⑳epilogue.
◎
俺は某喫茶店にいた。
裏世界の住民のみが案内される奥の部屋にて、とある男と待ち合わせをしているのだ。
マスターが出してくれたお冷やに口を付ける。やはり飲むなら水だ。
間もなく彼はゆらりと現れた。
「裏世界から来ないでくださいよ真倉さん……心臓に悪い」
「それはそれは。少し立て込んでいて」
「そうですか」
ニヤニヤしながら俺の正面に座ったのは真倉黒也。この件でお世話になった情報屋。
ただ、彼には何となく忌避感を覚えてしまう。
それは彼の日頃の行いってやつだろう。とてもじゃないが誉められるようなことはしてない。職業での話だけではなく、性格も含めて。
さておき、今回の件で俺は真倉さんに多大なる借りを作ってしまった。だからこれからしばらくは駒として働かされることになる。今日はその話し合いをするために集まった。
大変不本意ながら。
彼は意地悪な笑みを浮かべて訊いてくる。一体何が楽しいのか。
「で? "後始末"の方は終わったのかい?」
「そこは抜かりなく……」
"後始末"、そんな大したことじゃない。
俺は以前有崎さんの質問にこう答えた。
君が心配だったから、と。だが理由はそれだけではなかった。
本来の目的である後始末というのは裏世界における周辺の学校に張られていた結界のこと――魔神の結界の消失における影響の排除だ。
一番身近だったのが有崎さんの所属する『ラバーズ』だったってだけ。
思うところもあって協力した。予想外のことに素数剣も出てきたが、目的は一貫していた。
真倉さんに借りを作ってまで行う理由はあった。
今は亡き幼馴染が"俺のために"学校に張ったものだから、少しは何かしないといけないと思ったのだ。
結果、規模が大きく、少々やり過ぎた気がしなくもないけど。
「バリアは再構築はあの金髪のお嬢様に頼みましたよ」
既に学校には結界が張り直されている。
強度も申し分ない。裏からも表からも侵入は不可能だろう。
「そうか『魔界』と同系の『創造』か。はっ、その分だと大変だったみたいだね」
「そりゃあ――思い出したくもない」
前々から彼女は真性の弩Sだと思っていたが、まさかあれほどとは思っていなかった。流石の俺も堪忍袋の緒が切れかけた。
逆らえなかったんだけどさ。
馬鹿にするように肩を竦める真倉さん。
「結局許したのか、つまらないな。人間味がない」
「……正直、真倉さんに使われる方がマシってもんですよ」
「へえ」
嗜虐的な目だこと。
とんでもないことに駆り出されるかもしれない。下手に挑発しちゃいけないなこれは。
「そんなことはいいんですよ。真倉さん。彼らの情報はちゃんと処分しましたよね?」
「依頼通り、個人情報から裏世界における痕跡の証拠も全て抹消したよ」
彼らというのは勿論ラバーズの五人のことだ。情報屋に握られていた個人情報の全ては真倉さんが封鎖したはずだ。これで『ラバーズ』は解散、裏世界から解放された。
結局のところ、ラバーズや俺が何もしなくても真倉さんだけで解決することはできたのだ。問題は略奪師がその事実をどうするかってだけだった。
コンピューターのUSBメモリー云々もそちらがやってくれるなら楽、ってだけでしかなかったようだ。
俺の提案を即決してきたから情報隠滅の方法はあったのだろうけど――。
「――こうもあっさりとできてしまうんですね」
あんなにたくさん死んで、俺も何度も死にかけたというのに。労力と結果は比例しないにしてもね。
頼りにはなるが、こんなことができるのは怖い。普通にとんでもない脅威だ。情報操作……命令に逆らったら社会的に殺されてしまう。
改めて、真倉黒也は危険だと思った。
金髪お嬢様も常々口にしていたしな、あまり関わらない方がいいって。
「って、もう遅いか……」
「まったく酷いな。対価さえ払えば味方になるよ」
「……金を多く積んだ方のでしょう?」
「そりゃ、当たり前だろ。今回、タダで請け負ったのは先の件でほんの僅かだが申し訳ないと思ったからでそれ以上まけるつもりはない」
「…………」
清々しいほどわかりやすい。
俺が真倉さんの手伝いで勘弁されたのは特例中の特例だったという訳だ。よくわからないが彼は俺の中に何かを見出だしているようだ。奇人変人のことなんて俺にはわからない。
