4.フォース
◎
裏世界には『フォース』という四人の異能使いで構成された組織が存在する。男二人、女二人のメンバーで万屋のようなことをしているらしい。
そして、フォースの中の一人がどうやら"岩井塾生"であり、今宵俺がコロシアムのチーム戦で共闘する人物のようだ。
糸鳥ちゃんの指示に従って、俺はその塾生に会うことになっていた。
故に、俺は待ち合わせ場所である小宮駅から三駅ほど離れたところにある荒山駅前にて、学校にある体重計のような屋外時計を眺めている。
目的の人物どんな様相かわからない以上、辺りを見回しても意味はない。退屈と太陽に身を焦がされながら青空を見上げる。
「あー、いー、うー、えー、おー」
仄かにかかる倦怠感を紛らわすために声を出してみた。五文字だけなのに音程が全部違う。我ながら相当の音痴だ。運動も方向もだけど。
しかし、そもそも俺は歌の歌い方など知らない。
「学校じゃただ腹から声を出せとしか言わないからな。そんなフィーリングでできる訳はないわな」
走り方を知ったのだって高校生に入ってからだった。腕を振っただけじゃ早く走ることはできなかった。小学生から中学生の間、おかしいと思いながら試行錯誤していたのだ。
結果、偶然辿り着いた。
五〇メートル走の結果が一・五秒も縮んだ。
「本当に何でも知らなかったんだなー」
「――、にー、ぬー、ねー、のー」
俺の戯れ言の続いた声――。
夏風と共に流れてきたのは美しいソプラノボイス。淀み、雑味のない耳に心地好い声音だ。
空から視線を目の前に移すとそこには絶世の美少女がいた。俺は驚いた。人の顔を見て驚くなんて人生で初めての経験だった。
綺麗過ぎて無心になった。悟った。美少女からこの世の真理を悟ることができた――。
お釈迦様はあなたですか?
という錯覚に陥りそうになるくらい。
顔の造形はもう言葉もいらない。人間のパーツで構成でき得る最高最善の顔面。熱さに浮かれたのか仄かに紅潮している頬、子供っぽい大きな瞳も奇跡的バランスによって成立している。
背中を隠す黒髪をリボンを駆使しつつハーフアップで纏め、前はハイビスカスの髪留めで押えている。
そして、薄桃色の清楚なワンピースを見事に着こなしていた。膝より上にあるスカートの先端と真っ白なニーソックスとの間隙領域にある素肌に眼が吸い寄せられる。
出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んでいるお人形さんのようなスタイルの彼女ならばどんな服でも似合いそうだ。にしてもセンスが良過ぎた。
あ、ああ、浄化される。これが萌えというやつですか神様。俺の人生に一片の萌えありなんですかーっ!?
「結城海斗さん?」
人差し指を唇にあてながら美少女Aが尋ねてくる。首を傾げる仕草だけで昇天しそうだった。
何だこの美少女成分だけでできている生命体は? 同じ人類として扱うのが申し訳ない。
「は、はいっ、俺が結城海斗君ですっ」
「ふふっ、自分で君付けするの?」
「で、ですよねおかしいですよねえ、あっはっはっ」
おもいっきり媚びへつらってしまった。一つの行動ごとに彼女を愛でたい衝動に駆られるのだ。
どうやら、この美少女が俺が共闘する岩井塾生らしい。こんな光栄なことがあるのか。俺の人生ここでピークなのか?
