⑧決戦まで
◎
「正直言って『ラバーズ』だけで何とかするのは絶望的だ。それは言うまでもなくわかるだろ?」
俺は該当メンバーを睥睨しながら言いのけた。思うところがあって彼らの活動に協力することにしたのだ。
しかし、周回遅れ感は拭えない。ラバーズは最終目的を果たすことすら難しい弱小組織なのだ。
俺はその問題を十把一絡げにしようとしている。若干煽り気味になるがこれくらい言っておかなければならない。
メンバーの中で一番反抗的なツンケンとやらが文句を言ってくる。
「偉そうだなお前! 勝手にしゃしゃり出てきてんじゃねて!」
「重々承知だろうな。だから今回は俺が協力する、何とかできると思う」
「無視すんじゃねえ!」
今にも飛んで襲いかかってきそうな反抗期的な少年を軽くスルーして俺は続ける。
「この件は俺達が思ってるよりも際どいものらしいから、解決にもそれなりの犠牲が出るはずだ。その覚悟がある者には俺は全てを持って報いるよ」
大袈裟な言い回しだが、覚悟と言うなら俺もしている。ことが俺だけの問題じゃないだけに俺も細心の注意を払う必要があった。
茶髪ポニーテールのミミーが俺に怪しい目付きを向ける。
「怪しい……」
「そう言わないで欲しいけど。信用してもらえるなら何でもする意気込みだよ」
「意気込み――保険かけるねえ」
何でもできる、なんて言ってしまったら嘘臭さが増すってものだ。
「できないこともあるから」
「ふぅん」
「えっと、結城君だっけ? 何で僕達を助けてくれるの?」と問うたのは陽輝という名の優男。滲み出るイケメンオーラがすごい。
「それは事情があるとしか言えない……」
「ほら! 信用できねぇよ!」とここぞとばかりに反抗してくるツンケン。俺どころか他のメンバーまで華麗にスルーしていた。
「そちらにも理由はあるのね。流石に途端に信用することはできないけど僕は鮎を信じてるから」
「陽輝君……!」
有崎さんは嬉しそうに陽輝君のことを見つめた。もしかしたら懸想しているのかもしれない……なんてな。
そして、五人目の少女。表情が限りなく薄く、自然と暗い印象を覚えるが瞳には確固とした意思がある。初対面で言葉も交わしてないが不思議な印象を受ける少女。流麗な黒髪が膝近くまでだらりと垂れ下がっている。
「私はどっちでも」
彼女は冷徹に言い放った。
優柔不断という訳じゃなく、本気でそう言ってそうだ。
ツンケンとミミー、有崎さんと陽輝君とやらの陣営で分かれてしまった。これじゃあ多数決できない。
そこから、しばらくいさかいがあったが有崎さんが二人を説得してみせた。ミミーは物分かりが良い娘のようだ。
「俺はまだ認めた訳じゃねぇからな!」
「…………」
ツンケンのことはさておき、だ。
もうすぐ夜の七時になってしまう時刻、腹も減ってきたので俺は帰ることにした。
「時間も時間だから話し合いは明日にしようか」
「ふざけんな! 時間がないっつってるだろ!」
「大丈夫だよ、絶対に」
「何を根拠にッ!」
「真倉黒也と言えばわかるかな? 俺は彼と知り合いだから。襲撃者の居場所を探るなんて訳ない」
「!?」
この名前どんだけ効果があるんだよ。
まるで虎の威を借る狐だ。自分が小物に見えて仕方ない。次からはやらないようにしよう、相手によっては殴られるだけじゃ済まないな。
俺が拉致監禁された場所にメンバーを呼び出してもらった訳で俺は未だに所在を知らなかった。
「有崎さん、ところでこのマンションってどこなの?」
「小平駅の近くだよ。結城君の家からはそれなりの距離あるのかな?」
「ちょっと案内してよ」
「え……」
「いや、俺土地勘ないからさ」
「ああ、そういうことね」
「……何を考えてたんだ……」
◎
俺と有崎さんは小宮駅にいた。
裏世界ではなく現実の話だ。仕事終わりの大人や、部活帰りの高校生が駅から雪崩出ている。こんな暑さでもティッシュ配りや献血の人も働いていた。
何となく辺りを見回しながら有崎さんと並んで歩く。
「逆側の出口に出るのも大変だな」
「人混み嫌いなんだっけ」
駅に併設されているショッピングセンターや改札の前を通って逆側の出口へ向かっていた。
俺は歩くスピードが早いタイプなので後ろに有崎さんがいる状態になっている。混んでるだけあって後ろを振り返ることもできない。
