⑪一〇人の暗殺者
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俺の目下、二〇メートル程に一〇の男女が並ぶ。全員が全員、月光の角度の問題か、陰っていて表情が見えない。
何をすればいいのかわからない、というのが結構な割合を占めている。戦うにしてもこの人数だ。
動くことのできない俺に対して、声をあげたのは青いブーツのようなものを履いている男。大学生くらいの年齢の青年だ。
「こっちが一〇人に対して一人ってのは流石にやり過ぎだと思うんだけど、皆さんはどう思う?」
口許をにやにやさせながら周りの殺し屋に尋ねる青ブーツ。
答えたのは赤いジャケットを羽織っている男。こちらは大学生を越えた年齢だろうか。
「誰でもいいだろ。とっとと終わらせよう。わざわざ無駄な時間を使う必要はない」
随分と冷たく言い放つ。
俺としては是非ともやめて欲しい。
そんな中で「それならば」と手をあげるものがいた。
「それならば私が殺りたいですわ」
真っ黒なドレスを内側から破らんばかりの胸部にある二つの丘がとんでもない令嬢――手袋からハイヒールまで何から何まで黒い女性。声色から二十代くらいだと判断できる。
だが、この人、ヤバい。
それだけは直感した。
「思ったよりも美少年だから一緒に踊りたいわ」
嬉々として、口を三日月にするその女性。
踊る、というよりも躍り狂うみたいな感じだろう。裏世界に来てまで、殺し屋になってまでそんなことするなんて趣味が悪いとしか言えない。
「私はそれでもいいです」
答えたのは帯刀している男だった。和服ならともかくカジュアルな服装で刀だ。現代のファッションを超越している。彼はあくまでも判断は他に委ねているようだ。
さらに「私もそれで結構」という声が続いた。
会社帰りな眼鏡にスーツ姿の若作りな男。平の社員っぽいけど、眼鏡越しの視線は鋭く、俺のことを視界から外そうとしない。
何だろう、この疎外感。
知らないところで事態が進んでしまうような感覚。
一歩、下がろうと意識した刹那――空から足元のアスファルトに水色の半透明な刃が突き刺さった。
「なっ!?」
「逃がさないよ」
ファッションセンス皆無なTシャツを着ている野暮ったい青年が俺に殺意の視線を向けた。この異能――さしずめソードビットと言ったところか。
残りは四人――彼らは無言を貫く。暗に了解の意思を示していた。
二メートルはありそうな巨体の男。
グラサンをかけて革製品を纏うガンマン風の男。
同年代ほどの、制服姿の男子高校生。
女子中学生くらいの女の子。
見た目だけなら、逸脱しているような点はなかった。一般人に紛れられたら絶対に見つけることができないだろう。
埋没してしまいそうな印象だ。
だが、一味違う。年季、経験の差というやつが逸脱している。
会議が終わったのか一〇人の列から、長い髪を翻しながら漆黒の令嬢が一歩前へ出る。彼女は嗜虐的な瞳を俺に向けて、微笑んできた。
顔はとても好みではあるが、そんな雰囲気ではない。
「坊や、お名前は?」
子供でも相手するような言い方。
だが、こういうタイプは逆鱗に触れたらガチギレしそうだ。用心して答えなければならない。
「お、俺は八神勇気と言います」
「勇気君、良い名前ね」
「恐縮です……」
「ふふっ、可愛いですわ」
ついつい、こけそうになってしまう。
俺は何をやっているんだ。可愛いけどさ、怖いんだよこの人は。
「好きな死因ありますの?」
「しい、ん…?」
子音だったら"J"だけど、死因っていうのは死因だよな。つぶらな瞳で俺のことを見つめている。期待の眼差しだ。
この質問――下手するとその方法で殺されるということになる。
「……脳漿ぶちまけて死ぬ……とか?」
「…………」
何故無言? と警戒してみれば。
「超気が合う~!」
「げっ……」
女子高生みたいなノリで喜ばれてしまった。怖いけど、喜ばれるのは嬉しい。
二律背反に責め立てられる俺はどうすればいい。
こんな時こそ交渉か? いやいや、一〇人じゃ絶対無理か。
「残念ながら俺の頭には脳漿なんて大層なものはありませんがね」
「そうなの?」
「そうですよ。だから頭はかち割らないでくださいね。お守りの中身みたいなものですから」
「面白いことを言うのね、ますます気に入りましたわ」
そのまま諦めて欲しいが気に入られてしまった。
黒の令嬢がそんなことを言うと、すかさず青靴の男が言う。
「殺せない、とか言わないっすよね?」
「まさか、何かも私が頂きますわ」
何もかも――あなたがの全てが欲しい、なんて口説き文句はありそうだが、この場合の何もかもは何もかもだ。
死だけなく、死体まで持っていくということだろう。
楽観はしてない。最初から戦うつもりだ、問題ない。
「じゃあ、とっとと始めましょうか――いえ、終わらせましょうか」
「ゆっくり殺りましょう?」
静かな殺意が飛んできた。
出し惜しみはしない、金属化――全身。体が赤錆の金属に作り替えられる。
我流に構えた瞬間に、両肩に亀裂が刻まれた。どころか、さらに押し込まれて半ばまで陥没する。
「え? え!?」
突然のことで驚きもあるが――。
進行形で肩に刃を押し当てられているにも関わらず、刃のその姿形がなかった。肘を折って手を伸ばすも、空を切るだけだった。
