4.スピッターVS劣悪金属
6
「呆気ねぇな……素数剣使いじゃなきゃこんなものか」
結城海斗を縦に一刀両断した"スピッター"と呼ばれる男は逃した二人を追おうと振り返りかけた――。
その間際に異常を察して動きを止める。
真っ二つになったはすの死体が、蠢いていたからだ。溢れ出た血液らしきものが磁力を受けているように発生した力に引っ張られ、人繋ぎに再形成されている。
それが青い月光に照らされたところでスピッターは気がついた。
「……金属、再生……」
最近巷を騒がせている不死能力者の異能がそう呼ばれていることを思い出す。首都が炎に包まれている光景が脳裏に過る――彼も"野次馬"の一人であった。
あの時は全身金属で顔もわからなかったが、異能の形態は記憶と全く一緒である。
僅だがスピッターの頬が上がった。
「そうか、お前が劣悪金属か……噂通りなら退屈せずに済みそうだな」
「――」
綺麗な断面が、金属音を放ちながら接合されていく。光のなかった瞳に火が宿る。
どこにも縦の切れ目もない。
数十秒振りの正常な状態に、呼吸している感覚に海斗は息を吐いた。
「……脳をある程度殺られると即刻セーフモードに移行するとはな。クールタイムは短いようだが」
「無傷かよ」
「お陰さまでな。心の方はそうでもないけど」
軽口叩いているが内心には焦りが募っている。ただの手が何でも切れる刃と化しているスピッターに対して、接近戦をするというのは難しい。
「まあ、文句言ってられないよな……俺だけの問題じゃないし」
ここで海斗がスピッターに敗北すれば、先に行ったミミー達を追って戦闘を始めるだろう。そうでなくとも素数剣所持者と交戦している可能性がある以上、死に物狂いで足止めを――。
「いや、勝利を」
「何、ぶつぶつ呟いてんだよ」
「独り言さ。ともかく始めようか」
「ああ――殺し合おうか」
金属化、全身――灰鉄を纏う。
肉体を食うように内側から現れた金属が全身を覆う。禍々しい造形の鎧が形成される。灰のくすんだ色合いのため月光は反射しなかった。
海斗が、右腕に意識を向けると装甲が付加される。バネ打ち出しのアンカー。先端は楔状になって刺さったら抜けそうにない銛。
「まずは先制っ!」
殴るように突き出すパワーを合わせてアンカーを射出する。ストッパーが展開し、一直線にストッパーへ向かい始めた。
距離は一〇メートルなので威力は十分あり、当たれば肉が抉れるだろう。
スピッターは、残像を生じさせながら横にスライドすることでアンカーを回避した。当たってない以上は重いだけなので腕のパーツはパージする。
「さっき近づいてきた時と同じ……異能? いや魔道具か」
「ご明察――と、言いたいところだがあれは珍しくもない魔道具た。そんなことも知らないのか?」
「……貧乏だったもので……」
そんなものがあると知っていればもっとスマートに事件を解決できただろう。虚しくなるので、海斗は考えないようにした。
「(裏世界における魔道具の比重について改めて考え直さなければならないな……)」
素数剣を始めとして、様々存在する魔法による道具。空気中にある魔力を動力として組み込まれたプログラムを発動する万能具。
スピッターが先ほど使用したのは高速移動のようなもの。他にも状況に対応する魔道具があるのだろう。対して海斗の持っている魔道具は連絡用の携帯と、飛行ユニットなるもの。
「使ってみるしかないよな」
幾何学模様の刻まれたスケボーを地面のアスファルトに押し付けると、線が緑色に輝き起動した。右足を乗せてみたものの、不思議とバランスが崩れることがない。自動制御されているらしい。
そのまま、左足も乗せると飛行ユニットは宙を浮き始めた。
「おいおいおいおい!?」
全身金属化していても難なく浮遊している。
ポカン、とした表情でスピッターが俺のことを見つめるのがどうにもシュールではあるが、時を経るごとに高度が増していってその顔も不鮮明になる。
足裏の部分には力が働いていてボードと靴がくっついて離れないようになっていた。また、ボードの動きは海斗の思うままに動かせる。
