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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
一章 裏と表のプロローグ
5/89

⑤強靭な精神

 

 ◎


 ただひたすらに叫んだような気がする。

 自室に籠って人目も、近所の人にも憚らず一晩中、二晩中、三晩中――もっと長く叫んだと思う。

 喉がはち切れんばかりに。千切れてあらんばかりの血が溢れるかと思うくらいに咆哮した。

 ついぞ声が枯れることはなかった。

 いっそ、血を吐いて死んだ方が良かった。栄養失調で倒れた方が良かった。

 でも、人は簡単には死なないらしい。


 それでも、叫ばずにはいられなかった。

 そうでもしなきゃ、嫌でも現実を思い出してしまうから。


 世界が真っ白で真っ暗。

 絶望したように真っ白で、失望したように真っ暗。

 絶望したように生きている。失望したように死んでいる。


 俺は衝動のままに叫んだ――。


 一体何をしているんだ。

 わからない。

 じゃあ何故そうしているんだ。

 知らない。

 理由はあるはずだ。理由がないなんてことはない。

 知らない。

 知れよ。

 嫌だ。そんなことしたらもっと辛くなるじゃないか。

 それくらい我慢しろよ。世の中辛くて当たり前だろ。

 そんなの理由にならない。

 それこそ知らん。いいから理由を言えよ。

 悲しいのかもしれない。

 その癖には涙も流してないな――本当は悲しくないんじゃないのか。

 辛いのは本当だ。死ぬ程辛い。

 だけど、涙が出る程ではない――ってか。

 冗談キツいぜ。喉が痛い、何も考えたくない。生きることが面倒だ。


 暇そうだな。是非とも代わって欲しい。

 暇そうだな。是非とも代わって欲しい。

 じゃあ――。



「…………………………はっ…………………………」


 ――ああ、夢かよ。

 どうやら俺は生きているようだ。もしかしたら死んでるのかと思ったがそんなことはなかった。


 死んでても良かったけど。

 あれから何日経過したのだろうか。八神愛が死んでからどれくらいが経ったのだろうか。ただ赴くままに叫んでいただけだから日付の感覚が飛んでいる。


 見える景色は全てが灰色。世界が暗く曇っている。

 どうやらベッドから落ちて床に激突した衝撃で目覚めたらしい。立ち上がろうと腕立て伏せの要領で力を入れてみる。

 全然力が入らなかった。

 だから諦めてこの態勢でいることにした。俺は這いつくばってるのがお似合いだ。


 声を上げることもできないくらい声帯が壊れて、思考を止める音はなくなった。

 沈黙。その暴力に屈する。

 虚構に首を絞められ、現実という名の檻に投獄される。


 ゆっくりと時は過ぎる。あくまでも残酷に、平等に、誰のためでもなく進んでいく。

 様々な思い出が脳裏に過り、記憶に刻まれた数多の体験が体を通り抜けていく。


 一から百まで全ての全てが、甦る。

 十六年を超える時間共有がそこにはあった。

 愛が喜んでたら自分のことのように嬉しかったし、愛が悲しんでたら自分のことのように悲しかった。


 勝手なことだが俺は愛のために、愛に相応しくなるために努力をし続けていた。期待に応えたくて、期待以上になりたくて。


 もっと言いたいことがある。

 たくさん会話したかったし、もっと遊びたかった。もう一度ショッピングセンターにでも行きたかった。デートしたかった。


 でも、もうどうしようもない。

 人間なんだから死んだら終わりだ。


 だから、八神愛は死にました。

 なので、八神愛は終わりました。


 死んで屍となって、どうしようもなく終わってしまいました。

 俺はこれを受け止められるのか。

 受け止めて何になるのか。愛がいないのなら生きてる意味がない。

 これからは意味なく生きるしかない。

 そんなの生きてる意味がないのと同じだ。


「なぁ、愛、俺はさ……」


 声が掠れて言葉にならなかった。全身が熱くもどかしい。

 このまま続けて台詞を言っていたら、彼女が聞いていたらきっと怒ったんだろうな。


 愛は自虐的なこととかを特に嫌がっていたから。

 誰も幸せにすることのできない言葉を口にする必要はない、と。

 誰かをストレスの捌け口にしてはならない、それは自分で我慢すべきことだから、と。

 故に俺は愛の弱音を聞いたことがない。


 そして、それを後悔もしている。

 もしも、それができたならもっと近づくことができたのだから。悩みを理解できたかもしれない。

