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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
三章 天上に集まりし素数剣
45/89

2.素数連合

 

 1


 場所は変わって都内某所、首都帝国ホテルにて素数連合の会議が行われることになっていた。

 通称『劣悪金属ラスト・メタル』――結城海斗が帝国ホテルに着くよりも早く、他のメンバーは到着していた。専ら会議の参加を断った真倉黒也からの使者への扱いについて議論が行われているところである。協力要請はしたものの実際にあちらが了承してくるとは思ってなかった故、持て余しているところだった。


「そもそも真倉黒也からの情報は信用できるのか?」


 そう疑問を呈したのはこの場ではリーダーのような立ち位置をしている男――『団長』と呼ばれる三〇代ほどの厳つい野郎だ。自ら組織を立ち上げ、裏世界の治安維持を目的として活動している。裏世界においてはそれなりに名の知られている人物で、素数連合の設立に関わっている。

 答えるのは、同じくとある組織のリーダーであり、素数連合の主要人物である『騎士長』。落ち着いた物腰で言う。


「どうだろう? あまり良い噂は聞かないな」

「それなりの報酬を条件としたが、真倉黒也があちら側についてる可能性もある。金にがめついらしいからな、より高額な方について一挙両得でも考えているのかもしれない」


 そんな綱渡りは裏世界では、ご法度中のご法度だ。

 背徳が露見すれば、相応の報いを受けることになる。双方向からとなればまずまともな死に方はしないだろう。

 よって情報屋、殺し屋、製作者、探偵屋は信用が重要となるのだが真倉黒也に関してはまた別。


「信用は金に比例って感じだろうね。金だけじゃないだろうから、相応の"価値"が必要だろうさ」

「価値か――」


 素数連合に参加したとしても直接的に利益は働かない。

 ボランティアのようなものなのだ。裏世界の平穏を望む者が集まっただけである。

 それでも数百人が集まっているのは、やはり略奪師の事件をきっかけとした素数剣所有者の台頭が著しく激しいものだからだ。


 未だ、裏世界の首都は灰と化していた――。


「大丈夫だと思いますよ」


 暗雲漂う雰囲気の中、堂々そう言ったのは『ミミ―』と呼ばれる少女であった。『ラバーズ』という組織に所属していた異能使いだったが、現在は無所属の超能力者。

 彼女は平穏な世界をを望んでいる訳でもなく、大規模な任務に乗じてコネを作るために素数連合に参加している。


「ほう? その根拠は?」


 訝しげに団長はその心を問う。


「実際に依頼したことがあるから――ですかね」

「何だと?」


 百人を超える人数のいる空間が震えた。情報屋とのコネクションの形成すら難しいのに、その中でも得たいの知れない相手と接触があること自体驚くべきことなのだ。


「私じゃなく、知り合いがですけどね。敵対しない、正式な依頼なら確実性を伴った結果を出してくれます」


 結城海斗から間接的に聞いたことなので実のところは知らないが、あたかも目の前で見たかのように説明した。とにかく、成功しても失敗しても素数連合の活動が鈍ることがあってはならなかった。それなりのラインを形成できるのならとんずらかましてもいいと考えている。


