5.少女――漣 水連の過去
1
漣水連の生まれは今時珍しくないものだった。
愛のない母親と愛のない父親の間に生まれた娘。元からいらない存在としてこの世に生を受けた。
世間体というものもあって母は最低限の養育をしたが、父親はとっくに消えている。どこかのパチンコ屋で煙草を吹かしているのが常だったくらいだ。
「もう無理」
小学生に上がったばかりの頃、迫っ苦しい襤褸アパートの中で母親は呟く。この時まだ幼女であった彼女は一体それが何を指しているのか理解できなかった。
早くも、それを知るのはほんの数日後の話である。
「少し出掛けてくるから留守番しておいてね」
と、母親は一見何気ない台詞を言い残した。子供らしい愛らしさで彼女はうん、と答えた。
そしてそれが、母親の最後の言葉となる。蒸発したのだった。
ずっと待っていた。日が沈んでも、月が沈んでも、腹が減っても、喉が乾いても、ずっと待っていた。
それから次に扉が開いたのは一週間ほど後のこと。学校の担任の教師が現れた。
欠席を続けているにも関わらず、親御さんに連絡ができない、ということで自宅に向かった教師が痩せ細った少女を見つけたのだ。
親の捜索がなされ、厳重注意の末再び同棲することとなったが邪魔者として部屋の片隅に追いやられた。
いつしか彼女から感情というものが消え去った――。
生きる意味なく生きていた。もう数年、年を重ねていたのなら自殺という発想に至っただろう。
失意と永遠の孤独を救ったのは"とある夫婦"だった。それは彼女にとっての裏世界の入門を意味していた。
裏世界には『岩井塾』というものが存在している。それは教育機関のようなもので保育園であり、小学校であり、中学校でもある施設だ。
とは言っても機関なんて大きい規模ではなく個人事業の域は出ていない。
親に捨てられた少女は経営者である岩井夫婦に拾われた。
彼ら壮年夫婦は親や環境に恵まれなかった子供を、愛なき親に代わって育てるために施設を作り上げた。現実世界ではできないことでも、裏世界ならできる。
学校に匹敵するサイズ敷地に住居をはじめとした建築物が並べられており、少女以外の子供達がたむろって遊んでいた。
「今日からここが君の家だよ」
「お腹いっぱいご飯食べてね」
岩井夫婦の、優しい抱擁に包まれる。
そこから、新しく付けられた名前――漣水連の人生が始まった。
岩井塾での生活は以前と比べ物にならないほど充実していた。愛なき人生を送っていた彼女からしたら、誰かと一緒に何かをすることが楽しいと思えた。
岩井夫婦から親子愛を、仲間達からは兄弟愛を――。
いつしか表に出なくなっていた感情を取り戻すこともできた。今までの不幸を取り返すような幸せが降り注いだ。言葉以上に気持ちで生きていると実感していた。
時は過ぎて七年後、これだけいれば岩井塾にも慣れてきて、できた後輩の世話をしながら充実した日々生活していた。
この時、彼女は一四歳。人生の半分を裏世界で生きてきて、自らの異能の発現した。その異能で裏世界で生き残るのは難しかったが、わざわざ戦乱の中に身を置く必要もない。今まで通り平和で、平穏な毎日を過ごし過ごせば良かった。
岩井塾は元々南木市に存在していた訳だが、およそ一年前から魔神と創造から台頭してくる。
一時期は争いの絶えない殺伐とした市街だったが、数か月もすれば彼女らの実力は全国に知れ、下手に手を出す者はいなくなった。
だが、トラブルの中心となってしまうことには変わりない。
「あー……こんなとこに孤児院があるとはな。一応気を付けておくわ……相方にも一応伝えとくが期待するなよ?」
なんてことを岩井夫婦に言っていた金髪美少女もいたが、水連の知る由はなかった。
水連は、予想だにしないトラブルがあっても、何だかんだ世界は回っていくと思っていた。しかし、襲撃事件の勃発によって岩井塾は消滅することとなる。
数十の異能使いが結託して岩井塾を破壊して回った。異能を使えるとはいえ子供がやることだ、大した抵抗にもならず、あっという間にそこは蹂躙されてしまう。
家は、火の海と化した。
