1.日常。もしかして有名?
1
今日は、七月一一日。期末テストを一週間後に控えたとある日。
俺こと結城海斗のジョブは高校生である。
高校生は高校生らしく学校に通わなければならない、そんな社会が今日も今日とて回っていた。
クーラーでキンキンに冷やされた教室の真ん中、最後部の席に座っている休み時間。暇を持て余して――というか弄ばれながら、机の上に両手を置いて正面を見ているところだった。
退屈というよりも、惨めって感じ。一人でいることに苦は感じないけれど、周りがこうも楽しげだと俺だけ仲間外れにされてる気分になってしまう。勿論、気のせいなんだろうけど。俺のことなんかそもそも眼中にないのだから。
辺りの生徒は友達と楽しそうに会話をしているのが自然聞こえてくる。「テストヤバいわー」とか「夏休みどこ行こっかー」とか、高校生を満喫しているようだった。
まぁ、俺には縁がないようで。
誘われる道理もなく。
というか友達もいなく。
唯一話せる相手であった学級委員の有崎歩美は一ヶ月前くらいに沖縄に引っ越してしまった。元々転校した来た身、彼女みたいな良いやつはそうそういる訳がなく、ボッチ道を謳歌している。
いや、とても謳歌しているとは言えないけど。
これが俺こと結城海斗のありふれた一日。
いつもと何も変わらない、失ってからしか気づけない平和な日だった。
クーラーの冷たい風を浴びながら黒板を見つめていた時、教室に来客があった。前部の扉に誰かが立っているのが視界に映る。
一瞬だけ目を向けるが、俺には関係な人物だったので視線はすぐに前に戻る。この学校に知り合いがいないけれど、危ない人の可能性もあるので確認だけはしとかなくてはならない。
俺に遅れて、クラスメイトの視線はその来客である少女に集まる。
ありふれた日常とはいえ、まったく同じことが起こる訳ではない。このように来客があったり、先生が突然現れたりと、僅かながら生活にスパイスを与えることもある。
それもやっぱり俺は関係ないのだけれど。
クラスメイト達の視線が動いた。内側に向かっているので、その一年生とやらが教室に入ったことはわかる。
後4分で授業が始まるな――。
時計を見ていたら唐突に思い出した。
「あ、そうだエプロン買わないと」
スマホを取り出して某ネットショッピングサービスのアプリを起動した。
検索した結果画面をスクロールしながら思考する。やはり結構良い値段がするので、迷ってしまう。
店頭で買った方がお得かもしれない。
云々と唸っていれば。
と、顔を上げれば俺は気づいた――来客の後輩がニコニコしながら俺を見下ろしていたことに。
五〇センチないという至近距離だったが、改めて見ても知らない人。
それが何故俺の前にいるというのだ。
「どうもこんにちは、結城先輩」
「は、はぁ、こんにちは……」
流れで挨拶をしてしまう。
流石に、突然知らない女子高生に挨拶されることは以前にもなかった。
2
昼休み、中庭の花壇付近のベンチにて弁当箱を広げていた。日陰とは言え、とてもじゃないがこんな茹だるような暑さの下で食事していられない。
いつもならこんなことはしないが、先程の来客が集合場所だけ言って否定する間もなくすぐにどこかへ行ってしまったのだ。そんな失礼な人の言うことなんて無視しても良かったが、とある事情で無理矢理な約束も守らなくてはならなくなったのだ。
「ども~、結城先輩」
「…………」
休み時間にも見た姿である後輩の少女が現れた。
茶色の髪をリボンでまとめたポニーテール。背は女子にしては高くて、スポーツが得意そうな健康的な体型だ。
制定ブラウスの上に青色ベストを着ている。夏の制服もそれなりに着こなしてはいる――って、何を評価していていたんだ俺は。
「いや~、今日は暑いですね」
「そうだな……」
「放課後コンビニでアイスでも買いたくなりますよね」
「そうかもね……」
「とりあえずご飯食べちゃいましょうか」
「そうだな」
肝心の話は食事して、落ち着いてからということになった。
ばくばく、と気持ち急いでご飯喉に通していると「そんなに急いで食べなくてもいいですよ」と苦笑いされしまった。それは美味しかったからつい、ということで。
「よし、そろそろ話してもらおうか、誰かさん」
「そうですね――“劣悪金属”さん」