 団長とミミ―が視線が交差させること数刹那――長いように感じられる短い時間の後。「まあいいだろう」と団長は言った。


「その情報がなかったら何もできない以上は腹を括るしかない……」

「(なら最初から黙ってろっての)」


 心の内では舌打ちしていたが、表の笑顔を忘れないミミ―であった。

 リーダーがそう言うものだから他の下っ端メンバーや、野良の異能使いも便乗するように納得の意思を示した。その決定を持って、ようやく始まりを迎える。


 狙ったかのようなタイミング――結城海斗が現れたのはそれの直後であった。

 開け放たれたパーティー会場の扉、そこで海斗は唖然としながら立ち尽くしている。ずらずらと並んだ人垣、その視線が少年の全身を射抜いていた。

 海斗はただあるだけの圧力に飲まれ、全身が硬直してしまう。会場へ踏み入れるための一歩の重みに押さえつけられていた。


「(何でこんなに――殺気だっているんだ!?)」


 何をされてもおかしくない、そんな状況が脳裏に過る。

 良い顔はされないことは前々からわかっていたが、ここまで露骨な反応をされるとは予想外であった。けれど、冷静さを欠いている訳ではない。

 深呼吸一回して落ち着いてから、海斗はパーティー会場に足を踏み入れた。


 真ん中は開かれて通路となっていて、その先に団長、騎士長を始めとした組織のリーダーが待ち構えていた。誰を見ても幾度の修羅場を潜ったような凄味が滲み出ている歴戦の猛者だ。

 五メートルほどの距離を取って海斗は立ち止まれば、早速団長が口を開いた。


「――お前が真倉黒也の使いか?」

「はい、そうです……」


 高圧的な問い掛けに肝を冷やしつつも受け答えした。一触即発、下手なことを答えれば根こそぎにされるような空気が漂う。

 真倉黒也の知り合いというだけでアウェー。


「どう見ても素人にしか見えないが? お前が本当に真倉黒也の使いというのなら力を示してみろ」

「は? 力を示す?」

「――戦え、そして証明しろ」

「……マジすか」


 驚きに目を見開くだて眼鏡をかけた素人少年の頬から汗が流れる。内心でいくら拒否しようとも、断れる雰囲気ではなかった。



 2


 結界人ディクライナーと呼ばれる男は『減衰結界』の異能の力を減退させることのできる立方空間を作り出す。

 パーティー会場の真ん中にガラスのような可視のできる結界が生成され、その中で海斗と団長は相対していた。その周りには野次馬のように素数連合のメンバーが集う。


「この勝負どうなるんだ……真倉黒也の使いの実力は如何に」

「ジャイアントと戦うんだぞ!? あいつ、手加減したってただじゃ済まなねえ!」


 ある者は海斗の実力を測りかねているが、団長の実力を知る者は海斗の身を案じる。


「使い物になるか試してやる」

「……お手柔らかに」


 団長ジャイアントは闘志剥き出しに対し、少年はまるでやる気のない返事をした。事を目の前にしてこの態度だ。良く言えば肝が座っているが、この場合は無関心というのが適切であった。

