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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
三章 天上に集まりし素数剣
50/89

7.彼と彼女の魔神憧憬

 

 1


「やっとここまで来たっ……」


 漣水連から感嘆の籠った言葉が漏れる。

 ようやく辿り着いた約束の地。終わりなき争いの終局地点。

 目前と迫る時に心臓を過剰に揺れた。不随意筋である心筋を意思でどうにかすることはできない。

 いつもなら緊張を解くためのルーティーンを実行しただろうが、あいにく両手が塞がっていた。手のひらに『勝』という書いて飲み込む、という岩井塾直伝の方法は行えない(正確には漣水連がそう思っているだけ)。


 彼女の手には二振りの素数剣がある――No.1素数破壊剣ワールエンド、No.2奇跡剣ゴッドミラージュ。

 素数番外と奇跡を司る素数剣。


 凛とした佇まいで水連はスカイタワーを見上げた。七〇〇メートル先の電波塔の天辺には収集剣デイブレイクが突き刺さってる。デイブレイクに籠められてる能力により素数剣がこの場に引き寄せられていた。



 ここに集まったのは八人の男女。崩壊した市街を背にしてスカイタワーを中心に疎らに集まっていた。不思議と誰も何もしようとしていない。

 各々が一つか二つの素数剣を所持している。これでも水連が減らした方だった。


「(七人か……真倉黒也はいない?)」


 水連はしばらく辺りを見回すが素数剣所持者は見つかっても情報屋の姿はなかった。望遠鏡でも使っているのか、とも考えたがすぐに思考を放棄することになる。


 まばたき一回にもみたいな刹那に世界が一変した。瓦礫ばかりだった二三区が代替空間に切り替わる。

 黒の地面に一平方メートル単位で緑色の方眼が敷かれ、首都スカイタワーはアバンギャルドな尖角タワーと化した。


「これは心意剣……いや素数破壊剣を持つ私も知覚してるから創造剣の方か」


 コンクリートからアスファルトまでもが再創造されバトルにうってつけの開けたフィールドになり果てた。

 今すぐにでも始めたい、という意思が伝わってくる。


「――私が先手を取る」


 水連は、素数破壊剣というチートがある以上は迷うことなく動くことができた。まず狙うのは高校生くらいの男子の二人組――ではなく、素数剣を一本しか持っていない女だ。


 ニヤリ、と顔を歪ませた女は灰色の素数剣を軽く上げた。水連の無慈悲なる剣が一刀両断に女を捉える。

 素数剣ならば抵抗なく人間の骨肉を切断することができる、が斬ったのは残像であった。

 振り下ろした剣を改めて構えながら顔を上げると、数メートル先方で女は邪悪に笑ってる。人を騙すことに執心しているようだ。

 至って冷静に看破できたが、表情は多少なり屈辱に向いている。


「それは疾走剣ね」

「……へぇ、ただの子供ではないとは思ってたけどそこまで知ってるんだ。ワケアリ、っぽいね」


 女は水連の所持する二本の素数剣に視線を向けた。

 素数連合から盗み取った素数剣のリストにはなかった剣――特に素数破壊剣ワールドエンドに注がれる。


「(あの剣は……スカイタワーに刺さっている剣と同種? 二五本じゃないっぽいことは確実か――それならそれで)」


 漏れる笑みを隠すことはできなかった。思ってる間にも水連が攻撃を放たれる。

 斬ったのは、斬られたのはまたしても残像。さらに振り被るが女を斬ることはできなかった。


「何回やっても無駄無駄! 疾走剣がある限りあなたは私に触れることすらできないわ」

「……どうして……」


