⑯結城海斗という男
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首都を人工色に彩るサイケデリックな建築物である某専門学校が炎のドームに覆われた光景な都内ならどこでも見ることができただろう。
結城海斗や陽輝も、唐突な発光現象を目撃していた。
「あそこは鮎とミミーが向かったところじゃないか」
眉をひそめながらの陽輝の呟きを結城は聞き取っていた。
すぐに現場まで向かおうと走る結城に陽輝は立ち塞がる。
今にも、"仲間"である鮎とミミーがピンチになっているかもしれないというのに道を阻んだ。
「どういうつもりだ……」
「君には行かせないよ」
「何を言っているんだ? 二人が死ぬかもしれないんだぞ?」
今度は、列島を縦で割るような振動。
こ地域一帯を覆い尽くすような炎のドームの中で何かが起こったことだけはわかる。結城と陽輝がいる場所からも近いところまで結界は張られていた。
「これは早くいかないといけない」
「そうだね。でも、僕が行く。君は行くな」
陽輝はそう言いながら結城の前に立っている。
結城は濁ったような眼を向けながら、陽輝の肩を強く押した。
「じゃあ、とっとと行けよ。俺に行って欲しくないなら君が行けよ」
「…………」
「さぁ、早く」
「…………」
「そもそも君が俺に恨みを持つ理由がわからないんだが?」
先ほどの台詞から、陽輝が鮎のことを好きなことを前提とする。
その場合、鮎が誰を好きか。
それが結城海斗だったら――。
「本気で言ってるのかい?」
「別に本気って訳じゃないけど……やる気半分くらいに理由訊いてるだけだが?」
「そういうふざけた台詞を吐くのが板についてるよ。君のことは好きでも、嫌いでもない。"ただ気にくわない"だけ。僕の邪魔をして、何もかも奪おうとするから」
「…………?」
思い当たることが記憶になかったが、ハッ、と気づいて頷いた。
「――そうか、わかったよ」
「納得したの? ――いや、それで納得したつもりなの?」
正気なのか、と言外に訊いているような言い種で問い直してくる。
結城はそんな皮肉混じりな返答も気にしなかった。というか気にならなかった。
「人間分かり合うってのは簡単じゃないから言葉は少なくても良いと思うんだよ」
生まれた頃から一緒の幼馴染のことすらわからないからな、と陽輝に聞こえない声で呟いた。
無視したような発言に陽輝は血管を膨らます。
「――それに、時にはぶつかる必要もあるから」
「見透かしたようなことを言うな。その上から目線が気にくわない!」
「それは君自身が下にいると自覚してるからじゃないのか?」
挑発の台詞を境に言葉の応酬は止まった。
こればっかりは、言わなくとも伝わる――敵愾心。拳銃の引き金に指が掛けられた。
いつもの朗らかな態度とは裏腹に、冷たい視線を結城に向ける。
結城もここまで来て敵意を感じないほど馬鹿ではない。相手がそういう態度なら、こちらもそうするまでだ。
「人間は誰しも失敗する。ならば俺が君の失敗を正そうと思う」
「人を見下さなければ生きてられないのか、結城」
金属化にて頭部を硬質化し、射出された弾丸を火花と共に弾いた。
地面を蹴って結城は陽輝に接近し拳を振り上げた。陽輝は避けきれずに頬を腫らした。
殺し屋と比べてしまったら結城にとって陽輝は素人同然。防御も攻撃も思うがままだった。いつの間に拳銃はどこかに放られている。
「俺としては君がそもそも――その鮎のことを本当に好きなのか、というところが疑問なんだけど? 僕のものだ、なんて戯れ言を吐いていたようだがどうなんだ?」
「……そのままの意味だよ。彼女の隣にいるのは僕が相応しいってだけの意味さ――君はふさわしくない」
「禅問答になりそうだな……理解できない……」
そうそうに話し合いの姿勢を放棄した。ただ、今は無理と思っているだけで落ち着いてから有崎歩美も交えて話せばいいと判断した。
とっとと制圧する――。
結城は、大胆に正面から踏み込んだ。いや、大胆も何もいつも通りに正面突破。
陽輝は繰り出された拳を危なげにかわして体勢を整える。すかさず蹴りが放たれるが、体をぶつけて威力を相殺することで事なきを得る。
右手を首に当てながら結城は言う。この程度の攻防では呼吸一つ乱れていなかった。
「早く二人のところに行かないといけないんだ。退いてくれ」
「……君には行かせない……」
「何でだよ。死ぬかもしれないんだぞ?」
「君は、行くなっ」
