている手すりと女々ちゃんの手を掴み身を小さくする。
だが、収まる気配はない。
「このトラック南沖にもいたな」
「なっ、何でそういうこと早く言わないんですか!?」
「だって気づいたらこんな状況になってたから」
ワンボックスから金鳴り音が響き、火花が散っている。今にもドアがぶっ壊れそうだ。
限界だ、という風にガラスを叩いた羽元さんが叫ぶ。
「やるしかない! このまま裏に行くぞ!」
「ちょっ――」
「せーの、の合図で入ります! せーの!」
俺の混乱が掻き消され、女々ちゃんの声に応じたフォースのメンバー達が意識を一つに集中させる。文句の一つも言いたかったが緊急につき、己の感情は抑える。他四人に波をあわせて足を踏み締めた。
車酔いにも似た平衡感覚の喪失と同質の反転、青が視覚に射し込まれた世界に移行する。車ごと裏世界に侵入するのは初めてだったから不安もあったが、とりあえず無事。
「ちょっといきなり過ぎませんかね! それにこんなことしたらあのトラック野郎に裏のことがバレますよ!」
ここぞとばかりにぶちまけるが向けられたのは冷たい反応である。羽元さんが
「結城、気づいてないか?」
「はい?」
「普通のやつはこんな迷惑運転しないだろ」
「そりゃそうでしょうけど……」
「天然か? 三台揃って囲まれるなんてあり得ないだろ。そして俺達フォースにはそうされる理由がある」
「てことは――」
言葉を紡ぐ前に、ワンボックスの周りに人が降り立つ足音が三つほど。今、丁度裏世界にやって来た――。
その誰もが作業服を着ていた。
偽装――という言葉が脳裏に過る。こいつらは俺達が南沖に来た時からチャンスを窺っていたんだ。
「裏世界の住民! 異能使い!」
「じゃ、杉村さん。よろしくお願いします」
「おう」
男色の男はサイドブレーキか何かのレバーを倒し、正面を見据えてハンドルを握る。そして「ファイヤーーーッ!」とアクセルを踏みつけた。
飛行機が飛び立つ時のような空気すら揺らす振動と、叩き出した速度による反動が襲い掛かる。背後の座席クッションに体を押し付けられ息を飲んだ。
コゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――、という自分の声すら打ち消すエンジンの轟音。
ヒュウウウウウゥゥゥ――、という耳に突き刺さるような超高の烈風音。
そして、覗く景色はフラッシュ暗算のような速さで流れていく。
「ジェットでも着いているのかっ!?」
「正解です、正確には加速装着の魔道具ですが」
「こんな魔道具が……!」
「これの専門のメーカーだっているんですよ」
窓を開けると暴風が顔面に吹き込んできた。眼を開けることも一苦労だが、確かに後輪部分にはドラム缶のような円柱が付いており炎を噴射している。そのまま先程まで遥か後方に視線を向けると、一瞬何かが煌めいたのを確認できた。
そして、空を飛んで追ってきている三人と目が合う――。
「もの凄いスピードで近づいてきている!」
「どれ?」
女々ちゃんも乗り出し、改めて確認すると車から細い糸が繋がっていることがわかる。ピアノ線――いや、裏世界仕様の強化繊維といったところか。
「糸を繋いで浮遊の魔道具を使ってますね。そして、少しずつ引き寄せているみたいです」
「早く切らないと追いつかれるな」
「梓さん、お願いできますか?」
車の中に身を戻した女々ちゃんが一言。
その梓さんは何も言わず、立ち上がる。車の中で立ち上がることなんてできるはずがない――。
しかし、押し上げると天井は開かれた。
「こんな車……日本にあるのか……?」
「車は裏世界仕様ですから。ジェットどころか機関銃も着いてますよ? トランクには武器に沢山入ってますし」
「もはや戦車じゃん」
「裏世界じゃ戦車なんて大したものじゃありませんけどね」
天窓から上半身を出した梓さんは何らかの動作をしたことにより、トランク部分に着いていた糸が切断された。敵の作業員は推進力を失い距離が遠退いていく。
しかし、まるで呼応するように、乗っているワンボックスカーのスピードも明らかに落ちた。炎熱ブースターの発する重低音が突如消失する。