「マジかよ! こんな凄いのかよ!?」
多重に重ねられた便利術式に感動している中、スピッターは憐れみの視線を向けていた。それでも抜かりなく、何気ない動作でポケットから銃を取り出している。
但し、銃とは言ってもボディは真っ青で銃身がやや長い。見る人が見ればそれが魔道具だと看破できるが、素人に識別はできない。
飛行ユニットで縦横無尽に飛び回り、銃撃を回避しようとするがスピッターは大して狙いもせずにただ引き金を引く。
音もせずピカッ――、と一瞬光るだけ。
呆気に取られる海斗だが、異変はすぐに訪れた。床を踏み締める感覚が消失する。
有り体に言えば、飛行ユニットがダメになった。足から離れて回転しながら地面に落下した。けたたましい落下音と共に、板は粉砕する。
「いや、違うだろ――俺だろ落ちてんの!!!」
飛行ユニットとは比較にならない重量を誇る金属化状態で落下したらどうなるのか想像もつかなかった。傷が治るとは言え、隙を作る訳にもいかない。
安全かつ、次のスピッターの手を回避できる方法で落ちなければならなかった。
それは、残り一秒の話。
無駄な足掻きとして、エネルギーを分散するために背中を下に全身でもって落下する。圧力の分散を考えた。
「ぐっ――!!!」
ボゴッ――、とコンクリートが抉れた。とにかく抉れて、反動で身体が宙に舞って重力に従って落ちる。粉々になった欠片が凹んだボディに降り注ぐ。
「(魔道具無効化の魔道具――そりゃ、殺し屋が使わない訳だ……)」
海斗を一方的に嬲りを繰り広げたいたが、それは全て異能によるものだった。こんな便利なものを何故使わない、と思っていたのだが。
理由が実に呆気ないものであった。
肩透かしな解答に海斗は思わず空を仰いだ。そうでなくとも仰向けで倒れているが、さらに遠くを見つめる。
「メタがあんのかよ……」
アニメや漫画を始めとしたフィクションでお馴染みの魔道具は、裏世界では存在意義丸潰れであった。
単純な落下だったので比較的軽症で済んだ。破損したパーツを分解して、また生成し直す。
「落ちた程度じゃ屁でもないってか?」
「いいや、そんなことない。着々と心は傷ついているから」
「……ふざけた野郎だ」
脳内で状況の整理をする。
まず、スピッターを幾つもの魔道具を所持している。現在確認しているのは移動速度増加と魔道具無効の銃。
対して、飛行ユニットが無効化された海斗には他には連絡用の魔道具のみ。
一方的に使われる不利な勝負だ。
「だが、いつもそうだった……」
不利は不死で押し退ければいい。
あったのはこの身一つだった。壊れても、壊れてもも何もなかったように直る鉄人は拳を握って進撃する。全身の構造をばね仕掛けにすることで、地面を十分蹴った場合に限り速度の差は何とでもなる。
渾身の右ストレートを放つが、スピッターの動きは単調。触れるだけで切断するのなら力を込める必要はないだろう。
横から差し込まれた手刀により、肘を境界として真っ二つにされる。
金属化に痛みは生じないため、ノータイムで逆の腕でストレートを放つが、スピッターの方も逆の手を使い同じく対応した。
よって、金属鉄人の両腕はどちらも切り取られた状態。
「ならっ、頭だっ!」
「ふっ」
ヘッドバットは魔道具を駆使した華麗なバックステップにより回避された。危なげのない慣れた動きだった。このまま追撃してもいなされるのは明白なので、一旦態勢を整える。
今の攻防でわかったことがあった。海斗は心理的に優位に立つためわざと口にする。
「あくまで手刀ってことか。気をつけるのは手だけでいいらしいな。俺の場合、いくらでも失敗してもいいからな」
喋っている間にも腕が再生成されていた。打撃ならともかく、単純に切断というなら"金属再生"の独壇場。
いくら等分しても一を〇にすることはできない――。
「俺はあんたの弱点の一つ、って訳だ」
「どうだか。俺はまだ少しも本気を出していないぞ?」
「そうかい。それなら早く出した方がいいぞ?」
「……今度はこちらから行くぞ……」