「というか、その中二ネームから話してもらいたいなぁ! 何故そんな痛い名前なんだよ!」
というかラスト・メタルって――俺の持つ“異能”を知っているってことじゃないか。
――俺は彼女を知らないが、彼女は俺を知っている。
警戒心が徐々に込み上げてきた。どこまで特定されているんだ? 異能だけならいいのだが、個人情報まで握られていたとするとかなりまずい。
そんな俺の心情を察したのか、憎たらしいまでの笑みを浮かべた彼女は名乗り上げた。
「私の名前はは糸言糸鳥と言います。『極悪編隊』のメンバーと言えばいいですかね?」
「極悪編隊!?」
『極悪編隊』――数か月前、南木市で起こった魔神の破壊行為の被害を受けた組織。その際ほとんどのメンバーが殺られてしまったと聞いていたがまさか、生き残りがいるとは。
それも同じ高校の後輩に。
極悪編隊のは嫌な思い出がある。誰だがわからないが殺されかけたのだ。正直汗が止まらなかった。
「極悪編隊が……俺に何のようだ!?」
「嫌ですね、そんな警戒しないでくださいよ。今回に関しては――味方でしょう?」
「味方?」
「だってそうでしょ? 結城先輩も参加しますよね――“素数戦線”に」
「何故知って……」
関係者しか知らない言葉――素数戦線。
それは関係者ならば誰でも知っているようなことだ。ならば、糸鳥ちゃんが関係者だってだけのこと。
だが、まだ俺が素数戦線に関係していることは二人しか知らないはずなのに――。
どこから情報が漏れているというのだ。
「だからそんな顔しないでくださいよ」
そこまで鬼々とした表情を浮かべているつもりはなかったのだが注意されたというのならそうだったのだろう。
改めて考えてみれば、彼女が敵であるという確証もない。
話し合いで解決できるのならそれがいい。
「改めて問う、何故知ってる?」
「あ、本当だったんだ」
「……何を言っているんだ? まさか今の適当?」
鎌を引っ掛けられたというのか。いや、素数戦線という言葉に反応してしまった時点でバレていたようなものだ。俺の精神がただ弱かっただけらしい。
「内のリーダーがですね、真倉黒也は絶対に来ないから代役を出すって予想していたんですよ。で、該当者が一人だけしかいなかった……ってことです」
「リーダー……じゃあ前俺が会ったのはそいつか」
「ですね」
俺が真倉さんと関係があるということを知っている人物なら俺を特定することができるようだ。推測だけでここまでバレてしまうというのは怖気が走るが、ハッキングとかされるよりはマシか。
ともかく、一安心。
大事にさえなっていなければ何とでもなる。
「素数戦線のことを知っている理由はわかった。それで何故俺がラスト☆メタルなんて呼ばれてるのか説明してくれるんだろうな!!!」
「☆、とは言ってませんよ。まあ、理由はシンプルですけどね」
確かにシンプルに中二臭いけどな。メタルはともかく、ラストが付くとTUEEみたいな雰囲気が醸し出てしまう。切実に、そんな二つ名で呼ばれたくはない。
七つの大罪っぽいのがより一層ね。
「あれからもう二週間くらい経ちましたよね」
「……“略奪師”のことも知ってんのかよ」
「そりゃ、私も見てましたから。先輩と一〇人の殺し屋が戦うシーンを!」
感動しているのか、高らかに宣言してきた糸鳥ちゃん。
確かに、途中で大量の野次馬が現れたけれど――って、全員にしっかり見られたってことか。もしかして俺ってちょっと有名人になっちゃた系?
「あの一〇人を相手にして生き残るなんて奇跡なんですよ! 私は見ましたよ死んでも死んでも甦る先輩の姿を!」
「活躍しちゃったから痛い名前を付けられたのか……そういや略奪師もネーミングセンスがないとか言っていたしな……」
裏世界に住むやつらはそんな感じなんだな。
付けられる方が精神的にズシッ、と来るだけじゃないか。
「略奪師みたいな漢字だけならまだ良かったのにラスト・メタルて……」
「ちゃんと漢字もありますよ。劣悪金属って」
「劣悪!? 活躍したから付けられたんじゃないのか!?」
劣悪っ、て悪口だろ。
ゲームで例えたらクリアランクEみたいな感じだったからか?
もっと良い動きしなくちゃダメだったの?
本っ当に、名前付けて識別したかっただけなんですか?
