⑭『rubbers』
◎
非公式異能組織『ラバーズ』の所属メンバーである"鮎"と"陽輝"と"ミミー"は結城海斗の指示に応じて『略奪師』を追っていた。
夜の首都を三人の少年少女が駆けている。都会だけあって人はまだ多く一際目立っていた。
「陽輝君、見つけられそう!?」
「この"手掛かり"通りなら辿り着けるはずだけどっ――ちょっと二人とも足早くない――!?」
「男子なのに遅いよ陽輝は!」
鮎とミミーは軽々駆けるが、運動不足が祟った陽輝は着いていけなくなっている。
「そもそもこの手紙の差出人が怪しいんだけどね」
「それは……でも、信じるしかないよ。結城君に免じて、だけどね」
手紙とは先程、結城海斗から受け取ったメモのこと。そこには略奪師のアジトと『統合情報検索装置』のことについて記されている。情報屋の元締めである略奪師が占有する数多の異能使いの個人データを収集したデータバンク。徹底した管理故に一ヶ所破壊するだけで事は済むとのこと。
鮎はそう言うものの、それだけでは説得力が低いことはわかっていた。他の二人はやや怪訝な表情を浮かべている。
「今回だけは信じてみるっきゃないか、鮎に免じて」
「他にないからね。僕も信じるよ」
「ミミー、陽輝君……!」
涙出そうなくらいに感動する鮎。本人も最近は感情の歯止めがかからないことに困っているが、止めることができなかった。
「あー、泣かないでよ鮎」
「な、泣いてないよっ」
陽輝は着いてこれず脱落して遥か後方にいる。この女子は走りながらこんなシーンになっていた。
鮎にバレないようにミミーはにやけていた。出会ってからのことを思い出して、黄昏ながら。
「あ、見えてきたね鮎」
「うん。あそこに略奪師が……」
首都を岩盤から貫くような黒と白の交錯物体――魚を突き刺したような造形をした専門学校。高さ二〇〇メートルに匹敵する奇抜な建造物だ。
「ここを根城にするって趣味悪くない?」
「私に訊かないでよ……」
辺りに人がいないか確認してから少女達は裏世界に入った。
街灯が消えたことにより、雰囲気はガラッと変わる。真上にまで昇っている月を怪しく反射していた。
入口に向かうと、そこには男が一人。
初対面のはずなのに何故か、不思議なことに確信することができた。
「これはこれは、ラバーズの少女達」嗜虐的な笑みを浮かべて略奪師が言う。「よくここまで辿り着いたもんだ」
「……あなたが略奪師」
背筋まで凍りつきそうなのを耐えて鮎が呟いた。
「不本意なことなそう呼ばれている。いやはや、裏世界の住人は名付けが下手というか大袈裟だ。変に有名で困るよ。君らもそう思わないかい?」
返ってきたのは心にもないような台詞だった。
「それで? 二人揃ってどうしてここに?」
「――っ、わからないのっ?」
「鮎落ち着いて」
「さあ?」
「このっ!」
血管がぶち切れるように逆上した鮎が真っ先に突っ込んだ。
「あの馬鹿!」とサポートに回るミミー。斜め後方に位置しながら略奪師を牽制する。「『逆氷柱』!」とミミーの足許を基点として、地面から氷柱が生え、剣山と化して略奪師に迫る。
その一方、逆サイドでは鮎が懐から工具ハンマーを取り出してスローしていた。ツンケンの愛用していた安物のハンマーだ。
双方向からの攻撃を待ち構える略奪師は――。
「他愛ない」
瞬間に、氷は砕け散って、ハンマーは掴み"盗られる"。突然消え去って、気づいた時には略奪師の手の中に現れたのだ。
ハンマーを投げ捨てて、彼は言う。
「視界内の物体を引き寄せる超能力――空間干渉系能力、アポート。名が体を表すというのなら、奪う能力か――その名は『強奪宰相』」
「奪う能力……」
「だが、ただの奪う能力だと思ってもらっちゃ困るな」
ポケットナイフを取り出し、未だ突撃を敢行している鮎に向けた。鮎は一歩も怯まない。
「なら、私の異能はあなたの異能と相性が良い!」
