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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
二章 選択代償とエンドマーク
39/89

⑰燃え尽きる大地の中で

 

 ◎


 陽輝を撃破した結城海斗は結界の中心地の某専門学校に向かった。

 太陽のようにオレンジ色に輝く結界の前で膨大の汗を流す。


「いくらなんでもこれは暑過ぎだろ……」


 死なないとわかっていても、これを通るのは簡単なことではない。暑さを知覚しなくとも恐怖は拭えないのだ。


「やるしかないんだがな。金属化『灰鉄』」


 全身を灰色の金属に再構成して、物理ファイアーウォールに手を伸ばした。

 ジュッ、と水が蒸発するような音で金属の指が蒸発した。


「…………」


 は?

 これは流石やり過ぎだろう。

 金属が蒸発する温度とは何だ。一〇〇〇度は下らない。


「特撮の怪獣に一兆度の火球ってのがあったけどそんな感じだな」


 そこまでの温度ではないだろうが、これが現実世界で起きた場合とんでもない気象現象が二次災害として連なるだろう。

 ゼロからエネルギーを創り出す剣とは何事だ。


「これって通り抜けられないか?」


 蒸発してしまうから進めない以上、壁の表面以上近づくことができない。例えセーフモードになっても復活地点は外側だろう。


「(炎の中に突っ込むんだもんな……あ、水被ればいいのか)」


 思いついたのはドラマとかでよくあるやつだった。

 子供が燃えた家の中に取り残された、助けにいかないと――ってやつ。

 熱伝導率が高い金属の体という点には気づかずに実行に移した。思いきって走り抜けてみる。

 爆発でも起きたようなけたたましい音が鳴り響いた。全身がドロドロに溶けかけるが。


「……何とかなったわ」


 無事に成功した、というのが回想――そして、今、略奪師と相対していた。

 彼のその手には燃え盛るような赤さの西洋剣がある。


「(どこかで見たような気が……?)」


 心当たりはあるが思い出すことはできなかった。そんなことに意識を集中する余裕はない。

 略奪師は剣を構えて、その腹を撫でる。


「素数剣、素晴らしいできだと思わないか?」


 質問の意図が不明過ぎるので、結城は思ったことを口にした。


「……綺麗だとは思いますよ」


 腹は真ん中に赤色、囲うように黄色のラインがあり、外側の刃はオレンジ。左右の鍔は銀色で羽を模している。そして、真ん中の宝石は華美なデザインに負けない輝きを有している。

 略奪師は結城の感想に満足したらしい。


「そう、シンプルに綺麗というのはまさにその通りだ。下手に修飾なんてする必要はない。ただ、美しく強いだけなんだ」

「美しく強いだけ……」


 そんなあり得ないような存在が素数剣。

 それが創り出されてしまった。さらには裏世界に散らばってしまったのだ。


「素数剣は世界に二五本あると言われている。今まで使わずに保管していたのが馬鹿らしいと思える力が他にも二四本もある。素数剣を巡る争いが起きてもおかしくのに、起こり得なかった。何故だろうね、不思議で堪らない」

