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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
二章 選択代償とエンドマーク
37/89

⑮素数剣

 

 ◎


 無数の殺し屋に終われながら階段を昇る略奪師と呼ばれる男は自らの根城を戦場にしながら、最上階に向かっていた。

 緑色の灯火が背後から放たれる。


「『強奪宰相グリード・エアー』!」


 手元に緑色の炎の塊を引き寄せて、足下に落とした。階段がドロリとスライムのような溶解液と化す。


「感染型の溶解炎――眼鏡の野郎かッ!」


 略奪師は階段を二段飛ばしで駆け上がり、追撃を避けた。数瞬前までいた場所は青い残像の残る蹴りによって粉砕されていた。

 後ろから追っているのは三人、他は別の方法で命を狙っているようだ。

 青い靴の少年は一定距離を保ったまま異能の衝撃波を放った。


「ちょっと、君にも攻撃して欲しいんだけど?」


 気だるげにもう一人は返事する。


「外から昇ってきてるやつがいる。さっきあの金属と一緒にいたやつ」

「へえ……略奪師を狙っていた訳ね」意味深に頷きながら、追跡を続ける。「こりゃあ、もう終わりだな略奪師さんよお。あんな子供にも狙われるくらいだからな」

「お前らが裏切らなければこんなことにはならなかったんだよッ」


 ただ無闇に高いところへ逃げようとしてる訳ではない。自らのコンピューターを守るため――という訳でもない。

 常に油断しきって浸る男だが、それは根拠がない訳でもない、ということだ。


「(素数剣さえあればこの状況を打開できる!)」


 素数剣――裏世界において最強とされる異能者によって創られた宝剣である。



 ◎


 ビルの側面にて、有崎歩美こと鮎は空中戦闘していた。

 迫り来る一五のレーザービットをサイコキネシスによって弾いていく。


「一枚一枚は軽い! 同時にいくつも操れる!」


 サイコキネシスの操作可能重量は一トン。自分の体重を差し引いても、四枚ほどを無理矢理乗っ取ることができた。

 飛んでくるビットを操るビットで相殺し、残りの攻撃は改めて操る。


「そんでもって罠にかからなければ」


 上空へ昇ると、屋上の縁に橙色の発光体を確認できる。遠くからでも熱線だけは伝わってきていた。

 ブゥゥン、と不思議な音を発しながら熱光線が放たれる。壁沿いに体寄せて乗り切る。


「熱っ……魔道具ね……」


 魔法具とは、魔法使いによって作られた物に能力を持たせた道具のこと。量産して売買することで生計を立てる者は裏世界には意外と多くいる。

 レーザーは割とオーソドックスな道具に分類されるが、シンプルだからこそ強い。下手に壁から離れれば集中攻撃されてしまう。


「一つ一つ破壊してけばいいんだけど、この水色の板を何とかしないとね」


 このレーザービットには自動操作で"追跡"の機能がある。いくら弾き飛ばしても破壊し尽くさない限り復活して狙ってくる。

 二つの対応を同時にすることはできない。


「ふう……中に入ればいいだけだよね」


 レーザービットを操ってガラスを粉砕して内部に侵入した。するとレーザービットは煙のように消えた。起動条件が外れたのだ。

 月の青い光が通路の半ばまでは照らすが、その先は闇。階段はその辺りにあった。


 略奪師を倒そうとする第三勢力に鉢合わせる可能性がかなり高いが、行くしか選択肢にない。

 暗がりの階段――下方から足音が断続的に響いてくる。


「結構ハイスピードね……」


 命懸けの逃亡者も最上階まで急いでいた。

 追いつかれないように鮎も階段を駆け上がる。走る気力がなかったので異能で浮きながら進んだ。


「――っと、行かせないぜ」


 声に目を向けると、数段上の階層の踊場に腰のホルスターに拳銃を差す男が待っていた。鮎が止まると、ホルスターに手を掛けて拳銃を一丁握る。


「…………」


 至近距離三メートル。

 極至近距離とはいえ、相手が拳銃ならば予備動作とタイミングを読んで攻撃することはサイコキネシスならば可能。

 近くだからといって威力が減る訳じゃないが、有利な状況ではあった。


「(それに、私の異能なら発射させないことも――)」


 唐突に、ガンマンは拳銃を向けてきた。

 鮎は予備動作を確認してサイコキネシス発動する。銃口を塞ぐようにエネルギーを加えた。それで、引き金を引いた瞬間は銃が爆発する。


「『渡航弾丸トラベル・アロウ』」


 銃口から弾丸は発射されなかった。

 しかし、存在し得るあらゆる法則に逆らうように弾丸は鮎の腹部を貫いていた。

 発射されずに発射され、発射されずに貫いた。

 口からも、腹からも血が流れる。


「あっ……ぐぶっ――はあ、はあ……何でっ」


 サイコキネシスにより応急措置は可能だが、血液を正確に運ぶなんて精密なことまではできない。それに、女子高生が医療知識を持っている訳はないのだ。


 延命は可能、救命は不可能。

 ガンマンは満足気に銃を指で回しながら言う。


「これが俺の異能。自由気ままに旅をする弾丸だ――不思議なことに弾丸を込めなくとも発射されるんだぜ?」

「(ヤバい、血を流し過ぎた、クラクラする……)」


 鮎は壁を背にして呼吸を整える。

 避けることのできない弾丸とは、どうすればいい?