靴型の魔道具で地面を滑るように突っ込でくるスピッター。対して海斗は代わり映えのない防御態勢。
「(胴体を切られることが一番ダメだ。腕でわざと当たって軌道を逸らせばいい)」
下手に動くことこそが一番の悪手と判断した。カウンターを考えるのではなく、致命傷を避けることに意識を傾ける。
注視しているとにやり、とスピッターは邪悪に微笑んだことに気づいた。
何か仕掛けてくる、と直感する。
次の一歩の瞬間、スピッターが二人に分身した。左右に分かれて海斗に向かう。
幻覚か何かの魔道具ということと、片方に実体がないだろうことまでは推測可能だった。
だが、どちらかわからない。その小さな疑問は、スピッターの異能と組み合わせた際、凶悪性が絶望級となる。
二倍の、四本の手を対応しなければならない。片手で二つの手を対応することはできなかった。
「(山を張るしかない――!)」
二分の一という確率は少なくない数字である。大穴で実は三人に分身していた、というものがあるがそれは今回は除外。
相手の次の動きを予測する際に意識すべきことは何か。これは戦闘の場合に限らない、高校生として過ごす時にだって使える技術だ。
「(相手の気持ちになって考えるんだ……)」
相手の立場になって考える、なんて今時は道徳の授業でも習う。だからといってできる人が少ないのは周りを見ればすぐにわかる。
攻撃を仕掛けてきた、としてスピッターならどうする――。
どんな気持ちを抱いているか。
海斗が散々挑発した。
表には苛立ちを見せていなかった。だが、内心はわからない。
もし、ムカついているのなら次の攻撃は"本気"を出すのではないだろうか。
そして、二択。右か、左。
幸運なことにヒントはあった。思い出すシーンは飛行ユニットが落とされた場面だ。
どちらの手で魔道具無効の青い銃を持っていたか?
「利き腕は右、だから左方向だ!」
「何ッ!?」
驚きの声は正解の証。
迫ってくる二つの手刀をそれぞれ弾いて、がら空きになった胴体を機械仕掛けを駆使して連撃に繋げる。
人間の駆動を無視して、弾いた腕を無理矢理引き寄せて、胸部に両手掌打を繰り出した。
「ぐがあッ…!?」
完全なる力業"ベクトル掌打"がスピッターを後方に吹っ飛ばす。苦痛の息を吐きながら道路を転がった。
海斗の方は緊張の糸が緩み、呼吸が乱れる。長距離走の後のような虚脱感が金属鉄人にも関わらずのし掛かってきた。
「そうだ……俺は今まで殺し屋とか情報屋とか常識外れの化物と戦っていたんだ。経験なら十分過ぎた――俺は弱くはない」
それは驕りか自信か、彼にもわかっていなかった。だが、その思考はプラスに働く。迷いを生じさせない、というのは戦う時に限れば有効だ。
正面を見据えると、胸を押さえながら脂汗を流すスピッターの姿。血液混じり物の咳を出しながらも立ち上がりつつある。
「――っぐ、ぐ……テメェ…!」
「何でも切る、という異能に目が奪われていたが、気をつけるの手の先だけ。速さをブーストしているようだが俺には効かない」
「何が劣悪金属だッ」
「名前と違う、って?」
殺し屋を始めとした、今までの相手が強過ぎたらだけで、金属再生という異能は強力なものだ。
噂が独り歩きしたのか弱いと思われていた。このような不意を突けるのなら虚偽も幸運と言えるだろう。
「こ、のののののおおおッ!」
スピッターは咆哮しながら、再び突撃して来る。右腕を大きく振って首もとを狙って手刀を繰り出した。
海斗は肘辺りを左腕で掴んで内側に引っ張る。バランスが崩れながらもスピッターは左腕を伸ばした。
「覚悟しろよ、スピッター!」
金属再生の為せる硬度を右腕に集中し、首もと目掛けて近づく左手を外側へ弾く瞬間――。
「発動! 〈コア・メタルアーマー〉!!!」
バギッ――、と。
灰鉄を超える硬度となった右手が、スピッターの左手を粉砕した。鉄と言う無機質に触覚はないが想像するだけで感触が浮かび上がる。
「うがあああああああああああああああああああ!!!」