「だからっ――」と怒鳴り声が出そうになる直前で脳内回路が一つの仮説を打ち出した。何故こんな答えが出たのか自身でもわからなかったが、思ってしまったら口に出た。「――まさか、俺に嫌がらせしたいだけ、なのか……? 体のいい理由を付けてここに留まってるだけ、で?」
だとしたら、仲間が聞いて呆れる話だ。
死にかけてる二人がいるのに、怨恨でこんなことをしていると言うのなら、それはもう終わっている。終わっていなかったら、終わらせるべき関係だ。
「このまま二人が死んでもいいと言うのか?」
「そこまでは思ってないけど、君が救うくらいなら――死んで欲しいかな」
「……異世界に召喚されて調子に乗る不良系クラスメイトみたいな感じか。噛ませ犬発言というか……」
陽輝の文句言いたげな表情を無視して、結城は殴りかかる。
と、見せかけて足をかければ陽輝は呆気なく倒れてしまう。意外に倒れた体勢の人間に追撃を与えるのは難しかった。
結城、反撃を食らう。脛にダメージを受けてしまった。
「痛っ……破壊にまで行かない半端なダメージは治りが悪いな。やっぱ打撃と相性が良くないな」
自らの異能の不思議な性質を学んでいた。
その間に陽輝は立ち上がり、掴みかかってくる。やはり異能は使わなかった。
「ふぅん。戦闘系の異能じゃないっぽいな」
「うるさいなっ!」
結城は容易に飛んでくる拳を掴んだ。引き寄せるように捻りを加えれば、喉の奥から呻き声が漏れた。
「っ、ぎっ……!」
「君は俺にとって取るに足らない存在だ」
結城はわざとプライドを傷つけるようなことを言った。
理由は敗北感を味わせたかったから。
どうやっても俺には勝つことはできない、とわからせるために力よりも言葉で斬る。
「いてもいなくても同じだ。実際に俺は君に影響を与えることも、与えられることもなかった――こんなことしてる時間もどうせ取り戻せてしまうくらいの間隙でしかない」
「わかったようなことを言うなっ!」
結城の繰り出した顎から突き上げる掌底により、陽輝は背中から倒れた。顎を押さえて踞る。彼の襟を掴んで結城はある目的地まで引きずって移動を開始した。
辿り着くのに一分も消費しなかった。
その"店"の開かない自動扉に陽輝を投げ飛ばす。反動を受けて前屈みになった頭に足を乗せた。
ぐりぐり、と押し込んで額をアスファルトに押し当てる。
「くそぉぉぉっ……!」
「陽輝、君はラバーズとして裏世界で活動してきたが鮎ほど現実世界に戻ろうとしていなかった。余程のことがない限り裏世界は楽に生きられるからな――君もどうせそんな安直な判断をしたんだろう」
起き上がろうとしたところを足に力を込めて阻止する。
「理由はどうでもいいが、俺を君を認めることはできない。鮎もミミーもラバーズのために今も血を流して戦っているというのに、そんな下らない劣悪な感情で行動してる君は何だ? 俺に助けられるくらいなら死んで欲しい? ふざけるのも大概にしろ――ってやつだ」
炎の結界が張られてしまった某専門学校にて、今も二人の少女はいる。
命の保証もできない戦場にいるというのに。
他人の命とプライドならプライドが重い? こんなやつと仲間になりたいやつなんていない。
「君は独占欲、支配欲、承認欲の塊。偽善者の振りをして、都合の悪いことは全て気に食わない、と言う。そしてその責任は誰かに押し付けることしかできない弱者――まあ、文句が言いたい訳じゃない。これ以上ラバーズと俺に関わるな、ってだけだ」
「君は殺す、絶対に殺すっ! 鮎もミミーも冷徹も俺のものだっ!」
殺意の言葉が地面を反射して耳に届く。
ツンケンが死んだからハーレムを作る、なんてことを考えているのかもしれない。だとしたらラバーズが解散になるのは避けたいと思うだろう。
「運試し」と言って結城は、陽輝を拘束するU字の金属器を作り出して地面に穿った。抵抗されても力任せに捩じ伏せた。
「少し前までここらに数百の異能使いがいたんだ。そいつらに何もされず、誰かに助けられることを期待しとくんだな。裏世界も悪いことばかりじゃないから何とかなると思うよ」
「くそッ! これを退かせッ!」
「性格が変わってるな。そっちが素か」
陽輝は罵声を浴びせながら抵抗を試みるが金属器が緩まる気配はなかった。
結城がこれ以上ここにいる必要はなくなった。なんせもう会うことはないのだから。
「じゃあな、陽輝君」踵を返して、陽気に手を振った。「悪運を祈ってるよ」
「お、俺を見殺しにしたことが鮎にバレたらどうなるかわかってるのか!?」
結城は立ち止まった。
かけられた言葉に感化されたとかじゃない。ただただ敗北させたいがために返事をする。
「おいおい、君は鮎と仲良しのつもりなのか?」