これは襲撃者の攻撃とは画する。
まるで――幽霊。
足がアスファルトに埋まってしまうくらいに重みがかかっているのに、何もない。対応すらできないので、その場から動くこともできない。
「ぐっ、これはっ……!?」
「あら? 知らないの?」
虚を突かれたような表情を見せる美女――当然、彼女を鑑賞している余裕はない。
知ってて当たり前といい反応を見せていた。
俺の知らない常識、か。基本過ぎて有崎さんやミミーから話を聞いてなかったというパターンだろうな。
肩が半分まで裂ける――。
腕が動かなり垂れ下がると、黒の令嬢は俺に近づいてくる。不思議なことに、すぐそこにいるというのに顔は陰っていて見えなかった。何らかの異能が働いているのかもしれない。
「"これ"も知らないでここに来たの?」
「ぐっっっ!」
答えられない状況で質問をしないで欲しい。
「その割に異能は良いみたいね。私の『暗黒刃』を耐え凌ぐなんて、随分硬いわ」
関心そうに呟いて俺の顔に触れる。金属化しているので感覚はない。
こんなに接近しているのなら――裏技を使わせてもらう!
肩関節を解除すれば、肩にかかっていた力ごと両腕が地面まで押し潰される。が、ボディは健在、接近している令嬢に向かって頭を振り下ろす。
金属の頭によるヘッドバット。
バギッ――!、と。
攻撃が到達する前に、不可視の横殴りにより歩道のレールにめり込む。黒のお嬢様に当たる前に、"何か"が当たってきた。その感覚が顔全体に残っている。
崩れた顔面から極小の金属塊が溢れ出す。間もなく修復が行われ、両腕も生成された。
「……まずは、推測からだ……」
敵のことを知り、自分のことを知らなければ勝てない。
黒の令嬢の異能は、不可視の二つの斬撃と殴り。俺の顔の金属を剥がしたことと、肩の斬撃からどれだけのパワーがあるかは予想できる。襲撃者の斬撃ほどの威力はないが、対応スピードは彼女の方が上か。
絶望的と思える――でも、俺の異能ならば時間はいくらでも稼げる。
「勇気君は再生の能力があるみたいね? どうやってやっつければいいのかしら?」
「俺も、わかりませんよ。何度も命を狙われましたが死んだことはまだ一度もありませんから」
「へえ、その初めては是非とも欲しいわ」
「あげませんよ、絶対に」
「なら、私は絶対に貰うと宣誓するわ」
どうだか。
俺と彼女の平行線の先に何があるのか……誰の死があるのか。
『金属再生』には再生限界が存在するが、赤錆の上位の"灰鉄"は相当の防御力がある。これは切り札みたいなもの、カードの切り方が戦局を傾ける。
他の九人は俺と彼女の戦いを見詰めている――いや、俺なんかじゃなく黒のお嬢様か。ただの高校生でしかない俺なんかじゃなく、同業の彼女の方が価値はあるか。
本っ当に、嫌になる。
自分が雑魚ということ以上に、この世界の価値が。
◎
いつになっても変わらない、俺のできること一つ。
「当たって砕けろだ!」
関節のネジを巻き上げて、力を込める。そこから一直線に黒の令嬢に向かって突撃する。
拳を振り上げるタイミングで、またしても横薙ぎの一撃が左頬に繰り出されて吹っ飛ばされる。今回は注意して見ていたが、やはり不可視の攻撃だった。
「……襲撃者の異能とはまったく違う原理のはずだ……」
起き上がって、もう一度向き合う。
だが、今回はエネルギー相手ではなく不可視の"生物的な何か"だ。
懲りずにもう一度突っ込めば、斜めに斬撃が走る――だが、威力はそこまでじゃない。深い傷ではあるが、行動不能じゃなかったのでそのまま黒の女の下へ。
「ふっ!」腹に向けて金属の拳を繰り出す。
令嬢は後方へワンステップでかわした。それに留まらず、フワッと空に浮き出した。
「良い動きですね。何も知らないにしては健闘してますわよ」
「そろそろ教えて欲しいところですがね」
「いいでしょう、お教えしましょう」
「え……」まさかの返答で声が漏れてしまう。「その異能についてですか?」
「違いますわよ。最初から説明してあげるから聞いててね?」
「は、はあ……」
戦場の真ん中で暢気なことをしているものだ。それとも裏世界はこういうものなのか。
黒の令嬢は懐から扇を取り出して口許に当てた。
そして、細い視線で俺を射抜く。
「あなたの翻弄されている"これ"の正体を端的に言ってしまえば――妖怪、ですわ。妖怪、怪異、それに準ずる何かを操る異能を『妖術』と呼びます」
「『妖術』……」
『超能力』、『魔法』に続いて『妖術』。
ファンタジックなフィクションだと魔法と妖術は似たようなものと一括りにされそうなものだがな。
幽霊みたい、ってのは適当だったとは言え的を射ていたらしい。
「そして」と彼女は扇を開いた。「妖術の特徴――否、脅威に"同調干渉"というものがありますわ」
「同調干渉?」
「ええ、つまりは"妖術使いじゃなければ、妖術使いの妖術に干渉できない"――ということです」
「妖術は妖術じゃないと対抗できない…!?」
だから、俺には彼女の異能である何かを見ることすらできない。触れることすら――。
「ええ、なので……超能力か魔法かはわかりませんがあなたの異能じゃ私の妖術をどうにかすることはできませんの。ただ私が一方的にあなたを嬲り続けるのですわ」
「ちょっと待てよ……」
おいおい、おいおいおいおい!