最後まで岩井夫婦は戦っていた、だが、呆気なく殺されてしまう。悲鳴が止むのもそう時間がかからなかっただろう。
水連はただ静かに泣いて震えることしかできなかった。たまたま離れの小屋にいた水連だけが、騒ぎに巻き込まれずに住んだ。
聞こえたのは絶叫と哄笑。血を分けない兄弟達の叫びと、岩井塾を破壊する襲撃者達の笑いだった。
「あ、あぁ……」
茫然としながら、血塗れの幼女を抱いて涙を流した。何もできず、再び世界に絶望しかけた時だ。
舞い降りたのは二人の美少女であった。
「あ、あの――希さん? ……ここはどこですか?」
「別に名前はねぇけど……まあ、氷結城ってとこか」
「氷結、城……」
魔神と創造により、救われた後に水連達が連れてこられた場所は一面氷のだだっ広い空間だった。
際に付けられているステンドグラス、床から壁、天井まで何から何までの全ての材質が氷。綺麗な水色の氷だが、冷たさは感じない不思議な"物体"である。
水連が状況に着いていけず幼女を抱きながら床に座り込んでいる中、二人の美少女は創り出された円卓に座っていた。
「で、"守るための武器"ってのは?」
独特の閉鎖的雰囲気の中で口火を切ったのは希である。内容は数分前に魔神こと愛の言っていた突然の提案について。
「武器を創るったって詳しいところがわからないとな」
「それは考えている。要は"守る力"があればいいんだ、副次的に戦えればいい」
「はぁん、武器の形をしてればいい、って訳か」
「そうだ」
この時点で何かの武器に結界の能力を与える、というところまで決まっていた。
言いながら愛が手をかざすと一瞬の発光の後、真っ白な剣が生み出される。最低限のシンプルなデザイン西洋剣。
柄を握りながら「"結界"」と呟けば、半径三メートルの球状の半透明なバリアが形成された。
「これの範囲を一〇〇倍に拡大した感じだな」
「簡単じゃねぇか」
希が同意の意思を示して指を鳴らすと、衝撃でバリアが砕け散った。素数結界のプロトタイプとは言え、"創造"からしたらその程度の強度である。
勝手に話が進む光景を眺めていると水連の腕の中にいた幼女――鬼木槐が目を覚ました。魔神の治癒により絶望的だったはずの生を取り戻した幸運の幼女。
「水連お姉ちゃん……ここどこ?」
「どこだろ、私もわかんない」
「皆は? 火事はどうなったの?」
「っ! それはっ――」
何と言えばいいのかわからない。こんなにも小さな子供に真実を包み隠さず言えるほど水連の心は強くなかった。あんなに絶望的な現実を直視できないのは水連も同じ。
「ねぇ、どうなったの?」
子供らしく純真に、無垢に槐は問う。
何も知らないからこそ答えることができない。少しでもあの光景を見ていたのなら諦めて口にしていたかもしれなかった。
岩井塾にいた水連と槐以外の全員は確実性を伴って死んでいる。魔神と創造によりそれが証明された。
簡単にだが、弔いもした。一人一人に手を合わせている余裕もなかったが。
「み、皆はねちょっと遠くに――」
「――奴等は死んだよ」
水連がその場凌ぎに口にしようとした台詞は、愛の発言により打ち消されてしまった。
開いた口が塞がらないとはこのこと。槐よりも、さらに理解が遅れてしまう。
詰まった声で幼女は問うた。
「皆死んじゃったの? 先生は? 翼お兄ちゃんは?」
「いや、その……」
「死んだよ。もういない」
水連は涙を溢しそうになりながらも恨みがましく愛のことを睨むが、当の本人は飄々としていた。
無慈悲に語られた真実に、槐は俯く。その体が震えていることに気づくと、思わず水連は声を荒げた。
「なっ、何でそんなことを!」
「嘘吐いてどうすんだ? お前は傷つけないようにしたつもりかもしれないが、バレた時の重みは考えたか?」
「それはっ……」
「――嘘を吐いても良いことなんてないんだよ」
愛はその言葉はまさに自分に当てはまる言葉だ、と理解しながら口にした。裏世界に関わってからの自分を大切な幼馴染に隠している事実に"罪悪"を感じている。
知られたくないと思いながらも、知って欲しいとも思う――。
「難しいことだということはわかる。だからこそだ……これからは自分達だけで生きていくんだからな」
