⑨足りない力
◎
襲撃者と呼ばれる能力者によって俺はバラバラに切り刻まれてしまった。だが『金属再生』により体が再構成され、無欠の身体となるはずだった――のだが。
だが、再生しない。まさか。可能性が浮上した。
"再生限界"が存在する――?
ヤバい、と思いつつも体の再生は効かず、動かすことができない。
俺をここまで追い込んだ襲撃者は足を引きずりながらツンケンと有崎さんを捉えていた。その光景を辛うじて目で追うことができた。
ツンケンや有崎さんじゃ、襲撃者に勝つことはできない。
俺が犠牲覚悟でようやく勝てる見込みが出たっていうのに、襲撃者がこんな荒業を使うとは推測できなかった。
作戦は破綻した。失敗した。
それがわかったのならすぐに撤退する手筈だが、相手はかの襲撃者。生半可に相手できない。下手に逃げるもんなら逆に先回りされるだろう。
早く、速く――治れ。
「――やく」
頭だけは繋がったが首から下がまだない。再生のスピードが今までになく遅い。
全身鎧にしたから、甦生の容量が少なくなっているとでも? 装甲は後回しだ、ます骨組みだけで形は歪でもいい。
「早く……」
ロボットのようなぎこちない動きで、関節をミシミシ言わせながら襲撃者を追う。血を頼りにして後を追う。
自壊寸前の体で追い付いたその時には遅かった――その瞬間にもう終わっていた。
逃げていた二人の男女の内、女の子が狙われていた。あの状況では『念力』の使い手を先に対処するべきと襲撃者が判断したのだろう。
来た時には既にツンケンは心臓の高さで真横に真っ二つにされていた。有崎さんを庇うようにして前に出た彼は斬撃に殺された。
「あ、ああぁ……」
二回目だ、有崎さんがツンケンに手を伸ばすのを見るのは。
だけど、今回に関して彼は確実性を伴って死亡していた。この後甦ることは決してない。俺じゃないんだから――。
赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。
血が赤くて、液体だった。
鉄の塊じゃなく、鉄分の塊。
遅過ぎた。これ以上なく早く来たのに遅かった。
俺の預かり知らぬところで全てが終わってしまった。またもや、立ち会うことができなかった。
心の中で叫んだ。
ああ、遅かったんじゃない――今度は弱かったんだ。
無知以上に脆弱だったんだ。
裏世界に来たばかりの典型的な異能使いと何ら変わらない。特別なんてものはなく、知り合いにすごい人がいただけの一般人。
「何にもできないけどさ……」
ここに来ては、立ち止まることも、何もせずにいることもできなかった。
襲撃者は改めて有崎さんに狙いを定める。
俺も立ち塞がるように前へ出た。ツンケンは手遅れだが、せめて有崎さんだけは助けなければならないかった。
こかはもう絶対に越えてはならない一線の上だ。
「もう来たのかよガラクタ風情が」
「あなたも……」
彼の右膝は砕けているにも関わらず、現に立っていた。意思というやつなのか。
襲撃者は三日月形の不可視の斬撃を握る。
俺は徒手、空拳。ロボットの骨組みのような細い腕で何ができるのか、どこまで耐えられるのかもわからない。
一歩踏み込んで拳を突き出す。
襲撃者は回避できないし、そもそもしなかった。斬撃剣が振るわれる。
体の細さを利用して射程不明の攻撃を避けた。カウンターでもう一度、拳を飛ばす。
斬撃の形が変わり、俺の腕を囲う。段階的に腕の骨組みが削れていって最終的に右腕が弾け飛んだ。
だが、それは予測できた――予測した上で、体を軸に回転し、左腕を襲撃者に向かって叩き込む。
「があぁぁッ!?」
金属の手は奴のこめかみに激突し、痛みと衝撃に声が上がった。だが、それは襲撃者には折り込み済み。
刹那には、俺の体はバラバラになっていた。細くなった分、簡単に人の形を失ってしまった。
「はあ、はあ、はあ……」
襲撃者は頭から血を流した。頭を押さえながらそのまま膝をつく。限界が来たようだ。
有崎さんは、ツンケンの下で呆然と座り込んでいた。声を出すことなく涙を流して、ただ座っている。
ダメだ。有崎さんは、少なくとも今は無理だ。何もできない。
俺が運ばなければ、ずっとここにいるだろう。
どこにあるとも知れない歯車の核が音を出して回り出す――カチッ、カチッ、と。これを聞いたのは――吉田邸宅以来。
赤錆の金属の強さを表している。今にも砕けそうな錆色。もっと硬く――強くならなければならない。
「――三回戦目だ」
「くっ、さっきからしつこいんだよおおおおおおおおおお!!!――あっ?」
