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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
二章 選択代償とエンドマーク
34/89

⑫漆黒令嬢

 

 ◎


 俺は今、漆黒の令嬢と相対しているが――後ろには九人の敵が残っている。


 四天王方式で一人ずつ相手したいところだが、もしも、もしも俺が彼女に勝ってしまったら彼らは一気に襲いかかるだろう。


 だが、忘れるな俺、結城海斗。

 目的はこの方達と争うことではない。彼らを雇った男から情報を取り返すことだ。

 その取り返す方法とやらはよくわからないのだけれど。もしかしたら彼を殺めなければならないかもしれない。それだけは避けたい。


 と、未来のことを考えられるくらいには余裕があった。


「折角なら二人きりでダンスでもしたかったですね」

「あら? こんな年上でも?」

「……まだまだお若いですよ、それに私は年上の方が好みなので」

「最近の高校生は変わってます、お世辞でも嬉しいですわ」


 なんて、角砂糖でピラミッドを作るような馬鹿らしい会話をしていた。そんな中でも異能バトルは繰り広げられている。


 令嬢に接近すると、斬り裂こうと斜めの二連斬撃が繰り出さるはず、と推測する。斬られはしないものの、再生するまでは使い物にならないので手に剣を生成して空を斬りつける。

 刃が拮抗し、火花が俺の剣から散っていた。


 いつインパクトが来るのかわからないから難しい。力を入れ過ぎても避けられたら終わりだ。手加減すれば斬られる以上、中途半端に強い一撃を与えなければならない。


「自分の体以外のパーツも作れるのね」ご令嬢は俺の剣を見て関心するように言う。「回復だけじゃなく、強化も可能と。面白い異能だわ、こんな人初めてですの」

「…………」


 強化、という概念か。再構成による硬質化の側面で見ていたが、あちらからはそう見えるらしい。

 生成との組み合わせによる強化――〈コア・メタル・アーマー〉。


 ゲームなんかでは強い敵ほど経験値をたくさんくれるが、実際でもそうらしい。俺は倒さなくても貰えるから画期的だ。

 単純に嬉しい、とは言い難い状況だが。

 さらに上を行く足掛かり。無駄にする訳にはいかない。


「少しはやる気を出したのかな?」

「最初からやる気でしたよ。ちょっと趣向を凝らしてみただけです。すぐに――追い付きますよ、そして超えます」

「それは楽しみだわ。行きなさい『暗黒蟷螂クラヤミトウロウ』!」


 敵は不可視で透明な蟷螂。あちらからは干渉できるが、こちらからは干渉不可能。だが、異能の基点となる漆黒の彼女を攻撃すれば自ずとルートは絞られる。


 実質的にこちらが干渉できたのと等価――。

 足をバネと化し、加速して右に移動するのと同時に剣を令嬢に投擲する。予想通り、透明な蟷螂は剣を弾いた。


「位置は大体覚えたぞ」


 一目散に走りだし、令嬢に飛び込めば壁に激突する。不可視の蟷螂の胴体が邪魔をするが――「それも予想通り」

 胴体を背にするようにして、周の軌跡で迫る。

 そして、黒の令嬢と向き合うと――背中合わせで蟷螂がいる――西部劇のガンマンのような状況。


「…………」「…………」


 無言も刹那の時だった。

 俺は既に走り出していた。再び剣を生成し、適当に空へ投擲する。

 右手を開き、掌を構える。

 灰鉄掌打――腰のスナップも込めて漆黒令嬢の腹部へ叩き込んだ。


「ふふっ、いいですわ」


 腹に見事に掌打が決まっていた。硬さに比例するようなダメージが全身に広がった。

 ただ――、俺の場合は、亀裂が全身という全身に走ってしまう。防御力に比例してダメージが甚大になる。

 俺の攻撃は当たったはずなのに、彼女の攻撃だけが俺を撃った。


「……徒手空拳でここまで、強い……とは……」


 掌底を受けた俺は天を手を伸ばしながら、仰向けに倒れた。

 外側から纏われたような鎧は剥がれて、内側の隙間から人間の姿が覗く。

 敵の本体性能をまったく考えていなかった。