 水連はワールドエンドの権能を使い疾走剣を再現しているにも、関わらずあの結果になっていたのだ。残像を生じさせるほどの超高速に振り回されることはないはずだった。


「(私が知らない使い方があった? 可能性はゼロじゃない……貰ってすぐに"譲渡"したんだからあり得る)」


 一旦距離を取って態勢を整える。

 現象には必ず理由がある――それは裏世界でも言えること。異なる法則が存在しているだけでかない。

 状況に合わせて言うのなら、素数剣以外の法則が介在しているということ。


「なら奇跡剣で!」


 突き出した虹色の煌めきが剣芯から漏れると、女に殺到するが捉えたのは残像。目測五メートル後方に高速移動されていた。


「何回やっても無駄だってば!」

「――"奇跡〈ステイト〉"」


 宙を漂うこととなった虹の粒子達が放射状の光線を核にて一点に集中し、レーザーとなり女に向かう。

 女はギョッ、として剣を盾にするが光線の幾つかに被弾を余儀なくされた。穿たれた肩を穿押さえる。


「一体これはっ!?」

「奇跡剣はその名の通り奇跡を司る……どんなに理不尽でも、どんなに無駄だったとしても、覆す。あなたは奇跡を超えることができる?」


 女はチッ、とため息を吐いた刹那に踵を返し逃走する。疾走剣による走力は他の素数剣であっても捕らえるのは容易ではない。

 音速を超えるスピードで持って女は地を駆けた。


「流石にあれはヤバイって。どうしてかわからないけど疾走剣と同等のスキルが込められていた――コピーとか?」

「――いいえ、違いますよ」

「な、んん!?」


 いつの間に女の隣でヤバい素数剣を所持する少女が並走している。

 攻撃される前に地面に剣を突き立てて急カーブを敢行する。火花を散らしながら方向転換し、再び内側に向かった。

 水連は軽く奇跡剣を振るう。


「"奇跡〈ゲート〉"」


 奇跡が発生して水連の目の前に光の壁が現れ、そこを潜れば疾走する女の後ろ姿があった。

 素数破壊剣で背中に斬りかかるが、それは残像。実際は二歩ほど先を走っている。

 二人のランナーは勢いそのまま首都スカイタワーに突っ込む――ことなく、壁を駆け上がった。

 外壁のガラス板に足跡を刻みながら斜めに上る。その間に、剣撃が繰り広げられた。








 摩擦に生じた火花により、遠くからでも彼女らの位置は確認することができた。徐々に高度を上げている。

 闇に潜む塔を見上げていたのは二人の男子。八神勇気こと結城海斗と、龍月朧。


「早速始まったな。予想より規模は小さいけどな」

「人数が少なくなったからだろうさ」


 言っていると左右から二つの人影が躍り出た。背中合わせになって素数連合の二人は言葉を交わす。


「俺は仮面を着けてる方を」

「じゃあ、こっちは逆の方か。死ぬなよ、勇気君」

「それはこっちの台詞だ、朧君」


 一八〇度体を反転させ、各々の敵に向かって走り出す。手の中にあるアクセサリーを握って例の告げた。


「豪炎剣」「質量剣」


 踏み込みに体重を乗せて先制の一振り。炎と質量の嵐が一帯の建築物を薙ぎ倒す。吹き飛ばした敵を追うように二人は別々の方向に走り出した。



 海斗が相対するのは鉄の"仮面"を着けた男――マスカー、と呼ばれる者。

 所持している素数剣は鮮血色と金で構成され煌めきを放っていた。幻想ではなく、強靭さが滲み出ている。


「No.73覇王剣スサノヲ」

「No.11豪炎剣ハイペリオン」


 炎熱ブースターのスピードを乗せた振り下ろしが仮面男に襲い掛かる。横に構えて受け止めれば、足元がアスファルトにめり込み、それでも止まらず衝撃波が撒き散らされるが、耐えた。