サイコキネシスによって略奪師の持っていたナイフが空に飛んでいった。
上方へ行く途中でナイフは消えた。
見れば略奪師の手にしっかりと握られている。
「確かに俺の異能とお前の異能は相性が良い。但し、俺からだ!」
常に手とナイフの位置を一定にして奪い続ければ、いくらサイコキネシスの力を受けても問題ない。
交錯する数瞬直前――。
「視界内が異能発動可能範囲っていうのは、正確に座標を理解しきれないから。わかっていれば話は別なのよっ」
「何を言っ――がっ!?」
略奪師の後頭部にハンマーが激突する。足のバランスを崩し、酔っ払いのように揺れながら倒れた。
真下に倒れる男を踏みつけながら――封じ込めていた数多の思い込めて叫ぶ。
「黒幕風情が調子に乗るんじゃねぇ!!!」
ミミーはその後ろ姿を唖然としながら見つめる。
「鮎……」
「な、何よっ、ミミー」
流石に男気溢れ過ぎてるよ、とは言えなかった。
しかし、脳裏に疑問も浮かんでいた。
「(流石に弱過ぎじゃない?)」
鮎が踏んづけている男の頭部から血が流れている。ハンマーが直撃したのだから当たり前だ。
実際、人間はこれだけでも死んでしまうものだ。だからこの結果自体はあり得ないことではない。
辛うじて生きてはいるようだが、気絶してしまう一撃。
しかし、念には念を入れるべきだ。
ミミーは自らの氷の異能を使ってうつぶせに倒れる略奪師を拘束しようと試みた。
試みた――というのは、できなかったということの証。手遅れだった。
「は……――えっ!?」
ミミーの目の前のあるのは地面だった。
そして、頭に乗っている女の足だった。
場所の入れ替えだ――そう理解した時には、略奪師のナイフが鮎の腹部を貫いていた。
「何っ、で――ああぁ……」
血を吹き出して鮎は倒れる。
すかさずミミーの頭の上に足を乗せる略奪師。踏まれた少女は地面に擦り付けられながら問うた。
「な、何故場所がっ!」
「そんなことか。それは俺が、ただ異能を二つ持っているからだ」
「奪う異能と、入れ替わる異能!?」
「そういうことだ。不運なことにどちらも干渉系超能力だったが、便利に使い分けられ……っつ、頭痛てぇ……早いところ治さないとな」
この異能がありながらしてやられたのは完全に油断していたから。実のところはかなり危なかった訳だが、運の勝負は略奪師に傾いていた。
物を奪う異能と場所を入れ替える異能が十全に働くと考えたら恐ろしい。もはや付け入る隙はない。
ミミーが地面に拳を叩きつけると、氷の柱がアスファルトを裂いて頭上の略奪師に向かう。
危なげなくかわして一歩を距離を取った。
「氷生成能力……ふん、ありふれた弱小能力だな」
「行けっ!」
続けて横っ飛びしながら、五本の氷柱を生成し略奪師へ飛ばす。
ずぶり、とミミーの背中に突き刺さった。場所が入れ替わった――だが、向きは変わっていない状態で。
噛み締めて痛みを耐えなから思考する。
「(入れ替わることは予想していた……奪うというのは戯れ言で、本質は『アポート』。"引き寄せる"異能。入れ替わりと組合わせて目測をずらしたんだ)」
自らの傷口を凍らせて振り返った。略奪師との距離は離れたので、すぐにでも鮎の腹部の傷を治すために接近する。ミミーは鮎の下に向かって手を伸ばす。
「させるか」
略奪師が異能を発動させようとした瞬間、視界を遮るような水色の壁が作り出される。
略奪師の自信に満ちた声が響く。
「さっき、そいつは言ったな。正確に座標を理解していれば見てなくてもいいって――まったくその通りだな!」
瞬く間に壁の向こうのミミーと位置が入れ替わった。
鮎の傷口を治す暇もなく、入れ替わった、が――。
略奪師の悲鳴が上がる。
「うがああああああああああああああああああああ!?」
左腕は氷の壁に固定されている。さらに言えば、氷柱が手のひらに刺さっていた。