 それに並大抵のことじゃない。どこかしら精神は疲弊していたはずなのだ。


 反実仮想をしても無駄、か――。



 長い時間をかけて、記憶を遡る機会があり、明白に思い出したことだが、愛は中学校の頃、世の中には無駄なことはないと口癖のように言っていた。

 当時、俺はその言葉にどんな意味が込められているのか尋ねたことがある。


 曰く――、嫌なことを、良かったことにする言葉だとか。


 苦労を未来の幸福のために使ったと思えば、現在の苦労も耐えられるらしい。そんなことを本当に思って、実行するやつなんて彼女くらいしかいないだろうに。

 でも、俺はそれが良いと思った。

 綺麗過ぎて、潔癖過ぎて、完璧過ぎるけど彼女には似合ってたのだ。


 ならば愛は、自分の死にどんな意味を見出だすのだろうか。

 八神愛ならどう答えるのだろう。俺には、やはりわからなかった。


「…………はあ」


 愛が言いたいのは、答えがあるとか、ないとかじゃなく自身の問題。愛が大好きな努力で解決しなければならないこと。


 八神愛の死を無駄になんかしたくない――俺が、意味を持たせなければならないし、その因果に理由があるなら知りたい。


 意識しかない肉と化した体を何とか起き上がらせる。両手両足を使っているのに各々が震えてバランスを取ることができなかった。

 骨が軋んで辛い。筋肉がはりつめまていて苦しい。掌、膝の細胞が痛い。


 でも、立ち上がらなければ何の意味もない。俺は進まなければならない。


 死んだのな立ち止まるしかないだろう。

 でも、生きているのに立ち止まるのは死んだ者に対して不誠実だ。死人に口なしなんて言わせない、今も心に言葉はある。

 我々はどんなに苦しくても、生きていかなければならない。


 この結論に至るまでにどれくらいの時間が経過しただろうか――。


 俺はまだ生きていて、これからも生きていく予定だ。

 愛の死を弔うためにも真実を知って、向き合わなければならない。まだ俺の答えだとはっきり言えないけど、いつか必ず自分自身の答えを見つけ出す。



 ◎


 八神愛の死を知ってから一週間と二日が過ぎていた。また、最後に食事をしたのも同じく九日前。


 自分の部屋を出るだけでも意識が朦朧としていて、危うく階段で転びそうになった。こんなところで死んだら死にきれない。むしろ笑い話だ。


「海斗君……」


 リビングには母親がいて悲愴な表情を向けてくる。対して今の俺は妙に清々しい気分だ。

 完全復活してるよ、と言いたかったが喉が痛すぎてそれはできなかった。とりあえず水を喉に通す。


「あ……っ、あぁ――」


 しばらく潤いを補充していると少しずつ声を出せるようになってきた。痛みは引かないが、会話はできるくらいには回復する。


「ふう……えっと、立ち直った。心配かけたと思うけどもう大丈夫」

「…………」

「あと、俺がいなかった間のことを教えて欲しい」

「う、うん」


 俺のことをまじまじ見つめてくるので、横に顔を逸らしながら言った。あいにく涙は出てないので顔は普通だと思うのだけれど。ガリガリではあるけど。


 目下俺のやらなくてはいけないことは食事だ。飲まず食わずでよく一週間も耐えきれたもんだ。

 馬鹿みたいに食ってなかったので、馬鹿みたいに食って飲み込んだ。やり過ぎて思わず吐きそうになったりもしたけど。


「そんなに急いで食べなくても……」

「すぐやらないことがあるからさ」

「無理しないでよ?」

「うん、できることしかやらないよ」




 母親の話、ネットのニュースを参考にこの九日間に起きたことを整理する。

 まず警察当局の話によれば――八神愛の死因は転落死。

 そして、死亡時刻は七時頃。


 情報を整理していく内に、誰にでもわかるような不審な点がいくつか浮上してきた。


 まずは場所――。

 愛の遺体が見つかったのは、東京都古家にある日本有数の企業のオフィスビルの真横。

 つまりはビルからの転落死。

 死亡原因自体におかしなところはないが、そこまでの過程に無理が生じているのだ。


「……ここからだと二時間半はかかるよな」


 そして、時刻――。

 あの日俺と愛が家に帰ったのは四時頃。

 愛の母親が家を探し回って不在を確認したのが、夜ご飯を食べる七時頃。

 この三時間で東京に行ったとしたら帰宅後一〇分程で出なくては間に合わないはずだ。


 無理筋な気はするが、可能ではあるので一応頭の片隅に置いておく。


 だが、その先があり得ないのだ。

 どうやらそのビルの入口にはセキュリティがあって専用のカードがなければ入れない。例え、カードがあったとしても警備員がいるので女子高生を通す訳がない。


 では、どうやって落ちたのか?