 余裕かました鼻っ柱を折るつもりで団長は力を込める。


「この結界の中では異能の力が大幅に弱まっている。油断していると――死ぬぞ?」

「……減衰ですか。金属化、両腕」


 どれほどの減衰か試すつもりで海斗が言うと、何の抵抗なく両腕が錆びた赤い金属と化す。スムーズに能力を使えて面食らいながら調子を確かめる。


「問題なさそうですね」

「ほう、それなりにやるようだがそんなやつらはここらにごまんといる。それが張りぼてではないか試してやる」


 団長は両の拳から昇っていくように全身という全員の筋肉に力を込める。さすれば、徐々にだがムキムキと体が一回り、二回りも大きくなった。

 極めつけに、両の眼球が赤く輝く。

 その形相はまさに鬼だった。体から吹き出す紫のオーラは火花になって散っている。

 緩慢に、力強く地面を踏み締めて海斗の下まで歩を進めた。


 海斗は素人ながらに構えて、臨戦態勢に入る。一挙手一投足に目を凝らして様子を見ていた。


「えっ」


 知覚した瞬間には――ビギッ、ビギッィ、と胸骨が粉砕されていた。


 決して油断している訳ではなかった。

 緩急をつけるというのはスポーツでも良くある技能だ。ハイスピードで状況の変わる競技では緩急を使って相手を惑わすこともある。

 だが、裏世界においてはスポーツの比にならないほどの緩急である。最高速と最低速の差は桁が違かった。

 視界に捉えていたとしても、認識できるかはまた別の問題である。人知の超えた加速は認識というの隙間を縫って到達したのだ。

 気づいた時には、既に目の前で掌打が振り被られ、貫通してもおかしくない威力で胸の真ん中に突き込まれた。

 その反動はすぐにやってきた。インパクトの瞬間の刹那なる停止の後、爆発に巻き込まれたかのような勢いで背後の結界にまで吹き飛ばれる。

 結界が軋むほどの振動が辺り一帯を包む中、海斗は膝から崩れ落ちた。


「そりゃ、そうだよな……」


 闘気にあてられた野次馬達が、茫然と呟いた。

 結界人により異能が減衰している中で発された力は、それでもこの場にいる異能使いのほとんどの実力を凌いでいた。


「これが――『威風巨人ライズ・ジャイアント』」


 正面からの徹底的なパワーとその姿、格好から、敬意と恐れを込めてそう名付けられた男。溢れ出るオーラは、そこにいるだけで心を折れる域に達していた。

 団長は仰向けに倒れる海斗を見下ろしながら言い捨てる。


「この程度か……」


 というよりも、場数を踏んでなさ過ぎるといった風に思えた。団長からしたら油断も隙ばかりだったのだ。

 海斗が何故そのような警戒度だったかには理由がある訳だが、それを知る由もない。

 だが、知らないだけ。


「何だよあの動きは――」


 強打を食らった腹は本来ならば青く変色していてもおかしくないし、結界に激突した背中は骨が歪んでいてもおかしくない。

 それでも、何事もなかったかのように立ち上がる男がいた。

 金属再生――。


「――速過ぎやしないか」


 服の埃を払うような素振りをしてから海斗はスッ、とだて眼鏡を外した。


「でも、消し飛ぶほどじゃなかったな」


 そした、不敵に笑って見せた。

 同時にパーティー会場を覆っていた空気が一段と鋭くなる。主な原因は団長の威圧が強まったからだ。

 そんな中、誰かが言う。


「手が金属になっているってことはまさかあいつが『劣悪金属ラスト・メタル』なのか!?」

「殺し屋一〇人と対峙して生き残ったっていうあの化け物か!」

「これが金属を媒介とした再生能力!?」


 海斗が思っているよりも遥かにその名は轟いていた。選りすぐりの殺し屋を一〇人相手するというのはそれだけの価値がある。あの時、野次馬も相当数見られたのでこうなるのは当然のことだった。


「完全にラストメタルで定着してるのな……」


 当の海斗は中二感が多いな、と暢気なことを考えていたが。

 この事実により、またもや一帯を覆う空気が変化する。初めの団長の圧勝ムードはどこへやら、今や互角の勝負が始まるのかと息をするのも憚られる空気感になっていた。


「お前が劣悪金属ラスト・メタルなのか?」

「不本意ながらそう呼ばれてます」

「…………」


 答えを聞いて団長は一旦黙り込む。

 しばらくの後、再び鬼の気迫で海斗に向き合った。


「続けるんですか?」

「本気で来い。俺も次は手加減しない」

「いいんですね」


 海斗としては積極的に人と闘いたい訳ではなかったが、命令に逆らえず臨戦態勢に入る。

 今度は本気の防御をして。


「金属化、全身『灰鉄』」


 内側から滲み出るように出てきた灰色の流体が、全身を覆って鎧を形成する。特有の光沢を発して鈍く輝く邪悪に歪んだ非対称の鎧。

 人間の成分や温度が欠片も存在しない鉄人が生まれた。

 右腕を振り上げると手の甲から剣が飛び出す。


「俺は準備万端です」

「変わった異能だな。では行くとしようッ」


 団長の行動は先程の突進と同じ動きだ。

 金属化によりやや戦闘向きの状態にはなったが、それでも驚異的なスピードに着いていくがやっとだった。

 繰り出された掌打を左手で弾けばガギッ、と縦に亀裂が入る。逆の手では、団長の放った拳を正面から受け止めた。

 そして、極めつけの頭突きは双方から。金属が潰れる気味の悪い音が響いた。

 三つの動作だけで実力は垣間見ることのできる――二人は期せずして同じことを思う。


「「(こいつ――強い!)」」


 団長は赤い瞳をさらに輝かし、咆哮する。先程のよりも倍以上のオーラが放出され空気が少爆発した。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「このっ!」