「では、海斗さん。とりあえず着いてきてもらっていいですか?」
「はい!」
後ろ手を組んで鼻歌を歌う後ろ姿を見つめる。というか嘗め回すように凝視した。
ワンピースはお腹の部分にリボンのデザインが為されていた。何を考えていたのか綺麗な髪に手を伸ばそうとした時――。
ふと、冷静になる。
何の前触れなく正気に戻った。落ち着いてみれば、どうしてあんなにも舞い上がってしまったのか自分でもわからない。ヤバさに気づく瞬間が一番ヤバいんだよな。
やって来たのは陽キャ御用達のお洒落系の喫茶店だった。
促された席には既に三名の人物が腰を下ろしている。男二人に女一人。フォースのメンバーだろう。
どうしてか俺は女の人に挟まれるように座らせられた。両手に花だが目の前にはおっさんだ。おっさんと言っても二十代から三十代の間くらいだが。
値踏みするような視線が俺に突き刺さる。ならば期待に答えようではないか。
なるべく爽やかさを際立つように声をるた。喉仏が震えないことを意識して笑んだ。
「俺は結城海斗といいます、以後お見知りおきを――」
道化師のような、やや悪巧みしてる感が出てしまった。
◎
「私の名前は姦女々です。よろしくお願いします海斗さん」
まずは、美少女Aが丁寧な言葉遣いで自己紹介をしてくれた。隣から満開の桜のような微笑みを見せてくれる。
岩井塾生ならでは奇想天外な名前である。女と五回書くだけあって、女の子女の子している訳だ。
わざとかわざとじゃないのか、彼女の左手は俺の右太股に触れていた。していると、逆側、俺の左太股がつねられた。熱と鋭い痛みが一ヶ所に収束する。
「痛たたたっ! な、何をするんですか!?」
「不埒なことを考えている顔をしていたんでね」
睨んできたのは女々とは逆のサイドに座っている女性。年齢は大学生くらい、だが今時の若者という印象は皆無だ。髪を金色に染め、掻き上げている。
どこからどう見たって不良である。ジャージ姿なんてもうそのものだ。一九八〇年代かっての。
「鼻の下伸ばして気持ち悪い」
「ぐっ……こうもはっきり言うのか」
「私はよ、お前みたいなやつが一番嫌いなんだよ」
挙げ句の果てに舌打ちをした。それもチッチッチッチッとすこぶる機嫌が悪そうにだ。助けを求めて女々に振り返ると花のような笑顔が返ってきた。
「彼女の名前は宮下梓といいます」
「梓さんかあ」
「キモ……」
「マジなトーンで言われるのが一番キツイんです、って」
まるで、両手に薔薇だ。刺々と甘い匂いと。
左右の修羅の猛攻を真ん中で耐えながら、精神を落ち着けて、改めて正面の二人を捉える。
「彼は杉村大司さんで、隣は羽元湊さんです」
杉村さんは野暮ったい感じで、羽元さんは男らしさ溢れるギラギラ系の男。数は少ないが裏世界にはいい年の大人もいるといいことか。
年上らしい余裕を見せて手を差し出してきた。
「羽元だ、よろしく結城」
「あ、はい、こちらこそ」
杉村さんはカッコつけて人差し指と中指を伸ばして額の高さから軽く振り下ろした。キュピーンという効果音が鳴った気がする。
ふふふ、と隣で女々が息を漏らした。
「どうしたの?」
「い、いえ……杉村さんは男色の方ですから、ふふふ」
「ホモ!?」
「羽元さんは五股してますし」
「何で笑ってんの女々ちゃん!?」
そんなカオスなグループなのかフォースは!?
美少女、不良、ホモ、誑し、何かに関して超越していることが入会条件なのかーっ?
