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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
一章 裏と表のプロローグ
4/89

④行方不明者発見

 

 ◎


 天空遊園――。

 丘の上にあるという理由だけで随分と脚色の加えられた名称である。


 それはともかく懐かし公園。

 あるものといえば、ジャングルジム、ブランコ、鉄棒、木造の屋根に石造りの椅子とテーブル等の一般的なものばかり。

 他と違うことといったら、高台から町を一望できるという点だけだろう。


 今日は月も綺麗に出て、町の眺望を際立たせている。

 住宅街から離れているので民家の光は少ないから星も疎らながら見ることができる。


「けど……何にもねぇな」


 ここに来た意味はなさそうだった。


 一応誰か隠れている可能性も含めて辺りを探ってみたものの他に人はいない。ブランコに立ち乗りしたり、ジャングルジムの一番上まで行ったり、逆上がりまでしたのだから隙はない。


 愛が言っていた公園はここじゃない?


「……勘で来たから外れる可能性は高かったけどさ」


 それにここまで来たのも、あくまでも懸念でしかない。

 愛はすぐに帰ってくるだろうけど一応ここに来ただけ。


 なんて言ったものの、愛がいないのならここに留まる意味もなさそうなので早々に丘から降りることにした。


 スマホで足元を照らして登りよりも細心の注意を払って一歩ずつ降りていく。


 道中、もう一度公園に関連するエピソードをとっかいひっかい頭から引っ張り出してみるが、めぼしい記憶はなかった。


 あの公園とやらで、特別なイベントがあった訳じゃないと考えた方がいいのかもしれない。

 ありふれた、蓄積された思い出――。


「公園、公園ねぇ……」


 一人になりたい時、頻繁に通っていたのは中学生の頃だ。

 中学生の頃、どうしてか夜に公園へ出かけていた。一人になりたかったのか、考え事をしていたのかそれは忘れた。


 それを愛に言うと、彼女が真似するようになって、それで何回か夜に話をした記憶はある。


 夢のように、話した記憶はあるが何を話したのかは覚えていない。とりとめのないことなのだろうけど、愛にとっては重要なことだった可能性もある。


 帰りの道中に団地の公園に寄ってみたものの同じく収穫はなかった。


 小学生の頃、ここらに住んでいたやつらと鬼ごっことかをしたはずだ。だがここまで遡ると記憶自体があてにならない。

 過去は無意識に脚色されてしまう。

 これ以上思い出そうとすると、混同や補填がなされてしまう。


「無駄に時間使っちったな……」


 思わず呟く。

 そういえば愛は中学生の頃『世の中に無駄なことはない』とよく言っていた。


 せいぜいこの長めの散歩に意味があることを祈るばかりだ。

 帰るとすぐに眠気が襲ってきたが、快眠という訳にはいかなかった。



 ◎


 月曜日の翌朝――。

 未だに愛は見つからず、八神家の前にはパトカーが停まっていた。

 今晩までに帰ってこなかったら通報する、と愛の母親は言っていた。

 つまり、そういうことだ。



 とても学校に行ってられる心情ではなかったけれど、俺がいたってどうすることもできないのは事実。重い足を引きずりながら登校を始める。


 何年振りか、一人で学校に向かうのは。

 中学生に成り立ての頃以来か――だけど、真に孤独を感じたのは初めてかもしれない。


 わからない。

 何が起きているのか。

 それが怖い。


「…………………………」


 いつもの登校路のはずなのに悠久にも思える道のり。

 愛がいないだけでここまで取り乱すとは思わなかった。ここまで弱く脆い自分がいたことに、正直失望している。


 もっと強いやつだと思っていたけど、ごくごく平凡な一介の高校生程度でしかなかったということか。

 自信過剰。

 教室に着くまでにキャラを元に戻さなくてはならない。


「おはよう結城って、愛ちゃんは?」

「おはよう、日高さん……愛は今日は休みだ」

「そっか」


 こんな嘘は朝先生が出席確認した時にバレる。それでも行方不明だなんてとてもじゃないが言えなかった。

 認めてしまうと、どうしてもさらにその先を考えてしまう。


 自席の椅子に座ったが、上半身に力が入らず額を机に激突させてしまう。それでも起き上がろうとは思わない。

 痛くても、痛いだけだから。

 我慢すれば済む話。

 時を経るにつれて不安と焦りは増大していく。


「結城……スライムみたいになってるけど大丈夫か?」

「…………」


 島崎が何かを言ってきたが聞いてなかった。聞いてたとしても反応してなかっただろうけど。