砕けて原型を失った左手を押さえながらたどたどしく後退りするスピッター。痛みに耐えながらポケットから十字架のアクセサリーを取り出す。
粉砕骨折した手首に十字架を重ねると、光の粒子となって傷を取り囲んだ。みるみるうちに骨折が治る。
「い。それは……ズルいだろ……」
金属再生でも同じことはできるが、やられる立場になってみれば堪ったものじゃない。
十字架のアクセサリーは回復の魔道具――。
正常な手になっても記憶が消える訳ではない、滴る汗が止まる様子はなかった。
スピッターの心中にあった優越感と、過信が消える。
「認めるしかないか……お前は強い。だが、俺はここで立ち止まる訳にはいかないんだよッ! だからお前は死んでくれ」
「俺は死なない――絶対に死ねない」
スピッターがどんな想いを抱えて戦っているのかはわからない。結局、お互いの願いがお互いの願いで妨げになるならこうして殴り合うしかない。
崇高も邪悪も、貸し借りも均される。
戦って勝った者だけが手にすることができるのだから。
ここに来てスピッターは最高速を叩き出した。初めての強敵の存在が能力を飛躍的に引き上げていた。そして、自分の肉体を酷使してまで先手を取る。
「(俺達が素数剣を総取りして"侵略者"を――!)」
「ここで一番のキレを出すのかよっ…!」
海斗が対応できないのには理由がある。スピッターの動きは先ほどとは変わっているのだ。
刀にように振り回していたのだが、槍のような突きの動作となっている。そこにどんな意味が込められているのかを知るのは、すぐのことだった。
分身まで駆使され、肩口に手が触れる。
抉るような貫通痕ができる――と海斗は思った。内部の歯車が壊され一時的に稼働不能に陥ると予測していた。
だが、実際は違う。
「腕が取れた……」
肩口を手刀で切り裂かれたように左腕が落ちた。内側で骨を支えていた歯車がポロポロ溢れる。
「(そうか。手刀じゃなくて、触れたものか――"触れたものを問答無用に真っ二つにする異能"か……手刀でばかり攻撃するから失念していた)」
手刀だからこそガードできていたようなものだ。踏み込んで、より力を込めなければならない行動だったからこそ対応ができていた。
ましてや、左手を失ったら藻屑となるしか未来はない。
腕だけで五等分、首、胴体は三等分。上半身は消失しててのつけられていない下半身だけが残った。
ボロボロのロボットはガラクタと成り果てて眠る。
7
酷薄と、騎士長とミミーの戦いは意外なことにあっさり終わろうとしていた。
ミミーと騎士長の二人は、路地裏や外壁沿いに息を潜めている。
視線の先には緑色の素数剣を握っている酷薄。苛立ちを隠しもせずに二人を探していた。
ミミーはその様子を見ながら攻撃準備に入る。
専用魔道具、氷型維持装置を用いて氷柱を幾つもの背面に浮かしていた。空中に投げ出して氷柱の雨をお見舞いするつもりだ。
「(にしても、弱過ぎるって思うのは私の気のせい?)」
海斗が前もって言っていた情報とは似ても似つかなかったのだ。
素数剣は尋常でない力を持っていた。それはミミーも身を持って体験したことだ。今も接近戦を避けるように隠れているのだ、疑いようもない力が込められているのは承知していた。
だが、死ぬほどではなかった。むしろ上手く往なすことができたくらいだ。
話では問答無用に防御不能攻撃をしてくる、なんてことを聞いた手前この状況に疑義を感じているところだった。
それはミミーだけでなく騎士長も同様である。酷薄の背後五〇メートルほどから息を殺して、待機しながら思考していた。
魔道具レーザーブレードの拡張型を使用し、レーザーを飛ばすことで遠距離攻撃を成立させているようだ。
騎士長はミミーよりも、真相に近いところまで推測していた。
「話に聞いていた"結界"も"自動防御"も使っていない……いや、使えないのか?」
既に数十と攻撃を繰り返しているが、酷薄は騎士長に気づく様子もなく淡々とイライラゲージを上げているだけ。傷はそれなりに負わすことはできていた。
「攻撃も全方位とかじゃなく、一方向ばかりだ。手加減しているようにも見えない……」