 この体だとどうも、彼女のようなタイプとの一対一なら負けないという驕りが出てしまう。これは襲撃者の時も当てはまった。


 だが、驕り以上に、彼女は強かった。

 油断していなくとも、負けていただろう。経験と能力の差が露骨に出た。


「……流石に私も無傷とはいかなかったみたい。軽くヒビが入ったみたいだわ」


 骨にヒビが入った、か――エネルギーをそのまま俺に返すとしても一〇〇パーセントという訳にはいかないか。それこそ異能の力がなければ実現できない。

 だが、俺のこのダメージで彼女の手首一つか。

 安いのか、高いのかわからない。


「……く、ぐっ……」


 体に上手く力が入らなかった。掌打とはこれほどまでのダメージを与えられるのか。

 俺の放った暴力的なものはともかく、中国の拳法みたいな本職ならこれくらいやってのけるのかもしれない。


 打撃は金属である俺の弱点だ。全身のダメージは治癒の偏りによりバランスが悪くなってしまう。頭、胴体、手先足先という順番なのでしばらくの行動不能が発生する。

 そしてその発生中に――。


「今のは良い動きだったわ。蟷螂の背中を取った動き、素人とは思えませんですのよ」

「それはっ……どう、も……」


 内側から割れているので思ったよりも修復に時間がかかる。だが、彼女はその間に俺を攻撃することはなかった。

 理由は不明だが、彼女は俺のことを気に入っているようだし、目的があるのかもしれない。


 略奪師にコンタクトを取らなければならないっていうのに、こんなところで時間を消費していられない。真倉さんからの情報提供もこれ限りだろう。

 でも、今から間に合うか?

 ネガティブに思考になってる。


 まだ、俺は力を出しきれてない――持て余している。このアンコントローラブルな状態なら今すぐ引き出せるかもしれない。

 確固たる意思が俺に力を与えてくれる――。


 〈『コア・メタル・アーマー』発動〉


 灰鉄が体がみるみる再生する。だけでなく以前より硬度も比較にならないほど上昇していた。

 これだけじゃ、さっきの二の舞になるだけだ。


 「『灰鉄の鎧』だ」


 辛うじて人のフォルムを保っていた俺の体から、非対称に棘や突起が生成され、禍々しく形を変えていく。

 魔王と見紛うような邪悪な輪郭の灰色の鎧を纏う。拳を握れば、一つの指に数百を超える針が見える。

 起き上がって、幾度目かの対峙を迎えた。


「これが今の俺の本気です。手加減していると、すぐに終わるかもしれませんよ」

「そういうタイプなのですね。物理型の戦闘スタイルですか――ですが私に勝てるとお思いなら、すぐに打ち砕かれますわよ」

「――あなたはこういう人の方が好みなんでしょう?」


「ふふふっ――」と黒の令嬢は哄笑する。子供のように目を輝かせて俺に言う。「ええ、本当ですわ! 最高ですわねあなた!」


 俺としてはうんざりとしたものだが、壁というのなら乗り越えてやるさ。

 両手を握って、走り出す。

 妖術に分類される、不可視の蟷螂に対処方とは一体何なのだ?

 さあ? でも、蟷螂の斬撃で傷つくような体では既にない。肩や胸を刃で斬り裂かれるも、表面が多少削れるのみ。


「あなたの攻撃は効きませんよ!」


 肩に掛かってきた"重み"を押し退けて彼女の下へ飛び出す。正面突破という単調な動きなので、対応はされる。

 されるが、そこさえ超えればいいだけの話だ。拳法のような構えを取る漆黒令嬢に殴りかかる。当たれば骨まで抉る一撃になるだろう。


「――ふっ!」


 彼女は俺の鎧に触れることなくパンチを避け、そこからカウンターに入ろうとする。


「今っ!」


 その瞬間、俺の右腕が上下分割し、鰐の顎のように開いた。凶悪な歯まで再現している。

 虎ばさみのように――彼女の左腕を噛む。痛覚よりも先にブシャァッ、と血が吹き出たことだろう。

 ほんの少し呆然と見ていた彼女の脳に痛みが入力され叫び出す。


「キャアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 刃は半ばまでしかめり込まなかったものの、血管が傷ついてしまえば神経も断裂できてしまう。相当の痛みだろう。

