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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
二章 選択代償とエンドマーク
35/89

⑬野次馬

 

 ◎


「おっと、長く話過ぎましたがさっきの技はすごかったですね」


 ラバーズに略奪師の捜索を命じている間、まったく攻撃しなかった黒い令嬢に少し感謝のつもりで称賛する。

 言わば"座標切断"、硬度等関係なく空間ごと斬り裂く力。


 うふふふ、と扇を口許に宛ながら彼女は笑った。


「あなたの方こそ何事もなかったようにしてますわ」

「内心はかなり動揺してますけどね」


 そう肩を竦めてみた。

 ここで黒の彼女でも俺でもない声がかかる。それは一〇人の殺し屋の一人の声、眼鏡スーツの男だ。


「彼は危険です。今の内に、確実に、複数でもって、とどめを刺すべきです」


 彼は、俺のことを警戒の色合いの濃い視線でもって睨みながら言った。


「現に彼はあなたの異能を受けて平然としています。というか、彼は死ぬんですか?」


 そう疑問を投げ掛ければ、他の殺し屋達も反応を示す。

 青いブーツの男が大袈裟に「マジもんの甦生スキルってことっすよね? こりゃあ、荒れるんじゃないすか?」なんて楽しげに言う。


「見る限りは、甦生と言うよりも"再構成"と言うべきだな」


 赤いジャケットの男は特段驚くような素振りも見せずに分析をしている。

 俺の異能の正体については意見が別れているものの、だが、ある一点のみは共通していた。

 こりゃあ、マジでやべぇな――。

 とびきりの殺意が俺を貫いている。


「この人数で一人を殺るってのは少々心が痛みますね」


 黒いはずの裏世界でも、彼の眼鏡はキラリと反射していた。

 レーザービットの能力の青年は欠伸をしながら。


「殺るならとっとと殺ろうよ……眠いわ……」


 眠そうにしながらも、ひしひしと殺意を放っていた。

 そして――各々が、各々の得物を取り出す。


 一人は、青い靴を光らせて。

 一人は、ジャケットを整えながら斜めに構えて。

 一人は、目を擦りながら一歩踏み出して。

 一人は、腰の刀の柄を握って。

 一人は、眼鏡を上げて。

 一人は、どこからともなく現れた三メートルを超える斧を担いで。

 一人は、二丁の拳銃を向けてきて。

 一人は、ポケットに手を突っ込んで。

 一人は、何をするでもなく。


 陰って顔の見えない九人の殺し屋が同時に一人を、俺を狙っていた。いや、一〇人――?

 臨戦態勢に入った彼らを見て、黒のドレスを着たお嬢様は思うところがあるらしい。


「話が違いますけど? 彼は私の獲物ですわよ」

「……あなたは彼を殺すチャンスがいくらでもあった。いえ、実際に殺していましたが、彼はあの通り無傷です。我が儘を言ってられる状況ではないでしょう? 依頼者の指示は絶対です。あなた一人でダメなら数を増やすしかないでしょう?」


 代表者のように、眼鏡スーツが答えた。

 ごもっともな意見なので、俺としてはかなりピンチである。

 黒の令嬢は無言のままだが、殺意の方向が俺から"逸れた"――向きは変わって眼鏡スーツに。


「おやおや? 私は敵ではありませんよ……?」


 怖気の走るような殺意を受けても、さも、平然としているサラリーマン風の男。


「依頼者の命令に逆らうのですか?」

「逆らうつもりはない。彼は殺す、絶対に殺す。だけど私の手で殺さなければ気が済まないの」


 そこはかとなく内乱が始まるような空気。

 互いにヒートアップしかけているので、俺は何もせずに状況の成り行きを見守る方が良いだろう。下手に干渉すれば、冷静さをと戻させてしまう。


「…………」

「…………」


 眼鏡スーツの男と、漆黒の令嬢の死線が交わる。

 何故俺の死によってこんなことが起きるんだ。冗談でも「俺のために争うのはや、止めてっ」とか言えない。

 彼らがこのまま戦闘を始めたとしても敵は残り八人――絶望的なのは変わらずだ。本来の目的の時間稼ぎを遂行できない。


 まだ、足りないのか――もう一つ、壁を越えなければならないのか!?