現在、酷薄は風滅剣アイアロスで一棟ずつ家を粉砕しているところだった。数分前まで騎士長が隠れていたところだ。
後ろ姿を眺めながら呟いた。
「――使い方を知らない? もしも、そうなら……」
騎士長やミミーだけでも素数剣所持者を倒すこともできるかもしれない。
そうでなくとも酷薄は素数剣を持て余しているように見えた。力を扱いきれていない動きだ。
知らない可能性は十分あり得る話。
親切に取扱説明書が付いている訳はなく、今まで試しに使う機会もなかった。噂でしか聞いたことのない素数剣の実力を出しきれずにいるのかもしれない。
「(一応、連絡しておくか)」
推測の域はでないが、可能性ということで通信魔道具で連合メンバーに伝えることにした。暗号を入力して反応があるまで待機する。
間もなく、連絡が繋がった。
不審な音が雪崩れ込む――。
「こちら、南担当の騎士長」
『――……ッ――……』
「? どうしたんだ?」
『あ――助け、騎士ッ、がッ……――たかがこの程度か』
誰が繋がったかはわからない。だが、後者の聞き覚えのない声による発言より、素数連合のメンバーが何者かによって殺害されたことだけは確実だった。おそらくは素数剣所持者によって。
『邪魔が入ったな。首都スカイタワーに行かなければ……』
通信の魔道具には気づかないで、通話の何者かは離れていった。
騎士長のような卓越した異能であれば、喩え相手が不慣れだったとしても優位にことを運ぶことはできないだろう。
素人は何人いたって状況は変わらないのだから。
素数剣を扱うほとんどは情報屋だ。最低限の自衛の術はあり、それに素数剣が加わるのだ。
その点では、騎士長はミミーのことを評価していた。略奪師に類する抗争に直接参加していただけはある。
「(何より自分の無力さを自覚しているのがいい……過信は論外だが、それで言うなら彼は無自覚といった感じだな)」
裏世界にいながら現実世界と変わらずに生きる少年を思い浮かべる。会った回数は少ないが、善良であるし、差別をするような性格ではないことはすぐにわかったことだ。
だが、不気味。
平気な顔して人を殺しそう――そんなことを思ってしまう。
強いて言うなら敵意がない、それだけでそばにいるような怖さが奇怪。
「(闇じゃない、虚無でもない。当然光な訳もない……ならば彼は何だ?)」
結城海斗のルーツに何かが隠されているだろう、と予想していると酷薄の風の剣による破壊が迫ってきた。連絡用の魔道具でミミーに攻撃のタイミングを報せて移動を始める。
それから三つ建物を吹き飛ばしたタイミングで騎士長は拡張型レーザーブレードによる遠距離攻撃を開始した。
壁越しに飛んできた光弾に酷薄は遅れて反応するが素数剣でカバーする。
「そこかあああッ!!!」
剣芯に渦巻く極細の暴風が一直線に放たれた。コンクリートを分子分解しながらノンストップで突き進んだ。
穿たれた穴からは誰も確認できない。
騎士長が風穴を空けられた――なんてこともなかった。
「くそッ! どこだッ!」
「(今だ――)」
背後に迫る氷柱を気づかずに首を振る酷薄。とても酷薄の背中に刺さりきらない量の数が空を突っ切る。
どすどす、と無慈悲に肉を裂いた。そこで背後にミミーがいたことに合点がいく訳だが、それも長く持たない。
「この――俺が……こんなところで……ッ――」
全身に刺さった氷柱を伝って止めどなく血が流れる。酷薄はやがて動かなくなった。
騎士長もミミーもその場から動かなかない。
それは本当に終わったわからなかったため、そして呆気なさ過ぎるため。
一時間にも思える三分が経って、やっと騎士長は立ち上がった。反動のような無音が一帯を支配するのだが――。
「……何だ?」
第六感か――得も言われぬ違和感を抱く。思わず、異能を発動させて"聖剣インテグラル"を握る。
"迫っている何か"に全神経を研ぎ澄ます。
目を瞑り、耳を立てる。肌がザワリ、と震えた。
「上か!?」
見上げると大の字で落ちてくる人影。そして、握られている神々しい剣から紫電が煌めいた。