見た目はあたかも普通なのに、性癖がヤバ過ぎる。
「えー、だって男色って、えー!? マジで!?」
「人の性格をとやかく言うなよ。他人に迷惑かけてないならいいだろ」
フォローしたのは五股の羽元さんだ。二人の男達にただならぬ仲を感じた。
あたかも俺に説教をしてきたようにも聞こえるが、一つの仮説が浮上してきた。
「……まさか五股の一人が杉村さんなのか」
「ち、違えよ! そんな訳ないだろ、俺が愛してるのは女だけだ。お前も何とか言えよ杉村」
「そうだぞ。俺達はそんな仲じゃないさ」
「焦ってる辺りがもう……」
これ以上掘り下げるとボロが出そうで怖い。
不良少女宮下梓は顔を青くし、姦女々は腹を抱えて笑っている。見る限り足並みが全然揃ってなさそうな組織だ。
◎
フォースの四人と俺は喫茶店から移動し、白のワンボックスカーに乗り込んだ。
何で? 誰も説明してくれなかった。
一列目の運転席に杉村さん、助手席に羽元さん。二列目に宮下さん、三列目に俺と女々。
先程からやけに美少女Aが引っ付いてくる。すごく嬉しいけど。思えば、裏世界に入門してから俺の周りに美少女が集まっているのは偶然だろうか。
やがて、車は走り出す。
「え、どこに行くの?」
外を覗きながら不安半ばに尋ねる。どこからどう見てもナチュラルに誘拐されるにしか思えない。いつしか車は高速道路を走っていた。
「海です」
「海? 広過ぎる。もっと狭めて」
「"南沖"ってところです」
「ああ、有名所だな」
南沖はリゾート地として有名な観光スポットだ。太平洋に面した海岸線はテレビでもよく特集されている。この季節だと相当数の観光客がいることだろう。
どうしてそんなところに向かっている。もしかして裏世界に関係して?
「バーベキューしに行くんです」
「オフ会かよ!」
「おお、ナイスな突っ込みです!」
女々ちゃんは笑い上戸の節がある。俺の微妙な突っ込みで喜んでくれるなら積極的にやっていこうではないか。
ともかく、折角に南沖に行くのだから楽しまなきゃ損だ。
高速道路の最中、ループ橋をハイスピードで飛ばすものだから心臓が縮んだりもしたが、二時間ほどのドライブの後、南沖に辿り着いた。
電子レンジの中のような茹だる熱気は小宮駅の比較にならない。潮風の独特な匂いも俺の鼻には合わず、初めからネガティブムードである。
駐車場から歩いて数分、南沖運動公園バーベキュー場が見えてきた。
「バーベキューって焼肉だよな……」
最近は腹に溜まるものばかり食っている。桔梗さんの栄養バランスの整った料理が懐かしい。
バーベキュー場は海に面し、ふらーっと遊べるようだ。何の話も聞いておらず、手持ち無沙汰な俺は水平線と快晴の空を愛でるばかりだが。
「じゃあ、着替えてからまた集合しましょう」
「うーすっ」
「…………」
フォースの四人はさも当たり前のように水着に着替えるために更衣室に足を運んだ。水着の準備どころか、海に来る準備もしてない俺は孤独感に苛まれながら時を過ぎるの待つ。
先に出てきたのは男二人、杉村さんと羽元さんだ。
羽元さんはムキムキの体と顎ラインの薄い髭の感じもあって大人の色気ムンムンだが、杉村さんからはどうしてか空振りしている感がある。
「お前は着替えないのか?」
「いやまあ……」
「そういえば杉村が水着を幾つか持っていたな……?」
「い、いえ! 海で泳ぐのが苦手なんでっ!」
ホモの持っている水着。想像するだけで業が深い。
青い顔する俺のことはともかく、女誑し羽元さんが早速海岸線のビーチでナンパを始めた。成功率はあまり高くなさそうだがリアルではそんなものだろう。知らない人に着いていくというのもなかなか怖いことだからな。
「――それは俺か……」
我ながらノリで他人と旅行に行くのはおかしいと思った。
ため息一つ吐いていると、ビーチから歓声が上がる。視線を気取ると有象無象はどうやら俺の背後のものを見ていた。
そういうことか――。