 そもそも俺の異能にそこまでのポテンシャルが在るのか。

 だが、"赤錆から灰鉄になった"。もっと、硬くなれる余地はあるはず。


「絶望的な状況の中で進化してやる……」


 ヒュン――。


 俺は地面を蹴ってバックステップした。先ほどまでいた位置には菱形を縦に伸ばしたような水色の刃が突き刺さっている――それはソードビットか。


 片目を瞑って頭を掻いている青年に目を向けた。

「これを避けるんだ……」なんて呟いている。

 それも束の間、気だるげな青年の背中辺りから、無数のレーザービットが現れて俺を強襲してくる。


「うっ、おおおおおおおぉぉぉ!?」


 叫びながら腕を振り回して数十の半透明な板を弾いた。どちらにも傷は付かなかったので硬度は同じくらいだろう。

 弾いたそれは、異能使い本人の周りで円を成すように空中静止した。


「……初めの時より強くなってる……面倒だ……」


 フッ、と水色の刃は姿を消した。

 能力を解除したようだ。

 一安心のため息と共に、だらりと、汗を流したような気分になる。機械なので呼吸もしなければ汗も流さないけど、背筋が凍ったのは間違いなかった。


 何とか戦えている。一対一ならば、耐えられる――。


 集中するために今一度深呼吸をし終えたところで、大男の殺し屋は持っていた戦斧をアスファルトの道路に叩き付けた。

 振動を逃がせないのか、やけに視界が揺れる。


 何を仕掛けてきた――。

 次の対応を考えながら地面に踏ん張ったら、フワッと体が宙に浮く。まるで無重力になったように。


「浮いて……!?」


 横回転して、殺し屋の彼らとは垂直に、道路とは平行になる。

 つまり格好の的、ということだ。


「――あ」


 見開いた時には、七つの暴力が俺の機械の体を――根こそぎに粉砕した。



 ◎


 意識は、首を刈り取られるように喪失したが、瞬時に意識が戻った。

 だが、視界はない。それとも光源がないのか。


 〈再生機能、実行中………〔1%〕〉


 真っ暗な世界に青い文字が浮かんだ。

 少し前に、襲撃者によって体を粉々にされた時にも出た表示だ。裏世界内で体を修復しているのだろう。


 俺の、この異能にはセーフティがあるらしい。

 しかし、あの一瞬で一〇〇分の一まで分解されるとは思っても見なかった。硬度だけは異常にあるから原形くらいは保てると思っていたが、考えが甘かったようだ。


 さて、こうなってしまったら俺には何もできない。

 ゆっくりと考える時間だけがある。

 肉体がないからって、虚無に浮かんでたゆんでる訳にはいかない。

 攻略方法を模索する――。


 〔5%〕……〔10%〕……〔12%〕……〔24%〕……〔34%〕……〔37%〕……〔48%〕……〔50%〕……〔52%〕……〔61%〕……〔66%〕……〔72%〕……〔83%〕……〔85%〕……〔87%〕……〔89%〕……〔90%〕……〔91%〕……〔93%〕……〔94%〕……〔95%〕……〔96%〕……〔97%〕……〔98%〕……〔99%〕……〔100%〕