「なっ……僕達はずっと一緒に活動してきたんだ、当たり前だろ」
予想外の返しに思わず陽輝は言葉を詰まらした。
僅かだが動揺していた。
「(――かのように質問しただけだけど)」
実際、鮎も仲良しだとは思っているだろう。なので曖昧に返して不安を煽っただけだ。
確かにミミーならいざ知らず、鮎ならば、もしかしたら殺しに来るかもしれない。
「まあ、バレたところで何も変わらない――君のことよりも俺のことの方を信用すると思うぜ?」
結城は共に陽輝を嘲笑しようと思ったが、結局失笑だった。
笑えない話だ。
本当にそうなら可哀想で、同情したくなる。
「――これ以上言うことはない」
「待てッ! 待てと言っている、この人殺しめ!」
「ちゃんと約束も守ったしな。墓場が"ハンバーガーショップ"ってのも味わい深いと思うよ、マジで」
驕ってるお前に奢ってやった、と言い残して青い月光の下を歩き始めた。
最後まで結城は冷酷な態度を一貫した。
陽輝は遠ざかる背中に声をぶつけたが、反応を得られなかったため黙って脱出を試みた。
結城海斗は結界の中心地である某専門学校へ向かっている。ここに戻ってくることはないならば多少時間をかけられると思っていた――。
「え……」
瞬く間に集まる人間に声が出なかった。
大人気ハンバーガーショップは、裏世界とて大人気だった。
「え……………………は?」
◎
「燃えろ! 豪炎剣ハイペリオン!」
略奪師の掛け声に応じて剣身から炎が噴き上がった。剣を扱う本人には熱耐性が付与されるというオプションが付いているためいくら扱ってても使用者本人に影響はない。
「素数剣! 才能や相性に関係なく誰が使っても最大出力になるなんてな!」
剣として扱う必要もなく、宿った権能をまんべんなく発揮できる業物。"素数剣を抑えるには素数剣しかない"と言われるほどの火力が詰まっている。
裏世界の住人の持つ異能でこれを上回れるのはほんの一握りしかいない。
結界内の物質が炭化を通り越して、消滅していく。
力に溺れ、高らかに哄笑する略奪師に――攻撃を仕掛ける者がいた。
水色のレーザービットがシュン、と燃え尽きる。略奪師を守るように燃え盛っていた炎を突破することができなかった。
「暑っ……燃えるよりも先に脱水症状で死にそうだ……」
気だるげな青年や、青いブーツの青年、他六人の殺し屋が一同に会した。略奪師が塔を破壊している隙に同盟を組んだのだ。
それだけでも素数剣の価値がわかるというもの。
「六人か、四人足りないんじゃないか?」
見渡すと、略奪師は目敏く指摘した。高校生の少年と中学生の少女は参戦を拒否したためここにはいなかった。
略奪師が死んだ場合、始まるのは素数剣の取り合い。取り合いで済めばいいが、最後の一人になるまで終わらない。
足りないなあ、と不気味に微笑みながら呟いた。
「見せてやろう、この豪炎剣ハイペリオンの力を!」
言った時には、略奪師は周回遅れ――殺し屋達は剣から炎が出る前に己の得物で攻撃を始めていた。
青いブーツの青年は、蹴りの衝撃波を飛ばして。
赤いジャケットの男は、紅の砂塵を振るって。
気だるげな青年は、数百のレーザービット舞わせて。
帯刀した男は、斬撃を放って。
サラリーマンは、緑色の炎を纏って。
大男は、斧を振りかぶって。
結城の異能ですら相手にならない六撃が一挙に、それも本気の威力で放たれた。
爆発なんかじゃ済まない凶悪さを秘めた技。いくつもやクレーターが街にできるだろう。
「――だが、ハイペリオンからしたら雑魚だ」
風が吹き抜けるように炎が一面を覆い尽くす。
「消えろ」と略奪師が言えば、数瞬開けずに炎はなくなった。
目の前には誰もいない。全員"蒸発"して、存在の痕跡ごと消滅した。
一瞬で死んだ。その結果しか残らなかった。
「強過ぎて張り合いがないなあ! これほどの力なら"地球の支配者"も仕留められるか!?」
豪炎を巻き起こし、結界内を根こそぎに焼き焦がす。
異能の炎には酸素は必要とせず、二酸化炭素を放出することもない。不都合は存在しない"理不尽なまでの強さ"を秘めている。
歴戦の殺し屋を呼吸するように仕留める剣に勝てる存在等、誰が想像できるのか。
少なくとも――負けない能力なら思い浮かぶ。
死んでも、焦げても、消滅しても、燃え尽きても、甦ってしまう力ならば。
故に、結城海斗は恐れもせずに略奪師の前に立つ。
「略奪師……」
「何があって君が殺されなかったか知らないが、俺が今ここで消し炭にしてやろう」
「ええ、もう終わりにしましょう」
結城はもう疲れました、と言った。