「加速装置が無効化されたぞ」
杉村さんは鏡をチラチラと確認しながらアクセルを踏む。時速一〇〇を余裕で超えているだろうが相対的には減速したためとてつもなく遅い。
「魔道具無効化の魔道具みたいだな。銃口が見えた気がする」
「あー、もうっ。戦わないとじゃないですかっ!」
「落ち着け女々ちゃん」
「す、すみません。でも焦っちゃって……トランクにあるの全部魔道具なんですよ。戦闘系の異能使いも梓さんしかいませんし」
「何言ってんだ。俺がいるだろ?」
「海斗さん……」
ハッとしたような表情も可愛かったが堪能している暇もない。やつらは移動速度強化の魔道具でも使ったのか驚異的な速度で接近していた。
「梓さん、交代しましょう」
「裏切らないだろうな?」
「真っ先に考えることがそれですか……なら見張っててくださいよ」
俺は車の天窓から上半身どころか全身這い出たところで、俺は異能発動の呪文を唱える。
「金属化『灰鉄』」
禍々しき曇り空を身に纏い背に乗り上げた。足裏を釘を生成し、天井に突き刺し固定する。
さらに腕には――漆黒の槍を生成した。極細フォルムの幾つか創り出しこれまた天板に刺す。
「ちょ、急に刺さないでくださいよ!」という怒り混じりの文句が聞こえてきたが今はスルー。
固まって移動していた作業員三人は各々の距離を取りながら迫ってくる。
上半身に内臓された歯車を締め、真ん中のやつに槍を投擲する。バッティングマシンのような腕振りではあるが出来得る最高速を叩き出した。
「――フッ」と首を軽く傾けるだけで回避したやつは、一気に詰めてくる。負けじと漆黒の槍を投擲するが寸でのところで避けられるばかり。
その隙に左右の作業服を着た異能者が俺に向かって飛び込んでくる。両手を剣に生成して迎え撃つ。
剣を振るうが足を動かすことができないためリーチが少なく空振り、敵の間合いに入ってしまった。右からは赤いガントレットが顔面に、左からは青いメリケンサックが腹部に穿たれる。
灰色の鎧はボロボロに崩れる――が、消し飛ぶことも貫通することもない。ならばすぐさま再生してやる。
再び剣を振り上げるとやつらは迷わず離脱を選んだ。
「結構冷静だな……やっぱ正面からじゃなきゃキツい」
正統派戦闘スタイルの俺にはああいうヒットアンドアウェイには弱い。まずまったく攻撃が当てられないし。
頭を使え――避けられるのは高速移動の魔道具があるからだ。それがなければ異能の性質からして俺が勝てる。
再び漆黒の槍を生成し、念入りに突き刺した。
次の攻撃が肝だ、相手の予想外のことをして隙を突け。
左右の作業員がセンターラインを上げ、すぐにでも飛び込めるし、下退くこともできる絶妙な位置取りをする。
では、真ん中のやつは何をしているのかと問われれば――月光の織り成す影から銃器を取り出していた。
丸い円柱を砲身とした、所謂ミサイルランチャーというやつだ。その真っ黒な砲口は車を捉えている。
「ヤバっ! 杉村さんっ、ミサイル避けてください!」
無理だとわかっていても言わざる負えない。
打ち出された砲弾は真っ直ぐこちらに突っ込んでくる。槍を投げてその場で爆発させることも可能だが、その場合生き残るのは俺だけだから却下。
「お前らしっかり掴まれ! 飛ぶぞ!」
助手席から羽元さんが俺にまで聞こえる怒号を放ったので、従って体勢を低めると。
ビヨーン、と車体は軽く一〇メートルは上方に噴射された。砲撃は真下を潜り抜け遥か先の道路を巻き込んで大爆発を起こす。
重力に従い、落下するが上手く衝撃を逃がして破砕を防いだ。カーレースのゲームじゃないんだから、と突っ込みたかったが今はそんな暇はない。
両腕側面にチェーンと巻き取り機構を生成する。先端は鏃状になっている。
再び、敵の左右からの接近。
腰を落として構えてしばらく、二人の作業員はタイヤ目掛けて腕を伸ばす。まず俺達の足を破壊しようという策略だろう。
しかし――、それは予測通り。
「俺は死んでもいい囮だ……自分のことを度外視して何かを守ることもできるッ!」
背中に手を回して物品を生成する。