 倍速で飛んでくる連撃の拳をいなすのがやっとの海斗に対して、団長は徐々に威力も速さも上げてきている。基本戦闘スタイルである金属器の生成の応用攻撃を行う余裕もない。


「(このままじゃじり貧だ……!)」


 今にでも灰鉄の防御力を越えつつあった。数撃の内に鎧を粉砕される、と海斗は直観した。

 だが、下手な策を敢行しようものなら瞬く間に鉄屑になることは明白。緻密かつ大胆、豪放磊落かつ微に入る作戦が必要だった。

 当然、アドリブで答えを出せるようなものじゃない。


 だから――今出せる限界を絞り出すだけ。できることはこれしない。


「俺だって!!!」

「この程度かあああああッッッ!!!」


 拳と拳がぶつかり合った瞬間、結界のオーバーフローが起こる。次々亀裂が刻み込まれ、ぼろぼろ崩れた。

 つまり、減衰結界の消滅。

 内部を満たしていたエネルギーが全方位にまき散らされたことによる、高温の烈風が部屋を満たした。衝撃に耐えられなかった野次馬が壁面まで吹き飛ばされる。


 結界人の被っていたシルクハットが舞う――。


 爆心地の中央にて、堂々屹立する『威風巨人』と、右肩から先がないというのに平然と聳立する『劣悪金属』。

 海斗の肩からはボロボロと血が流れていた。顔色変えずに傷口を眺めながら思考する。


「(減衰したままで……今まで出会ってきた殺し屋の何倍も強い。パワーとスピードも桁違いだ)」


 観客には海斗と団長が互角の戦闘を繰り広げたかのような見えただろうが、実際はそうじゃない。

 海斗の金属再生の異能は、"結界による減衰がなかった"のだ。

 最初から最後まで素の、本来の力だった。

 それでも――。


「――勝てなかった……」

「ふん。素人かと思ったが、拳を交えてみたら意外に戦い慣れているな。なればこそ不思議だ。何故こうも凄味がないのか」

「なかなか酷いこと言いますね……」


 巨人の満足げな感想を聞いてどっと肩の荷が下りた。片方ないけれど。

 溢れ出た血液が磁力のような力で腕の形を模した。後は金属の腕を人間の腕に置換するだけだ。

 流石に珍しいのか、団長も興味深げに海斗の腕を見ていた。若干気まずい、と思いつつ完全回復まで待った。


「使いとしては十分な実力はありそうだ」


 団長の横に並んだのは騎士長と呼ばれる男。二十代半ばで、顎に軽く髭を生やしたイケメン。騎士というのはあくまで名称で鎧を纏ったり、甲冑を被ったりしている訳ではない。


「減衰結界の中で、団長と互角に戦うとはね」

「次は無理ですよ」

「謙遜を」

「いや、マジですよ……敵だと考えたら絶望的ですよ」

「それは言えてるな」


 騎士長の方は、物腰の良い爽やかな性格をしていた。柔軟な思考のできる有能なリーダーである。

 妙な親近感を覚えて海斗は少しだけ、心にゆとりができた。

 戦闘の余波で吹き飛ばされたテーブルや椅子、人間も元の位置に戻して会議は再開される。戻した方法はサイコキネシスである。


「(戦闘向きの異能力者が多いってのは本当だったな……)」


 吹き飛ばされたとさても気丈としている姿が目に映っていた。その警戒心からか、海斗に向けられる殺気の濃度も増してしまったようだが。

 あまりキョロキョロするのも浮くので端に寄って移動しているとチョンチョン、と肩をつつかれた。

「ん?」と振り返れば見知った顔がある。


「ミミーじゃん!?」

「おっひさ、結城君。そんな驚く? むしろこっち方が驚きだよ。見た目も全然違うし、さっきの闘いの方が断然すごかったし」


 海斗の反応が大袈裟だと思い、くすくすと笑う彼女。以前『ラバーズ』という組織に所属していた異能使い。

 だが、彼は開いた口が塞がらないという表情浮かべてミミーを見ている。幽霊見たような、という形容に相応しい表情か。


「確かに裏世界から足を洗ったはずじゃ……」

「鮎はね」

「は?」

「私が裏世界から出ていきたい、って言ったことあったっけ?」

「は?」

「情報の流出を止めたかっただけで裏世界から逃げようとしている訳じゃなかったの。その目的は鮎だけだったの。わかったでしょ?」

「は?」

「は? を三連続で使うほどわかりにくい話じゃないはずだけど」


 現実を受け入れられていない反応である。

 海斗としては『ラバーズ』の活動は、皆で現実世界で生きよう、みたいな前向きな動機だと思っていたのだ。そう思っていたのは一人だけで、他は各々の目的があったと今更ながら知って呆けている。