「……っ、う――」
気持ちを声に表すことができず我慢していた涙が決壊する。留めどなく溢れる水が床を濡らした。
すると、彼女の目元に指が添えられる。それは小さくて柔らかい指であった。
「泣かないで水連お姉ちゃん」
幼女は隣で泣いている少女の涙を優しく拭う。
ずっと一緒に暮らしてきたからわかる――槐は今まで、漣水連の泣くところを見たことがなかった。元より感情表現をするタイプではないにしても"弱さ"を見せたことがない。
いつでもカッコいい頼りになるお姉さんだった彼女がこんなにも悲しんでいた、それが槐の壊れかけた心を支えた。
「槐っ!」
「お姉ちゃんっ!」
気持ちを共有するか如く抱き締め合う二人を見つめるまた別の二人は目を細めながら口々にする。
「あれだな。愛」
「そうだな、あれだな。希」
「「気まずい……」」
裏世界最強の存在でも、むず痒いと思う時はあるらしい。人らしい感情も確かにあるようだ。
幼女は泣き疲れたのかぐっすりと眠ってしまっている。水連の膝を枕にして寝息を立てていた。その光景をしばらく見守った後、希は愛に問い掛ける。
「さっきの白い剣渡せば終わり、って訳じゃないよな?」
「当然。もっと見栄えを良くする」
「……そんなことどうでもいいじゃねぇか、使えれば」
希は文句を垂れながらも大して反論もせずに、愛の作業を眺める。
魔法『魔怪』を使って様々な色の宝石を空に召喚した。虹の七色は基本として、刻むように数百種類が氷結城を覆い尽くす。
「こんなあるならいくつか創ってもいいんじゃないか?」
「最初からそのつもりだし」
「っ、そうかよ」
煽り性能は魔神の方が一歩先を言っているらしく、またもや希は血を昇らしている。
「だが、この数創るのは面倒だな。名前が付けられない」
「一〇本くらいが妥当じゃないか?」
「もう少し多い方がいい」
「じゃあ、二五本か。一〇はともかく、二〇は偶数だから締まりが悪いからな」
「まあ、それくらいだな。三桁までの"素数"と同じ数か」
「素数剣って訳か」
命名は存外適当なものだったりする。二五本を提案したのは希だが、そんな意図は微塵もなかった。完全に何となくの数字である。
「じゃあ、適当に創るか」
愛は気安く言うと、二五の宝石だけを残して他の石を光の粒子に分解する。同時に選ばれた宝石は剣に変形していく。
それぞれに番号を振り分ける。
「一番、二番、三番、五番……――……八九番、九一番、九七番」
「一は素数じゃねぇよ」
「む、そう言えば」
「馬鹿だな」
「あぁ? お前は生きてきて何も失敗してこなかったのか?」
「つーか、二七本じゃねぇか……」
「ん? ああ、ミスった。九一は違うな」
間違いやすい素数もあってか総計二七本になってしまった。そういう訳で一番と九一番はゴミのように放り投げる。
「おい! 城に捨てんじゃねぇ!」
「うるせぇな。後で処分するわ」
二五本を城の床に突き刺して順に並べた。
氷結城の材質は下手なものじゃない。ダイヤモンドやらウルツァイト窒化ホウ素の比にならないこの世にはない新しく"創造された"材質。それを易々貫ける点から素数剣の丈夫さが証明された。
「――あとは結界だか、それは希が付けてくれ」
「私が? 何でだよ」
「たまにはこういうのもいいだろ……」
平静を装って言ったものの、頬は仄かに赤くなっていることに希はしっかりと気づいている。友人の滅多にない反応にややどぎまぎしてした。
「まあ、たまにはな――『創造』!」
片目を閉じながら異能名を発すれば、開いた右眼が黄金に輝く。素数剣に嵌められた宝石も呼応して光った。
『創造』――創り出せるものは物質に限らず、概念までも手が届く広定義生成異能。
「攻撃性能は元元付与されてるから、これで完成か」
「いや、まだだ。最後の仕事が残ってる」
「ほお?」
守るための武器、という目的は思いの外達成したはずだった。だが、それで終わりではないということで希は息を漏らす。
まだやってないことはあっただろうか、と。
口調さながらの鋭い瞳を浮かべて魔神は言う。