長方形を為した細身の銃身。両手に二つに握り、やつらに向けて突きつける。
瞬間――敵は脱兎の如きムーブを見せ、後退し始めた。
二人の作業員には俺の創った銃が"魔道具無効化の魔道具"に見えたことだろう。もしも、撃たれれば高速移動の力を失いエネルギーに振り回され爆散するから。
これはフェイク――俺が何故そんな精巧なものを創れたかといったら既に一回見たことがあるから。
「予想通りだっ!」
形だけの無能な銃を放り出した俺は車上から飛び降り、左右の二人に追撃を仕掛ける。
首もと目掛けてチェーンを打ち出し叩きつけた。勢いに任せて転がった二人は昏倒し、路上を転がって外壁にめり込んだ。残りは一人。俺も彼も立ち止まることなく突き進んだ。
やつ自身の異能の力により、腕に黒色エネルギーがまとわりつき邪悪に染まった。何もかもを飲み込む混沌が見てとれる。
金属手を突き出すと、暗黒の掌に打ち上げられ触れた部分が分子分解した。
掴まれた左腕は手首ごと消え去り、ブラックホールは俺が胸へと突き出される――寸前に俺の体は後方に引っ張られた。暗黒手は胸部装甲の表面を削るのみ。
「うおおっ!」
さらに後方に引かれながら放った渾身の蹴りが顎に直撃し、最後の一人も弾き飛ばし意識を奪った。
アスファルトに背中を削られながら――倒れた三人の異能使いの姿はどんどん小さくなっていく。
俺の背中にはまた別のチェーンが埋まっており、深く突き刺した槍と繋がっている。車の移動に引っ張られていた訳だ。
鎖を体内で巻き戻し、四人のいる車に飛び乗った。
「……いやあ、怖かった……」
金属化を解除し、天窓から車内に入り込んだ。車内は主に俺の槍のせいでボロボロになっている。
ふむ、槍が女々ちゃんのスカートの端っこを切り裂いていた。被害はそれくらいで済んだらしい。
「とりあえず一件落着か」
「今、私のスカート見ましたよね?」
「見たけど?」
「何か言うことないですか?」
「ああ、少しずれてたら怪我させちゃったな。ごめん」
「……スカートの奥とか見てませんっ!?」
「ふぅん、そうなんだ」
そんな報告をされても。自分のスカートの奥なら好きな時に自分で見ればいいだろうに。女々ちゃんが浮かべているのは不満というより、ドン引きの表情だった。
「で、あいつらは何なんですか? かなり暴力的ではありましたし敵で間違いないと思いますけど……」
「政府組織かもな」
梓さんが何気なく言う。
馴染みのある言葉、しかし、得体の知れない不透明な何かだ。
国家機関が裏世界のことを認知していることは俺もわかっている。だが狙われるとは何事だ。
「あ……? 何だありゃ?」
杉村さんがバックミラーを凝視する。羽元さん、梓さんも後ろへ眼を向けた。
砂煙が舞い上がっている道路上に蠢く影がある。トラックかと思ったがシルエットからして違う。
「これ……要塞……?」
全体のデザインとしては無限軌道に、一回り小さい円柱がその上に乗っている形。そこに数千の砲身が無秩序に埋め込まれ、巨大ヒーローの特撮に出てくる奇怪な生命体の様相だ。これはやっぱり戦車ではなく、要塞とか城と言うべきものだろう。
ホバリングの機構が付いているのか、道路上を滑るように進んでくる。流石に超伝導ではないと思う。
ファンタジックな光景に女々ちゃんがポツリ、と溢した。
「『絶対殺戮神殿』」
「ったく、次から次へと……ええと、スレイス、レイブ、エデン?」
「……スレイ・スレイヴ・エデンです。"奴隷狩りの要塞"とも」
「奴隷狩り!? まさか俺達を狙っていないよな?」
「…………………………杉村さん、逃げ切れますかね?」
汗の乾くような焦燥を漂わせながら女々ちゃんは訊いた。逃げられるか可能かを尋ねた、言うまでもなく――狙われているということだ。
三人の作業員は車ごと破壊してフォースを潰そうとし、俺が出刃って来たので実力行使に躍り出た。それが失敗したからようやく本気を出してきたというところか。
「一か八かといったところだ。全力で来られたら避ける間もなく終わりだな」
「そうですか……まったく、私がコロシアムに参加することをどこから嗅ぎ付けたのか……」