「いえいえ、錆びた金属のような姿だからですよ。LUST・METAL」
「完全に貶されとる……」
見た目の話だったし。
よくよく考えてみるとあの時は殺し屋の方々が引いてくれた訳で、実質俺の負けだったからあんまり名前を否定することができない。糸鳥ちゃんの話を聞いていたらこれくらいが丁度いいのかもしない、とも思った。
「そうだったのか……“劣悪金属”ねえ」
やらかした規模のことを考えたらこんな結果にもなるか。
「で、糸鳥ちゃん」
「は、はい!」
糸鳥ちゃんは声を上ずらせながら返事した。
「どうしたの?」
「いや……わざとですよね?」
「何が?」
「……名前」
「名前?」
名前というとさっきのラスト・メタル云々のことか。
ちょっと言ってる意味がわからなかった。
「わかりやすく言ってくれ。俺って理解力がないことに定評があるから」
「そ、そうなんですか……」
俺の自虐ネタは引きつった笑いを生み出してしまったようだ。なんかごめんね。
「そうじゃなくて名前ですよ」
「はあ……」
「はあ、じゃないですよ! ちょっと気安過ぎやしませんかね、ってことですよ!」
「ああ。名前で呼ぶことか……標準でこれなんだよ俺。嫌ならやめるけど」
「別にいいですけど。驚いただけです」
「……何だそのあたかも悪いことしてる人を見るような眼は?」
「そんなことありませんよ。意外とプレイボーイなのかと思いまして」
「正直に言えばいいってものじゃない。別にそれくらいいいでしょ!?」
「それ女の子以外にやったことあります?」
「……………ごほん。気にしないのなら糸鳥ちゃんって呼ばせてもらうよ」
「エフェボフィリアって感じですね」
エフェボフィリア、知らない言葉だ。英語って感じはしないけれど難しそうではある。
死体に興奮を感じるやつと似た語感だから、その言語だろう。
「何それ?」
「ペドの仲間みたいな」
「おい! 一見礼儀正しそうに見えて意外と失礼なやつだったのか!?」
おふざけのおかげで『本題』に入ることなく、昼休みは終わってしまった。
糸言糸鳥――極悪編隊所属異能使い。
一年生の後輩。
こんなにも近くに隣人がいた。転校していった彼女を含めて二人目だった。
3
真面目にせっせと授業を受けていると放課後になっていた。終わってみれば長いようで短いなんてことはよくあることか。
ぼうっ、としたいところだが、あいにくなことに俺には時間がない。学校が終わったのならすぐにでも家に帰らなければならない事情があるのだ。
どうしてこうなったのか――何日経ってもそう思ってしまう自分がいる。
帰り道、最寄り駅の目の前にある大型ショッピングタワーに向かった。
一〇ほどの階層がるので大抵のものは揃えられる小売店からしたら悪魔のような塔である。引っ越しの時にもお世話になった。
今は雑貨屋に向かっている。キッチンコーナーに行けばエプロンはあった。
「……どうするか」
俺が身に着ける訳じゃないのでいつもより念入りに選ぶ。色合いから、デザインまで脳裏に姿をイメージさせながら思案した。
男がこういうのを買うのは結構抵抗はある。
ふりふりの着いた可愛いデザインだが、基本色は黒、紐で結ぶタイプ。
会計の際、流れでプレゼント用の袋に入れることになってしまった。これじゃあプレゼントで渡したみたいになるじゃないか、と思いつつ頷いた自分に嘆息する。
慎重に選んだとしても日用品だから特別なつもりはない。
買い物を終えてしばらく、自宅であるマンションにいた。
ノブに手をかけるとガチャリ、と音がする。
決して鍵をかけ忘れたとかでもなく、朝登校する前にしっかり締めたはずなのに開いている扉。
ため息を吐いてから鍵のかかっていない扉を開ける。
「あら、おかえりなさい海斗君」
「ただいまです……」
一人暮らしのはずだったのに……いつの間にか、居候が転がり込んできたのだ。
彼女は躑躅坂桔梗と名乗った。
名前の第一印象、めっちゃ偽名っぽい――まあ、名前なんて記号でしかなので言及することはしなかった。
背中まで伸ばした黒髪ストレート。
男子高校生に負けない背の高さ。
六か七歳くらい年上のお姉さん
凹凸に富んだ煽情的なスタイル。
何より美人。
「桔梗さん、今日出かけたんですか?」
「冷蔵庫の中に何にもなかったから」