 説明を聞いて海斗の肩がガクリ、と傾いた。


「……肩透かしって感じだ」

「でも、いいじゃん。こうしてまた会えたんだし。素数連合に参加できるのも君のお陰だからそんなに落ち込まないでよ」

「落ち込んでる訳じゃないんだけどね。俺も無事な姿を見て嬉しい、って気持ちがない訳じゃないから」

「そっか。今回はよろしくね『劣悪金属ラスト・メタル』さん?」

「その呼び方は切実にやめて欲しい……」


 世の中上手いこといかない、そう思っているとまたもや海斗の下に少女がやって来る。人込みを無理矢理押し退けてやって来きたのは後輩の糸言糸鳥だ。

 肩がぶつかった人から舌打ちされながらも、辿り着いた模様。


「へへへ、先輩」

「……何その服……」


 笑顔を浮かべているその糸鳥が身に付けているのはアメリカンドラマでバイクでも乗るような黒の革ジャンである。しっかりフィットしていて動きにくそうだ。

 腰に巻いたベルトにはナイフが収まっている。後ろには拳銃だ。


「……何その服……」

「二回も訊かなくても。極悪編隊の制服みたいなものですから」

「ってことは、俺が前会ったっていうリーダーさんもその格好していた訳か……」

「コスプレと一緒にしないでくださいよ! 魔道具ですから!」

「あ? 魔道具?」


 フィクションでは頻繁に聞くが、普通の高校生の結城海斗にはわからない。字面で何となく予想はつくものの、思わず疑問調となってしまう。


「馬鹿にしといてそんなことも知らないんですか? これだから先輩は」

「はい? そこまで言うと言うことは、あなたは何でも知ってるというのか?」

「知ってますよ」

「何の根拠もなくよく断言したな」

「それはともかく、先輩って『雪女』さんと知り合いなんですか?」


 すると雪女こと、ミミーは糸鳥に軽く手を振る。ちなみに彼女の格好は普通で女子高生の私服といった風。

 どちらもそれなりに裏世界に溶け込んだ人間である。顔見知りなのかもしれない。


「やっほー。いや~、驚きだよね。結城君に知り合いがいるなんて」

「やっぱ、そうですよね」

「いや、裏世界に浸かってる訳じゃないからな俺」

「現実にもいなかったような……」

「本当にのことだからって言ってはならないこともあるんだぞ糸鳥ちゃん」


 彼女らは散々な共通認識で合致していた。

 たとえここで転校生だから友達がいないだけ、と言っても評価は変わらないと思い海斗は口をつぐんだ。


「二人は知り合いだったりする?」

「初対面だよ」

「そうですね」

「出会って初めてすることが俺を苛めることとは。これが同性の気安さというものなのか」

「誰にでもこんな感じだけどね」

「あんま気は遣わなくても大丈夫だと思いますよ、先輩」

「えぇ……滅茶怖いじゃん。団長とか――」


 言いながら横目で彼を見ていると、視線を気取られ、振り返ってきた。睨みの利いた鋭い視線に体が浮きそうになる。とてもじゃないが対等に接することはできない。


「いやあれ絶対無理だろ」

「それは臨機応変にやんなくちゃでしょ」

「イラつくほど便利な言葉だなそれ……俺も適当に使っちゃうわ」


 臨機応変にやれ、というのはよくよく考えたら鬼畜な命令なのかもしれなかった。

 換言すれば、失敗するなということ。並大抵のことじゃできないことである。

 海斗はわざとらしくため息を吐いた。


「でも、君はこれからそういうことやるんでしょ。こんなとこで音をあげてちゃ先が思いやられるよ。だから頑張ってね」

「ミミー……!」

「そうですよ先輩。ダメな時は助けてあげますから、無理しない程度にやってください。ちょちょいとね」

「糸鳥ちゃん……!」

「「(チョロいな……)」」


 苦笑いを浮かべる二人に気づかず海斗は贈られた言葉を堪能する。あまり頼られていない、と漠然と感じていたので少し嬉しかったのだ。

 若干にやける口元を手で隠しながら、海斗は言った。


「二人ともありがとう。何とかやってみるよ」


 くっくっくっ、と隠し切れない笑みを溢しながら海斗は素数連合の中枢メンバーのいる場所まで向かった。



 人込みに海斗の後ろ姿が消えるまでは二人の少女は立ち尽くしていたが、見えなくなった途端に正面から向き合った。

 各々が、各々のことをジロジロ不躾な瞳で見つめる。

 先に仕掛けたのはミミーだった。


「あなた彼とはどういう関係? 先輩、とか呼んでたけど」