気がかりなことを言うので思わず口が開いた。
「コロシアムって……女々ちゃんが、というか岩井塾生が参加することがそんなに不都合なのか?」
「機関からすれば岩井塾の存在自体が機密ですからね、コロシアムなんていう大規模なイベントに参加させるのは避けたいのでしょう……塾生には生きにくい世界です」
「あれは政府機関のだと?」
「違いますが、依頼があったのかもしれません」
「そうか、わからないけどわかった。問答はこれまでにして、考えようか対策を」
見ただけで絶対殺戮神殿極めて危険な要塞ということはひしひしと伝わってくる。ミサイル、レーザー何でもありだろう。
闇雲に走っても焼け石に水だ。
「ともかく逃げましょう。どうにかするにも私達では火力不足過ぎます」
神殿は一定距離を保ちながらこちらの様子窺っている。
まず、構造を理解しなければならない。
工場を思わせる巨体はホバリングと何らかの推進力により滑空を実現している。大き過ぎるあまり左右の外壁を壊しながらの進撃になるが障害をものともしない馬力もある。あちこちに刺さっている砲身は細いものから太いものまであり、前者はレーザー、後者は爆弾を投射すると推測できる。
「構造的欠陥は見られないな……」
あんな凶悪な物体が実は紙装甲なんてことはあるはずもない。攻撃力、防御力、瞬発性、どれも一級品だ。
素数剣ほどの威力があるなら正面突破できるが、無いものはない。
青い月光しかないはずの裏高速道に閃光が差し込まれる。俺達の行く道を照らすそれは後方から放たれたもので――神殿の数多の砲身から漏れたものである。
ボウッ、と砲口から四方に飛び出した熱線がワンボックスカーに向かって軌道を変えながら突っ込む。格納されていた数十のミサイルまでも車体をホーミングしながら空を切った。
まるで世界を覆い尽くす花火だが、武力は核弾頭そのものだ。
そして、作業服の男にミサイルで破壊されたことによる分断された道路がもう目の前に迫っていた。
「ブースターとジャンプで一気に崖を飛ぶ!」
追撃があってもなくても、選択肢は飛ぶしかない。
ブースターが火を噴き上げ急加速した車は亀裂のギリギリでジャンプし、宙をもがく。その間にもレーザーは迫ってきていた。
「行くぞッ――!」
金属生成――!
マジックハンドに板を持たせたビジュアルの鉄筋を創り出し、レーザーに差し向けた。炎熱により鉄板は瞬く間に赤く染まり貫かれるが、軌道を僅かに逸らし車体への直撃を回避する。
全神経を盾生成に集中することで数千のレーザーをギリギリ捌く速度に至った。
俺の限界はそこまで、残りは任せるしかない。
「ミサイルは無理だ、頼む――梓さんっ!」
「言われなくてもやるってのっ! ――『大禍之鎌』!」
空中曲行する車の中でも、凛と立ち上がり異能を叫んだ。
体の内側から溶け出すように、梓さんの手に暗黒蠢く紫色の大鎌が現れる。
「モード〈three〉……ハァッッッ!」
車内から飛び出し、黒紫の鎌を横薙ぎした瞬間――。
抱擁せんと飛び込んでくるミサイルは全て一閃され、連鎖的爆発が巻き起こる。
熱風と爆音が路上を埋めつくし、視界から触覚、聴覚までが一挙に失われた。
◎
爆風に煽られた車体は錐揉み回転しながら放り出され、高速道路から住宅地へ落下地点が移る。
車体が上下反転しながらもドライバーである杉村さんがガチャガチャとレバーを操作すると、ブースターは炎熱ではなく颶風を起こした。
状態は真っ直ぐに安定したが、先程よりもパワフルに幹線道路に突っ込んでいる。
勢い余って最後尾の席から助手席まで流れ着いてしまい、羽元さんに怒られる。
「おい邪魔だ!」
「そんなこと言われたって仕方ないじゃないですかっ」
「いいから離れろよ!」
重力と慣性に逆らって二列目に押し退けられた俺は梓さんの胸に埋まる。埋まって、頭部を殴打され、三列目に押し込まれた。最終的に女々ちゃんに足蹴りされたのだった。
「踏んだり蹴ったり過ぎるだろ!」と突っ込もうと這い上がった時、助手席の彼が異能を叫んだ。
俺を害したその手から真っ赤な糸が溢れ落ちる――。
「『戦軍紐操』!」