 そのまま鍔迫り合いに発展する。そんな中で仮面の男は言った。


「炎を司る剣……略奪師が所持していたものだな。どうやらお前が劣悪金属か」

「それがどうした?」

「いいや……お前は素数剣を破壊する方法を知っているか?」

「……そんなものが、あるのか」

「ここに揃った剣は少な過ぎた。何らかの方法があると思った、そしてお前が知っていると思ったのだがな……その反応は否か」


 元々期待はしていなかったが、と続けて呟いた。

 海斗一旦を距離を取って作戦を練り直すことにした。素数剣に関するデータベースを思い出す。

 概ねきらびやかなデザインだがその中でも桁違いにゴージャスなのが覇王剣スサノヲ。


「――司るのは『存在』だったか……神の名前が付けられてるだけはあるってか。時間はかけてられない、仕方ないあれをやるか」


 存在の攻撃とは何なのか、海斗には知り得ない。

 今はまだ。すぐに覆されるが。

 考えていても埒が開かないので海斗は大技を繰り出すことにした。素数剣のコアである宝玉に封じられている奥義。


「"炎王降臨ハイペリオン"!」


 剣だけでなく海斗の体にまで地獄の炎が纏われる。不形の炎が不死鳥の如き禍々しい様相に形成されていく。

 コンクリートを初めとした建設材質なぞ状態変化を始める温度が発生していた。

 莫大なエネルギーに鉄仮面の男も流石に焦る。


「素数剣にこんな使い方、技があるとは……防御しきれるか?」


 覇王剣を地面に突き刺し、とある言葉を唱える。全ての素数剣に内包されている一番基本の技能。

 素数剣を拮抗させることできる能力とは、曰く――。


「"覇王結界"」


 灰色半透明のバリアが男を覆うようにどこからともなく現れる。範囲を狭くすることで結界の強度を上げていた。

 そうして、全身から炎を噴き出しながらの突撃を真正面から受け止める。結界以外の、背後に至る全てが灰へと向かう。


「――まあ、使い方がわかってるやつならそうするよな」


 素数剣の製作者は素数剣VS素数剣の構図になることについて懸念があった。その一貫が番外の剣だった訳だが、通常の場合は相殺できるように創られていた。

 要は"片方が防戦一方となる"ようにはできていない。必殺を無効にすることもできるようになっている。


「だが、無効を無効にすることもできる――、"煌光結界"」

「なっ!」


 覇王結界を内側から圧すように煌光結界が生み出され、間もなく両結界は相殺により破壊された。

 よって、塞き止めていた豪炎が溢れ出す。直接触れなくても皮膚を焼き焦がす不可侵の炎が雪崩れ込んだ。


 炎王の通り道は有機物は灰と化し、灰は塵と化す――。


 首都スカイタワーの一階も範囲に入っており壁は触ればボロボロ崩れてしまいそうに黒くなっている。

 爆心地のような光景に目を伏せつつ呟いた。


「……重要臓器は狙わないようにしたとは言え、ちょっとやり過ぎたな。もしかして、これが素数剣破壊するってことなのか?」

「――いいや、違うな」

「あ!? 何で生きてるんだよ……いや、何で死んでないんだよ!?」


 そこに立つ仮面の男の回りだけが燃え尽きていなかった。結界を張られたように、無傷である。

 簡単な話だった。

 覇王剣以外にももう一本を持っているだけ。龍の頭が象られた朽葉色の素数剣。


「No.79龍殺剣ドラグナー」


 龍を司る、またしても神のような剣だった。


「二本目かよ……」

「危うく死ぬところだったぞ。だが、面白いものが見れた……司る必殺技と結界の相殺か。そんな使い方があるとはな」

「そりゃ、どうも」


 相手に使い方を教えてどうする、と毒づきたくもなった。必殺技はともかく結界の相殺はまずい。

 所有する素数剣の数がお互い同じだった場合、結界は使えなくなる。次からは必殺技を結界で無効化することができない。


「(だが必殺技を必殺技で相殺できるかもしれない)」


 空いている手に煌光剣を手にした海斗は悠然と進んだ。先ほど血戦装束マリー・ブラッドとの戦闘で小細工でどうにかするのは不可能だと察した。

 一の削り合いを幾らやっても仕方ない。


「"炎王降臨ハイペリオン"、"光王降臨ギャラルアース"」

「そちらがそう来るなら――、"覇王降臨スサノヲ"、"龍王降臨ドラグナー"」


 災害級の必殺を相殺するには無理があった。

 被害が四倍になるだけでしかない。大爆撃が巻き起こる。



 2