「そうですか……」
回想するのは都内での略奪師との戦闘を終えた日の、次の日。
戦闘の疲れで、昼過ぎまで睡眠していたのだが夕方頃インターホンが鳴った。扉を開けてみると、そこには誰もいなかった。
ホラー体験にガチで背中が冷えてしまう。
で、振り返ってリビングに戻ると桔梗さんがいた。現実世界でベルを鳴らして、裏世界を経由して部屋にやってきたらしい。
『お久し振りね。勇気君』
『殺し屋……』
いたのは通称、漆黒令嬢。例の事件で俺に攻撃してきた殺し屋の一人。
漆黒というのは纏っていたドレスの色、靴の色、手袋の色までもが黒かったからだ。
でも、その時の黒色成分は二つしかなかった。
『だが、何故下着姿!?』
『仕方ないのですわ。裏世界で作った服でしたから現実では反映されませんの』
『……まあ、下着だけでも現実製で良かったけど……いや、何でいるんですか!?』
『私、死んだことになったので殺し屋は廃業してしまいましたの』
『まあ、あんだけの事件なら』
『間接的にはあなたのせいだから引き取って欲しいわ』
『何でだよ』
と、言いつつも大人の女性を下着姿で放り出すのは憚られたので当面の世話だけすることにしたのだ。そのはずだったのだが、異常なほどの料理の腕に誑し込まれてしまった。今日の弁当も美味しかった。
そのまま、なあなあに同棲生活が続いているのだ。
『ありがとうございます。この御恩は忘れませんわ』
『その口調どうにかなりませんか? というか何でそんな言葉遣いなんですか。若干うざいと思っている自分がいますよ』
『キャラ付けですわ』
『普通に喋れるんかい……』
何のためのキャラ付けだったのか未だに知らない。今度聞いてみよう。
「――あ、そうだ。これ、使うと思って買ってきました」
バッグから先程買ったエプロンを取り出した。プレゼントみたいな袋だから記念日みたいな雰囲気になってしまう。
桔梗さんはピンク色の包装から中身を取り出した。真っ黒なドレスエプロン。
「これは……」
「エプロンです。桔梗さんは黒が好きなんだと勝手に思ってその色にしました」
目を見開く、なんて大袈裟な反応を示している。
喜んでくれてるのなら重畳だがどうにも判断がつかなかった。
「海斗君……そんなに私に裸エプロンさせたかったの?」
「……俺はあなたが残念系で残念です……」
言うに事欠いて裸エプロンとは随分と変態扱いされているものだ。
桔梗さんの場合は全開パーカーの方が似合う。こっちの方がマシだな。
「冗談だから。でもこれはちょっと可愛過ぎない? この年で着るのは……」
「むしろ適齢期でしょ」
「淀みのない瞳で迷いなく言い切ったね……折角だから使わせ貰うけど」
桔梗さんは早速エプロンを着てキッチンに立った。
さて、今日はどんな夜ご飯のなるのやら。
「そんな情熱的に見つめないでよ」
「…………」
恥ずかしがる反応見たさに買ったというのがバレてなきゃいいのだが。年上をからかうほど面白いこともなかなかない。
4
夕食の後、無気力にテレビを見ていた。
桔梗さんが来てからダメ人間化が進んでいるように思えてならない。家事をほとんどやらなくなってしまった。そりゃ、居候だから働いてもらわないと困るけれども。
夏休みなんかが始まったら俺は一日中寝ているに違いない。
先に風呂に入っていた桔梗さんが上がってきた。
ピンク色のパジャマ。居候初期の俺はとにかく黒がトラウマと化していたので、明るい色を選んでいた。今思えば何とも愚かだと思う。桔梗さんは黒がすこぶる似合うというのに。
裏世界での出会い方がショッキングなだけで、彼女との生活は何の問題も生じていなかった。殺し屋なんてやっていたからサイコパス味があると思ったのだがそんな素振りもせず、苦も無く共同生活を営んでいる。
「風呂上がったよ。あ、そういえば“彼女”が呼んでたわよ?」
「マジか……」
「ご機嫌斜めだから頑張ってね」
「うっす……」
実は、居候は一人ではなかったりする。
正確には裏世界のここの部屋に勝手に住み着いている、状態。実害がないので追い出したりはしていないが、このように呼び出されることが割と頻繁にある。
風呂前に行っておくか。
そして――裏世界に入り込む。