「…………」

「それが"世界の意思"なのかねぇ、くっくっくっ」


 適当に言って略奪師は剣を軽く振った。軌跡に火の粉が舞う。

 相当浮かれてそうなので、思いきって質問してみた。


「あなたはこれからどうするつもりなんですか?」

「これからねえ。ここまでの騒ぎを起こしたんだ、制裁が下されるだろうがその前に上を潰す、かな」

「上って"大人達"ですか?」

「そういうことだ」


 大人達。

 簡潔に言えば、裏世界の秩序を守るための組織。

 よって、秩序を乱す存在を抹消する。戸惑いなく命を刈り取る存在だ。

 魔神はターゲットになっていたし、略奪師もターゲットになっていた。


「実体も何もわからない、存在すら危ういが、確かにいる。日本全体に根を伸ばしている誰かがな」


 支配されたいると気づかせずに、支配する。

 いつの間にか侵食して、気づいた時には手遅れになる。そんな怖さを秘めている。


「裏世界を支配――管理している人間……」


 薄ら寒い話だった。

 略奪師は不敵に、心底楽しそうに笑った。見覚えのある――逆境すらも見下す得体の知れない笑いだ。


「本当なら今すぐにでも君を殺すところだが、この剣を自慢したくて堪らない」

「は、はあ……気持ちはわからなくもないですが」


 豪炎剣が振るわれる。

 炎が噴き出て、建物一つを飲み込んで跡形もなく燃やし尽くした。映画の世界に行ったんじゃないかと疑いたくなる光景だった。


「感触がなさ過ぎて笑えてくるよ」


 それそれ、と言いながら振り回した。その度に建物が消え去った。

 楽しいか楽しくないかで言えば、楽しいように思える。そんな呆気なさがある。広がっているのはただの箱庭だと、認識を歪められるような感じだ。


「世界の終わりってこんなのかな」


 結城は、半壊してしまった白と黒の交差した塔を目指して歩き出した。略奪師は結城に目もくれず炎で遊んでいた。


 火の手が迫っているコンビニの壁にミミーが背中を預けて座り込んでいる。気づくと、笑みを浮かべるが、弱々しく見るに堪えないものだった。


「……結城君」


 だらだらと汗を流している。結界内、一帯がサウナ状態になりつつあった。

 傷を固めていた異能の氷もこの暑さじゃ蒸発しているようだ。


「ごめんね、私はもう動けそうにないや」

「大丈夫なのか?」

「まあ、先に熱中症になりそうだよ」


 なんて言ってミミーは唐笑った。それでもすぐに沈んだ表情になってしまう。

 細い指は半壊した白黒のタワーに向けられた。


「あれに向かったんだよ、鮎は。どうなったかはわかんない。もしかしたら……」

「うん、わかった。行ってみるよ。ミミーは現実世界に戻って安静にしてて」

「……ありがと」


 そう感謝を述べて、ミミーは裏世界から現実へ戻った。ミミーのような裏世界の住人は一般の医療機関の恩恵を受けられない。例え戻っても自らで処置するしかないだろう。


 そして、結城は半壊した某専門学校を昇る。邪魔者がいなければ半分の高さなんてすぐに上り切れた。

 途中、ガンマンの死体を見つけて心臓が跳ねた。一瞬、鮎かと思ってしまったのだが、おっさんだった。懐に落ちていた拳銃等を拝借する。


 一つ階段を昇った、現在の実質的な屋上に鮎はいた。思ったよりも近くに結界があり、太陽の如く体を照りつける。


「有崎さん」

「結城、君……」


 鮎は息絶え絶えに名前を呼んだ。

 押さえている腹部から血が流れていた。もはや異能で処置することもままならないようだった。

 結城は鮎の背中に手を宛てて状態を軽く起こす。


「すぐ下に行こう。ここも危ないから」


 その言ってお姫様抱っこを敢行しようとしたが、拒否される。


「肩だけ貸してくれればいいよ」

「有崎さん」

「少しなら血も止められるから」


 話し合いしている時間も勿体ないので肩だけ貸して階段を降り始める。

 元気そうに見せるが、体重はかなり結城にかかっていてとても歩き続けられる状態ではない。


「ミミーは大丈夫そう?」

「自分のことより人のことか……大丈夫だったよ。現実世界から避難させたよ」


 コンビニの前は人通りがありそうで裏世界からの帰還を見られてる可能性もありそうだったが命と比べれば安いもの。それに、そこの情報操作が大人達の仕事だ。

 窓の方を向けばオレンジに光っていた。


「陽輝君はどうしたの?」

「わからない」

「そっか」


 実際、どうなったかは結城は知らない。


「結城君、ごめんね」

「何が?」

「私……間に合わなかった」

「…………」

「間に合わなかったんだよっ!」


 鮎は血が滲み出るほど強く拳を握る。

 パソコンは炎の渦に飲み込まれた消滅してしまった――特製のUSBメモリも無駄になったしまった。

 結城は固く握られている手をほどく。無理矢理恋人繋ぎのように指を絡ませた。


「そんなことはいいんだ。有崎さんが生きていた本当に良かった……後は任せてよ」


 元気付けるように言ったが、鮎は――。


「全然良くないよっ!」

「え……」

「私はもう、結城君に迷惑かけたくないの! 仕方ない、任せてよ、なんて言わないで欲しいのに……言わせたくないのに!」


 鮎は服の襟を掴んで結城に迫った。

 何度も、何度も涙を流しながら吐露する。


「もうやだんだよ。何でもかんでも解決しようとするのは止めてよ……ロボットみたいに平気な顔して危険なことしないでよ」