「お待たせしました、海斗さん」
「お、おお!?」
振り返った先には水着に着替えた姦女々がいた。
ピンク色のフリフリの可愛いセパレートビキニ。露出させた真っ白な生肌が暑さか、視線か、赤くなる。
にしても、ポニーテールの女々ちゃんも良い。
「どうですか?」
とんでもない胸を下から押し上げるように腕を組みながら蠱惑的笑みを向けてくる。
衆人環視の中でこんなことされたら嬉しくなっちゃうな。
俺は女々ちゃんに近づいた。至近距離である。
「え、えっと……」
「綺麗な髪だね」
背中にかかる煌めく黒髪がとても扇情的である。思わず触りたくなる程だ。
俺の反応が面白かったのか女々ちゃんは肩を震わせた。
「水着のこと聞いたんですけどね。でも、ありがとうございます」
「うん、水着もいいけどね」
どこかから舌打ちがされた。某男子生徒のように男供が嫉妬に狂っているのだろう、と思ったが違かった。俺をも越える長身の金髪の不良少女からだ。
パレオを実際に使う人がいるのにも驚いたけど、スタイルが凄く良い。睨んだり舌打ちしなければもっと良かったけど。
しかしまあ、可愛い女の子って見て楽しめるものなんだな。
女々ちゃんが時間を決めて再集合すると伝えて、各々がやりたいことを勝手に始めるフォース。呆気なさに俺はストン、とその場に腰を下ろしてしまった。
マジかよ、と思いつつメンバーを眺めた。女ばかり見てる人がいれば、男を見る人もいて。女々ちゃんはナンパされているが梓さんが男供を蹴散らしていた。
「コロシアムのことについて話合うつもりだったんだがな」
――しばらく日光浴した後、海辺で砂の山を作っている姦女々を凝視する。
岩井塾チームで一緒にコロシアムで戦うらしい人物。
話した感じ、戦えるような人間には見えない。こと裏世界に関してはは見た目など宛にならないけれど。
岩井塾生は何を目的としているのか――たかだか"未来視の義眼"のために参加した訳ではなかろう。
「……糸鳥ちゃん、補習してるのかな……」
存在しているだけで汗をかいた。水分補給を兼ねてとぼとぼ海の家へと向かって歩く。
道路に有名メーカーのロゴが描かれているデカいトラックが三台並んでいた。この季節なら飲料水の補充もこれくらい必要か。
俺は水でいい。一〇〇円なり。蓋を捻り、冷たい水を喉に通す。こんな季節だから感じられる体の芯からの底冷えが快感。
「えいっ」という声と共にペットボトルがバッと取られる。なかなか詰まらないものを取る強盗だな、と思うことなく横に視線を注ぐ。
ごくごくと冷水を飲んでいる女々ちゃん。最後の一滴まで飲みきるとベリベリと潰してゴミ箱に入れた。
「…………………………」
「水、ありがとうございます」
間接キスだとか、奪われただとか、喜怒半々の微妙な気持ちになって俺はそっと目を伏せた。
すると、唐突に女々ちゃんは俺の手を取って引き寄せる。腕にぎゅにゅっとした感触が覆った。
「ええっとこれはどういう趣向で……」
「海斗さんっていつも可愛い女の子に囲まれてるんですよね。こういうの好きなんですよね?」
「…………誰がそんなことを言った…………」
謂れのない噂には慣れているが。
こと、これに関しては自覚もあるが。
不穏当な噂に気が立ってか思ったよりも低い声で尋ねていた。
「裏世界の常識ですよ、常識」
「何故に!? 有名だとは思っていたけど女の子まみれだった記憶はないぞ!」
「決定的なのは素数連合の時の噂ですかね。糸鳥ちゃんとか氷女さんとイチャイチャしたんですよね? 創造とも知り合いみたいですし?」
氷女というとミミーのことか。しかし、極悪編隊だけではなく創造のことまで広まっているとは。
今のところ目立った害はなさそうだが用心しておくに越したことはないか。ここにも誰かの意図がありそうだ。
「それで籠絡しようとしている訳か」
なるほど、君の美貌を持ってすれば成功確率はほぼ一〇〇パーセントと言ってもいいだろう。こんなたゆんたゆんしてたら欲望の掴みかかっちゃうだろ。