刹那に降り注ぐ落雷。
耳をつんざく雷鳴が轟き、周囲一帯に衝撃波が撒き散らされる。
瓦礫に埋もれて何者かを見上げる騎士長の表情は歪んでいた。
酷薄と戦闘していたことを見られていたことに、さらにそれに気づけなかったことに悔恨を抱く。
しかしながら、総じて驚きの方が大きかった。
「(酷薄の起こした暴風どころじゃない衝撃波!?)」
酷薄の攻撃により崩壊した街中が、落雷の衝撃のみで平らに均される。
騎士長もミミーはその場に留まることがやっとの状態だった。風が止んだ瞬間に、全身の力が抜けてしまうくらいだ。
「これだけで満身創痍か……冗談じゃない。これは本当に"次元が違う"じゃないか!」
視線は雷を纏いし者に集まる。
爆心地に降り立つ一人の男――情報屋『戦騎夜行』。
超攻撃的異能を持つ情報屋。その異能のために殺し屋としての活動もしている。
故に"悪路行く戦騎"だ。
その彼が、よりにもよって素数剣を二本所持してしまった。
「こいつは弱かったな、素数剣を使ってながらあの体たらくだ。何にもわかっちゃいない。誰にでも恒常的に最高のパワーが使えるとは言っても、何も知らないやつが使えばただのガラクタだ」
酷薄の死体を踏みつけながら言うルーク。蹴り飽きると騎士長、続いてミミーに目を向けた。
満身創痍なのを確認して、呟く。
「あんな弱い所持者がいるなら素数連合が大規模に動いても仕方ないか……本来の力が発揮できていたのなら一撃も持たないだろうな」
「ルーク・ヘリオス!」
「騎士も素数剣の前では凡人か」
「……っ、お前は一体何をしようとしている!?」
「No.43降雷剣ゼウスレイとNo.17風滅剣アイアロス。雷と風、この凶悪なまでの組み合わせがあれば俺は勝てる。この"戦争"に」
「"戦争"……それが首都スカイタワー?」
「素数連合もそこは知っているのか。だがそれは困るなぁ、邪魔な人物が現れるかもしれない。今のうちに全員殺しておかなくては」
極上の殺意によって釘付けにされる騎士長に向かって進撃するルーク。振り上げるはどちらの剣か。
戦騎夜行VS騎士長&ミミー、開戦。
8
「彗星剣、素晴らしい! A級異能使いを歯牙にも止めないとはな! なあ、巨人?」
「……ぐっ」
血だまりに立ち尽くす巨人の右腕は肘で切断されていた。紫色の蒸気と赤い溶液が断面から飛び出している。異能発動に伴って大きくなっていた体も、今では二メートルほどに縮んでいる。
彼に着いてきた他の異能力使いは、天から降り注いだ彗星によって全身を穿たれて絶命した。
一〇分にも満たない時間のことだった。
「(まさか、ここまで強いとは)」
巨人は自分が油断していたことを悔やんだ。強力な力を所持し、曲がりなりにも裏世界の秩序を守っていたことに調子づいていた。多くの部下を抱えた大型組織の長としての意識が増長させた。
「(おそらく、いや確実に死ぬ。だが、連合自体俺が始めたことだ――俺が何もしなくてどうする)」
それでも、圧倒的な力に叩きのめされても、腕を一つ失っても立ち上がれたのは奇しくもリーダーの自覚だった。
部下のためにも、恥になるような男であってはならない――その思いで痛みを堪えて相対する。
「まだ動けるんですか、タフですね……ですが性能も大体掴めましたし、お開きとしましょうか」
「タダで終わるとでも?」
「もうわかっているでしょう? 素数剣の絶対性をその身に刻まれたのなら」
「関係ない。一矢報いる、それだけだ」
「……これだから脳筋は……」
苛立たしげに呟いて骸烏丸は彗星剣ペガサスロイドを空へ掲げた。呼応して剣の真ん中の宝石が光ると、天から円の形を為した数十の彗星が落下してくる。
対して満身創痍の巨人は、残りのありったけを込めて異能を発動した。紫色のオーラが全身という全身から吹き出して体が膨張する。
彗星を避けるつもりはなく――全力でもって骸烏丸を破壊するために巨大化し、突撃する。
愚行と言わんばかりに骸烏丸は嘆いた。
「あんたそれしかできないんですか? 無駄だって言ってるでしょうッ!」