ちゃんと着いてきているのだろうか。
「……有崎さん、大丈夫?」
「ん? 何か言った?」
足音や構内放送だけで会話もままならなかった。
こうならったら仕方ない、正当な理由があるのだならおとがめはなしだ。
俺は無言で有崎さんの手を取った。
「えっ」と声が聞こえたような気がしたがこの人混みの中から出るまでは無視するしかない。
エスカレーターに乗ることでようやく落ち着くことができた。左側のレーンに乗ったところで足を止める。
「ふう……息が詰まりそうだったわ」
「そ、そうだね」
手を勝手に繋いだから何か言われると思ったがおとなしい。裏世界ならともかく現在世界でならそれなりに自制するということか。
一応謝っとけばいいかな。
「ごめん」
「……何が?」
「手」
「あ、それね……いや、こっちも助かったから……」
顔を赤くしながらお礼を言ってきた。
人前で手を繋ぐことに抵抗があるらしい。俺なんかとこんなことをするのを見られるのは恥ずかしいのだろう。
まあ、減るものじゃないからいいよな。
エスカレーターが降りきったところで駅前なので混んでるのは変わらない。俺は大袈裟に肩を落とす。
そして、有崎さんに手を差し出した。
「もう一回切り抜けよう」
「う、うん……」
そんな緊張されるとこちらにまで伝わってきそうなんだが。
しかし、手を繋ぐなんて幼馴染相手で飽きるほどしたというのに意外と慣れないな。あの時は俺が引っ張られていたような気がする。
よく思い出せない。人間の記憶力とは夢以上に儚いみたいだ。
やがて、人垣を越えてマンションまで辿り着いた。
「ありがとう、有崎さん」
「ううん、これくらい大したことじゃないよ」
「そっか……」
挨拶する間もなく彼女は煙のように消えてしまった。裏世界から家に帰るらしい。
マンションの入口の自分の部屋の郵便箱を確認すると封筒が一通。宛名も住所も書いてないのでここに直接出されたのか。
部屋に帰ってから中身を確認する。
入っていたのは地図とB5サイズのコピー用紙。
「これは……真倉さんからか。もう襲撃者の本拠地調べたのかよ……というか俺の住所まで」
地図が示しているのは南木市の隣の荒山市。近くに住んでいただけあって何回か言ったことはある。数えるほどなので土地勘があるという訳じゃない。
B5の紙に書いてあるのは裏世界で起きている魔神を中心とした騒ぎの詳しい内容だった。
目を通せば『ラバーズ』が足を突っ込んでいる事件に符号していることも多かった。
「そういうことか……」
別口だったはずの事件が重なりあって複雑になっている。これを真倉さんなしで解決するのは不可能だったな。
事態は俺が頑張ればいいとかそういうレベルではなかった。
「情報はやっぱ大切だ。土曜と日曜の二日で行けるか?」
襲撃者相手に、俺や『ラバーズ』のメンバーがどうしても勝てる気がしない。入念に作戦を練らなければならない。
だが、彼らはその作戦を練って失敗したのだ。即興の割には足並み揃っていたようだがその程度じゃ出し抜かれるのがオチ、しかし時間はもうない。
「まぁ、何とかするしかないよな……」
無為に考えていても良策は思い浮かばない。全ては睡眠で頭を休ませてからだ。
◎
一介の高校生に作戦、どころか戦闘なんてものはできやしない。
残念ながら俺は物語の主人公のようなひらめきもなければ、チート級の能力を持っている訳でもない。
普通よりも少し劣っているシャバい高校生に過ぎない。
それでも、やらなくてはならないのが世界の残酷なところだ。
稚拙な組み合わせによって成り立っている作戦を遂行しようとしていたらそんなことを思った。
失敗したら仕方ないじゃ済まないな、と。
その責任を俺が負う。
俺の命じゃなく他人の命の責任だ。まるで真倉さんみたいなことをしているようだった。
土曜日、午前九時頃、荒山市内にある某マンションの前にて俺とツンケンと有崎さんは待機していた。
真倉さんから得た情報によって突き止めた襲撃者のアジト、いや住居だ。
待機座標は当然、裏世界――。
襲撃者が出てきたところを叩くという単純明快かつ、脳筋な計画の下にここにいる。無理筋とは言ったものの撃破だけならそう難易度が高いものでもない。