 裏世界には理不尽なまで異能がバラまかれている。


 暗殺特化の攻撃をいなすことはできるのか。一撃で殺すことに特化した異能にアドリブで対抗するなんて無謀だろう。

 銃口を鮎の額に向けながらガンマンは尋ねる。


「お前さんの目的は何だ? 略奪師の根城に侵入してまで何をするつもりだ?」

「…………」

「そうかい」引き金に掛ける指に力が入る。「答えないならそれでいい。そのまま眠っとけ」


 倦怠感と浮遊感に耐えきれずその場に鮎は座り込んでしまう。

 動揺や恐怖――なんて感じない。

 既に死にそうな顔をしていた。

 早く死んで楽になりたい、と少なからず心のどこかで思っていた。でも――。


「たかがっ、死ぬだけ……なら……こんなところに来ていないっ!」


 彼女の気概に答えるように背後から爆風が吹き荒れた。

 喉が詰まる煙の中で地盤をひっくり返すような振動と、すぐ脇を駆け抜ける足音を四つ知覚した。


 サイコキネシスで粉塵を弾きながら様子を見る。間もなく足音は上っていった。再び、踊場には二人のみになる――。


「あ……入れ替わったんだ……」


 そこには爆破によって右半身が焼けただれたガンマンが倒れていた。これは略奪師の異能だ。

 つまり、略奪師は踊場で座っていた鮎を捉えられずに、直立していたガンマンを観測し、後方からの攻撃による爆発に巻き込まれるところを入れ替わりで避け、さらには数歩分の距離を稼いだのだ。