しかし、相手が悪かったな――。
「はっはっはっ、だが悪いな。俺はそんなのに屈しないぞ?」
そんなのっていうのは女々ちゃんの胸部についているそれじゃなくて、籠絡云々のことな。
「こんなの慣れてるって訳ですね。とっかいひっかいで抱いてるんですか、こんな風に――」
「なっ……!?」
次の行動は、自然な動作過ぎて反応するのが遅れてしまった。
足下に――上の水着が落ちたのが微かに見えた。ピンク色の可愛い系のやつだ。
ともかく、不意討ちされて上半身裸で抱き合っている状態。女々ちゃんの手が俺の背中で繋がれているため動くことはできない。
「これも慣れてますか?」
「そんな訳ないだろ!」
「あ……本当だ。すごいドキドキしてます……」
胸に生めかしい息が吹き掛けられる。こんだけ密着していればその気がなくても加速するだろ。
負けじと女々ちゃんの背中に手を這わせる。そして、心臓部にあてがった。
ちゃんと生きてる――思うと共に、恐ろしく正確に刻まれる鼓動に言葉を失う。
こんなことには慣れっこなんだとビッチ扱いする訳じゃない、この性格も演じていて本当は心一つ動かないほど冷徹なんだと断ずる訳じゃない。
ただその事実が――俺の肝を凍結させる。
「あれ? 鼓動が収まっている?」
「適応した。もはやこの方法でも俺の心を動揺させることはできないよ」
「なるほど。海斗さんは女性には慣れっこなんですか。ザ・女の子な私はすぐに骨抜きにされちゃいます?」
「食べちゃうなら骨はない方が良いよな」
「もう冗談言えるくらい余裕ですかっ――ふふふ」
女々ちゃんは体を抱きなから離れ、俺に健康の良さそうな背を向けながら水着を再び装着した。
「何だろうね。すごい好みなんだけど、恋はしそうにないんだよな」
「んー? もしかして私振られたんですか?」
「そんなつもりはないけどね」
彼女の動作、仕草に演技臭さはなかった。だが、本物だからといってそれが本心かはまた別の問題だと思う。そういう風に生きてきたのなら今さら変えることもできないのだろうし。
姦女々は美少女躍如に微笑んで俺の腕を取る。そうしてバーベキュー場に向けて足を動かした。
「男避けになってくださいね?」
現実世界なら男避けにはなるだろうさ。
彼女には非の打ち所がなさ過ぎて、俺の中に劣等感が沸き上がり、それ故に一周回って冷静に判断できた。
女々ちゃんは不気味な美少女だ――。
◎
「お前女々と何話した?」
バーベキュー場に赴くと既に梓さん、杉村さん、羽元さんはいた。これから店で道具と食料を提供してもらうところで後から来た俺達も当然手伝うことになったのだが。
梓さんはちょっくら買い出しに行くわ、と言い俺を無理矢理どこかの売店まで引っ張った。
そして、その第一声がそれである。戸手も答えたくなくなる訊き方だ。
「別に何も話してませんよ」
「どうだな。だが……不本意だが、女々のために言ってやるよ」
ひとしきり睨んだ彼女はそう前置きした。
既に着替えて上下緑色のジャージを纏い、腕の部分で捲っている。肩に白の手拭いをかけて言う。
「女々はな、人を使うのが上手いんだよ。相手に気づかせず協力させることもあれば、特攻させることもあった。脅威の人心掌握術を持っている。まあ、あんだけ綺麗ならだ誰彼構わず従うのも理解できなくはない」
「そうですね。思わず期待に答えたくなりますね」
「――だが、お前はダメだ」
「……俺が、ダメ?」
そりゃただで使われるつもりはないが、仲良くできるならそうしたい。だが、ダメとはまた異なことを言う。
梓さんは額に皺を寄せ、腕組みながら。
「あいつは純真無垢なまま人を使う。罪悪感もなければ、躊躇もない。それは別にいい、使えるものは使うべきだ。だが、使え過ぎるのも問題ないんだよ」
「それが俺だと?」
「いいや、お前は使えなさ過ぎだ。だがな――どうやらお前も女々と同じタイプらしい」