「それはこっちの台詞です。何で本名知っているんですか?」

「先に質問してるのは私だけど」

「知りませんよ。普通に考えて後の質問に答えるべきではないでしょうか雪女さん」

「……何故? それは本当に何言ってるかわからないけど」


 何故か女の戦いが始まってしまった。発せられるオーラは周囲の異能使いにまで伝播し、団長と海斗との戦闘に続く交戦を期待する空気が醸される。

 ところどころからヤジが飛んでくるが二人とも耳を向けずに、一方的に質問を投げ続ける。


「いいから説明して!」

「そちからから説明してください!」


 会議が再開するまでこの口論は続いたという。



 3


「(確か略奪師があの時動いていた理由って、裏世界の若者の数を減らすためだったよな……)」


 略奪師の引き起こした事件を発端として素数剣の所持者が、五月雨のように都内にやって来ている。引き寄せられるように交戦が巻き起こっていた。

 今はまだ小競り合いで済んでいるが、時間の問題。今にでも大規模抗争が起きてもおかしくない由々しき状況である。


「俺が真倉黒也の代わりに持ってきた情報は"素数剣の現在の所持者"についてです」


 段上にて、スピーチするかのように中央に一人で立っている海斗。緊張というよりも惨めさを感じながら説明をしているところだ。


「詳しくはこの書類を見て欲しいんですが……」

「『伝達者メッセンジャー』、頼む」

「はい、わかりました」


 どうするものかと悩んでいると、団長が促した。すると、大学生ほどの女がステージ脇から現れ海斗の隣から真倉の手書きプリントを見つめる。

 間もなく、参加者全員の視界にプリントが映し出された。

 視界を共有する異能『一目騒然スライド・ディスプレイ』。サポート系の異能使いも十分数存在している。感心しながらは説明を再開した。


「今映し出されているのは素数剣を所持している人物とその組織です。希少性が高いからか情報屋がその多くを占有していることがわかりました。以下、そのデータです」


 標的となる組織数は三つ。それ意外は情報屋等、徒党を組まない単体。数だけなら素数連合の一〇分の一にも満たない。

 しかし、中には有名どころの名前もあるので余裕綽々という訳にもいかない。


「現在確認されている素数剣の数は二一本です。残り四本は不明ですが、おそらく抗争始まったら現れるでしょう」


 プロの情報屋が素数剣を手にするチャンスをみすみす逃すはずがない。

 素数連合と素数剣使いの争いを横目に、漁夫の利を狙う者がいてもおかしくないのだ。連合側はその対策も考えなくてはならなかった。

 名簿を見ながら沈黙を続ける連合軍。

 しばらくして、騎士長が海斗に問いかけてくる。


「君は実際に素数剣を見たらしいが、どんなものだった?」

「どんなものと言われましても……」

「イメージでいいよ。どれだけの規模になるか知りたいだけだから。じゃあ、さっきの勝負と比べてみたら?」


 海斗は腕を組んで考える。

 鬼の形相で殴りかかってきた団長と、炎と炎と炎の演舞を比較する。記憶にある一番強い威力を重ね合わせた。

 脳裏に過る赤く染まった剣――No.11豪炎剣ハイペリオン。

 結論、比べるまでもないことだた。


「素数剣は次元が違いますからね……俺の金属の体が一瞬で蒸発しました。当たったら不死じゃない限り死にますね。まあ、つまり化け物ってことなんですが……語彙力がないから上手く説明できません。首都にある専門大学を横にぶった切ったと言えばいいですかね?」

「そんなにか?」

「――誰にも勝てないんじゃないですかね……あんなもの。自動防御とかありますし」


 改めて思い返せば災害と同義に思えた。

 何もすることはできず、過ぎ去るのをただ待つだけしかできない理不尽の塊。

 裏世界での実力は異能の強さで決まるが、素数剣は例外。素数剣さえあれば、負けることはないだろう。

 海斗が生き残れたのは運良く不死の異能を持っていて、略奪師が油断していたからだ。


「つまり――当たったら終わりと?」

「そんな感じです」騎士長の端的な台詞に首肯した。「但し、素数剣の結界に捕らえられずに、ですけどね」

「結界か……それが首都で見られたドーム状のものか」


 結界の内部での海斗と略奪師の戦いを知っているものは少ない。その勝負に誰が買ったのかも不明のままだ。略奪師は殺し屋に殺され、素数剣が持ち去られてということになっている。