車の前輪に絡み付いた赤糸が天から引かれ、荒ぶる馬車を外側から操る。
大幅に減速したものの、落下はクレーターを生じた。後部座席のドアがぶっ壊れるものの、タイヤもエンジンも柔なものじゃなかったようで駆動可能だ。
後頭部を押さえながら羽元さんが呟いた。
「振り切れたか?」
「死亡フラグみたいなこと言わないでください」
喩え、フラグなことを言わなくとも絶対殺戮神殿は追ってくるだろう。現に、背後から巨大物体が迫ってきていた。
再び、無限レーザーが充填され始める。
その影を見ていると、ふと、記憶が刺激された。
「ここは……知っている……?」
ここは確か、県道X号だ。
傾斜六〇度もありそうな下り坂が伸び、そこから真っ平らに一キロメートルは直進が続くはずだ。左右の幅が大きく取られて住宅街が並んでいる。
ならば、ここは荒山市を過ぎているでないか。
「これどこに向かってるんですか?」
誰にでもなく尋ねるとドライバー席から杉村さんが短く答えた。
「南木市」
「なっ、南木市!?」
「――そういうことか」
羽元さんの納得の声。
南木市は魔神のお膝元だった過去があるが、今は瓦礫の山だ。車の機動力を失ってしまえば蜂の巣になる。
「氷結城に行くんだな!」
「ああ」
「それは氷結城に突っ込んで、創造に代わりに倒してもらうという魂胆ですか?」
「そうだ」
「……………………男二人でわかり合って絆が深まっているところですが、城に創造はいません!」
俺の住むマンションの裏側に入り浸っていることだろう。もしかしたら何らかの防衛機構が存在する可能性もあるが、彼女のことだ。城くらい平気で捨ててしまうだろう。
「なっ、なんやて!?」
「大丈夫ですか、杉村さん? 関西弁になってますよ、関東人ですよね?」
「そ、そないことあらへんがな! せやかて……」
相当動揺しているようで運転が乱れていた。
二列目に顔だけ出してきて女々ちゃんが言う。
「あの神殿はトラック三台から作られてますから現実世界に戻れたとしても圧殺されますしね」
「逃げ場はないってことか。ならやっぱ迎撃しかないか」
「海斗さん、あなたが強いことは重々承知していますがあれを撃滅するのは不可能ですよ」
「いや俺も撃滅とまで言ってないけど……そこまでだったら確かに不可能だと思うけどさ」
「ではどうするというのですか?」
やや、詰問染みた強い語気で女々ちゃんは訊いてきた。
「正面突破」
「は?」
超絶美少女の本気の困惑を見ることができた。綺麗ではあるけど、やっぱり笑ってる方が良いな。
これだけだとあたかも脳筋作戦に聞こえてしまう。説明不足を補う。
「俺一人でな」
「そういう問題じゃ……ないですよ……」
「無謀って思うかもしれないけど、俺がやりたいと思ったからやるだけだ。今までは対人ばかりだったけどああいう要塞とも戦ってみたかったんだよ。俺のことは気にしないで逃げてていいからさ」
「海斗さん……」
「そんな顔するなよ。君は強いやつだろ」
俺は女々ちゃんのふくよかな胸に手の甲を押し当てた。心拍は一定間隔で刻まれている。
うん、動揺してない。
「そういう訳で他の皆さんもよろしくお願いします」
「……私の胸を触ってなかったらカッコ良かったかもしれません」
手の甲じゃそこまで堪能できないけどな。
◎
「ま、建前だがな――」
本当のことを言ってしまえば新たに発見した異能のスキルを試したかったのだ。『金属再生』は性質上、防御重視になる。強度を調べるにはそれなりの攻撃力が必要なのだ。
破壊を目的とした要塞ならば相手にとって不足はない。
「金属化『灰鉄』」
禍々しき暗雲の鎧を纏って要塞に向けて坂を昇る。
無音のホバリングで接近する神殿が俺を捉えた。目の前の砲身の一つが発光したからわかる。
ウィーン、という甲高い音が鳴り一本のレーザーが放射された。
俺は緩慢な動作で掌を突き出す。
そして、視界に映し出される青い文字のスクリプトを読み上げた。
「〈セカンド・フェーズ〉〈スペリオル〉」
途端、手首から先が虹の極光に包まれる。
〈コア・メタル・アーマー〉という強化能力があったが、効果はそれのさらに上位といったところ。