 だが、彼女もプロの殺し屋。意識は途絶えることなく脱出のために動き出していた。


 血走った目で俺のことを見つめて彼女は唱えた。その目には、殺意はあっても嫌悪も怨みがましさもないのが、少し不気味に思う。


「『暗黒蟷螂アンコクトウロウ』――『祈音喝采イノリノマイ』!」


 ピシッ、ビジッ、と亀裂の入る轟音が鳴り響く。

 何もない虚空から突如現れた赤い亀裂は、さらにクレバスを広げて俺の右腕に侵食してきた。

 回避行動よりも早く肩口まで至る。

 ここで、漆黒令嬢が。


「"空間断裂"!」

「――ぐっ!」


 台詞と共に、右腕の虚空の亀裂が実際のものとなり物理的粉砕を起こした。灰鉄の鎧が呆気なく粉々になる。


「これが……空間干渉!? 座標破壊か!? もはや硬度なんて何の意味もないのかよ!?」


 暗黒刃アンコクノヤイバの斬撃残留も同じ原理か。

 これが選ばれし殺し屋――絶対に標的を駆逐する異能使い達。一人にすら勝てる気がしな。

 それが一〇人、冗談キツいマジで。


 諦観が心を支配する。逃亡が俺の手を取って走りだそうとしている。裏切りが俺の背中を押してくる。

 勝機は遠さかるばかり、俺は辿り着けるのか――。


「っ、どうすればいいんだっ」


 子供が癇癪を起こしたように地団駄踏んだ。


 その時、背後に人影が現れ――俺の背中に問いかける。

 聞き覚えがある。最近、一週間くらい前に出会ったばかりの知り合いとその仲間達。


「一人じゃできないことなら、皆でやればいいじゃない?」

「その声……」


 振り返れば、有崎さん。ミミーと陽輝がいる。

 咄嗟に言葉が浮かばなかった。何を初めに訊けばいいのか混乱してまとめられない。


「えっと……どうしてここに?」

「私達のために君が頑張ってんだもん。放っておけないでしょ」


 膿を晴らすような優しい声で有崎さんは答えた。顔まで金属の塊と化したのによく気づいたなあ、と関心する。

 有崎歩美は――数時間前、酷く落ち込んでいたはずなのに、立ち上がっている。

 笑い飛ばすようにミミーが、


「私達ってとっくの昔にぶっ壊れてんだよ? 今さら躊躇なんてすると思った~?」

「……僕にも相談してほしかったよ。女子にしか相談しないなんて君、もしかしてそういうタイプ?」


 陽輝君がここぞとばかりに俺を責め立てるものの、その顔は薄く笑んでいる。


「他の人がどこにいるかわからなかっただけだよ。ていうか……冷徹は?」

「さあ。連絡したけど返事はなかったよ、多分潮時だと思って遠くに行ったんじゃない?」

「血も涙もねぇな……」


 高確率が死ぬのは事実だから正しい選択ではある。

 それに口出しする権利はないけれど、言わせて欲しいところだった。

 再会の挨拶はこれくらいでいい。反対に振り向いて漆黒の令嬢に相対する。


「お仲間ですか?」

「はい、援軍です」

「それにしては少ないようですが」

「俺って人望がないみたいなんですよ」


 気の利いたことを言おうとした瞬間に右腕が復活した。


 援軍――とは言っても、俺より弱い。

 つまり、一人も足止めできないということに等しい。それでも、やって来た。それでも俺は迎え入れようと思う。


「結城君、後ろにいる靄がかかってる人達は何?」

「あれは略奪師が雇った殺し屋」

「え、あれ全員!?」


 有崎さんの驚きようもわかる。反応通りの絶望的状況。

 そして、本命は既に逃げている。


「『ラバーズ』――何かもを奪われたからっていう理由でラバーズと名乗るラバーズの人達」

「わざわざ説明しないでよ……」


 有崎さんが気まずそうに呟いた。


「三人は略奪師を追ってくれ。五分前くらいにここから現実世界に戻ったはずだからギリギリ間に合うと思う」

「待って、君は一人でここを何とかするつもりなの!?」