「報告はこれくらいで本題に入ろうじゃないか」
真倉さんがそう切り出した。
彼の、今回の依頼の報酬――彼からの俺への依頼。
「ある組織を壊滅させるために協力要請を受けた。招集に代わりに行って欲しいんだ」
「…………」
こりゃまたとんでもない難題が待っていそうだった。
だが、俺には拒否権がない。
予想通りというか、何というか、彼はやっぱり愉快そうに笑顔を張り付けていた。
◎
有崎歩美は小平高校から転校した。
現在、彼女は先の戦いで大怪我して現実世界で入院しているのだが、この怪我が両親の看過できる範囲を越えていたのでてんやわんやしたらしい。そりゃ、そうだ。銃で撃たれてるんだもん。裏世界のことを説明する訳にもいかないので大変なようだ。
それで、怪我の後遺症のこともあり都会で暮らすのは大変になるということで田舎へ引っ越すことになったらしい。そこら辺は俺もやんわりとしか聞いていない。
だが、裏世界に振り回されることなく生きられる――。
彼女の望みは叶ったのだ。
素直に喜べる結果ではなかったが、それでも彼女の門出を祝いたいと思った。
病室の一室にて二人きり。この状況に面影といいか、見覚えがあった。
「前の時は俺は床で寝てたけど……まあ、久し振り有崎さん」
「うん、二週間振りだね」
「……その後はどう? 大丈夫には見えないけど」
「そうだね、大丈夫じゃないよ……足が全然動かないからね」
有崎さんはしきりに自分の足を擦った。
それだけでなく体中にも傷を負っていてガーゼや包帯が患者衣の隙間から見える。
下半身不随。
生き残ったのも奇跡的だが、やっぱりこんな姿、女の子にさせたくなかった。
「そんな顔しないでよ、結城君」
「でも……」
「優しいね、君は。でもこれは私の責任だから気にしないでよ。君がいなければこうして空気を吸って吐くこともできてないんだからさ」
俺の手を包むように握って微笑む有崎さん。
すごく暖かい。
生きてる証だ。
血が流れている。
この笑顔のために頑張ったと思えば確かに、後悔はない。俺が思っている以上に彼女は気にしてないのかもしれなかった。
「私のことを助けてくれてありがとう」
「うん、どういたしまして」
「あ、そうだ」有崎さんは手を叩いて、思い出したように告げる。「私、沖縄に引っ越すことになったから」
「……沖縄……療養ですか。暑いから適さないとは思うけど、そっか」
「遊びに来てよね」
裏世界経由ならばいつでも行けそうだが……いや、そんな便利な代物は裏世界にもないだろう。
「そうだなあ。春休みにでも」
「もっと早く来れるでしょ?」
呆れたように有崎さんは言うけれど、何のこっちゃわからない。
「修学旅行、沖縄」
「へえ、知らなかった」
リッチな学校なんだな。転校してきた訳だけどそこんところはまったく知らなかった。
「サボらないで来てよね」
その台詞が一体何を暗示しているのか俺にはわかりかねるが、是非とも行きたいと思った。それに修学旅行って何かの単位だったと思うし、行かなかったら進級できないこともあるだろう。
「わかったよ」
「約束ね」
小指と小指を絡ませた。そして、切る。
それからは雑談をした。元委員長としてクラスがどうかったか知りたいと言うので、その話もした。『ラバーズ』のメンバーがどうしてるのかも訊かれた。
初の沖縄と言うので、何様気分で俺の旅行のことも話した。
気づけば四時間が経っていた。これだけの時間があったから、十分話すことができた。
名残惜しさもありつつも、お開きにしなければならない。
俺は現実世界の普通の少女、有崎歩美に別れの挨拶をした。
「じゃあね、有崎さん」
「……うん……またね」
「また、ね」
ちゃんと、また会えるから寂しくはなかった。
病院を出れば、深まった夏の洗礼が待っていた。照りつけるようや日射しと蝉の声。
いつもと同じような夏がやってくる。
感慨なんてない、けれど青い空は綺麗だと思った。
大きく、際限なく、白い雲。
入道雲。積乱雲。
この白も、あの青も綺麗だと思った。
裏も表も関係ない――ただ、今を立ち止まらずに歩いていく。それが何よりも美しいことなのだろう。