「奪う、盗むのが得策か。だが、今の所持者を出し抜くほどの異能使いとなると……」

「こればっかりは実際見てみないとわからないですからね――」


 それから少しして、解散することになった。

 今回は顔合わせということで細かいところまで決めることはなかった。情報不足だけでなく、心構えという点でも会議が困窮していたのだ。

 瞬く間に会場にいた異能使いは姿を消した。中には影の中に入ったり、すり抜けたりと非凡な方法の者もいる。

 多種多様な帰り方に海斗は呆けていた。


「……こんなたくさんの異能使いに会うなんて初めてだな」

「どうも、こんにちは」

「は? こんちは……」


 非日常を思い返していると、黒髪の毛に金が混じった少年に声をかけられる海斗。急に話しかけられたので変な挨拶が出た。

 団長や騎士長を初めとしたリーダー格と隣り合っていたので、それなりの立場の人物であることは推測できる。


「同い年くらいだったから思わず声をかけたくなってね」

「はあ……俺は八神勇気と言います」

「律儀に挨拶までするんだ。変わってる、って話は本当みたいだ。俺は龍月りゅうげつおぼろだ。これからよろしく勇気」

「あ、ああ……よろしく朧君」


 ぎこちなく手を差し出せば、ガシッ、と勢い良く掴んで握手する朧は微笑を浮かべていた。恥ずかしさもありながら釣られて海斗も頬を緩ませる。

 一瞬だが、桃色っぽい空気が流れた気がした。危うく微笑み合って時間が止まりそうだった。


「じゃ、また会おう」

「おう……」


 振り回されながらも後ろ姿を見送っていると、いつの間にか両サイドはミミーと糸鳥で埋まっていた。肩がぴったりとくっ付いているので海斗の駆動域が著しく削られる。


「先輩って実はそっち系何ですかね?」

「すごい嬉しそうだった。そういえばツンケンとも仲良くしていたような気が……」

「変なこと想像するな。というか何ですかあなた達……そんなにくっ付かれると邪魔なんですけど」

「普通そういうことはっきり言う?」

「そうですよ。両手に花じゃないですか」

「……牡丹と杜若ってか?」


 牡丹も杜若も綺麗なこととして喩えられる花。

 実際、ミミーも糸鳥もどちらも美形であった。性格の方はサバサバしているものの、海斗からしたら気にするほどの観点ではない。

 それは恋愛観にも直結していた。


「でも、やっぱり顔だよなあ……」

「うっわ、酷いこと言いますね先輩」

「最低」


 現役女子高生の糸鳥が引き気味に返して、旧友ミミーはシンプルに俺のことを罵倒してきた。

 言われる方はそういうこと言われる可能性はわかっていた。だから反論する。


「まさか性格とかって言うつもりなのか?」

「あたかも悪い、って風な言い方するね」

「いや、よく考えてみてよう。性格が良くて顔面の造形が劣悪なのと、性格が良くてイケメンなのと比べたらどっちだ?」

「顔面の造形が劣悪って言い方よ……でも、まあそりゃあ……」

「そう訊かれたら、ねぇ……?」

「つまりそういうことだ。顔が良いに越したことはない」


 花の喩えでも何でも、結局見た目の話である。

 心だとか、気持ちだとかは人間には理解することはできないものだ。一番の判断基準は、今目の前にあるものでしかない。