 首都スカイタワーで一つの争いが終わりを迎えた。

 壁面にて剣撃を交わしていた疾走する女と漣水連は頂上にて一騎討ちする。素数破壊剣の力を持って蹂躙し、疾走剣を破壊して女を奇跡剣で打ち据えた。

 そうして残る素数が一つ減る。水連は視線を背後にやった。


「隠れてないで出てきなさい」


 遥か高みの物陰から出てきたのは一際目立つ様相をしている男と女。両手には素数剣が握られている。

 紅色と碧色、"赤目レッド・アイの女"。

 灰色と茶色、"傷跡ライデンの男"。

 水連は左右を適宜に確認しながら問い掛ける


「共謀しているのね?」

「その剣はヤバそうだからな」


 答えたのは、両目の部分に縦の切り傷跡が残されている屈強な男。残像使いの女との戦闘を観測して一対一は不可能と判断し、協力を扇いだのが赤目の女だった。

 水連を撃退するまでの即座に組まれたチームではあるが、どちらも実力は折り紙つき。


「お嬢さんはどうやらこの上に刺さってる剣を知っているようね」

「そんなのどうでもいいでしょ」

「どうでもよくない。もしも、あなたが素数剣の製作者と繋がりがあるのなら殺すのは勿体ないでしょ?」


 赤いけれど、対照的に冷たい視線を浮かべながら女は告げた。素数剣を破壊することのできる武器を持たされるほど親密ならば、確かに有効活用できる。


「どちらにしろ私には関係ない。素数剣を破壊するだけ」

「釣れないわね」

「いいさ。勝てれば何でもいいさ」


 手早く話を切り上げ、同タイミングで二人は動き出した。だが、水連の下まで到達するのほ若干赤目の女の方が早かった。紅色の素数剣を水平に振るう。

 素数破壊剣で問答無用に粉砕しようと試みるが、絶妙なタイミングで背後から剣が迫る。

 結果、どちらにも対応はしたもののいなすのが精一杯であった。


「くっ……!」


 赤目も傷跡も実にいやらしい位置取りで攻撃を繰り出す。素数破壊剣とは言え、剣ということに縛られているため基本一方向しか対応することはできない。


「さっきみたいな超スピードは出さないのか? ほらッ!」

「っ、ぐわっ!?」


 傷跡の男が茶色の素数剣の剣能を発揮し、スカイタワーを揺さぶる縦の地震を引き起こした。剣撃の最中、水連の体は宙に浮かぶ。

 赤目の女がこのタイミングを逃すはずもない。


「"天王降臨ラプラス"!!!」


 天元剣ラプラスの必殺を解放し、超重力を剣先に圧縮したエネルギーの塊を放つ。周辺一帯を斥力フィールドが展開され、エネルギー弾に引き寄せられる。

 体思い通りに動かない中、水連はとにかく素数破壊剣を差し向けた。


「行けっ、ワールドエンドっ!!!」


 上下感覚を失いながらも重力弾を切り裂いた。エネルギーは無に還り、斥力フィールドも消失する。

 だが、スカイタワーから投げ出されていた水連の体はそのまま自由落下していく。

 休む暇を与えず一閃が駆け抜けた。


「いっづっっっ!?」


 追ってくるようにして落ちてきた傷跡の男の斬撃により手から奇跡剣が離れた。風と勢いに任せて突拍子もない座標へ飛んで行く。

 焦りが冷や汗として水連の背中を伝う。咄嗟に壁面に素数破壊剣を突き立てて落下スピードを殺すが、想像を絶する衝撃が両腕を襲った。


「うっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 腕も、肩も外れるかと思う激痛。

 強い武器を持っただけの一介の少女が耐えられるレベルを超えていた。目を瞑っても、叫んでも、泣いても気休めにもならない。


 それでも、彼女は柄を離さなかった。


 落下の勢いが止まった時には腕の感覚が消失していた。手の筋肉が硬直していたために離れなかったらしい。

 限界、という風に滑るように柄から手が離れると地面に座り込んでしまう。無事ではないにしろ、七〇〇メートルから一気に〇メートルまで命を落とさず地に足をつけられた。


 動かない体を無理矢理起こして空を見上げると二人は空を飛んで見下ろしていた。

 赤目の女は天元剣により重力を制御して、傷跡の男は自らの異能で足からジェットを噴き出して。


「大体わかってきたな」

「そうね、どうやらその剣は"素数剣だけにしか"強くないみたいね。元々そういう用途で開発されたのね」

「もう一本の剣でそれをカバーしてった訳だな。ただの異能に対しては棒切れでしかないが、あんなのでガンガン破壊されたんだから素数剣自体があまり残っていない……なるほど」