ミミーと陽輝君はさらに離れたところにて待機し、適宜に行動する役割。
「おい、お前……本当に"あれ"ってできるのか?」
ツンケンが不満たらたらに訊いてきた。あれのことか。
「試してないから多分としか……」
「おい!」
「でも話を聞く限りじゃ抵触しないと思うんだよ――って早速お出ましだ」
裏世界では電気は通っていないのでエレベーターは使えないため、階段を使わなければならない。非常階段を揺らしながら男が一人降りてきていた。
俺が合図すると有崎さんは襲撃者を見据える。
異能『念力』だ。非常階段の鉄骨が異様にぐらぐら揺れ始めた。
「な、何だこの揺れは!? まさか!」
襲撃者も自分が襲撃されるとは思ってなかったのか驚きを声をあげる。これで始末できればいいのだが、この程度の危機は余裕で脱却してくる
鉄骨が崩れる去る前に手近なフロアに入っていった。
「よし、ここまでは計画通りだな」
「建物の中に入り込むって危ないよ」
「俺だからできるんだ、というか俺しかできない」
「甦生するからって痛みがない訳じゃないんでしょ?」
有崎さんはやたら心配そうな声をかけてくるが俺の『金属再生』は痛みもない。まさに甦生するだけの強能力。
「ま、気楽にやるさ」
「結城君……」
軽く手を振って俺はマンションに足を踏み入れた。階段が壊れた以上下階に行く方法は限られている。
部屋のベランダの床にある階段を使うかもしれないし、布でロープを作って窓から脱出するかもしれない。
だが、俺が襲撃者ならそんな面倒なことはしない。予想外かつ、スピーディーな方法を取るだろう。
バゴッ、と床が揺れた。
音は連鎖して上から近づいてくる。
一階の天井に正方形に亀裂が入ったのも束の間、瓦礫の煙を巻き上げて襲撃者は現れた。
「やっぱり天井をくり貫くよな」
「お前は……!? そうか、ということはあいつも生きているんだな……」
俺のことを見ただけで何かも察したらしい。『ラバーズ』から奇襲されたことにも気づいた模様。
油断は消えた。
だが、余裕感のような圧倒的な何かは溢れているような気がする。ああ、気がするだけだ、俺にはオーラなんてわからない。
「さあ、始めましょうか――金属化、全身」
いつも自分自身で能力をもて余しているという意識を持ちながら使っていた。それは体が金属と化して甦生する、その応用の方法が思いつかなかったからだ。
だが"再構成"すると考えたらすんなり受け入れられた。
自分の体を全て金属に置き換える。
これが俺の正しい力の使い方。
「――全身鎧〈赤錆〉」
腕どころか、頭も内臓も足も骨すらも金属。場所を問わず錆びた金属と化している。人間の名残はどこにもない。
「鉄人と言ったところかな」
「体が鉄になったから何だ? お前の金属では俺の刃を受け止めることができないのは既に証明されている」
「そうかな、それは試してから言って欲しいところです」
俺は右手に剣を生成して思い切りぶん投げた。
襲撃者は斬撃を飛ばし剣を真っ二つにする中で俺、はマンションの外に出た。外部ならツンケンと有崎さんの協力を得られる。
「この通り一刀両断だ。無駄なことをするなよ、面倒臭い」
「パス!」
襲撃者が何か言っていたが俺は無視して声を張り上げる。さすれば放物線を描いてハンマーが俺の手元までやってきた。
「――行くぞっ!」
掴んだ勢いで回転し、遠心力を足して襲撃者に向かってスローする。
「無駄なことって言ってるだろっ!」
高速で進んでいるハンマーも斬撃を受けてしまえば真っ二つにならざる負えない。ただし――。
「――当たればな?」
俺が不敵に笑えば、ハンマーは軌道を変わる。飛んできたであろう不可視の斬撃を避けたのだ。そこから襲撃者の頭部を狙うように角度が変わる。
これは『鉄槌投擲』の能力発動条件の抜け穴を応用した攻撃方法。
「何ぃッ!?」
斬撃が間に合わず襲撃者は自らの腕で頭を覆った。ビキッ、と骨にヒビが入る綺麗な音がする。男は当たったハンマーを激情に委ねて八つ裂きにした。
使えなくなった片腕をぶらんと下ろしながら、襲撃者は俺を睨む。
