1.ハブられることもある
◎
期末テストを終え、夏休みを目の前にした今日この頃。
夏の暑さも本格的なものとなり、エアコンなしには休むこともままならない。蝉の鳴き声はとどまることを知らず、朝も夜も節操なく鳴く季節。
俺こと結城海斗は、学生らしく机に向かっていた。広げられているのは丸つけが終わり、返却された答案である。
現在、授業にてテストが返され生徒の一喜一憂も落ち着いてきたところ。帰りのホームルームの先生待ちの間隙である。
テストの点数が芳しいもので、真ん中の列の一番後ろの席で俺は顔を伏せながらにやけていた。このクラスの中で俺が一番高得点だ、という矮小な自己満足に浸っていると一際大きな声が俺の耳をうつ。
「皆夏休みどうする? 予定とかあんの?」
クラスの中でも所謂上位カースト的な男子生徒が女子集団に話しかけている。女子のリーダーは俺の斜め前の席なので聞こうとしなくともその会話が耳に入ってきた。
「どうするぅ? どっか行くぅ?」「私海行きたいな~」「ディズニー行こうよ、ディズニー」
とまあ、そんな媚びへつらうような高音も届いてくる。彼らは彼らで盛り上がり、遊びの規模は大きくなっていった。クラスでも中心にいるような男女が便乗し、十人前後のグループとなる。
していると誰かに机を蹴られた。衝撃で筆箱が落ちて文房具が床に散乱する。斜め前に人が集まっているのでとても回収しにくい。
スカート短いんだよ。思いながらシャーペンで拾ったところで。
「うわ、九七点じゃん」「マジだ。すげー」「こんな点数見たことないわ。天才ジャン」
女子共がここぞばかりに俺のテストを覗き込んできた。まあ、満更でもないがな。だって一番だから、一番だから。
前、通っていた高校と比べれば難易度自体が低いから勉強しなくともこれくらいは取れる。
ボソッと「馬鹿真面目だな」という低い声がした。夏休みの予定を訊いていた上位カーストの男子の台詞である。
不満でもあるのかな。机を蹴ってきたのもこいつということは気づいているぞ。
「あ、そうだ結城も来る?」
あろうことか女子集団のリーダーがそんなことを提案してきた。今まで喋ったこともないのに。
一体どういう風の府吹き回しだ?
「来るって何をするか決まってないでしょ?」
「今から決めるからね」
誘ってもらったのは嬉しいが、行くとなるとまた別のハードルがある。こいつら三々五々達と接点のない俺が一緒に遊ぶなんて場が凍りつくこと請け合いだ。
適当な理由をつけて断ろう。
そんな俺にまたしても恨みがましい視線を向ける男子生徒。何故こうも嫌われているのだろうか。
間もなく、担任がやって来たので話し合いは中断され、ホームルームに突入した。放課後になった際には俺のクラス会の招待が有耶無耶になっていたので見苦しい言い訳もしなくてもいいようだ。
なら、とっとと帰ろうではないか。四時間授業なんだから家でゆっくりしたい。
荷物をまとめていると、教室に俺の唯一の後輩が現れた。
茶色がかった髪を後ろでまとめたポニーテール、頬にかかる細い髪束が絶妙にあどけない童顔を際立たせる。夏の制服が浮いてしまう可愛さを秘めた女の子。
一年の糸言糸鳥ちゃんだ。
「こんにちは、先輩」
「わざわざ教室にまで来てどうしたんだ?」
「一緒に帰りたかったので」
「はあ……こりゃまた難儀なことで」
"あちら側"の住民である彼女と一緒するというのは気が重くなることだ。前回持ってきた厄介事を考えたらこうなるのも仕方がない。
ともかく、元より帰るつもりだったので断る理由もなかった。
「じゃあ行こうか」
「はいっ」
クラスメイト達の視線を集めながら俺と糸鳥ちゃんは教室から出ていく。その際、例の男子生徒が再び俺の机を蹴ったのを視界の端でギリギリ捉えた。
「――ったく、何で嫌われてんのかね」
「虐められてるんですか?」
「いや? そんな大したことじゃないよ。あるとしても体育の時ペアがいないとか、プリントがたまに届かないとか、失踪したっていう噂を流されるとかくらいだよ」
「最後のだけ飛び抜けて異彩を放ってますね。教室の中では意外とはっちゃけてないんですね」
「教室の外でもはっちゃけてないけどな?」
校門を抜けて、駅方面に歩き出す。糸鳥ちゃんもこっち方向なのか隣にくっついてきた。
「せんぱ~い」
「何だ?」
「テストどうでした?」
高校生みたいなことを訊くものだ。俺と彼女の仲でこんな会話は皆無だと思っていたがそんなことはないらしい。
きっと、糸鳥ちゃんは点数が高かったんだな。
少し気を遣ってみよう。
「まあまあだったな」
「へえ、平均点くらいですかね?」
「平均点よりは高いね」
嘘は言っていない。
「そういう糸鳥ちゃんは?」
「赤点地獄」
「……意外とお馬鹿さんなんだ」
「馬鹿とは失礼ですね! まったく勉強してませんでしたから当然です」
そんなことで威張られても。
学校に通っていれば平均点くらいは取れるはずだがな。一年だけ難しかったとか?