「お前ッ! 自分の手を刺したのか!?」
「ええ、あんたがそうすることはわかってたから」
入れ替わった結果ならば、入れ替わる前にそのような状況を作る必要がある。
ミミーの左手の手のひらにも一〇円玉サイズの貫通痕が穿たれていた。ポーズまで入れ替わることを看破することでできた作戦だが傷は深い。
「壁できっちり手も固定しているから、あなたには外せないでしょ? こっちの場所も壁でわからなくなっただろうし」
壁越しに声を聞いた略奪師は怒りで頭に血を昇らせる。先ほど出し抜かれたにも関わらず、自分が油断していたことにも気づかずにただ激昂した
「それならこいつと入れ替わればいいだけだ!」
「やれるものなら?」
挑発的な言い分に血液を滾らせるが、すぅー、っと背後から覆い被さる影により寒気が強く襲う。
呼吸は落ち着いているか、背中に汗が流れた――。
背後には血を流しながら立ち上がる有崎歩美――鮎が立っている。
「くっ……ふう。小細工はこれまでよ略奪師」
「――っ、粋がるなよ弱小能力者!」
略奪師は異能を使って場所を入れ替えようとするが、その前に鳩尾に蹴りが放たれていた。
「うぐぅぅぅ――」と腹を抑える略奪師の髪を掴んで右膝を顎にぶち込んだ。そこから首を腕で締めて、固定されてる氷の壁に叩き付ける。
脳震盪に脳震盪を重ねるような見ていられない破壊のための攻撃だった。頭からは先程とは比較にならないほどの血液が流れている。
「あ――……」
何か呻くかと思ったが、左腕を固定されたまま膝を折った。意識は完全に途切れた。
「……やった……やっと、倒せ、た……」
歓喜に湧くほどの力すら残っていないため、息絶え絶えながら一つ一つの言葉に想いを呟いた。
同じく満身創痍のミミーに肩を貸す鮎。
「大丈夫鮎?」
「サイコキネシスで血液だけは留めてたから何とか動けるみたい。ミミーこそ背中はどうなの?」
「凍らせてるから、今のところ痛みはないよ。普通に疲れてるけどね」
「それは私も……えっと、後は――これを昇らなくちゃならないの?」
「一番上のコンピューターにこのUSBを入れなくちゃいけないからね」
ミミーが取り出したUSBメモリーは真倉黒也からの手紙に同封されていたもの。『統合情報検索装置』に差し込めば特定の操作をしなくとも情報を消せるようなプログラムが入っているらしい。
とてつもなく怪しいが今はこれにかけるしかなかった。
「エレベーターは使えないから階段昇るんだよね……私はパスしたいな~、なんて」
「え、二人で行こうよっ」
「ですよねぇ……」
二人で白黒交差の異形の塔を見上げた時だった。
大爆発が後方から起きた。爆風により二人の女子は壁にまで押し退けられる。
「何っ、これ!?」
「うううぅぅ!?」
煙の中から九人の立ち姿が見える。
立ち上がるもう一つの影――略奪師の声がした。ダメージは大きいようだが再起不能には届いていない。
「どうしてここに……貴様ら……まさか不死のあいつを倒したのか?」
「……いいえ」
眼鏡による反射光が少し視界に射す。
「なんだと? じゃあ、あいつはどうなったんだ?」
「逃げたんじゃないでしょうか」
「――どういうつもりだ?」
「こういうつもりです」
先ほどと同様の大爆発が幾度も重ねって起きる。熱気により皮膚が真っ赤に染まり痛みが体をつんざく。
構内のコンビニにまで押し込まれる鮎とミミー。割れたガラスが柔らかな肌を切った。
「これって、どういうこと?」
「わかんない。結城君は生きてるみたいだけど……殺し屋達が略奪師を裏切った構図なのかな」
「……ここは危ないから早く移動するべきだけど、上に行くならど真ん中を突っ切らないといけない。この怪我じゃまともに動けなさそうだし……」
「(今退いたらもうチャンスはない……ここで終わらせなきゃ一生このままだ!)」