怪我をしているとは思えないスピードで後方を振り返った襲撃者、だが彼の視界に俺はいない。文字通り、欠片すらも存在していない。
「俺は――今までにいくらかの異能使いと出会ってきた。とても勝てるようなやつらじゃなかった、だが、生き残っている。勝てずに、負け続けている。だが、積み重なっているんだ」
襲撃者、強力な異能使いだ。
だが、俺は今までこいつに匹敵するような人々と戦ってきたんだ。ずっと負けてきた。だが、無駄なことじゃなかったと今証明されたんだ。
今こそ、追いつく時――。
「次は負けない……」
心臓の歯車が回り、再生する。
俺の全身は金属鎧で覆れた。色は灰、錆がなくなっている。関節がパーツを軋ませ駆動を始めた
棘の意匠が為された禍々しい鎧。
右手に鉄剣を生成し、襲撃者に突撃する。
感情で痛覚を押さえつけ、不可視の三日月剣を両手で迎え撃ってくる。怒り咆哮で折れにぶつけてきた。
「知らねぇよ! お前らが裏世界の秩序を崩壊させた張本人だろうがッ! ガキの我が儘なら表でやっとけよッ!」
「ぐっ……!?」
鈍い余韻を発して、灰色の剣が切断され、そのまま俺の体にまで斬撃を刻んだ。だが、そこで動きは止まる。
「耐えきった」
「なッ!?」
三分の一ほどの長さになった剣で襲撃者に振るった。完全に内側に入っている。
奴の左肩から右脇腹を裂いた。夥しい量の血が溢れ出す。
「うあぁぁぁ……あ……」
襲撃者は腕をだらんと下ろす。異能も解除されていた。
間もなく、突発的な大量の出血のためか白目を剥いて仰向けに倒れた。
殺してはない――まだ、生きている。
俺は短くなった剣を足下に放り襲撃者を介抱する。
とは言っても血を止めるように布を巻き付けるだけ。素人ができることなんてたかが知れていた。血が止まらない。
「裏世界に病院ってあんのかな……闇医者とか真倉さんに派遣してもらおうか」
闇医者というか、裏世界専門か。せめて医者免許はあって欲しいところ。
血が漏れないように二重に布を巻き付けて処置を終了する。
戦闘は終わったので金属化を解除し、人間の状態に戻る。外層の金属板が外れると、内側から現れたのは私服姿の俺。
俺はツンケンと有崎さんのところへ向かう。何と声をかければいいんだ。
「有崎さん……」と声をかけたが見向きもせずにツンケンの上半身を抱えている。「有崎さん――有崎歩美!」
「あっ……」
大声に体を震わせ、今、気づいたように俺のことを見上げた。
黒く変色し始めている血液の源流――ツンケンと呼ばれた男は死んでしまったのだ。彼らの仲間の冷徹と呼ばれる少女の異能でも、死んでしまったら元に戻せない。
「有崎さん……」
「あっ、あああぁぁ!」
「歩美! 落ち着け!」
「あ、あああ……っ」
悪いと思いながらツンケンだったものを退かして、有崎さんを抱き留めた。ゆっくりと熱を込めながら、背中を擦って落ち着かせる。
それでも、彼女は精神が崩壊したように呻き声をあげ続けた。
「何なんだよっ! 有崎さんはっ!」
裏世界に染まったと思って心を黒く染めていたというのに、仲間がこうなったら壊れてしまった。
いや、違うか。
そうなるしかなかったんだ。
人間が死んで落ち着いていられるのは異常なことだ。彼女は普通なんだ――。
幼馴染を失っても涙を流さない俺とは違うんだ。
仇を前にして許す俺じゃないんだ。
亡骸をここに置いて帰るのは忍びないが、今はここを離れることが先決だ。襲撃者も気を失っているだけでいつ目覚めるかわからない状況。
「荒山市なら俺の家だな……」
有崎さんをお姫様抱っこし、南木市にある裏世界における実家へ向かう。いつしか俺の胸の中で有崎さんは眠っていた。
魔神の手によって破壊されたはずの南木市は以前よりは復興していた。正確には、現実世界に影響されて反映されつつあるのだ。
いつしか、何もなかったかのようになるのだと思うと、少し――何だ? これが郷愁というやつだろうか。
さておき、歩いて二〇分もしない内に住宅街に辿り着いた。鍵はかかっていたので鍵穴を破壊して侵入する。
「自分の家だから別にいいはず……」
罪悪感に苛まれた。
二階にある自分の部屋のベッドに寝かせて介抱の準備をする。濡れたタオルや飲み物や水、着替え(母親の服)。
それから書き置きを残して再び襲撃者のアジトへ向かった。軽く走ったので一五分ほどで到着。
「――逃げたか……」
襲撃者が倒れていたはずの場所には、彼の血痕しかない。まだ乾ききっていないのでそう時間は経っていない、追うことは可能だろう。
だが、ツンケンを弔うのが先だ。
土を掘り返して埋めるというのはどうなんだろう。
では、燃やすか? それを直接見るのは嫌だな。