「無視かよ」という台詞を聞いた後はどこかに行ったようで、俺に干渉してくるようなことはなかった。

 やがて教室に担任の先生が入ってきて出席確認を行う。その際「八神さんは風邪で休み」と言った。


 不審者騒ぎもあってか生徒達には真実を明かさない方向になったのかもしれない。

 わざわざ不安を煽る必要もない、ということだろう。


「一時間目体育だから準備しといてね」


 そう告げてとっとと教室を出ていく担任。そして女子は更衣室へ向かい、男子はこの教室で着替える。


「……体育着忘れた」


 でも、しょうがない。

 あんなことが起きてるのに体育着如きを気にしてる余裕なんかあるはずがない。

 勿論、体育着なんてあってもまともに参加できるメンタルではない。放心状態みたいものだ。


「…………………………」


 ああ、帰ろうか。

 以降の授業を受けても能率は低いままだ。やる気もさらさらない。

 荷物を肩に提げて教室から出ていった。物事に集中することも、まともに思考することもできない。


 適当に歩いた廊下でスマホのメール画面を開く。

 何もない。

 何も起きていない。

 何も変わってない。

 画面から、なかなか目を離すことができなかった。


 体育着の生徒と幾度もすれ違う。

 彼らは進み、俺は退く。

 家に帰ったら学校に連絡して早退したことにしてもらう。俺まで行方不明になったら担任の先生の胃が破裂してしまう。


 行きの時よりも足が重い。

 これが人二人分の重さなのかもしれない。


「これは……怖いんだな」


 愛がいないという状況にとてつもなく恐怖している。

 恐怖というよりも精神的に参っているという感じか。一日会わなかっただけでここまでダメになるなんて予想できなかった。


 八神家の前に車はなかった。

 パトカーは俺が登校してから帰ってくるまでの四〇分の間にどこかへ行ったようだ。

 視線を移すと、家の前には回覧板が立て掛けられていた。それもただの回覧板ではなく、臨時の回覧板が。


 一体何が書いているというのだ。

 まさか――だとしたら早過ぎるんじゃないのか?


「いや、これは……」


 曰く、昨日の夜に件の不審者が警察に取り押さえられたとのこと。

 不審者といったら近頃ここらを騒がせていたあれだ。

 しかし、取り押さえ――。

 言い回しが気になるが、とりあえず一つの懸念が解決された。愛が事件に巻き込まれた可能性は限りなく低い。


 最悪のケースを考えていたので肩透かしではあった。

 だけど、この不安を拭うことはできない。愛と会えない以上、立ち直ることもままならないだろう。

 回覧板を元の場所に戻して家に入った。


「ただいま」


 今、家にいるのは母親のみ。父親は仕事で、妹は中学校。

 リビングに入ると母はソファーに背中を預けて天井を見ていた。家事を終えて休憩という様子ではなく、瞳からは諦観のようなものが見てとれた。


 やがて、濁った眼は俺を映す。俺がここにいることに驚いて見開いた。


「な、何で……ここにいるの?」


 声が震えている。深刻なことが起きたかのような態度だ。


「わからない」


 本当は疲れたからだけど、それを言ったとしても意味はない。それに何で疲れてるかは本当にわからないから言葉にすることができないから。

 母は俺の返答には反応せずに、やたら怪訝な表情を浮かべた。


「何も知らないで来たの……?」

「え?」


 何かを知ってここに来た、という想定。

 それは、俺に来るべき理由があることを示している。

 わからない。

 徹頭徹尾理解不能。

 考えていても話は進まない。

 だが、予感と悪寒が背中を伝う。

 心臓が肋骨を砕いて飛び出しそうなほど暴れ狂っている。

 恐る恐る「知らない」と答えた。


「……そう」

「……何かあった?」

「そ、それは……」


 その言葉は震え、また、息を詰まらせたのか呼吸が早まっている。

 一体何がそうさせる。

 そこまでゆゆしき事態。

 しかし、気丈に振る舞ってか一息吸うとキッ、と表情を締める。


「八神、愛は――」


 何故その名前を口にする。そんな顔で言われても困る。


「愛ちゃん、は――」


 その続きに何を言おうとしている。助かったとでも言うのか。

 そんな今にも涙を流しそうな顔で?


「昨日――」


 昨日って何だっけ。明日の一昨日か、一昨日の明日のどっちだっけ?


「――死にました」


 俺は平静を保っていられるのか?

 断じて否。

 頭蓋骨の中で何か大切な物が砕ける音がした。


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