淡青色の残像を発生させる斬撃が巨人を襲う。上から振り落とされた拳を真っ二つにせんとする縦斬りだ。
「う、おおおおおおおおおお!!!」
気合いの咆哮をして、刃に触れる直前で体積を半分にすることで剣による攻撃を避ける。その分、骸烏丸との距離も遠退くので間髪入れずに走り出した。
「そんな手が通用すると思ったのかッ!」
彗星剣の剣芯が水色に発光し、光線となって巨人の体を焼いた。レーザーのようにボツボツ、と体を貫き血液が飛び散る。
だが、血管が千切れんばかりに浮き出ても、眼球が飛び出るほどの白眼をしても立ち止まらない。
「ぐっ、おおおおおおおおおお!!」
「このッ! "彗星光"!」
驚愕に彩られた顔面に巨人の殴打が突き刺さる寸前、天から光線が骸烏丸に降り注ぎ、巻き込まれるようにして左腕が消し飛んだ。
有らん限りの力を振り絞った一撃は沈められた。
素数剣所有者には、その素数に特有の能力に対する耐性が付与される。彗星剣ならばさしずめ"彗星耐性"か。
「ご、がはッ!」
巨人は衝撃で気絶し、異能の解除を余儀なくされる。それまでにかけてきた負担が一斉に出力されたのか目から、鼻から、口から血が滲み出た。襤褸人形と化し、後方に倒れる。
そして、彼の仲間を絶命させた"流彗星"が降り注ぐ。
「(ここまでか――……彼は、アイツはこんなやつらと戦っていたのか。何者なんだ)」
最後、思い出されたのは仲間達ではなかった。素数連合に素数剣の情報を持ってきた少年のことだった。
素数剣の理不尽なまでの強さ、ただそれだけが記憶の大部分を占める中で消えなかった存在。
「(甦るからといって――何度も死ねるものか)」
死ぬのは一回で十分だ、そう呟いて目を閉じた。
そして、暗黒が全てを飲み込んだ。何もかもを塗り潰す絶対なる混沌。闇に飲み込まれたのは"流彗星"の方だが。
雲一つないはずの空に暗雲が立ち込めている。否、雲等ではなく"闇"という概念が空を浮かんでいた。
巨人と交代するように現れたのは黒の素数剣を握る男であった。殺意を込めて骸烏丸を見据えている。
「騒ぎが起こってると思ってきたみたが、やっぱ素数剣所持者がいたな」
「貴様……」
「――闇を司る素数剣、No.5漆黒剣クラミツバ」
胸の高さに合わせて剣を構えると、男は素数剣の型番を告げた。
怪しく黒光りする剣芯にアメジストのような宝石が幾何学模様を描いて埋め込まれ、中心には鮮血の塊がはめ込まれている。
「お前のは何だ?」
「――彗星を司る素数剣、No.47彗星剣ペガサスロイド」
淡青紫色の剣芯に、半透明の水色で彗星を思わせる幻想的な模様が描かれている。剣の規格はどの素数剣でも同じなので、見た目でのクラミツバとの違いは色とデザインだけ。
流星の加護を受けし清涼の剣だ。
それを聞いた男――『刻雲』は微笑した。
「彗星ねぇ……ま、この辺で始めておこうか。先は長いからな」
「私に勝てると思っているのですか?」
「素数剣はすべて同じ強さだ。どんな属性、どんな性質を持っていてもだ。弱点も特攻の存在しない、すなわち――素数剣所持者での"戦争"は剣術で決まるんだよ」
炎と氷の素数剣がぶつかっても待っている結果は拮抗だ。喩え、二つ同時に発動したとしても、組み合わせに意味はなく、何を使っても威力は変わらない。
「俺はお前よりも腕は立つぜ?」
「…………………………」
刻雲の言うことはもっともな台詞だった。巨人と戦った際にも、接近戦になった時に使ったのは広範囲レーザーだった。
剣術についてはまったくの無知である。
だが、素数剣を所持しているという慢心が逃避を封じ込めた。
「どうですかね、やってみなければわからないと思いますが」
「最初からそのつもりだ」
素数剣所有者同士の抗争が始まるかと思えたその時、道遠くから少女の声がした。
「――そうはさせない」
先程まで言い争っていた二人は少女を見れば、その手に素数剣が握られていることに気づいた。
三人目の素数剣所有者――。
刻雲は好都合とばかりに白い歯を見せて言い放つ。
「三つ巴の戦いか。で、そうはさせないって?」