「夏休みも学校行かなくちゃならなくなりましたよ、まったく」
「いや君が悪いんだからな」
「数学なんて人生のいつ使うんですか、絶対いらないでしょ」
「ベタなことを言うな。ま、その疑問の答えを言うなら、その程度のことすらできない君らは下等生物ってことだよ」
数学だって、英語だって。
高校の教科書は親切なことに読むだけで解けるようになっている。人間は元々遺伝子的に優劣はついているがそれは努力すればなん何とかなる。
とは言っても、こんな当たり前の――この世界で当たり前のことを言っても彼女には関係ないけどな。
糸鳥ちゃんは苦笑いしながら言う。
「随分と辛辣ですね。でも使いませんよね」
「勉強しなくとも生きてはいけるな」
確定申告の仕方とか、レポートの書き方を教えてくれたら今後助かりそう。
高校生らしい雑談だが、これくらいで切り上げておくか。
彼女が俺の下へ来たということはそういうことのはずなのだ。
「で、要件は?」
「ははは~、わかっちゃいます?」
「付き合い長いからな」
「二週間ないですけどね」
と、一旦区切ると糸鳥ちゃんは微笑みを浮かべる。
「先輩に頼みがあるんですよ」
「へ、へえ……嫌な予感しかしないけど、聞くだけ聞くよ」
「どうもです。じゃあ、どこから話しましょうかね」
「触りだけでいいよ」
触り。間違われ易い言葉だが、重要なところという意味。
彼女のことだから――最初から聞いていると日が暮れる気がしたのだ。
やや、時間を使い迷った糸鳥ちゃんはおずおずと口を開いた。
「はあ、じゃあ一言で。先輩――、私の代わりにバトル・ロワイアルに参加してください」
いきなり不穏過ぎるやろ。
◎
自宅、某マンションの一室――。
とある事件を機に、親元を離れて一人暮らししていることになっている。なっている、親には言えないからそうなっている。故に「ただいま帰りました」と声を張れば返事が帰ってくるのだ。
「あら、お帰りなさい」
「お疲れ様です」
「桔梗さん……と、水連ちゃん……」
驚愕の事実。居候が二人いる!? というね。
二人はキッチンに立って昼ごはんを作っていた。挨拶をした彼女らは、俺よりも勝手知ったとばかりに調理を進めた。
躑躅坂桔梗さん。年齢不詳。
背中を覆い隠す流水の如き漆黒の長髪がまず目につく。
胸部にあるそれは白のブラウスを内側から圧迫し、膝丈の黒いスカートからは白く細い足が晒されている。大人の女性らしさをこれでもかと詰め込んでいるが、表情は柔らかく可愛らしい一面もある。
そして、漣水連ちゃん。年齢一四歳。
彼女がこの部屋に転がり込んだ時には何の荷物も持っていなかった訳で、俺のTシャツを拝借して着ている。季節に合わせたホットパンツは俺の預り知らぬところ、いつの間に手に入れたんだ。背中半分くらいの長さがある姫カット系女子。波乱万丈な人生を送っていたようだが言葉遣いはちゃんとしている良い娘。
しかし、お姉さんと妹ができたという雰囲気ではない。家事をやってくれているのは居候だからであってそれ以上でもそれ以下でもない。
だが、自宅に綺麗な人がいるというのはシンプルに目の保養になる訳で良いことばかり。
俺は自室に荷物を置いてリビングに戻ると、テーブルに冷やし中華三つが置かれていた。三人で囲んで手を合わせる。
「「「いただきます」」」
と、すぐさま美味しい麺を食べるのも良いが彼女らに訊かなければならないことが幾つかある。箸をどんぶりの上に置いて水を喉に通してから。
「お二人に訊きたいことがあるんだけどさ、"コロシアム"って知ってる?」
桔梗さんと水連ちゃんは顔を見合わせながら冷やし中華を口にする。俺と同じように二人は箸を置き、水を含んだ。
「コロシアムって裏世界のことですよね?」
「そのはず」