極大の光熱線を受け、虹が瞬き燐光を散らせる。指に力を込めると曲折したレーザーが住宅地を焼いた。
数十秒の後、終息――。
「ふう……一発程度は余裕だな」
熱に溶けたどろどろのアスファルトの中を歩いて行く。次に装填されたのはレーザーが一〇本、おそらくミサイルも射出される。
お互いの接近で距離は詰まっている。
一〇〇メートル地点で第二射が放たれる。曲線を描いて光線が降り注ぐ、さらに大外からミサイルが俺を狙う。
「ふッ!」
〈スペリオル〉を両腕に纏った肩の高さまで掲げる。極光が身体の周りを旋回し、不可思議な力が満ち溢れる。
四方からのレーザーは根こそぎ打ち消し、ミサイルは爆発されたら仕方ない。ただ身を閉じて待つことしかできなかった。
流星雨でも降ったのかと思った。
肩や背中にかかる重みといったらそれはなかった。金属化している故に振動が全身にくまなく響いてくる。
だが、熱さはない。
あるのは圧さだけ。
「――これなら、進める……」
俺が足を動かし出すと、神殿の方は推進を抑える。これ以上近いと自分すら巻き込んでしまうからだ。
爆発をものともせず神殿までの距離を詰める。
真下まで来ると、絶対殺戮神殿が相当の高さがあることがよくわかる。五〇メートルはありそうだ。現実世界ではこんな駆動物体を造るのに何年かかるか。
煌めきを散らせる右腕を要塞に突き込んだ。
指先に力を込め、"生成"を念ずる。拡張、拡大、飽和と呟きながら全身を硬化される。
瞬間、神殿の内側から尖角が飛び出した。金属の拡張を用いて砲口を内側から崩壊させ、落下した塊が道路に抉る。〈スペリオル〉は生成速度もブーストしていた。
ゴゴゴオオオオオォォォ――、と内部崩壊するけたたましい音が耳を打つ。全ての装甲が剥がれたエデンには杉の木を思わせる剣山がただ屹立していた。最後に、ホバリング能力が失われた土台が力なく砕ける。
握力を抜くと、〈スペリオル〉の燐光が塵になり、空へ消えていく。撃滅完了。
「うん、名前ほど大したことはなかったな。こんなんなら高速道路でとやっときゃ良かった」
異能を解除し、踵を返し、坂の上から街を見下ろす。裏世界に街灯はないため星々を薄める要因は存在しない。現実では北極辺りでしか見られないような絶景だ。
現代日本ではどこにいたって天の川を見る方法はない。だから、きっとこの空は世界よりも綺麗なのだろう。
「さて、帰りますか」
◎
今やその本懐を果たせない姿のワンボックスカーから出てきた四人は月下、坂道を見上げる。
映ったのは絶対の名を冠す、殺戮兵器が凶悪にして強靭な尖針に貫かれて破壊される瞬間だった。虹のような光も、爆発による赤熱も今や記憶の奥底にあるように。
左肘を庇いながら姦女々は呆然と呟いた。
「これを、一人で……」
裏世界には要塞や城を破壊できる能力者も少なからず存在する。それは創造、魔神を初めとしたS級以上の異能を持っているのなら可能範囲だろう。
その点、結城海斗の『金属再生』が特別恐ろしいという訳じゃない。
それでも女々が息を飲んで立ち尽くしたのは、異能の底無しの成長性だけでなく、個人の人間性との乖離が原因だった。
「…………あんな平然とした顔で…………」
一種の軽率さを交えながら、地域破壊を成し遂げる兵器に立ち向かったのだ。いや、立ち向かってはいない。
自他共に認める――お試し気分で。
何より、そんなやつが移動要塞を単機撃破した事実。
「ぶっ壊れてんな……」
羽元が呟いた台詞は実に的を射ていた。
一仕事終えたぜ、と言わんばかりの清々しい表情が狂気に見えてならなかった。
しかし、それもやっぱり本人は気づかないのだ――。
凝ってもない肩を回しながら海斗はフォースの四人の下までやって来た。先程までの焦燥とした感情を堪えて微笑みを湛える。
「お疲れ様です、海斗さん」
「ああ、じゃあ帰ろうか」
「はい……」
彼は何事なかったみたいに帰宅を提案した。
もう終わったことだ、と。
姦女々はその後ろ姿に摘めたい瞳を向ける。いずれ――戦うことになるかもしれない、と漠然と感じていた。