「どちらにしろ無力化できたと言っても良さそうね」

「ああ、そうだな」


 水連を出し抜いたので彼らの協定は破棄される。

 どちらが先に素数破壊剣ワールドエンドを手にするか、これによりこの戦争の勝敗が決まると言っても過言ではない。

 各々の素数剣が振り被られる瞬間――。


 赤目の女と傷跡の男の間を抜けるようにして何かがスカイタワーの壁面にめり込んだ。鉄骨の粉砕する重低音が響いた。

 ビギッ、と。

 鉄の仮面にヒビが入った。


「――あいつ、なかなかやるな」


 器用に覇王剣を使って衝撃を最小限に留めた鉄仮面の男は、吹き飛ばしてきた奴に向かって下方突撃しようとしたところでふと気づいた。


「あん? お前らも所持者かよ……ったく、面倒になってきたな」


 仮面の男は動くに動けない状況に肩を竦めた。三つ巴ならまだ良かったかもしれないが、彼は彼で相手と戦っていたのだ。

 これ以上人が増えたら収拾がつかなくなること請け合い。


「――これは乱戦になるな」


 呟いたと同時に煌炎に包まれた少年が浮上してきたことにより、八つの素数剣、四人の所有者が集結してしまった。

 そこにいる誰もがこう思う。

 これはヤベェな――と。



 3


 結城海斗。

 No.7煌光剣ギャラルアース

 No.11豪炎剣ハイペリオン



 鉄仮面マスカーの男。

 No.73覇王剣スサノヲ

 No.79龍殺剣ドラグナー



 赤目レッド・アイの女。

 No.41奴隷剣マスカレイド

 No.53天元剣ラプラス



 傷跡ライデンの男。

 No.19削山剣オプスアビス

 No.97死神剣ロンギヌス



 邂逅した四人は誰が言うでもなく、視線を交わすだけで何が起こるかを察した。

 一見辿り着く思考は同じに見えるが、やや目的が違うのが二名。赤目と傷跡はこの場におけるもう一人の人物が所持している素数剣を狙っていた。


 漣水連の持つ対素数剣用素数剣、No.1素数破壊剣ワールドエンド。この凄惨な争いを唯一終わらせることのできる絶対の力を秘めている。

 各々の思惑を抱く中、戦闘は始まった。


 乱戦だけあって誰かと誰が四つ打ち合うこともない。すぐに位置や相手が代わる代わる。

 お互いに牽制しあって下手に動くことができない状況が続いた。


死神降臨ロンギヌス!」


 傷跡の男が艶のない暗黒の剣を掲げれば、空から暗雲落ちてくる。黒雲は数万数億に上る人間の手を形取り三人の素数剣使いを掴もうとしてきた。

 死神剣ロンギヌスの剣能により、その手に触れた"死ぬ運命"にあるものは即座に生命活動が停止する。


「"豪炎結界"」「"覇王結界"」「"天元結界"」


 各々の素数結界を発動し、雪崩の如く襲い掛かる文字通りの必殺技を防いだ。暗黒の手はバリアに触れると霧となって霧散する。全て消えるのも時間の問題だった。

 しかし、暗雲が晴れた目の前に傷跡の男はいない。


「っ! やられたッ!」


 すぐ気づいた赤目の女は舌打ちして水連の落ちた先まで向かう。唐突な展開に着いてこれない二人もいたが、遅ればせながら女を追った。


 見えてきたのは片手で何とか剣を持つ少女が、傷跡に追い詰められているシーンだった。

 今にも倒れてしまいそうな危うい立ち回りで傷跡ライデンの連続攻撃を耐えている。


 が、瓦礫に足を取られる。


 弾くはずだった黒い剣が振り下ろされることになった。この状態になった以上、抵抗することはできない。


「獲った!」と、傷跡の男の声が響く。

 響いたのを聞いてから、海斗は動き出した。


「("煌王降臨ギャラルアース")!」


 声に出す間もない刹那に必殺技を繰り出す。光の如き速さで狙った場所に向かって特大の光線が放たれた。

 知覚不可能な攻撃が今にでも水連に迫る死神剣を弾き、傷跡の男すら空へ投げ飛ばす。

