③思い出の公園
◎
日曜日、幼馴染とのデート。
ショッピングセンターで買い物をするだとか。詳しいことは愛に任せているので俺は知らない。
一応、人目もあることだし服装には気を遣った。元々そんなに種類を持っていないので大したものじゃないが、愛と歩きに相応しいくらいにはな。
隣の家から愛がやって来るのを待つこと一〇分。
可愛くおめかしした幼馴染――。
「待たせちゃったかな?」
「少し待った」
「前は今来たところって言ったのに……」
「嘘吐いてもしょうがないじゃん」
待ったから待ったと言っただけ。
嘘吐くのと、好感度を上げるのとは釣り合いが取れない気がする。
白のノースリーブブラウスに淡青色の長めのスカート、ハンドバッグを肩にかけている。血色の良い白い腕が晒されていた。
スカートをつまんでそれらしくポーズを取る。
「どうかな?」
「ん、綺麗だよ」
似合ってるよ、と迷った。
服の誉め言葉としてではなく、って感じだが。愛は制服を着てたって可憐である。
「ふふ、ありがとね。海斗君もカッコいいよ?」
「そうかな」
歯を浮くような台詞をよく云えるものだ。流石の俺も可愛い可愛いと口にするのは憚られるというのに。
勿論、言われて嬉しいけど。
バカップルみたいな誉め合いは適当なところで切り上げて徒歩にてショッピングセンターへ向かう。
「そういえば昨日地震あったよね」
「そうだっけ?」
愛は気づかなかったのか。
揺れ自体は弱かったからそれも仕方のないことだろう。
知らないならこの話は終わりだ。
二〇分ほど歩いたところでショッピングセンターに辿り着く。休日というこでそれなりの人混みだ。
場所によっては手でも繋いでなければ寸断されるかもしれない。
地図を見ながら俺は尋ねる。
「どこに行こうか」
「まず……服を見に行こうかな」
女性服屋なので俺としてはかなり気まずい場所である。
しかし、俺と同じような境遇のやつもいるようで少しは肩が軽かった。
さりげなく周りに視線を飛ばしていると愛が服を二つ持ちながら俺の前まで来る。
「どっちが良いと思う?」
「いや、それは――」
ここでどちらも似合ってる、と言うのが正解じゃないことはわかる。要は俺と愛とのシンクロ率の問題だ。
彼女の中にある想定を答える必要がある。
正直、どっちもよくわからない。
薄い黄色か、ピンク色か。
「こ、こっちのピンク色の方……かな?」
「そっか。じゃあこれ買おうかな」
「それは良かった」
定番イベントを何とか突破し、会計を待つこと数分。同じフロアにある別の店へ足を運ぶ。
枕専門店なんかあって最先端だなと思うも、こんなところにもドラッグストアはあるし割と節操がない。
「海斗君何も買ってないね。欲しいものないの?」
「あー、あんま物欲ないからな。大体揃ってるし」
一番お金がかかりそうな娯楽に関してはスマホで完結してしまう。最近は漫画配信サービスも結構あって無料でウマウマできるのだ。
手元にあるお金も親が稼いでくれたものだからあまり浪費する訳にもいかないからな。
それからしばらく、目的もなく歩いていたら、ふと目につく。
ショッピングセンターはドーナツ状の吹き抜けになって上階からは一階を見下ろすことができるのだが、そこにあるステージにマイクを持った女の子がいる。
「あれは……」
「地方アイドルってやつだよね」
金髪で赤い衣装を纏っている。
見た目は興味を引くものの、何となく印象には残り辛く。
ありふれたと言ったら失礼かもしれないが、今時珍しくもない特性。
まあ、なかなかできることじゃないから馬鹿にはできない。
「ああいう人って何を目的にアイドルしてるのかな」
「有名になりたいんじゃない? アイドルって言ったらわかりやすいし、手っ取り早いからね。目的を達成できるかどうかは一概に言えないけど」
「将来が心配になるな」
「好きなことしてるんだし余計なお世話じゃない?」
「その通りではあるんだけどね」
好きなことをしているのなら責任もその人のものだ。生活がとんなに貧しくても、人から馬鹿にされても自業自得となる。
成功しなければ――なんて考えてしまう。