「狙った場所にハンマーを当てる能力――条件は投げたままで干渉を受けてない状態。エネルギーがゼロになれば操作できないが、物体に当たってエネルギーが半減しただけならば操作続行は可能だ……お前は今、定義上人間じゃないということか!」
種明かしするまでもなく襲撃者は全て当ててしまった。
もしかしたら全てを金属状態にすればオブジェクト扱いされるのではないかと予測した。ならばツンケンの投げたハンマーのエネルギーをゼロにしない限り中継となれる訳だ。
「思いの外あっさりバレましたが対応できるかはまた別の問題ですよね」
そう言ってる間にもどこかからハンマーが飛んできた。
振りかぶるモーションをすれば手の中に挟まるようにハンマーが差し込まれ、襲撃者に向けて投擲される。
その数は三。
斬撃を避けながら襲撃者の周囲を回って翻弄している。
とても攻撃に専念していられないはずだ。これは一隅のチャンス。
襲撃者に向かって飛び込めば、斬撃は飛んでくるが俺の体を切り裂くほどの威力は出せていない。
ハンマーと俺を同時に対処することはできてない――。
パンチではなく、力任せの殴打をかます。
バツッ――、と。
襲撃者に激突する寸前で手首が切断された。こちらに出力を上げたみたいだが、その分ハンマーの対応が弱くなる。
「――っぐ!」
切断の脇を抜けたハンマーが腹部を突く。今度は気味の悪い音がした。だが、一撃覚悟で飛んでいた全てのハンマーは対処される。
だが、この結果なら十分重畳だ。
「ぐッ、お前だな。お前が現れてから難航し始めた。疫病神か何かか?」
「裏世界ですよ、自分の都合の良いことばかり起こるとでも」
「いいや、言っただけだ。運が悪かったとな。こんなことになるなら――……」
何かを言いたげだったが中断する。この瞳を見る限り、何を仕掛けてくるようだ。
ハンマーが飛んでくる。手を伸ばしてキャッチする――前に斬撃がそこに飛んできた。間一髪で手を引いたのでこちらは無傷だがハンマーは容易く両断される。
「軌道を読むこと自体は確かに簡単ですね。中継地点は必ず通らなければいけませんから」
「この程度の依頼で本気を出さなければならないとは……」
敗北フラグみたいなことを言う襲撃者。何か仕掛けてくるのは間違いない。
赤錆の剣を生成する。同時に四つのハンマーまで空から降ってくる。
俺の下まで向かわず、そのまま襲撃者を標的としている。続くように俺も走った。
「嘗めるなよ――」言いながら襲撃者は剣道のような構えをした。
投げられたハンマーは各々、頭、腹部、左腕、右膝を狙うように道を分ける。
その対応をしている間に俺が正面から切り裂く狙い。
驚くべきことに、襲撃をは避けなかった。頭を振って額で激突を相殺し、筋肉に力を込めて腹や腕で耐え、膝に至ってはただ受け止めただけ。
その間、斬撃は使っていない。
チャージされている――不可視の斬撃を握って剣としている。斬撃そのものを形にしたもの、斬撃剣といったところか。
明確な意思を伴いながら振り下ろされる。錆びた剣の腹で受け止めるが一瞬で両断された。それどころじゃない体ごとだ。
呼吸できない――目が見えない――体が動かない――声が出せない――生きられない――。
「「違うな」」
二つの体から半分ずつ声が発せられた。二つの体から半分ずつ声を聞いた。
不思議な気分だったが、どうやら俺は真っ二つになっても意識を保ち続けていた。襲撃者の方ははもっと不思議だろうな。
左側の俺は左手を伸ばし、襲撃者の肩を掴んだ。
「化け物めッ」
「俺はただの鉄屑だ」
小さい、赤いネジやナットを体から吹き出しながら、右側の俺は右腕を突き出す。
その時、襲撃者は呟いた――。
「『三日月』」
不可視の風が吹き込み、鉄の体が根こそぎ横三二分割された。手頃なサイズに等分された俺は金属塊と成り果てる。
これは前回戦った時と同じ技か。全身金属化しても耐えることはできないみたいだ。
襲撃者は再び不可視の剣の形を変えて、上下左右に乱舞する。ルービックキューブ大の鉄はなす術なく細切れた。
瓦礫の中で辛うじて残っていた眼で視線を回せば襲撃者は俺から離れてツンケンと有崎さんの下へと向かっていた。
手を伸ばそうとしても手は伸びず、動こうと思っても俺は動けなかった。
意思なぞ、裏世界では役に立たないのか。強さ以外に必要なものはないのか。