水連ちゃんの質問に俺は頷く。
「てことは裏の首都ドームのことですね」
「首都ドーム?」
「現実世界では野球とかよくやってるやつのことです。知らないんですか?」
「テレビはあんま見ないんだよ」
スマホでもニュースを見ることは滅多にない。アニメや漫画を始めとしたサブカルチャー関係ばかりの情報ばかりが入ってくる。
政治とか興味ないしー、とか言ったら怒られそうだが。
「裏世界の首都ドームか。なんかバトル・ロワイアルやるって聞いたんだけど……本当なの?」
「ええ、そうです……まさか参加するんですか?」
「いや、決めてはないけど」
迷っているという旨を伝えたら、水連ちゃんは神妙な顔を浮かべるではないか。
バトル・ロワイアル――。
つまり、裏世界にて異能の力を駆使して戦いを繰り広げるということなのだろう。
考えていると桔梗さんが差し込んでくる。
「観戦者内では賭けが行われる娯楽として扱われていて、参加者は賞品を求めて戦うの」
「現実世界における競馬みたいなものですか」
「血みどろだけどね」
冷やかすように放たれた台詞。戦いを繰り広げると言っても、本質は殺し合いということか。
「コロシアムはね、お金が欲しい裏世界に入ったばかりの子供が集まるのよ。そうやって異能とか名前を曝しちゃって後戻りできなくなるパターンがよくあるわ」
学生なら、確かにお金欲しさにそんなことをやるかもしれない。地位と名声の両者を一度に手に入れることができる可能性まであるのだ。異能に自信があれば迷わず参加するだろう。
「海斗さん、あなたが自らの意思で参加しようなんて思わないはずです。誰から聞いたんですか?」
水連ちゃんにざっくばらんと背景まで切り裂かれた。隠そうともしなかったものの一瞬でバレるとは。
まあ、口止めされないから言ってもいいよな。
「糸言糸鳥っていう娘からだよ」
「糸言、糸鳥……」
「水連ちゃんは知ってんの?」
「聞いたことだけはあります。私と同じ"岩井塾生"でしたから」
「みたいだね」
ほんす数十分前に彼女から知らされた。名前からしてそんな気はしていたが高校に通ってるという点で可能性から排除していたので少々驚いたものだ。
戸籍とかどうなってるんや。
「頼みっていうのはその岩井塾に関係してるんだけどね。どうやら彼女の代わりにコロシアムに行くらしいんだ」
「海斗さん……」
「海斗君……」
「何ですかその反応は……まだ行くとは決めてませんよ」
目を細めて疑惑の視線を向けてくる。
「だって……断りませんよね」
「うん、断れないよね」
「いやいや、断る時はズバッと断りますから」
「でも居候が二人いるよね」
「それは……そこまでじゃなかったんですよ!」
その理論で行くとコロシアムも大したことじゃないことになりそうだ。
彼女らの指摘通り、内心では断る理由も特にないと思っている。俺も裏世界に染まっちまったな。
だが、助けを求めて来たのだから断りたくはないという想いは確かにある。流されて、とかでは断じてない。
と、思いたい。
「「「ごちそうさまでした」」」
改めて手を合わせて昼食を終えた。
一学期も残るところあと三日だ。
今年の夏は稀有なことに予定がだいぶ詰まっている。殺伐するばかりではない、ちゃんと遊びもある。
長い長い夏休みに思いを馳せながら窓際に寄り、空を見上げた。青空に手を広げる白い雲が綺麗である。
「ところで海斗君」
「何ですか?」
「バトル・ロワイアルに参加するつもりなら覚悟しときなさい」
「はい?」
「――新人ばかりと言ったけど、ヤバいやつも混じってるから」
桔梗さんはそう言って皿洗いを開始した。
ヤバいやつ――。
それはきっと、強力な異能使いのことだけを言ってる訳じゃないだろう。真倉さんのような暗躍する何者かがいる。