視界が一八〇度回転すると共に、世界に青色が差し込まれる。一見いつもと変わらないように思えるが、こうして意思を持って手を握ってみたら――手首から先が金属と化す。ガシガシ、と関節が鳴った。
裏世界は現実世界と鏡面的に近似しているため、物体は対称的に存在しているはずなのだ。
はて、現実世界のこの部屋に黄金のソファーがあっただろうか。小さいため息が出た。
「また創ったのかよ、希……狭い部屋がより狭くなってしまった」
「何でちっとも会いに来ないんだよ」
俺の文句を無視して、威圧的に上から言ってくるのは、裏世界において最強と言われている少女。
異能の名は『創造』
名前は水瀬希、と意外に普通。
海のように真っ青なドレスは高貴ではあるが、あまり服の意味をなしていないように思える。肩が出ているのは序の口で、爆弾のような胸部を辛うじて支えているという様相。そして、太腿あたりで縦にバサッ、と切られ右足は全開だった。
また、四メートルはありそうな金髪を謎の力で浮かせている。
何より、言葉遣いが乱暴。
純粋な娘ではあるんだけどね。
「だって氷結城遠いし、階段長いから。それにそっちから来てんじゃん」
そんな感じで、週に三回くらいのペースで会っている訳だが。
「で、今回はどうした?」
「暇なんだよ」
「もう要件がわかってしまった……」
「流石海斗だな。じゃあ、面白いこと言え」
わかったとは言え、そんなハードルの高いことができるか。まさにハードって感じだ。ハードだけに、なんて言っても絶対笑ってくれないだろうし。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ~」
「……何のつもりだ?」
何の真似か、じゃなくて何のつもりか。
物真似はダメなようだ。何か若干イラつき始めてる。もうネタが尽きてしまった。
「……これから話すのは友人とアニメの話をしてい――」
「つまんね」
酷い、の一言だ。
最後の特徴として、弩Sの女王様というのを忘れていた。実は俺は色々あって希の奴隷になっていたりする。基本的に逆らうことがでないのだ。
「そろそろ風呂に入りたいんだが……」
「――っ!」
「何驚いた顔してんの?」
「いや……私もそんな気分だったから……」
「はあ。じゃあ、また」
とっとと現実世界に戻って湯船に浸かろうではないか。先に桔梗さんが入ったお湯で溺れるほど潜水しよう。
希が顔を真っ赤にして引き留めてくる。
「おい! どこに行こうとしてるんだ!?」
「え、風呂だけど」
「風呂はそこだろ」
「いや、現実世界じゃないと水ないじゃん」
「……は?」
は? じゃねぇよ。裏世界にはどうしてか水道も電気もガスもないじゃん。
俺が怪訝に見つめていると、希が「……そういうことか」と呟く。
よくわからないが納得してくれたようで。
ならば、いい。
「じゃあ、またな希」
「このスケコマシ! 一旦死んどけッ!!!」
「がっっっ――」
後頭部に、衝撃――じゃ済まないほどの激震が走った。
意識が刈り取られ、眼球が狂ったように回る。倒れて間もなく、血が溢れ出た。
リビングに屍一つ――その脇に、ダンベル(100kg)が転がっている。
夢心地の中、遠くから聞こえてくる希の声。
「お前が悪いんだぞ! さ、誘うようなこと言いやがって!」
「あら?」
と、新しい別の声がやって来た。
どうしてか、桔梗さんが裏世界に現れた。俺を足下にして首を傾げている。
「遅いと思って来てみたら……一体これは? 希さん」
「あ!? 何しに来たんだこの淫乱腹黒ビッチ!」
「い、淫乱腹黒……酷い言い種だわ。そんなこと言ってると男の子から嫌われるんじゃない?」
「なっ……何だと!?」
いつも偉そうな希が狼狽えていた。
やはりこの二人は仲が悪そうだ。一応、鉢合わせしないように気を遣っていたのだが、流石にこの状況だと何もすることができない。
早く頭の傷を治さなければ。
ツンツン、と桔梗さんに背中を突っつかれる。ちょっとくすぐったい。
「生きてる?」
「――っ、ギリ生きてます」
「そう」
「あう……素っ気ない……」
「死んだとは少しも思ってなかったから」
「まあ、そうですね」
傷を治して改善快調した俺は立ち上がった。
異能『金属再生(仮)』があればこな程度造作もない。出てきた血もネジやナットといった細かい金属だ。
裏世界に来た時点で人間の構造ではなくなっている。