「不幸中の幸いだけど……先に行かれた……」


 外からのルートが使えない以上、階段で昇るしかないが、これでは先に辿り着くのは略奪師と殺し屋になる。

 わかってるけど――。

 鮎は階段を昇る。



 ◎


「――って、おいおい、これはどういう風の吹き回しだ?」

「…………」


 決戦の地と化した略奪師のアジトへ向かっていると結城海斗は予想外の人物に引き留められた。


 結城は予想外の展開で混乱しているところだった。殺し屋相手に時間稼ぎしただけじゃこの件は終わらないことに嫌気が差している訳ではない。

 ただ純粋に理解できない邂逅だった。


 本来皆無だと思っていた衝突。

 人間関係の不和。

 嫌気というよりも大人気の問題。


「さて、何をするつもりなんだ――陽輝君よ」

「うーん、君を殺す」

「……せめて理由だけでも聞かせて欲しいんだが?」


 極めて軽々しく結城は尋ねた。わざとらしく肩を竦めるのは呆れているからだ。


 別に陽輝に期待していたからとか、信用していたからとかではない。ただ、こんな時に何をやっているんだという呆れ。

 挑発のような態度に、陽輝はあからさまに機嫌を損ねる。


「君がラバーズに関わらなければこんなことにならなかったんだ」

「へえ……」

「鮎は僕のものだ。君のせいで彼女は僕から離れていった、君さえいなければこんなことにならない。だから君を消すんだ」

「そうか、そういうことか」


 結城は特に何も思わなかった。

 人間とは、彼は、そんなものかと言葉を処理しただけだった。強いて言うなら、こんな独占欲丸出しのやつは有崎歩美に相応しいとは思えない、というくらいだ。


「まあ、いいや。俺がただで殺されるなんて思ってないよな?」

「言ってれば」


 陽輝は内ポケットから拳銃を取り出して、結城の額に向ける。

 後頭部から首もとにかけて痺れるような感覚が走った。今更恐怖は抱いていないが、目の前にすれば流石に緊張はする。


「(死なないとわかってても、焦らされればドキドキする。さてさて、どうすればいいのか……)」


 結城海斗は新たな難題に取りかかる。



 ◎


 略奪師は数多の殺し屋の襲撃を受けながらも、最上階に辿り着いた。

 後方から三人の追っ手、最上階にも既に二人の殺し屋――赤ジャケットの男と刀使い――がいる。


「探し物はあるか略奪師」


 刀による斬撃と赤色の塵によって部屋の粗方のものは原型を失っていた。

 勿論――コンピューターもバラバラになっている。同時に統合情報検索装置インデックス・データも使用不可となった。

 略奪師は残骸の下に駆け寄り、欠片を手に取って俯く。


「コンピューターに用があったんすか?」


 青い靴の青年が答えを期待せずに訊くと、略奪師は俯いたまま――くっくっくっ、と笑った。やがて残骸を床に置いて立ち上がる。


「ここにいるのは四人だけか。少ないなあ」

「何を考えてるんです?」


 緑色の炎を左右に浮かび上がらせる眼鏡スーツ。他三人も異能を発動できる態勢に入る。

 殺気入り交じる遮蔽空間――しかし、略奪師は嗤う。くっくっくっくっくっくっ、と――。


「『強奪宰相グリード・エアー』!!!」


 水色で半透明のレーザービットが略奪師の首に殺到する。


 アポートによって手に引き寄せたものは赤い西洋剣――床に埋め込むように存在していたものだ。床に埋められているなんてアポートなんて力がなければ考えもしない。れっきとした死角である。

 首に刃物が刺さる直前、高らかに宣言される。


「素数剣、No.11豪炎剣ハイペリオン!!!」


 剣先を天に掲げれば、剣から炎の柱が立ち上ぼり、天井を貫いた。太陽が出たかのように首都を照らす炎の塔。

 レーザービットは余波の風圧だけでビルから弾き飛び、殺し屋達は身を低くして超高温の熱風を耐えた。

 余波が収まると、剣芯を撫でる略奪師の姿が――。


「素数剣――"魔神"と"創造"によって創られた最強の剣……誰が使っても恒常的なパワーを引き出すことができると言われている。お前らに勝てるかな?」

「素数剣……実物を見るのは初めてですね。一体どれほどの力があるのでしょうね」

「見せてやる。そして、消し炭になれ」


 スーツの男が不敵に笑うと、略奪師は豪炎剣を構え、大きく振りかぶる。素人のような重心の移動の拙い大振り。


 部屋を埋め尽くす豪炎が剣から飛び出る。爆発よりも轟く一撃はガラスさえも焼き尽くして、屋上すら蒸発した。


「――はっ、逃げたか。だが、この素数剣から完全に逃げ切れると思ってはいないよな」


 中央に埋め込まれたルビーのような宝石が光ると、炎による結界が形成される。素数剣の種類はいくつかあるが、共通してある能力が『結界』である。


 豪炎剣ならば炎の結界。半径一〇〇メートルは下らない半円な周囲一帯を覆った。炎の壁は何者も逃さない絶対の檻と化す。


「ぐはっはっはっはっ! 殺し屋も逃げ仰せるか!」


 不気味に哄笑して窓から飛び出した。炎をブースターにして落下のエネルギーを相殺する。着地地点のコンクリートは瞬時にドロドロに溶けた。


「手始めにこの建物を消し炭にするか」


 ドリルの形の専門学校は剣から飛び出した炎によって真っ二つに切断された。感触等なく、ただ横に振るだけだった。

 落ちてくる上部の塊に対して――。


「"蒸発"しろ」


 空気が膨張したような渇いた音が鳴った時には、コンクリートと鉄骨の塊は塵も残らず消滅した。瓦礫や粉塵すらも残さない超高熱により分子から原子まで根こそぎに分解したのだ。


「まさに最強だ、素数剣! 何者にも負けない!」


 激震はまだ始まったばかりだ、さらなる破壊が撒き散らされる。



 ◎


「あ、ああ! そんなっ……」


 上部が文字通り消え去った専門学校の階段の踊場、空が目視できる現在の最上にて鮎は声を震わせた。

 握っているUSBメモリー。

 これを使うためのハードウェアはこの世から消滅した。塵も残さず爆散してしまった。

 床を叩くも、弱々しい。


「失敗した…………ここまで来たのにっ…………」


 悔しくて涙が出そうだった。けれど、それよりも申し訳なさが先立つ。


 立ちはだかった理不尽は強大だった。一人の女子高生がどうにかできるレベルを遥かに超えていた。どんなルートを辿っても目的を達成するのは不可能だっただろう。

 誰の責めることできない、けど犠牲が多過ぎた。


 今や首都は炎のドームに囲まれている。

 終わりが近づいてきた、そう理解した。

 略奪師はドームの中を全て焼き尽くそうとしているのだ。これ以上ない終わりだ。


「いや……よくここまで生き残れたな……って感じ……」


 あの夜――襲撃者によって命を絶たれなかったことも幸運中の幸運だ。コンビニ帰りに裏世界に寄る男なんて結城海斗くらいしかいない。


「これが運命って言うなら、もうお開きってことね……あーあ、死にたくないなあ……」


 弱音を聞く者もいない。

 だけど、彼女は涙を流さなかった。自分の代わりに誰かが死ぬくらいなら自分でいいと本気で思っている。

 事象は巡り巡る――後悔を滲ませながら鮎と呼ばれる少女は目を閉じた。


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