 少女への余波は打ち消されていた――、その光景に違和感を抱きつつもすぐさま炎熱ブースターで少女に近寄った。


「おい、生きてるな」

「うッ、はぁ……生きて、るっ……」

「ま、とりあえず移動しないとな……"煌王降臨ギャラルアース"」


 地面に煌光剣を突き刺し、再び必殺を放てば敵である三人の視界を塞ぐ光が壁となる。この鋭い輝きの中で目を開けられるのは海斗と水連だけだった。

 更に、"豪炎結界"を張って、水連を肩に担いでその場を後にする。瓦礫の中に身を隠すのだった。



 半径二〇メートル、深さ五〇メートル超のクレーターが出来上がっており、その一番下に煌光剣が突き立てられている。

 両手に剣を持っている状態で女の子一人担ぐのは難しかったので、置いてきたようだ。


 その場に取り残された仮面の男と赤目の女は、目まぐるしく変化する状況に混乱しながらも戦闘を再開した。


 それを遠目に確認してやっと、海斗は肩を下ろすことができた。張り積めていた緊張の糸が緩む。

 剣を小型化して、前で壁に背を預けている少女に目を向けた。


「おーい」

「いづっ」

「おいおい腕、両方とも腫れてるな……うっわ目に毒だな」


 骨が砕けたってここまで変色しないだろうくらいだ。それだけでも不快感を抱いてしまう状態。


「何か放っておくと壊死しそうだな。どうやって処置するべきか、知ってる?」


 怪我してる本人に訊くのはどうかと思うが、知らない以上は頼るしかなかった。

 痛みに顔を歪ませながらも彼女は答える。


「奇跡剣があればっ」

「医療的処置のことを聞いたつもりなんだが……それに奇跡剣って、これのことだろ?」

「いつの間に……」

「落ちてきたんだけど、この分だと君が使っていたみたいだな」


 白と金色のアクセサリーを長剣状態に変形させる。

 使い方はよくわからないが奇跡と言うからには奇跡を司っているはず、とあたりを踏んで言葉を紡いだ。


「"奇跡"よ起きよ」


 パラパラと黄金の粒子が剣から溢れ、水連の腕ヘ降り注ぐ。時が逆行したように腫れが引いていった。

 女の子らしい白い肌。手を開いたり、閉じたりして調子を確認している。


「この剣……奇跡って何でもありかよ。ま、戦闘にはあまり向いてなさそうな素数剣ではあるよな」

「それは対呪縛用だから」

「え…………」


 海斗が水連に向き直れば、素数破壊剣が首先にまで迫っていた。僅かでも振り返る速度が速ければ薄皮が綺麗に裂かれていただろう。


「あなたは何者、そして何故私を助けた?」


 腕を治してもらった恩はあるにしても、素数剣を振り回すような者をおいそれと信用する訳にはいかない。どんな意図で行動しているのかわからな過ぎた。


「理由ね……」海斗は首もとに迫る剣に大した警戒もせずに、剣撃舞う星空を見て頭を掻いた。「まあ、君のことを知っているからかな」


「私のことを知っている?」

「聞いただけ何だけどね」

「それは誰に?」

「……口止めされてないからいっか――情報屋、真倉黒也からだよ」

「真倉、黒也っ」

「やっぱすげぇ嫌われてんのな」


 水連はその名前を聞いて虫酸が走る感覚を得る。あの胡散臭い人を騙す気満々のにやけ面が脳裏にちらついていた。

 傍若無人、唯我独尊に世界生きている危険な奴。


「何でここでアイツの名前が出てるの!」

「ま、それを言うなら――俺が"魔神"と"創造"の知り合いだからだな」

「魔神と創造の、知り……合い?」

「さて、それでは自己紹介させて頂くよ。私は結城海斗というものです、以後お見知りおきを……そして、初めまして漣水連さん」


 わざとらしく仰々しい挨拶をした海斗の自己紹介に体を震わす水連。彼が水連のことを知る機会があったように、彼女にも海斗を知る機会があった。

 命の恩人である魔神がつい口走っていた名前がそんなんではないか?