全身の力が抜ける。膝まで折れて倒れそうになるが、ギリギリ耐えた。使命感――がなければこのまま倒れていた。
『妖術は妖術じゃなければ干渉できない』――『同調干渉』
そんな話聞いていないぞ、真倉さん。
「そうだ」思い出したことがあったので苦味を抱えながら訊いてみる。「超能力と魔法の混成タイプはどうなんですか?」
「それが、その場合はその人の能力次第なんですわ。混成型の中には超能力と魔法と妖術が混成することもありますし」
「じゃあ干渉可能……なんですね」
創造ならば戦えるのか。そうでなくては最強は名乗れない――。
そして、黒の、真っ黒のお嬢様は俺に尋ねる。
「あなたはどれなの? 超能力? 魔法? 混成型? そしてどうするの?」
死線を交えた視線で質問をしてきた。
俺の『金属再生』がどれに属するかは俺すらもわからない。少なくとも魔法ではないことがわかる程度。
一見絶望的だ、だが、妖術に干渉できないだけ。妖怪から一方的に攻撃を受けるだけだ、俺の攻撃がなくなる訳じゃない。
隙さえあれば勝てる。
そういうことだ。いつも通りじゃないか。
「どうすると問われれば、こう答えるしかありません――どうにかしますよ」
「あなたはやっぱり面白いわ。恐れも、怯えもない、これでこそだわ! 手抜かりなく本気を出してくださいませ、そして私を倒さんことを望みますわ」
黒の殺し屋は畳んだ扇を俺に向けた。
「――行きなさい『暗黒蟷螂』!」
「灰鉄の鎧!」
やはり、見えない。
一瞬の内に赤錆が灰鉄に色を変えた。硬度が圧倒的に増す。棘の鎧に作り替える余裕はない。
「そこだっ!!!」
腕を十字に組んで胴体を守れば、そこに二つの斬撃が襲いかかる。表面には傷痕が残るが、しばらくは耐えられそうだ。
「不可視相手なら既に済ませているんですよ。手加減していると痛い目にあいますよお嬢さん?」
明らかに年上だが。
「では、これはどうですか――」
言うや否や、不可視の暴力が襲いかかる。見えないため、脇を締めて小さくなる。
痛覚はないが、脳味噌を揺らされるような痺れる衝撃が走った。首めがけて殴打されたらしい。
俺は壊れた人形のようにコテッ、と倒れてしまう。
「起き上が、れ……ない……」
「『暗黒刃』、斬りつけた場所に斬撃をしばらく残せる力ですわ。さきほどは腕が取れてしまったので効果に気づかなかったみたいですわね。流石に首を取る訳にはいかないようですし」
脳震盪でも起こしてしまいそうな一撃が残り続けているということか。
首だけ外してだと復活するのにかなりの時間を要する。
それならば下半身を主とするだけだ。
外した頭を黒のお嬢様に投げつける。彼女は危なげに左にステップして避けた。
「っと、まるでプラモデルですわね。いえ、プラモデル工場ですか」
少なからずあちらも俺の予想外の対応に戸惑っているようだ。裏世界には甦生系の異能は少ないからこういうバトルスタイルは慣れていないのだろう。
もしかしたら、彼女は俺の手の伸びる場所にいるのかもしれない。俄然やる気が出てくる。
モチベーションは大事だ。前回の件ほどではないが集中力は上がってきている。
もう少しで――使えるはずだ。もう一度あの技を。
超硬質化のスキル〈『コア・メタル・アーマー』〉を――。