鮎は傷ついた体を起こす。入口に向かって歩き出した。
ミミーは踏み込もうとした鮎の足を掴む。
「どこに行くの?」
「入口」
「今行ったら絶対に助からないよ」
「そうだね。でもそれは私が行かない理由にはならないよ。私は――ツンケンのためにも、結城君のためにも行かないといけないから」
「そんな自分意外の理由でそんなことしないでよっ!」
ミミーは涙ぐみながら鮎を止める。彼女はもう限界だった。昇るだけならともかく、巻き込まれる可能性まで考えたら動くことはできなかった。
「ここで止めなかったら、鮎、死んじゃうじゃん!」
「……そう、だね。人間って意外に簡単に死んじゃうよね」
脳裏にはバラバラにされたツンケンの死体が甦る。
恐ろしい。おぞましい。悲しい。
そんな想いが体をすくませる。
「怖いけどさ、私がやるしかないじゃん」
「鮎……」
「鮎は動けないし、ツンケンは死んじゃうし、陽輝君も冷徹ちゃんもいないんじゃさ! 私だってやりたくないよ! 本当なら結城君も巻き込みたくなかった。彼の歪んだ善性に甘えたくなかった。傷つきたくも、傷つけたくもなかったけどさ! 今ここには私しかいないじゃん」
ツンケンが死んだ時には、止まらなかった涙。
ラバーズのメンバーのことを思い出して流れた涙。
でも、今は流れていなかった。
そして、彼も涙を流してなかった。その意味は――。
「この程度で止まるなんて……結城君だけが傷ついてるみたいじゃん!」
「それは……」
勝手に傷ついているだけ、なんてことは言えない。言ってしまったら彼の存在を否定するような意味になってしまうから。
最善であっても、そんな選択肢をしてしまう彼。
有崎歩美はそんな彼を怖いとも、哀しいとも思った。
「きっと私がやらなかったら結城君はやるんだよ。どんなに傷ついて、傷ついて、傷ついても。そんなの見たくないから――確かにこれは私のためじゃないけどさ、これ以上頼ったら私がダメになりそうなんだよね。だからごめんねミミー」
「鮎!」
鮎はミミーから無理矢理USBメモリーを取ってコンビニを出て正面入口まで走り出した。
大爆発による煙が晴れてもない中でも激突音がする。
それは、入口に近づけば近づくほどだ。戦場はまさに学校の入口だった。
間もなく、上階の窓が爆発してガラス片が外に落ちてくる。
「まさか……略奪師と殺し屋達は、階段を上りながら戦っているの?」
下手すればコンピューターも爆発により壊れてしまうかもしれない。裏世界に電波がないとはいえ、ここでハードウェアを破壊してしまったら統合情報検索装置を失わせることはできない。
略奪師よりも早く、殺し屋達よりも早く最上階まで行かなければならない――。
「なら外から行ってやるっ」
サイコキネシス。操作最大重量一トン。自分の体を浮かせれば外壁を沿って屋上まで行ける。
だが、裏世界――重要施設には罠が張り巡らされている。このような高層の建築物には飛行能力者の対策は必須であり、外側からの侵入は果てしない難易度だ。
下手すれば一撃で死ぬような危険な罠だってある。
「そうしなきゃ間に合わないんだから、しょうがない!」
陽炎のようなオーラを纏い、自らの体を浮かす。内側から攻撃されないように支柱に背中を預けながら慎重に高度を上げていく。
その時――水色の光の煌めきが内側から窓ガラスを突き破って鮎を襲う。
それは菱形を伸ばした半透明な水色の槍――レーザービット。
鮎は体を捻ってギリギリ避けた。服一枚が鋭利に切り裂かれている。
「これは――罠じゃなく異能の力! もうバレたっ!?」
もはや慎重とか言ってられない。
全速力で空を飛ぶが、背後からは数十のレーザービットが襲いかかる。
「結城君はこんなのと戦ってたの!?」
有崎歩美は迎撃に態勢を切り替え、撃墜のために地面に向けて転換した。
第二ラウンド、上空一〇〇メートルの空中戦が始まる――。