「カイト……あなたが海斗?」

「俺は魔神に――愛にそう呼ばれていたよ」


 そう呼ばれていた。

 当然、過去形である。魔神こと八神愛は数ヶ月前に死んでしまった。ビルから落ちてバラバラになって死んでいった。

 殺したのは真倉黒也と海斗は聞いた。


「あなたが……」

「俺のこと知ってるっぽいな」

「名前だけは……聞いたことはあるけど、あなたが……」

「何だよ」

「いえ、意外と普通で。もっと聖人みたいな話だったから」

「聖人じゃないけど、助けってやったろ」

「……でも、変わった人ってのは本当かも」


 魔神や創造の断片的な話では雲のようだった人物像。耳に入ってきたのは善行ばかりで妙に悟った人物が頭の中でできあがっていた。

 本物はやや倦怠顔の少年だ。何を考えているのかわからない怖さはあったが、概ね平凡。


「でも、何であなたが? 裏世界の住人じゃないでしょ?」

「……まあ、幼馴染甲斐ってやつかな。結局知ったのは死んだ後だったけど、やり残したこととかあるんだったら俺が何とかしたかった」

「そっか」

「やろうとしてることは同じだろ?」

「――ちょっと違う、多分。私は裏世界の平和のためにこうして訳じゃない、ただ約束を守りたいだけ」

「同じだよ。困っている女の子がいたら助けろ、って言われてるんだよ

「愛さんに?」

「どうだったかな……――?」


 海斗のすっとぼける姿を見ていたら思わず吹き出してしまう。水連からしたらこうして笑ったのも久し振りだった。

 思い出にある魔神と創造と同じ何か――。


「ふっ、はははは」

「あ――、派手にぶっぱなしたな」


 青い夜空を覆う巨大な剣が現れたことにより、地面をつんざく轟音が炸裂する。

 まだまだ、こんなものでは終わらない――。

 水連は静かに目を伏せた。


「あ、あのっ――」


 言葉を放とうとして、直前で迷ってしまう。

 訊くべきか、訊くべきでないか。誰でもない自分のために尋ねるか逡巡してしまった。

 海斗は目を丸くして不思議そうな表情を浮かべる。だが、こんなことを訊けるのは彼しかいなと思ったら飲み込みそうになっていた言葉を口にできた。


「海斗――さん、あなたは愛さんがなくなったと知った時、どう思いましたか?」


「あぁ……そりゃあ――悲しかったさ」


 だが、実際に涙は出なかった。

 喉が潰れるほど叫んだ、悠久に思える痛みを伴った。

 だけど、やはりどうして涙は出なかった。

 悲しみの涙は結城海斗の体のどこにも存在していないらしい。


「大切だったけどさ、何にも知らなかったんだ。裏世界とか……何とか真実に辿り着いたとしてももう遅いんだから」


「そうですよね。気づいた時にはもう――」


 水連はいつも一緒にいた幼女を思い出す。

 岩井塾の後輩であり、襲撃事件の後も助け合って生きてきた小学生ほどの女の子。

 それは過去形。

 数ヶ月前に幼女――鬼木槐は死んでいる。旅の途中で能力者によって殺害された。


 気づいた時には槐は絶命していた。

 襲撃事件と同じく腹部に穴が空いて、そこから内臓が飛び出していた。記憶にある姿と重なり合うことで、急速に血の気が引いていく。


 何者かによる仕業、でも捜すつもりはなかった。死んでしまったら犯人を見つけたとしても遅い。


 そこには魔神も創造もいなかった。

 だが喩え、素数剣があったとしても死んだ者は助けられない。力があったとしても無力なのは変わらなかった。


 水連は、いとも容易く絶望した――。


 彼女が自死を選ばなかったのは約束という言葉が引っ掛かったから。世界を破壊するだけの力を所持している、という意識が辛うじて水連の平静を支えた。

 バラバラになりそうな心を串刺しにして形作っているようなもの、素数剣を全て破壊し終わった末には生きてく気力はなくなってしまう。


「(だから早く終わらせたいのかな。生きてくことが辛いから……)」


 裏世界は漣水連が生きるには厳し過ぎた。

 彼女の沈む表情を横目に、海斗は平作を装って続ける。