お、俺と同じタイプのスタンド!? ――みたいなことか? いやいや絶対違うよな。
「全然違うだろ。あれか? 俺を遠回しにハーレム野郎と言っているのか?」
「階段から落ちてその拍子に傘を眼に突き刺して死ね…………――ふん、要は相性の問題だ。どうやらお前は"人を扱う奴を扱う才能"がありそうだからな」
「……人を扱う奴を扱う才能?」
「――とにかく、今回の件を終えたら女々に関わるな」
それは警告のようにも聞こえた。関わったら消し炭にする、と言外に伝わってくる。
だが、こんな言い方されて頷くことはできない。俺は平和的な思想の持ち主だということを伝えなければ。
「俺はそんな才能があっても使うつもりはないし、何かを起こすつもりもないです」
「だから同種なんだって」
「いや――」
「だから! 女々もお前も知らない間にそれを気づかずにやるっつてんだよ!」
そんなこと言われても。
だが、主観的な判断に一体どれだけの信憑性があるのか。主体が客体を理解することはできない。
なら彼女の話は真実なのかもしれない――考えてみれば創造も菱方去代もそれに当てはまりそうだ。
「……そんなつもりはないのに……」
「何今気づいたみたいな顔してんだよ。そういうところがムカつくってんだ」
「無意識のレベルでそんなことするってヤバいだろ」
「悪いこととは言ってない。お前を嫌悪するということは婉曲的に女々を嫌悪することになるしな、使えるものなら使えだ」
慰めのつもりかは知らないが、そう言い残して彼女はいつの間にか目の前にあったスーパーへ入っていった。俺はその後を無気力に着いていくことしかできなかった。
◎
バーベキューを終えたのは午後六時半。南沖から荒山まで戻ると考えれば丁度良い時間。
燃え上がる火が水平線に輝き、一直線の白い反射の道が砂浜まで続いている。光を跳ね返す波間が揺れて黄昏を彩った。
また、雲の隙間から淡青と橙のコントラストが観測でき、時の趣深さを感じる。
このまま死ぬまで見ていたいところだが、帰らなければならない。
行きと同じ座席配置で乗車し荒山駅に向けて走り出した。
特に何をした訳でもなかったが眠気が襲ってきた。強いて言うなら不特定多数に気を遣ったからだ。
絶妙に心地好い揺れのお陰で瞼が落ちること落ちること。ぐらぐらと隣の美少女の肩に頭が触れてしまった。
「お疲れですか、海斗さん」
「精神的な疲労が思ったよりもあったかも……」
「膝、貸しますよ?」
女々ちゃんは曇りない善意で言っているのだろう。ありがたい話だ。
いつもなら迷わず膝を借りただろうが、梓さんの話を思い返すと気安くYesとは答えられなかった。
人を扱う人を扱う才能――。
「あー……」
「ほら、遠慮しないでください」
頭を両の手で挟まれ柔らかい膝へと促された。弾力ある太股に頬が密着し幸せな気分になる――なんて思う余裕はなく、良い枕だ。
女々ちゃんは慣れて手つきで俺の頭をぽんぽんと撫でる。
「私のこと何かわかりましたか? 共闘できそうですか?」
「どうだろ……すごく可愛いことしかわからなかったよ」
臆面もなく誉めたところで感情が一切揺れていないことはわかったけれど。称賛したったそれは言葉であって、ただの言葉としか思っていないのだろう。だけど反応はあたかも嬉しそうに。
「私は海斗さんとなら戦えると思いますよ」
「そうなの?」
「だって優しいから。何があっても私のこと守ってくれそうで」
「…………………………」
梓さんの冷やかしがあった今、ナチュラルに頼み事をしている――ようにも聞こえる。
これこそ彼女が称賛しただけ。
だが、言葉以上に期待に答えたくなる。それを無意識にやるから梓さんは才能の呼んだ。では、俺は何と返事すればいいのか?
「まあ、頑張るよ」
「はい、頑張ってください」
これ以上考えたくなかった俺は硬く眼を瞑り、瞼の裏の暗闇のどこかにある夢を探し始めた。