「そんな風に思ってたんだ。無理してない、と言ったら嘘になるけどさ」

「だけど、ね……私の言葉なんて何とも思ってないんだ」

「意地の悪いことを言う」

「確かに私は何にもできないけどさ、心配せずにはいられないんだよ」

「ごめん」


 結城は傷に響かないように優しく抱き締める。

 ふと、思い出すことがあった。

 人を抱き締める経験なんて、普通の高校生にあるとは思えないが結城には少しある。


「("幼馴染")」


 甘いようで、苦いような思い出が脳裏に過る。走馬灯のように、白昼夢のように、死亡フラグのように、記憶が甦る。

 忘れることのできない思い出だった。


「心配って言うなら俺もしてるんだよ。その怪我だって死んでもおかしくないやつだし」

「自分のことなんて後回しにしてたからね……」

「そんなものだよ」


 階を確認すれば、もう二階だった。結城にかかる重みは時を経るごとに増えている。

 既に九割九分ほどだ、有崎歩美の状態もそれで測れるというもの。数分も持たないと直観できた。


「さっき話、わかった上で言うよ――俺に任せて」

「酷いよ、結城君。本当に……」

「ゆっくり休んでてよ。目覚めた時には全部終わらしとくから、何から何までさ」

「嫌い……大っ嫌い……」


 私って矮小だなあ、と呟いたのを最後に鮎と呼ばれる少女は目を閉じた。また、腹部からも血が吹き出た。

 現実世界に送り返して、救急車を呼んだ。できることはそれくらいだった。


「さて、一狩行きますか」


 結城海斗は略奪師の前に立つ。

 豪炎剣の試し切りを満足の行くまでしたのか、略奪師は真っ直ぐと結城を見据えている。


「この物語の最後に生き残るのは俺だけでいい。君は死んでくれ」

「いいえ、その素数剣、"返して"もらいますよ」



 ◎


 赤熱の剣が振るわれた。異能で金属化した結城海斗はその軌跡の、さらに一刀身離れたところまでステップで回避をする。

 剣身から火が飛び出すので過剰に避ける必要があった。


 返す剣で胴を狙われるが、バネを利用してジャンプし射程から外れる。だが、上に逃げたとなると次に避ける方法はない。


 間髪いれずに、縦の一閃が繰り出された。剣は炎を纏って数百メートルに至る長さに変貌する。

 表面温度は数千に匹敵するだろう。

 右腕の展開待機状態になってるアンカーを壁に飛ばして間一髪で炎熱を避けた。チェーンアンカーは即パージして地面に降りる。


 一秒前に居たところに熱レーザーが横に振るわれ、半分の高さになっていた某専門学校をさらに縮められた。

 強力な風圧を起こして二階層分が崩れて落下してくる。

 略奪師が豪炎剣を自由落下中の瓦礫に向ければ、あっという間に蒸発してしまった。


 そうして、一〇秒が経った――。


「ヤバいな……避けるので精一杯か」


 素数剣相手では、超回復も不死性もないようなものだった。一撃でも食らったら終わりという制約が課されている。

 殺し屋一〇人と戦うのとどちらが良かったかは判断できないが、焦りという観点で言えば断然こちらだった。


「(小細工抜きでこれか……ミミーに聞いた略奪師の異能も振るわれていない)」


 アポートと入れ替わりが素数剣に組み合わせったら手もつけられない。

 本気を出さずに油断している、と言えば気が楽になりそうなものだが、その油断ですら敵わない。


「何故こうも理不尽なのかね。これが俺の運命なのか……」


 全身に七つ道具があっても限度はこれ。

 腕にチェーンアンカーがあるとしても、足にバネが着いているとしても、適宜に体をパージできるとしても、甦生しても、金属生成できても。


 だが『素数剣』のポテンシャルさえどうにかなれば――。


 略奪師単体ならミミーと鮎だけでも撃破することができる。あの時の精神的な側面を無視しているものの、結城ならばさらに有利に立ち回れるだろう。

 その、"どうにかなれば"があり得なさそうなのだが。


「(不可能なんてことはないはずだ……可能性がゼロなんて、それこそあり得ない。"炎熱耐性"さえあれば)」


 略奪師が豪炎剣から放たれる火によって自らが焼かれないのは、付加効果があるからだ。剣を持っている以上はどう頑張ってもそれに干渉することはできないのだろうか――?


「焼かれる前に接近して"柄"を掴めれば……?」


 静かに呟いた。希望の光が見えてくる感覚。

 そして、『つか』だけに、と苦笑いしながら言った。


 素数剣が、誰が使っても最大出力を出せるという触れ込みならば、"所有者"という概念は存在せず、ただ扱う者に味方する。同時に二人で使用できても問題ないはずだ。


 炎が蛇のように蠢いて結城を狙って飛んできた。その際、生じた爆発により吹っ飛ばされて遥か遠くの瓦礫の中に突き刺さる。


「胴体が若干溶けたな……――と?」


 起き上がろうとした時、気づく。

 瓦礫の上で優雅に座る男女がいた。男女と言っても、男子高校生と女子中学生くらいだが。

 顔は陰ってて見えないけれど、見覚えはあった。


「君らは殺し屋一〇人組の中にいたな」


 殺し屋とは言え、戦闘能力に欠ける異能だった二人は戦わずに、まだ生きていた。

 結城は迷うことなく、決断する。


「――略奪師を倒すために力を貸してくれ」


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