「お湯が冷めるから早く入ってね」
「はい……と、希」
「何だよっ」
何らかの訳合って現実世界に来れない水瀬希。事情はわからないが、困ることもあるだろう。
「また、来るから。怒んないで」
「べ、別に怒ってねぇよ……」
「そっか、それなら良かった。希は笑った顔が一番可愛いからな」
「っ!?」
こう言えばそういう反応をすることはわかっていた。打算的なら好感度の上げ方ではあるが、嘘は言ってない。実際綺麗で可愛いですから。
「じゃあな」
「ご機嫌よう、希さん」
各々挨拶をして、裏世界から現実世界に戻った。
すると、隣にいる桔梗さんがその場にへたり込んだ。突然、座るものだから面食らう。
「どうしたんですか!」
「ちょっと神経使っちゃって」
「……それってもしかして希との会話ですか?」
「やっぱ海斗君はすごいね。あんな圧力の中で平気で話せるなんて」
「圧力……そんなの感じなかったですけど……」
「有り体に言ったら"恐怖"みたいなものよ。あんな刺々しい張り詰めた空気、慣れる気がしないわ」
おかしい、と桔梗さんに言われて気づいた。
気持ちは主観の問題だし、圧力だった認識の話だ。気づかなかった理由はいくらでも考えられる。
だが、ダンベルで殴られて殺されかけたことに――全く心が動かなかったことに気づいてしまった。再生する異能に格好つけて"死に鈍感"になっている。
自覚症状がないというのは、恐ろしい。恐ろしいはずなのに恐いとは思わなかった。思えなかった。
「そんな顔しないの」
「うー」
頬を無理矢理引っ張られ、縦横無尽にこね繰り回された。
これが地味に痛かったりするのだ。離した後、しっかりと頬は赤くなっている。
痛みに堪える俺に怪しく微笑む桔梗さん。
「海斗君も笑った顔が一番可愛いわよ?」
「……それは男が言われたくない台詞ランキングで一〇位以内に入るやつですから」
恥ずかしながらも、多少気は休まった。
日常と非日常の境目は曖昧で、危うく手足を突っ込んでしまうことなんてよくある話。きっかけがどうであれ足を洗っても、手を染めてしまった時点で後戻りできない。
道路のように線がある訳でもない世界は、現実のような虚構で、虚構のような現実。
いつの日にか自分がどちらに生きているのかわからなくなる日が来るかもしれない。
だけど、その時は思い出せばいい。
「桔梗さん、今の生活楽しいですか?」
「秘密」
顔を見合わせてクスッ、と笑い合った。
5
「さて、糸鳥ちゃん。話したいということは何だい?」
「そうですよ。訊きたいことがあるんですよ」
昨日と同じく学校の中庭にて糸鳥ちゃんと昼ごはんを食している。桔梗さんの作った美味しい美味しい弁当だ。
今日は昨日のことも考慮して、扇子を持ってきた。
パタパタ、と扇いでいると羨ましそうな視線が横から差してくる。
「涼しー」
「む……」
わざとらしくアピールしたら頬を膨らまして俺の顔をじっ、と見つめてきた。あくまでも俺から自発的扇がせたいみたいだな。何のつもりだ。
「先輩、ご飯食べないんですか?」
「…………」
俺の手が塞がった瞬間にこの扇を奪う作戦にシフトしてきた。ポケットにしまえばいいんだけどね。
思いつつ、扇子は閉じて椅子に置き、入れ替えるように箸を持った。
「ふふっ、扇子借りますね海斗先輩」
「海斗、先輩?」
「私のこと名前で呼ぶから、こっちも名前で呼んでみました。嫌ですか?」
「嫌じゃない。そう呼ばれるのが初めてだったから」
一年しか変わらないから呼び捨てでも良かったのだけれど。裏世界にいるやつらは大抵偉そうだが、糸鳥ちゃんはそんなことはないようだ。
現実と裏を両立しているだけはある。完璧に女子高生として溶け込んでいる。
食後、水を喉に通してお腹が落ち着いたところで話を切り出す。ちなみに糸鳥ちゃんは軽食で遥か前に食べ終わって花壇を眺めていた。
「で、訊きたいことってのは?」
「……先輩って素数連合に真倉黒也の代わりに来るじゃないですか」
「まあ」
二つ分トーンを下げた糸鳥ちゃん。釣られて俺も声を落とす。現実世界とは言え大きな声で話すことでもない。
俺の素数連合参加に関しては昨日、既にバレてしまった事項。
「真倉黒也が裏世界では有名人ってこと知ってます?」
「一応はね」