「死の真相を知ることが愛のためになると思っていたけど、彼女のやり残したことを続けようとしたけど……今も意志を継ごうとしていたけど――、必要なかったのかもな」

「…………何で…………」

「――それは俺じゃなくて君がやってくれたからだよ。希以外に敵しかいないと聞いてたから、少し嬉しかった……恨まれるばかりの終わりじゃなくて心底ほっ、とした」

「…………………………」

「要は愛に友達がいて良かった、ってことだ」

「わ、私が……愛さんと、友達?」

「そうだろ」


 海斗は飛びきりに微笑んだ。幼馴染にしか向けてこなかった、気の弛んだ薄い笑みが不意に出る。

 裏世界で八神愛がどんな人物だったのかは知らない、それでも悪いことばかりじゃなかった。水連を見ていればわかる。


「きっと素数剣は"守るための剣"だ。結界やら同時複数使用が可能なのを考えればそうとしか考えられない」

「そう、です……すごいです、そんなことまでわかるってどれだけ信頼しているんですか?」


 称賛は裏返った唐笑いとなる。自分自身とは真逆に思えて渇いてきたからだ。


「本当に幼馴染なんですね……」


 自分にもそう言えるような妹分はいたけど、何にも理解できていなかった。幼馴染という言葉も、妹分という言葉も陳腐に思えて薄気味悪い笑みが浮かぶ。


「ま、それなりに付き合いは長いからな」

「それは関係ないですよ。小さな頃から知っているからって人間を理解することは普通できません……わかってたら私はあんな失敗はしなかったっ……!」


 気づいていれば、もしかしたら槐の最後に何があったのかわかったかもしれない。岩井塾崩壊よりも前に異能者達に接触できたかもしれない。

 そう思ったら後悔せずにはいられなかった。

 いつまでも反実仮想をやめることはできない、永遠に叶うことのない望みは呪いだ。


「俺のは信頼とはちと違うけどな。信じるのは難しい、って言うけどさ全てを相手に委ねるってのは楽だなことだよ。期待するのも、信じるのは勝手だから」

「勝手……」

「だから俺は勝手に信じてるだけだ。もしも魔神が君のことを助けてなかったとしても、変わらずこう言うよ――"きっと誰かのため"って。俺はそういう優しい愛に憧れたからさ」


 憧憬。憧れ。

 愛は海斗に憧れて水連を助けた。その海斗は愛に憧れて、彼女の隣に立てるような男になろうと思った。

 すれ違って、高め合う関係。

 お互いに気づかなかったからこそ、尊い。


 海斗は大きく手を叩いた。


「ま、そんな感じだ。悲しかったけれど、俺は愛に対してそんな感情は向けたくないと思った……こうして今いるのはそういう意味だ。愛は何のために、この世界に生きていたか知りたい」


 だから結城海斗にとって、裏世界とは八神愛――魔神の記憶を追う物語だ。

 迷わずそう言い切るものだから水連何も言うことはできなかった。言葉に秘められた見えない何かに感化される。

 それと共に理解することもあった。


「そっか……愛さんがあなたを好きになった理由が何となくわかった気がします」

「……やっぱ俺のこと好きだったのかな?」

「いつも彼ならそうするとか、アイツなら迷わずこうする、とか言ってましたからね。まず間違いないかと」

「へ、へぇ。一応確認しただけだから勘違いしないでよね」

「別にしませんけど」


 どっちも変わった奴、と心の中で呟いた。

 全身に力を込めてみれば体が軽くなったことに気づき、思わず背伸びして息を漏らす。


「これからどうしようかな」

「素数剣を破壊するんだろ」

「その後ですよ。何にもできない私でも何かをしたいと思ったんです」

「そりゃいいな。ま、困ったら俺に頼ってくれ。居候くらいならさせてやるからさ」

「友達です?」

「友達だ」


 拳をぶつけ合わせて二人は行く。

 素数戦線終幕へのカウントダウンが始まった。


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