「……名前付けないとな」
「…………」
「二五って言うと結構多いからなあ。属性に合わせるのは当然として、共通点みたいなのが欲しいな」
「死ね」
バギッ、という不吉な音は愛の頭から鳴り響いた。正確には、希が創造した一〇〇キロダンベルが降り注ぎ、直撃した訳だが。
頭部への打撃にバランスを崩して仰向けに倒れるのも束の間、背中に超重量の物体が落ちてくる。
だが、彼女は魔神だ。裏世界最強を欲しいままにするだけはある。
ヒビが入ったかのような音が頭からしても血は出ていないし、背中にダンベルが乗っても息一つ漏らさない。
できることと言えば、物理法則を無視して立ち上がりドスの利いた声を出すことばかりだ。
「テメェ……」
「名前なんてどうでもいい筆頭じゃねぇかよ!」
しょうもないことから喧嘩に発展したもほの、最終的に二人仲良く名前を付けることとなる訳だが。ネーミングセンスに関しては、どちらも中二的なカッコ良さに惹かれてしまったのが致命的であった。
「この剣を渡すにあたって説明しなきゃならないことがいくつかある。説明というか"約束"か」
「約束……?」
「ああ、約束だ。これから二五本の素数剣をお前に渡す」
「え……そんなに持てません」
常に一メートルを越える西洋剣を二五本も背負いながら移動するのはなかなか鬼畜の所業である。ごもっともな言い分であるが、愛からしたら百年遅い指摘だった。
柄頭を強めに引っ張ると剣は形状変化して掌に収まるほどのアクセサリーとなる。これならばリュックでもあれば余裕で二五個分持っていくことができるだろう。
「これ全部やるから、好きに使え。煮るなり焼くなり捨てるなりしていい」
「でも……使い方がわかりません」
「は? 察しろ」
「む、無理ですっ!」
愛の理不尽な要求はご愛嬌として、流石に説明しない訳にもいかないので実際に見せることになった。
適当に手に引き寄せたのは虚無剣エンプティ。
「説明と言っても剣を持ちながら"結界"と思うだけだ。対人、対異能に特化してるからまず負けることはない――というか使いどころはマジで限られてくるから気をつけろよ」
「危ないものなんですか?」
「危ないものなんてねぇよ……使う人間が危ないんだ」
「は、はあ……」
名言がかったことを言われて面食らいながらも頷く水連。基本的に振るだけで斬撃が飛ぶのは、さも当たり前かのように流されている。
「おっと、忘れてたな」
愛が思い出して、水連の前に差し出されたのは番号にして一と九一の素数剣。間違えて創ってしまった二本の剣は別の用途を持って素数剣となった。
「No.1素数破壊剣ワールドエンド、No.91収集剣デイブレイク――名前の通りの剣能ではあるがこれは"素数剣を破壊する"ためのやつだ。素数剣と素数剣は相殺し合うからそれだけじゃ止めることができないからな」
「破壊はわかりましたが、収集ってのはどういうことですか?」
「それくらい察せ。素数剣が世界に散らばったりした時に探したり、探せたりすることができるんだよ」
「…………えっと、バラまいた方がいいんですか?」
「ま、その時用だ。お前はまだわかってなさそうだから言うが、あれは下手すれば国一つ吹き飛ばす力がある。悪意に利用されることだけは避けなければならない。そして――そして、そうなった場合に責任を取るのがお前なんだ」
「え」
「悪いやつに渡ったらちゃんと取り返せってことだよ」
それを傷心中の中学生にやらせる、というのも割と鬼畜ではあるがそんなのことは大した理由ではない。やらなくてはならないことはいつだって関係ないのだ。時は言い訳にしてはならない。
愛の警告に、水連は瞼の裏に焼き付いている光景を思い出す。
炎に包まれ岩井塾の何もかも。建物も人も残らず灰と化した絶望の世界が未だに脳内で火花を散らしている。
「(あれを、あれをどうにかできる力……)」
「(力がなければ何もできないっ……)」
「(奪われないための力が欲しい)」
「("守るために――")」
思いでの中の人々を思い出していたら、自ずと覚悟は決まっていた。ここに来た時には考えられなかった強い眼差しで漣水連は告げる。