「そうだよ」俺は人ではない拳を握りながら言った。「有崎さんも見たでしょ。この体は絶対に死なないから、無限の囮になれるんだよ」

「だからって、傷ついていいってことじゃないでしょっ」


 涙流しそうなくらいに真剣な眼差し。

 その気持ちはありがたい。


「だけどさ、これしかないんだよ。だからさ、耐えられないっていうなら略奪師をやっつけてすぐに応援に来てよ」


 我ながら、意地の悪い言い方だ。偽善的な厄介払いをしている。

 だけど、俺は嫌々やってる訳じゃない。


「さっきは囮なんて言ったけどさ、そんなつもりは全然ないよ。勝つつもりだし、俺は、俺がやりたいからここにいるんだ。だから――」


 俺には俺の、『ラバーズ』には『ラバーズ』の戦いがある。

 交差するのは今、この時だけ。

 手を取り合えるのは今回だけ。


「――頼む、俺の代わりに略奪師を止めてくれ。そして、奪い返してくるんだ。『ラバーズ』の名にかけて」


 彼らは珍しいものでも見たという風に、互いを見合わせた。

 深く頷きながらミミーが俺の肩を叩く。


「六五点だね」

「は?」

「咄嗟にしては及第点だけど、ちょっと台詞が浅いなァ」

「何故、このタイミングでダメ出しをされなきゃならん!」


 かなり恥ずかしいし。

 金属塊になってなかったらどこかに隠れていたかもしれない。

 それに浅いなァ、の言い方よ。


「でも、わかったよ。私達は略奪師を探すよ、ここは任せたよっ」

「ミミー!」


 有崎さんはまだ納得している訳じゃなかった。うーん、確かにこれは六五点くらいかもしれない。

 陽輝君の方へ視線を飛ばすと、わざとらしく肩を竦めてきた。文句はないようだが納得をしている訳じゃなさそうだ。


「有崎さん、気遣ってくれてありがとう。でも、大丈夫だから。俺って思ったよりも強いから」


 自分の拳で、自分の頭を叩けばガーン、と鈍い音がした。

 この通り、滅多なことじゃなければダメージは負わない。さっきは次元ごとぶった斬られたけどそれは気にしない。


「心配しなくても大丈夫。ちゃんと戻ってくるから」

「でも……」

「有崎さんは何か欲しいものある? やって欲しいことでもいいけど」

「な、何それ」

「いや、次会った時にそれをやろうかなって」


 パチパチと驚いた風に瞬きをしてから、彼女は唸る。「特にないけど……」


「『私の奴隷になれ!』とか、『私のものになれ!』とかないの?」

「そんな訳ないでしょ!?」


 勿論、有崎さんがそんなことを言うとは思っていないけど。

 無欲というよりも、今までそんなこと考える余裕もなかったんだろうな。一つくらいご褒美があってもいいだろうに。 


「じゃ、じゃあご飯奢ってよ」

「……そんなんでいいの?」


 高級料理店とかじゃ、そんなで済まないけど。それだけなら俺は即頷ける。


「だって、同級生と一緒に出掛けたことあんまりないんだもん」


 並々ならぬ理由があった。

 ちょっと気まずい。


「わかったよ、一緒にご飯食べに行こう。ミミー、陽輝君も何かあるかな?」

「私達もいいの?」

「短い付き合いだけど運命共同体だから」

「そっか、私もご飯でいいよ」

「僕はハンバーガーで」

「君ら欲がないな」


 そんなことを言ったら有崎さんに君の方こそっ、と大きな声を出してきた。

 戦場のど真ん中で話し込むのもこれまでだ。


「じゃあ、達者でな」

「頑張ってね、結城君」


 三人は歩道に移動してから現実世界に戻った。殺し屋達が動く様子は見られない。

 状況は変わらないように見える、だが、俺は確実性を伴って強くなっている。盤面にキャラクターは揃ったといったところか。


「さあ、エンディングまで一直線に行こうか。面倒なのはもう勘弁だ」


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