0.prologue / 魔神と創造神の夢想
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現実世界の鏡面、淡い青色が視界に射している不思議な世界――裏世界。
そこには二人の“最強”がいた。
かたや、パーカー姿の背中まで届く黒髪の女子高生。かたや、四メートルにわたる金髪を重力を逆らって腰の高さで浮遊させている女。
どちらも"異能の力"によって暗夜に浮かんでいた。
魔法型『魔怪』と混成型『創造』、それぞれのカテゴリーで最強と言われる異能を所持している。
蒼月の下、どちらも美少女台無しの険しい表情を浮かべていた。その原因、その理由は視線の先にある。
戦場跡――保育園が壊れてできた瓦礫の中。
頭から血を流す中学生くらいの弱々しい少女が嗚咽を漏らして涙を流していた――その手の中には小学生くらいの幼女が収まっていた。
その幼女が腹を裂いた大きな傷を負っている。収まっていなくてはならない赤黒い何かが飛び出ていた。
超長の金髪娘は男勝りな口調で光景をじっと見つめる横顔に問いかけた。
「何を考えてるんだ、愛?」
「こんなところで愛って呼ぶんじゃねぇよ、希」
愛、と呼ばれる魔神の少女も不良のような乱暴の口調で文句を垂れた。裏世界では本名を避けるのがセオリーなのだ。言われた希は気にすることなく目下の少女に視線を移す。
「助けないのか?」
「こんなことは前からいくらでもあった。今助けたっていつかまたこうなるだろ」
「まあ、こんな世界じゃな」
異能と呼ばれるシステム――目覚める力の強さもそれぞれ違う。弱ければ虐げられるそんな理不尽な世界だ。愛や希のような最強の異能を持つ可能性もあれば、あの少女のように人一人守ることもできない弱小の力の場合もある。
法律もルールもない弱肉強食の世界がすぐ裏に存在している。
死にかけている女子小学生、守れなかった事実に嘆く女子中学生、空から世界を睥睨する女子高校生。こんな組み合わせがいったいここ意外にどこある。
「結局助けないのか」
「いや……――“あの人なら”助ける」
「また出たよ、謎の彼……どいつなんだよそいつは?」
希が発言に不満を漏らす中、魔神の少女はここにいない幼馴染の姿を思い出す。記憶にあるその彼ならばこういう時迷わず手を伸ばすだろう、と。
その割に策も何もないから手に負えない、だが何とかしてしまう――そんな姿に憧れて、愛は真似して手を差しのべるのだった。
浮遊の魔法を解いて少女の下へ降り立つ。
気づかず泣き続ける少女に声をかけた。
「おい」
とても助けようとは思えないガサツな声のかけ方。
女子中学生の小さな体がびくりと震え、ゆっくりと顔をあげた。驚きに止まったかと思った涙は、愛を見た瞬間にあふれ出した。
「何で私を見て泣き出すんだよ」
「睨んでるからだろ」
希も着いてくるように地上に足をつけた。
二人の野蛮そうな異能使いを前にしてさらに泣きじゃくる少女。助けてくれるなんて微塵も思っていない行動である。
子どもにこんな反応されてしまい愛は言葉を詰まらせる。
「お、おい……私達は敵じゃないぞ」
「来ないでっ!」
「…………」
さながら母親が子供を守るように血だらけの子供に覆いかぶさった。とどめを刺されるのかと思ったらしい。散々な勘違いだが、それも仕方のないことだろう。突然起こった戦争に訳も分からず巻き込まれて大怪我したのだ。人や日常すら信じられなくなるには十分過ぎる。
「ったく、ほら――」
愛は思考した。目を向けるまでもない。
「――傷治してやったぞ。だから顔を上げろ」
「……え……うそ……」
「嘘じゃねぇっての」
「きゃあっ!」
どすを聞かせた訂正に再び体を震わせた。
頭から流れていた血は止まるどころか傷口ごと治癒している。少女の腕の中で瀕死していら小学生のかっさばかれた腹部も何事もなかったかのように塞がっていた。さらには切って破けた服も一つの解れもなく復活している。
見るまでもなく、思考のみで発動したのは回復魔法。『魔怪』にかかればこんなものだった。死んでなければノータイムで蘇生が可能という性能がこれでもかと発揮された。服に回復も何もないだろうが、回復してしまったのだから概念一つ飛ばしている。
状況に着いていけてない感がありながらも少女はお礼を口にする。
「あ、あの……ありがとうございます」
「気にすんな大したことじゃない」
「あとすみません……酷いこと言っちゃって……」