「普通は情報屋に出会うこと自体が難しい訳ですよ。でも先輩は真倉黒也とも、それに加えて略奪師にも会ってますよね?」
「そうだな」
「関係筋から考えて、まだまだいるんじゃないですか? 例えば――」
話の流れからして次に出るである人物名は"二人"にまで絞れた。
「――"素数剣"の作者である『創造』とか」
「へ、へぇ」
「実際どうなんですか?」
「どうと言われても、ね……」
これは言ってしまってもいいことなのから悪いことなのか。希と知り合いということがバレて不都合が生じる様子はなさそうだが、彼女の裏世界に与える影響の規模を考えたら不用意な発言は避けた方がいいかもしれない。
「い、いやぁ……どうしても言わないとダメかな?」
「どうしても、って言ったら教えてくれるんですか?」
教えたら絶対殴られるんだよ、と思わず口に出しそうになった。それじゃあ答えを言っているようなものだ。
「言いたかないけど……」
「教えて欲しいですっ」
「そんな円らな瞳で見ないでよ。キラキラしてるから」
小動物のような可愛さを人為的に発してきた。流石だ、裏世界で生き残っただけはある対応能力。
俺は端的に真実を答えた。
「……顔見知りではある」
「やっぱ!」
嘘は吐いていない。希が昨日俺の家にいたとしても、顔見知りということは事実であり事実でしかない。だいぶ卑怯な乗り切り方だが、これが平和のためだ。
と、思っていると糸鳥ちゃんが俺の真隣にまで距離を詰めてきた。膝と膝が触れ合うくらいの至近距離だ。
俺、ちょっとフリーズ。
「これは一体何のつもりだ?」
「海斗先輩と仲良くしようと思って」
「真倉さんとか創造さんと知り合いだから?」
「……ぶっちゃけそうですね……」
「打算的だな。でも、仲良くなるためにくっ付く必要はないと思うけど」
「そうですかね? 糸鳥ちゃんめっちゃかわええな、とか思いませんか?」
己は自分のことを可愛いと思っているのか。実際可愛いけど。
だが、俺のことは相当な変態扱いしているみたいだな。まったくもって心外だった、改め直さなければならない。
「俺は年上好きだ」
「へえ、男子高校生はそんな感じなんですかね?」
「憧れはするんじゃないかな」
「ふうん、つまり巨乳がいいと」
「おいテメェ! 男子高校生の全員が全員性欲にまみれている思ってるじゃねぇぞ!」
「冗談ですよ、そんな怒んないでください」
「いや、君のせいだからな?」
大きけりゃいいってもんじゃないだろ。その人の属性にあったサイズ感が重要なんだよ。確かにお姉さん属性との組み合わせは強いが、一概には言えないだろう。
そういう視点から見て、糸鳥ちゃんはナイスだ。女子高生、夏服、なかなかある。良い組み合わせである。だが年下属性、というだけだ。
「海斗先輩は純情ですね。自分が汚ならしく思えてきますよ」
「汚ならしい、ってな。そこまで卑下しなくとも」
「いえいえ、エッチな言葉を聞くだけで顔まで真っ赤にされちゃね。自分がどれだけ社会にまみれたか思い知らされますよ……」
その言い種じゃ、あたかも俺が素人チェリーかのようじゃないか。後輩にこんな目で見られることこんなに心に来るものとは思わなかった。
「……まあ、別に俺はそんなの気にしないけどな」
「んー?」
「んー、じゃねぇよ。無害ならば糸鳥ちゃんがいくら弩変態でも構わないさ」
「弩変態じゃないですってば!」
「でも、痴女ではあるよね」
「ありませんから! 皆の人気者ですから! ピチピチの女子高生に何てこと言うんですか!?」
「俺は痴女でもいいと思うけど」
「まさかの痴女コン!? 裏世界で有名になってるだけはありますね……」
「その尊敬のされかたは不本意なんだが?」
痴女コン、ってなんだよ。
楽し気に見える話だが、とても神経を使ってしまった。同時に予鈴のチャイムが鳴ったのでこれにて解散する。
「じゃあ、先輩。今夜宜しくお願いしますね?」
「――今夜な」
最後にそう言って糸鳥ちゃんは中庭を後にした。
6
「桔梗さん、実際裏世界の能力者の性格ってどんな感じなんですかね?」
「性格? 言うまでもないと思うけど」
放課後、夜に出かけるということで早めに自宅に帰ってきた。そんな折にふと疑問が浮かんだので居候に尋ねてみたのだ。
言うまでもない――という答え。