「えぇ、あなた達を止める」
「素数連合か? いや、素数剣を持っているということは別口か……どちらにしろ素数剣を持っていて敵なら戦うだけだ」
言って刻雲は剣先を少女に向けた。刃周りから黒い影が漏れ出て周囲を漂っている。
この時既に少女は素数剣の判別を終えていた。性質や能力まで全て看破している。
「(漆黒剣と彗星剣――と……この人は素数連合?)」
少し先に血の池に浸かっている男を発見した。異能は解除されているはずだが元から体が大きく視界に違和感として映されている。どちらかの素数剣使いと交戦したと思われる。
状況から判断できることはこれくらいだった。
「二人同時にかかってきてもいいわ」
「随分と大きく出ましたね。個々の能力が拮抗するとは言っても二本を一本で耐えられる訳はないですよ」
「いいから早く」
冷たくあしらうと骸烏丸のこめかみに血管が浮き出る。刻雲は馬鹿にするような態度だったが、少女のは興味の欠片もない無関心のそれだった。彗星剣を持っていることに気づいているのに、その態度を取ることに怒りを抱く。
「どうなっても知りませんよッ」
「そっちの黒いあなたは?」
「俺は適当にやるさ」
言いながら刻雲は漆黒剣を肩に担ぎながら一歩下がる――ように見せかけて攻撃を放つ。漆黒の雲が刃と化し、少女を切り裂かんと襲う。
また、すぐさま体勢を整えると、地面を蹴り上げ接近してくる。
ヒュン、と少女が白金の素数剣で軽く横凪ぎすれば漆黒の刃は霧散した。余裕を持ったまま追撃に対応することができる。
「何ッ!」と呻きながらも袈裟斬りを仕掛けてくる刻雲に、打ち合うように剣を振り下ろした。
切れ味抜群に黒の煙を一刀両断する。人の形を失って細かく分解される影を見て察した。
「これは、まさか……」
「甘いんだよォォォォォ!!!」
刻雲は少女の背後を取っていた。"漆黒煙"により影の分身を作り出し、"漆黒潜影"により影に潜って背中側にまで潜行していたのだ。
作戦通りにことが運んだか、優越を感じたからかかテンション高めである。
「油断したなァ! 偉ぶった割には雑魚だったなガキィ!」
漆黒剣による少女の首を狙った横凪ぎが放たれた。完全に背後を取っているため振り返っても間に合わない。
だから当然、首が飛んでなくてはおかしかった。
少女は首筋に宛てられた剣を気にもせずため息を吐く。
「ど、どうして斬れないんだ!?」
「あなたのような人に素数剣が渡ったことが悲しい」
「何を言って……」
「――"No.1素数破壊剣ワールド・エンド"。それが私の素数剣の名前」
「ナンバーワンだと? 素数破壊剣?」
「これ以上説明する意味はない。だから――破壊する!」
「ぐッ! ……――」
振り返る共に触れ合った漆黒剣と素数破壊剣。クラミツバはポキッ、と折れて間もなく光の砂となって空に消えていった。刻雲は破壊の余波により白眼を向いて気絶する。
「うおおおおおおおおおお!!!」
休む暇も与えず背後から雄叫びを上げながら突っ込んでくる骸烏丸。声を出していては背後から迫る意味ないことに気づかずに飛び出してきた。
同時にペガサスロイドに込められている"彗星隕石"を発動したのか、少女の丁度真上から水色に輝く彗星が落ちてくる。
少女は停滞を思わせる緩慢な動作で剣を振るった。彗星は淡青色の光の屑となって空を彩る。
「素数剣の破壊するために生み出された、この世界から素数剣を殲滅するための終わりの剣」
「ぐあッ!?」
他愛なく骸烏丸は制圧された。
空へ昇った光の粒子を見つめながら呟く。思い返すのは二人の影だった。
「これで二本目、残り二三本……」
その手にある素数剣の柄頭を引っ張るとアクセサリーのように手のひらサイズに変形する。ここまで素数剣のことを熟知しているのは所持者の中でもさらに少数だ。
少女は首都スカイタワーへ向かう。
攻防の中で弱者は淘汰された。集まるのは真の強者のみ。これから始まるのは血で血を洗う果てなき争い。
「ちゃんと、私が終わらせますから。約束守りますからっ」
今は亡き魔神へ。
未だ遠き創造へ。