すると、足音が近づいてきた。敵意も害意も感じない。振り返ってみる。
「ミミー」
「…………」
後方で待機していたはずの他のメンバー。作戦が失敗したら解散するはずだが、戻ってきたのか。
彼女は無表情のままツンケンの遺体近づいて、屈んだ。
ミミーは苦々しい笑みを浮かべながら呟いた。
「あーあ、死んじゃったんだ……何やってんのか……」
冷たくなった頬を愛しそうに撫でている。
俺は、不意に尋ねていた。
「好きだったの?」
デリカシーが欠けた質問だと後から気づいて、取り繕ろうとしたがミミーはあっけらかんと答え始める。
「そうだね、好きだったよ。それは恋愛感情とかじゃなくて、仲間として友達としてだけどね。裏世界に足を踏み入れてからは恋愛なんて絶対無理って切り捨ててたから」
「そうなのか……」
「何か言いたいことでも?」
「ツンケンの方は好きだったのかなって思って」
「どうだろうね。だとしても――言えないだろうし」
「だな……」
命懸けの戦いをするというのに恋にうつつを抜かすなんてしていられない。それに死亡フラグが立ってしまう。もう、死んでしまったけれど。
「鮎のこと好きだったのかもよ? 庇ってたし」
「そっか、見てたんだ」
「うん……結城君は、よく生きてたね」
「自分でもびっくりしてるよ」
それは本当にそうだ。
ミミーは立ち上がってまた別の血の池へと向かう。
「襲撃者は逃げたよ。表の世界を経由しながら安全地帯に行ったのかな」
血の痕が途中で途切れているのでそうなのだろう。
再び、俺と隣り合うようにツンケンの元に屈んだ。
「『氷』」とミミーが手をかざすとツンケンは瞬く間に氷に包まれる。
「すごいな……」
「いやいや、結城君の金属化の方がヤバイから」
そういえば、最初にバラバラにされた時のパーツってどうなってるんだろう。骨格だけの未完成の修復だったから金属塊が残っているはずだ。
辺りを確認してみたものの該当パーツは存在しなかった。血液の代わりの極小の赤いナットも見当たらない。
「……何で道路に頬擦りしてんの……」
「違う! 探してたんだ!」
そんなことしたらまた血が出るじゃないか。
襲撃者が回収したという線は少ない、自然消滅したと考えるのが妥当なところだろう。
ツンケン――。
俺の視線に気づいたのかミミーは言う。
「ツンケンのことは任せてよ。結城君は鮎のことお願い」
「わかった。でもその前に――」
俺は襲撃者がアジトとしていたマンションに行く。
襲撃者はあくまでも殺し屋でしかない。本丸のアジトならばラバーズを狙っている"依頼人"の情報があるかもしれない。
ミミーと別れて俺はマンションへ向かった。
「って、階段はぶった切られててエスカレーターは動かないんだった」
一旦、現実世界を経由して上階へ進む。大体の階数は覚えているのでそこのフロアの部屋を虱潰しすればいい。
ドアを破壊するとか罪悪感がすごい。自分の家ならともかく他人のマンションだぜ?
「し、失礼しまーす……」
罪悪感を抱きつつノブを捻ると――爆発が起きた。
密閉された部屋から逃げるように正面の扉に向かって灰色の力が飛び出してきた。
俺は、咄嗟に横に避けたので事なきを得る。
「つーか、失敗した……」
罠がないとは思わなかった。でもこの『金属再生』があれば余裕で越えられると考えていた。俺は大丈夫でも情報は爆発したら大丈夫じゃない。
一応中には入ってみるも炎が盛って、煙が立ち込めている。この有り様じゃめぼしい情報は得られないだろう。有崎さんのことも放っておけないので行きと同じようにランニングで自宅に戻った。
「ただいまー」
自室に行けば、有崎さんは目覚めて、水を飲んでいた。
発狂とかはしていない。とりあえず落ち着いているみたいだ。
木製の回転椅子に腰をおろしながら尋ねた。
「有崎さん、落ち着いた?」
「うん……」
その返事はとても弱々しかった。聞き方によっては冷淡に聞こえたかもしれない。
冷淡と言えば――陽輝と冷徹は何をしているんだろう。
しばらく無言が続いた。何かを話そうともツンケンを引き合いに出さなくてはならないためだ。
時刻、午後〇時過ぎ――。
有崎さんはベッドに潜りながら口を開いた。
「――襲撃者はどうなったの?」
「逃げられた」
「そっか」
やはり、希薄に聞こえた。
殺すチャンスはあったが俺はとどめを刺さなかった。だから、逃げたんじゃなくて、逃がしたということになるのだろう。
依頼さえなければ戦わなくて済んだんだ。
本当の敵じゃない。
昨日、真倉さんから届いた手紙にこの件の真相が記されていた。
「あいつは違かった。本当の敵は――自分勝手な大人共だ」