「顔面の対称性とか色々理由はあるけど、顔が良いやつって性格もいいもんなんだよ」

「それはどうなんですかね? 一概にそんなこと言えないと思いますけど。悪女とかよくいません?」

「それはその通りだが、実際そういうものだよ。可愛い子扱いされれる分だけ期待に答えるものだから。恵まれて育つ、ってのは周辺環境もより良いものにする。ほとんどは遺伝子で決まるってんだから救えない話だけど」


 両隣にいた少女達は目を丸くしながらそんな話を聞いていた。そこまで真面目に聞かれるのも恥ずかしいので、海斗は話を逸らすことにする。


「ま、ともかく帰ろうか。もう皆帰ったし」


 ポツン、と会場に三人だけ。異能によって灯されていた光源も切れていた。


「そうですね、途中まで一緒ですよね私達は」

「私も途中まで一緒のはずだからっ」

「……何故喧嘩腰なんだよ君らは」


 裏世界なだけに心配の度合いが現実とは比較にならないほど多大であった。



 4


 素数連合の会議が行われる裏で、暗躍する二つの影があった。風の吹き込むビルの屋上にて情報屋である真倉黒也と話しているのはとある少女であった。

 中学生相当の年齢ではあるが、当然学校には通っていない裏の住民だ。


「真倉黒也さん」

「何だい? "二人の伝説の寵愛を受けし幸運なる子"」

「…………」


 胡散臭いお世辞の言葉に不気味さを感じながら少女は尋ねる。


「調べはついていますか?」

「問題なく。素数剣所持者22人全て特定した」

「それは良かった……これで約束が守れそうです」

「へぇ、約束ね。でも、俺は情報屋だ。それなりの報酬を貰わないと教えてあげられないな」


 真倉は彼女に依頼されなくとも、素数剣所持者については調べるつもりだった。素数連合からの協力要請のついでに、このような依頼があったというのは一石二鳥だった。

 行き掛けなので少々、強気に吹っ掛けられる。


「金じゃなくとも、相応の情報でもいいよ?」

「それなら、愛さん――魔神が教えてくれた情報が役に立つかもしれません。下手したら素数剣よりも価値があると言っていたので」

「それは興味深い」

「私には何のことだかわかりませんが――『偽世界精神実験計画はまだ続いてる』らしいです」

「!」


 偽世界精神実験計画――その言葉を聞いて、真倉にしては珍しく驚愕を表情に出した。様々な感情が渦巻いて整理でしないのか、しばらく声を発っせない状態が続く。


「…………そうか」

「報酬はそれでいいですよね」

「あぁ……お釣りが出るくらいだ。その言葉だけで大体わかる」


 未だ飲み込めずにいる真倉は、ポケットから取り出した四つ折りのコピー用紙を少女に手渡した。

 軽く中身を確認すると、少女は踵を返して下階へ消えていく。


 青い月光の下、立ち尽くす一つの影。


「まさかここであの言葉を聞くとは……まあ、いい。それはそれで面白い」


 それでも、全快という訳にはいかず、薄い唐笑いしか浮かべることができなかった。真倉黒也にも、人間らしい感情はある。


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