「わかりました……"約束"は死んでも守ります」
2
「――愛さん……」
首都スカイタワーに向かって走りながら少女――漣水連は素数剣の始まりについて回想していた。
一年も持たずに約束の日がやって来たことに辟易しながら、空を見上げれば七〇〇メートルの電波塔が大きくなってくる。
そこまでの道中、片っ端から素数剣所持者を撃退していた。既に一〇本破壊している。
No.1素数破壊剣ワールドエンドは謂わばチートのようなもの、素数剣に絶対負けない性能が組み込まれている。問答無用で切り捨てることができた。
大した危険もなく約束を守ることができそうに見えるが、水連にも幾つかの懸念がある。
今回、特に問題となったのは"素数剣の行方"であった。
No.91収集剣デイブレイクにより特定できるはずだった素数剣だが、実際使ってみたら一本足りなかったのだ。
「(真倉黒也に調べてもらったら見つかったけど……収集剣の走査を掻い潜るなんて)」
実際には二五本存在し、全てが終結しつつある。だからといってこの違和を見逃してならない部分だった。
何者かの干渉――。
魔神、創造と互角に渡り合う何かの存在の示唆。
「(所持者リストの中の"ジョーカー"は誰? いや――そこまでの奴なら来るはずスカイタワーに)」
すると、斜め後方辺りから空気を切り裂く轟音が放たれた。心臓が早鳴りするのも一瞬、振り返れば連なる雷が天を貫いている。
このタイミングで気象干渉レベルの異能が発動しているとなれば、素数剣で決まりだ。
「これは――降雷剣ゼウスレイ……と、もう一本?」
目を凝らして見ると渦が一帯を円形に覆っていた。明かり一つない暗闇なのではっきりと確認はできないが"風"のように見える。
「二本同時使用ね……これは行った方が良さそう」
水連は首都スカイタワーに向かうのは一旦中断して、雷と風の起こる戦場に向かって走り出した。
助けられる命は助けたい――。
命が儚いものだということを理解している水連には見捨てるという選択肢を選ぶのは憚られた。素数剣という力を得たのは理不尽を捩じ伏せるためだ。
「間に合わないかもしれない――でも、手の届く限りは私は諦めない!」
力を手にした時の覚悟は今ここで果たさなければいつ果たすのだ。世界も人も守るたのだから。
3
「くッ、このッこのッこのッ! 一体何回切り刻めば死ぬんだよおおおおおおおおおお!!!」
スピッターと結城海斗の戦闘は今、終わりを告げようとしていた。
思い通りいかないことによる怒りの咆哮を上げながらスピッターは攻撃を放つ。対して海斗は切断されることを厭わずガードを繰り返す。
腕が真っ二つになる度に"磁力"を発動させて再ドッキングして次の攻撃に対応していた。そのスピードは攻防を繰り広げるにつれ加速していく。
最終局面へ向かいつつある今、ほぼノータイムで再生が行われていた。
敵からしたら堪ったものではない。チート過ぎるにもほどがあった。
「(腕を割っても、足を割っても、頭を割っても、心臓を割ってもッ! どこを真っ二つにしても止まらないッ!)」
外面も内面も金属化しているため人間としての性質は存在しない。内臓もなければ、脳もない。ならばどうやって喋っているのか気になってくるがそこは不明。
ただの物体に命が宿っている、という状態だ。生物なのかもわからない命。
「こんなのどうすればいいんだッ!」
「そこを退くんだ――戦争は止めなくてはならない」
「俺が勝つんだよッ!」
「なら、やってみろよ!!!」
始終受身だった海斗の方もヒートアップしてきた。〈コア・メタル・アーマー〉を発動させることにより、握る拳は鋼をも砕く硬度まで精錬される。
爪先にまでぎっしり詰まったスプリングが圧縮、解放されることによる最高初速による突撃。スピッターは魔道具による人類を超えたスピードで道路を滑るように駆けてくる。
お互い防御を捨てた心臓を狙う右ストレート。
海斗はともかく、スピッターの場合は攻撃を受けてしまったらそのまま行動不能に陥ってしまう。それをわかっていながらガードしないということは何かあるのか?