ちらちらと愛の表情を伺う少女。
怒りに任せて消し炭にされるかもしない、と考えていた。
「消し炭になんかしねぇよ! 命の恩人をどんな風に見てるんだ!」
「ん!? 何で考えたことが……」
思考を読む魔法――も愛にとっては珍しくもなんともないただの作業と同然。
なかなか失礼な少女に沸点をあげつつも、寄り添う。同じ目線の高さになるように膝を折ったのだ。
「これからどうするつもりなんだ?」
「……それは……と、遠くに逃げます……」
「場所は関係ないと思った方がいいぞ。ここですら――私達がいるここですら、こうなんだから」
最強の異能使い二人ののお膝元ですら騒ぎが起こるのだ。無法地帯なら規模も被害も比にならないだろう。
「(にしても、本来ここでこんなことは起きるはずがないんだがな……)」
「……でも」
「でももけどもない。現実世界に帰れない理由があるのなら、そんな生半可な覚悟じゃ生きていけないのはもうわかってるだろ?」
戦場のど真ん中で泣きじゃくるなんて論外だ。
思春期の中学生の精神なら仕方ないが、それは現実の話。ここは裏、甘いことは言ってられない。
適応するためにもう一つの人格を生み出してしまう者もいれば、精神を破綻させる者もいる。
少女は、またもや泣き出しそうになる。何も言い返せなくて、自分の矮小さから目を背けたかった。
それを見て愛は蜂蜜のように甘いな、と思う。この分なら一ヶ月もしない内に死んでしまうと確信できた。
「(だが――それは悪いことじゃない)」
世界が厳しいだけで、人間は本来そういうものであるべきだから。
染まりきってない彼女は生きていけないが、一番生きてなくてはならない存在だ。
またしても愛の脳裏には幼馴染の姿を浮かぶ。彼は、蜂蜜に黒糖を流し込んでチョコレートに入れてもまだ足りない、そんな存在だった。
やれやれといった風に愛は希に振り返る。
「――ったく……おい希」
「何だ、愛?」
「創るぞ」
「は? 何をだよ?」
「察しろよ」
「察せるかよ。ちゃんと説明しろ」
「これだから『創造』は使えない異能なんだよ……」
「何だとッ!? お前みたいに何でもできればいいってもんじゃないだろ! ああぁ?」
「何でもできることの何が悪いんだよッ! ああぁ?」
額を擦り付けて、舌打ちを交えながら互いに互いに睨め付ける。
周囲からは紫色の稲妻が散って、背後から赤色のオーラがあふれていた。
勿論、物理的にだ。危うく自然環境まで破壊しそうなエネルギーがぶつかり合っている。
最初は唖然として見ていた少女。ふと、込み上げるものがあった。
「ふふっ」
「「何笑ってんだテメェ!!!」」
「ご、ごめんなさいっ…!」
リラックスし始めていたが凶悪な怒号によって一気に縮こまった。シュン、として幼女を抱き抱える。
突っ込みが重なったところで本題を思い出す二人の不良。
ごほん、と咳払いをして希は尋ねた。
「で、何を創るんだ?」
「この世界では魔道具っつーんだっけな?」
「……魔道具ねぇ。それならお前だけでいいだろ」
基本的に魔法道具は魔法使いにしか作ることはできない。希の異能は魔法と分類できるものではなかった。
「それじゃダメだから声かけたんだよ。はっ、馬鹿だな」
「一々悪口言うんじゃねぇよ。で、結局何すればいいんだよ」
「創るのは"守るための武器"だ」
「防具じゃなくてか?」
「防具は一人だけだろ? 守るのは不特定多数だ。不特定多数から不特定多数を守りきれる武器が必要なんだ」
「はあん」
気の抜けた相槌だが希は理解した。
この娘達が生きていけるように――いや、生きて欲しいからこんな提案をしたんだと。
「(理由は愛の幼馴染の彼か……こいつにここまでさせるとはどんなやつなんだ?)」
くっくっくっ、と想像を馳せながら希は笑う。
「武器というとやっぱ剣だよな」
「そんな思いつきで決めんなよ。そういうのはじっくり考えるもんなんだよ」
「は? じゃあこいつらはどうするだよ? 待たせるのか? 私に馬鹿馬鹿言ってる割に私より頭イカれてるな」
「っ、最初からそれまでは保護するつもりだったよ!」
「どうだか?」
「ああぁ? 何か言ったか?」
「ああぁ? 聞こえなかったのか?」
「ぷっ」
「「だから笑うんじゃねぇよ!!!」」
「ご、ごめんなさいっ!!!」
噛み合っているようで実際すれ違っている、奇妙な二人を見ながら少女は心の中で微笑む。
裏世界史上最強の魔法道具『素数剣』のルーツは、とある少女との出会いから始まったのだった。