「今回海斗君が参加するのって素数連合? だっけ……グループとか組織作ってる人達はすべからく狂ってると思った方がいいよ。性格が歪んでいるどころじゃないから」
「不安になるようなこと言わないでください」
そんなところに行かなくてはならなくなったのは、俺が真倉さんに仮を作ってしまったことが原因なのだけれど。
しかし、あの人がそういう慈善的なことをするのは考えにくい。素数連合はこれといって利益が生じる活動はしないと彼も言っていた。
「一体何考えてるのか……」
「素数剣の作者さんには言わないの?」
裏世界のこの部屋に居候しているもう一人の少女――水瀬希のこと。素数剣のことなら作者に任せるべきだろうが、希が出てくるととんでもない事態になりそうな予感がある。
「危ないんでやめときます」
「ふふっ、言うまでもないことだったね」
なんて微笑む桔梗さん。
年上と思えないような子供らしい笑顔。そして、俺が通販で買ったエプロンドレスが似合っていた。
心構えがあるとなしじゃだいぶ違う。少しは参考になったと思おうか。
出かける準備に戻ろうとすると「あ、そうだ」と桔梗さんが手を打つ。
「どうしたんですか?」
「その格好で行くつもりだよね?」
「そうですね」
制服は動きにくそうだったので半袖短パンに肩掛けのバッグというスタイルで行こうと思っている。
桔梗さん俺の顔の前で、指を一本伸ばした。
「変装した方がいいよ」
「……変装?」
「今からできることは少ないけど、しないよりはいいでしょ」
ということで安全面を考慮して変装することにした。カツラもメイク道具もないのにどうするつもりなのか。
微妙に嫌な予感を抱いてる中、桔梗さんは一旦リビングから出て何かを持ってくる。
「だて眼鏡ですか?」
「そうよ。髪型も変えた方がいいから……髪留めもね」
その髪留めは――今は亡き幼馴染の部屋から拝借したものだ。今は俺の部屋で厳重に保管していたというのに何故すぐに取り出せたんだよ?
だが、これ以上なく桔梗さんのここぞというセンスが垣間見えた気がした。何も知らないのに『魔神』の形見をこのタイミングで取り出す運の強み。
右側の前髪を上げてピンで固定。
その後、眼鏡を装着。
「まあまあ、いい感じじゃない?」
「そうですかね……女子が使うような髪留めを男子が使うのは少々恥ずかしいですけど」
それも含めた結果、印象は一二〇度くらい変わったと言えそうだ。ちょっと背伸びした高校生感は拭えないが変装としては十分じゃないだろうか。
と、思ったが俺の服装が気に入らなかったらしく着替えさせられた。
「大学風になってしまった……」
「そっちの方がいいよ」
「俺が着ることはない、という視点ならばこれは変装としてよくできてますけど」
これから生きてくうちにもこんなイケイケなファッションはしないだろう。というか、知らない服とかもあったことから桔梗さんが勝手にネットショッピングをしていることが判明した。
「勝手に買わないで下さいよ」
「でも海斗君って自分で服とか買わないでしょ?」
「……必要なら買いますけどね。まだ解れてもないし、サイズが合ってない訳でもないですしね。ま、そういう意図があったのなら感謝はしますよ」
「もうっ、ツンデレなんだから」
「違いますよ」
ともかく、それなりの動きやすさと変装はできた。気持ちの問題ではあるがだいぶ心にゆとりができてきている。
このままあまり気負わず行こうではないか。
時間になったのでバッグをかけて、玄関口へ向かった。靴はスニーカー。今回はしっかりと紐を結ぶ。
「何時に帰って来るかわからないので鍵締めてくださいね」
「わかった。気を付けて海斗君、君は注意力は著しく欠如しているように思えるから」
「そうですかね……ご忠告痛み入ります。では行ってきます」
「うん。ちゃんと帰ってきてね? 待ってるから」
桔梗さんのかけてくれた台詞に思わず動かしていた足が止まる。
「……桔梗さん、死亡フラグみたいなこと言わないでください」
「判定厳しいね。待ってる、って言っただけなのに」
「それはそれで若妻感がありますけど……」
冴えない掛け合いではあったが、とりあえず言っておこうか。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」