海斗の脳内に疑念が過るが、金属鉄人なので感情により体が軋むことはない。
先に一撃入れたのは――。
「フっ――!!!」
「ッ、ぐアァッ――あ……いッづ……」
海斗の右ストレートがスピッターの胸骨を砕いた。一点へのただ純粋な殴打をもろに入る。
倒れながら吐血するが、胸を押さえたくても押さえられない状態だ。自分でやっといてだが海斗に罪悪感が募る。
これじゃあ意識を保てない方が良かったかもしれない。
「……一瞬触れられたかと思ったけど大丈夫みたいだな」
タイミングがほぼ同時だったので真っ二つにされる覚悟をしていたが、運良く先を取れたらしい。
激痛に苛まれているにも関わらず、膝をつきながらスピッターは立ち上がった。まともに立つことができないのか体勢が前のめりになっている。
「ま、だだ……ぎッ、俺は倒される訳にはいかないんだよッ」
「そうか。次で終わるから安心して眠ってくれ」
「上等だ――ッ!」
最後の力を振り絞りスピッターは海斗に突っ込む。両手を広げて逃がさんとしていた。
応えるように両手を最硬化して待ち構える。防御を捨てて二つの手で打ち込みを繰り出そうと突き出すつもりだった。
その直前にスピッターの体から血が大量に吹き出した。右肩から左脇へ袈裟斬りされたような痕が出血という形で表されていた。
何者かの介入――空から飛来した真っ黒な何かがスピッターに斬り込んだ。
「がァッ!? こいつはッ……まさか『ジャガーノート』……」
「……何だこいつ……黒い……」
目の前に突如として現れた何者かを凝視するが、それはどうしても黒色だった。どこからどう見ても、月光に星に照らされても色は黒。
連想されるのはブラックホールとかヴァンタブラック。
黒の何者かは、拳を放っていとも容易くスピッターの腹を穿った。貫通した以上絶命まで秒読みだろう。
「っ!」
そこで、予備動作なしで何者かは海斗に振り返った。
風貌が人のそれではないことに息を飲んだ。どうやら全身真っ黒ののっぺらぼうではなく、"顔らしきもの"は存在している。
黒い顔に白くてまん丸な目に、逆三角の形をした口。
一見可愛らしいデザインに見えるが、人間の形をしながら人間らしさを感じない違和感が凄まじい。
「異能によるものだろうけど……」
「…………」
いくら見つめられても表情を読み取ることはできない。目はしっかりとあるから次は何か喋ってくるかとも思ったが、無言のまま何をするでもなく『ジャガーノート』はすぐ横のビルの屋上に向けて一足跳びした。そのまま影に身を潜めて姿を消してしまう。
「……俺を助けてくれたのか?」
素数連合にもあれほど奇抜な様相した者はいなかった。真倉黒也の黒さなぞあれと比べたら序の口である。
理解に苦しむことが起きたことに面食らってやや呆然気味な海斗。
「にしてもジャガーノートねえ……物騒な名前だこと」
なんて感想を口々にしている暇もない。せめてもの情けでスピッターの屍をビルの中に移動させて、ありあわせの布で覆った。
人の死を粗末にしてはならない。
喩え、こちらに殺す気はなくとも、相手にはあったとしても、乱入者よって息の根を止められたとしても。
「口封じ、ってのが妥当か……」
合わせていた手を離してから。
海斗は一旦"金属再生"を解除し、ポケットから連絡用魔道具を取り出した。暗号を入力してスピッターを倒したことを伝えようと試みるが、同タイミングで回線を開いてないといけないという性質なので誰ともコンタクトが取れなかった。
「携帯ってほんと便利なんだな……まあ、向かっているところは皆一緒だから合流できるか――生き残れれば、な」
海斗は首都スカイタワーに向かって歩を進めた。その間にこの度の戦争について思考する。
周回遅れの彼は"何故素数剣が創り出されたのか"から考えなければならない。情報は少なくても、ゆっくりと整理していけば真実に到達することはできる。
「愛と希は何を想って素数剣を創ったのか……」
誰を想って誰がために創造されたか――答えは決戦の地に待っている。
寄り道する可能性は大きそうだが、必ず結城海斗は辿り着くことができる。死ぬ気でやって、死にながらやって来るに違いない。
「やれやれ、今日の夜は人生で一番長そうだ」