 高いところに行かなくては落ちることはできない。


 警察当局に話によれば落下高度が高過ぎたので全身がバラバラになって葬儀に出せる状態ではないらしい。

 また、自殺と判断している。


「明らかに自殺じゃねぇだろ……」


 時間はギリギリセーフ。

 ビルからの落下は事実。

 だがビルを登る術はない。


 この三つの情報で何がわかるか。警察は当然これ以外の、これ以上の情報を持っているだろう。

 にもかかわらず自殺と判断した。明らかおかしいにも関わらずだ。

 そもそも動機はなんだ? そこがわからないのに自殺と断定するのはおかしいだろ。


「――足りてないものがある……?」


 警察にも、俺にも。

 それとも意図的にそう結論付けたのか。ならばその理由とは? 何となくだが、多分、この線で確定だろう。

 速やかな解決に誘導されているように見えた。ならば動機もでっち上げられた可能性もある。


 想像以上にヤバいことに足を突っ込もうとしているかもしれない。だが、足やら手やらはどうでもいい。

 漬け込むチャンスがあるなら命だって賭けてやる。



 ◎


 現在の俺のジョブであるところの高校のことで体育祭予行と体育祭本番は無事に終了することができたらしい。


 学級委員と副学級委員がいない中よくやったと思う。

 その後、担任の先生から連絡がきて愛が死んだことをクラスの皆に伝えたと知らされた。

 隠しきれるものではないだろう。少なからずニュースになったくらいだから。


 人一人がいなくなるに足りる理由とは何なんだろう――。

 今は、完全に受け入れているので学校に行けないこともないがそういう気分ではない。今行ってもクラスメイトに変な思いをさせるだけだろうし。


 何よりもっと重要なやらなければならないことがある。


 通夜、葬儀は俺が無様に叫んでる間に行われた。遺体はバラバラ死体だったいうこともあり顔を見ることはできなかったようだ。

 愛の母親が特に気に病んでいて今も病院で寝込んでいるとのこと。愛の父親が看病しているものの見てられない姿らしい。

 そんな中にも俺のできることはない。

 お墓の前で手を合わせるためにも、俺は俺のできることを――。


「母さん、俺出かけるわ」

「海斗君……どこに行くの?」


 そんな心配そうに見ないでくれ。

 もしかしたら俺が後を追って死ぬとか考えてるのかもしれない。

 ありがたい心配だが、その場合は外れだ。


「古家セントラルセンター」


 高層ビル群でも飛び抜けた高度を有する。ちゃんと見ておきたい、愛が死んだところを。

 一〇日前だから痕跡は消えてるだろうけど、行かなければならない気がする。


「その後にも『空中遊園』にも行こうかな」

「わかった。気をつけてね……何かあったら連絡してね」

「はい」


 家から南木駅、南木駅から乗り換えなしの直通で二時間半電車に揺られることで古家駅に到着する。

 平日の午後二時だからか空いていたので座席に座ることができた。これならばゆっくり考え事ができる。


 いざ、思考しようとしてると何を考えればいいのかわからなかった。二時間半の暇をどうやって潰すか。


 愛はどうだったのだろう。

 俺と同じように座っていたのかはわからないが、揺られる箱の中で何を思っていたのか。

 何の目的があって古家まで行こうとしたんだろうけど。


 自殺のためか?

 違う。考える余地なく違う。

 わざわざお金をかけてまで行く必要はない。

 電車に轢かれて死ぬと遺族が賠償金を払わなければならなかったりする。家族が嫌いだったならともかく、仲睦まじかった。


 それともその会社が嫌いだからそこで事件を起こしたとか。普通の女子高生がそんな意味不明な憎悪を抱く訳はないよな。


 古家セントラルセンター自体に目的があった訳じゃないと考えるべきか? 例えば条件に合うのがそこしかなかったとかならあり得なくもない。


 場所がどこだってわからないのは一緒。理由の方が知りたい。

 無限に続く問答を一旦中断して軽く仮眠をとっていたらいつの間に古家駅に着いていた。


 古家駅は日本で最も利用人数が多い駅と名高い。その知識が思い出されるくらいには込み合っている。

 人の隙間を縫いながらホームから改札まで着実に歩いていった。そこから一〇分程の徒歩で目的地に着く。


 古家セントラルセンター――。


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