 時は無情に過ぎる――作戦は……作戦は、作戦は、やべえ。


 目の前に現れた銅色の立方体の箱が、人の形に変形していく。やがて、灰鉄の鎧となり、暗黒の領域に色が射し込まれる。

 意識が吸い込まれて、色が差し込まれ、肉体を取り戻す――。


「ああ……戻ってきた。いや、戻ってきてしまったか」


 暗転する前と同じの首都の道路のど真ん中で復活した。

 それなりの時間が経っていたはずだが、目の前には八人が変わらず並んでいる。


「うわ……」


 ちゃんと俺のこと見てるよ。

 それにざわめいていた。塵も残さず破壊したはずが、一〇〇で帰ってきたら少なからず驚くだろう。


 一は残っていたのだけど――もしも、ゼロだった場合はどうなるんだ? 分子を一も残さず消失させるなんて不可能に思えるが裏世界ならあり得るだろう。


 キィィィン、と耳をつんざくような金切り音がした。

 音源に目を向けると、黒の令嬢と眼鏡スーツが戦っているではないか。

 さっきから一触即発な雰囲気だったけれど……俺が消えたせいだろうな。この二人は俺が復活したことに気づかないくらい集中している。放っておくが吉。


「結局、作戦なんか一つも浮かばなかったな……」


 だが、心掛けだけはさっきよりも強くなっている。

 再生する異能ならば、心で負けなければ勝てるんだ――そう思っていた。

 根性論なんて犬にでも食わせろ。勝つ気がなければ勝てやしない。

 負けても大丈夫だからって負け続けたって意味はない。前に進むことだけを考えろ。


「ない頭を振り絞れ……足りない力は気合いで補え……!」


 今度の金属は熱味を帯びている。

 当然、火傷で済ませるつもりはない。


 予備動作なしで、俺は馬鹿の一つ覚えのように正面突破をしかける。


 ただし、右腕からアンカーを飛ばしながらだ。先行して八人に向かっていく。先端の尖ったチェーンアンカー。

 侍風の男は軽く首を振るだけで避けて、チェーンを掴んで俺の体勢を崩そうと力が込められた。


「――予測済みだ」

「何――!?」


 チェーンから鋭利な棘が突き出て、侍男の左手の手のひらを貫く。込めた力の分だけの血が垂れた。


 そして、もう一つ。

 先端の一角は鎌のように左右に広がった刃に変形させる。


「先は既に背後にある――対応できるのか!」


 腕からチェーンアンカーを解除パージして綱引きのように引っ張れば、背中を切り裂く三日月の斬撃となる。

 刹那的に、彼らの背中に傷をつける前に大鎌は地面に縫い止められた。水色の菱形の杭でアスファルトに穿たれていた。

 ということはこの怠惰青年の異能か。


「――当然、予測済みだ。だが、俺の策は終わり」


 物体を生成するだけでも頭の容量を使うというのに、それを重ねて、重ねて錬成しなければならなくては勝てないとは。

 決定的に時間が足りない。

 努力や心情で超えられないほどの壁だ。高過ぎるし、遠過ぎる。


 八人が並んでいる、誰を狙って殴りかかればいいのかすら考えていなかった。背後からの斬撃が避けられた後の対応はない。

 強いて言うなら、怠惰青年だろう。

 ここまでされて何もしない訳にはいかない。


「本当に面倒だな。割に良い仕事かと思ってたけど……これは金額通りの依頼だ」


 水色の菱形ビットは瞬時に狙いを定めた。

 俺の両腕が弾けて空へ飛んだ。その反動でボディも吹き飛ばされる。抵抗することもできずに地面を転がった。


「……ぁ…………」


 立ち上がる気力がない。

 これでもかというほど壁の高さを理解してしまったから。心は折られていないけど、そんな次元ではなかったということだ。

 解ってしまったからこそ戦意喪失してしまう。

 これじゃあ本当にガラクタだ。


「有崎、さん……有崎歩美……」


 俺はぼやける思考の中で呟いた。

 もしくは、幼馴染の姿が過った。重ね合わせていたことに今頃気づく。

 どちらも学級委員で、俺に親切にしてくれた優しい人だ。


 そして、可哀想な女の子。

 裏世界に飲まれて心を歪ませた少女を助けたかった――今も、助けたい。


 再び、俺のとどめを刺そうと殺し屋達は近づいてくる。

 今度は拘束してくるかもしれない。話によると不死能力者は高く売られるとか。そのままどこかに売り飛ばされるかもしれない。


「…………?」


 だが――何もされなかった。

 しばらく待っても、俺に触れるものはいなかった。

 殺し屋達の視界には俺はいない。さらに先を、さらに遠くを"見上げていた"。

 掃除機ロボットのような動きで首回せば、彼らの見ているものがある。


「これは……人?」


 月光に照らされてながら――ビルの屋上からこちらを見ている人影が無数に存在していた。

 窓から覗く者もいれば、空を飛んでいるやつらもいる。

 彼らは裏世界の住人――異能使い。超能力、魔法、妖術どれかはわからないがいわゆる『野次馬』。


 野次馬は次第に数を増し、数百にまで到達していた。

 彼らは俺達を見ている。

 それを確認した殺し屋達は――。


「これだけの数に見られるのは流石に避けたいな」青いブーツの若者は頭を掻きながらそんな風に言って踵を返す。「流石に報酬の割に合わない」


 意見に同調して他の殺し屋までもその場から立ち去ろうとしていた。自らの"情報が漏れる"から撤退するということなのか?


 いつしか彼らの後ろ姿は裏世界から靄になって消えてしまった。最後まで残っているのは黒の令嬢だ。地面に倒れている俺の下までやって来る。


「残念ながら余興はここまでようですわ」

「……たかが余興ですか、今のが……それにしてもあっさりと引き揚げますね」

「一〇人の殺し屋が集まるのだって破格ですのに、野次馬がさらに増えるなんて、いくら金が積まれてもお断りですわ」

「殺し屋なんてのは信用が重要だと思いますが……?」


 彼女は口許に手を宛てて微笑んだ。


「その場合は私達のやり方で――つまり、依頼者を殺戮するんですわよ」

「依頼者――略奪師を?」

「遂行不可能だった場合の対応は最初から決まってました。略奪師も上から裏世界を揺るがす"悪因子"と見なされてますから影響についても問題ありませんしね」


 悪因子――魔神と同じように、略奪師も"大人達"に狙われていたと? アイツも秩序を乱す存在なのかよ。まぁ、さもありなん、って感じはした。


「では、私は行きますわ。あなたも早くここを離れた方がいいですわよ?」

「そう、ですね……寝るなら家ですよね……」

「楽に家に帰れると思っていますの? こちらを見ている数多の異能使いを撒いて帰るんですのよ?」

「そりゃあ、まあ、頑張りますとしか言えませんが」

「それは重畳。では、また会えることを望みますわ――ちゅ」


 と、彼女は機械の塊の俺にキスをしてきた。そのまま裏世界から煙のように消える。

 綺麗なお姉さんだけど、顔は見えないけど……殺し屋だから。

 助けられたのとは違うが、遠くにいる野次馬達に感謝する。


 これで、終わり――じゃない。


「殺し屋達が略奪師を狙う……もしも、誰かがその巻き添えでも食らったらどうなるんだ……」


 略奪師と先に交戦しているラバーズも容赦なく処分されるだろう。助けたいけど、俺だけがどこにいるのか知らない状態だ。

 ここからは干渉することはできない。もはや間に合わない。

 ならば、信じるのみだ。


「有崎さん、陽輝君、ミミー――、ツンケンも冷徹も……」


 迎えるのがハッピーエンドだということを望む。

 世界を照らす青い月が一瞬、暗くなったような気がした。


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