知らない人でも悲劇に見舞われるのは見たくないものだろう。
それから、昼ごはんを食べて適当に店を回った。
あっという間に時間は過ぎて夕方となる。未だ明るい空の下、帰り道を歩く。
手には数多の店の袋。男なので荷物を持つよ、と提案したが両手どころか肩まで埋まるとは思ってなかった。
次から、女子と買い物に出かける時は気をつけよう。
愛は俺の顔を覗き込むようにして訊いてくる。
「今日楽しかった?」
「楽しかったよ」
「本当?」
向けられるのは、真剣な眼差しだ。
もしかして気にしてたのか? 欲しいものないのかと訊かれもしたしそういうことだろう。
気を遣わせてしまったみたいだ。
「本当だよ。まあ……あれだよ」
「ほらっ、何か言いたいことあったんでしょ!」
「愛と出かけられること自体が楽しかったっていうか、嬉しかったというか……」
「えっ……そうなんだっ……嬉しかったんだっ……」
顔を赤くしながら、愛は俺の先をスキップした。
その姿は純情可憐な乙女そのもの。
俺にとって彼女は、世界を輝かせる宝石。
だが、同時に勿体ないとも思う。遠出見てるだけでも良かった。
これが何という感情から来ているのか自分でもわからない。
しかし、答えはでなくてもいい――。
そんな気がした。
考えようとしても、言葉は霧散する。
やがて、脳裏に『裏切り』という言葉が浮かんだ。
「…………………………」
「どうしたの?」
「んー、忘れた」
「急に?」
「人生そんなことばかりだよ。未来予知なんてできないんだから」
俺が投げやりに言うと、愛は肩を竦めた。踵を返して俺に向き直る。
「海斗君にはもっと楽観的に生きて欲しいな。未来の心配ばかりしててもしょうがないでしょ?」
「それは日高さんにも言われたけどさ……別に毎日毎時毎分毎秒考えている訳じゃないよ。ただ漠然と不安になることがあるんだ。知らない内に何かが終わってしまうんじゃないかってさ」
「何か……?」
「それがわからないから戯れ言でもあるんだけどね。知らないことを恐れてるだけなんだよ」
そんな風にして一七年生きてきた。
不安に苛まれながら、何だかんだやってこれた。ならば無駄な心配なのだろう。
終わってしまえば、何でも呆気ないから――。
「俯瞰し過ぎて、客観的に見れてない感じだね」
「毎日満足はしてるからそんなに気を遣わなくてもいいよ。だってほら」
俺は空を指差した。積乱雲から覗く青空目掛けて。
「こんなにも綺麗じゃん」
「……そっか」
不思議そうに目を丸くしたが、すぐに笑顔になった。俺も釣られて頬が緩んだ。
再び、住宅街へ向けて歩き出すと愛はゆっくり口を開く。
「改めて今日は付き合ってくれてありがとね。すごく楽しかった」
「俺もだから、たまには誘ってくれよ」
「そうだね――いつかね」
一瞬、愛が遠くを見るような虚ろな瞳を浮かべた――ような気がした。
おもむろに自宅に帰ろうとした時、不意に尋ねられた。
「――昔一緒に遊んだあの公園覚えてる?」
「公園……?」
あの、と指示語で言われても何がなんだかわからない。
それは幼馴染とはいえだ――いやむしろ、幼馴染だからこそ。一緒に遊んだ公園はいくつもあるので断定することができない。
「あの公園ってどの公園?」
慎重に聞き返せば。
愛は縋るような眼を浮かべるが、すぐに哀らしい微笑みに切り換える。
「急に変なこと言ってごめんね」
「…………」
ヤバい、地雷を踏んだ。
頭に入ってる公園の思い出を片っ端からリロードしてみるが、記憶に引っ掛かることはない。
初めて遊んだ公園か、小学校の友達と遊んだ公園か、それとも中学校の頃夜に暇潰しした公園か。
適当に言っても逆効果だろう。
だから、沈黙を貫くしか選択肢は存在し得ない。
故に、呆然と八神愛の後ろ姿を見つめることしかできなかった。
別れの挨拶はしていない――。
◎
不思議なことが起こったのはその日の夜のことだった。
不思議というよりも、不可解といった方が正しいかもしれない。
勉飯を食した後、自室にてふて寝しているとインターホンが鳴らされた。
自室の窓から外を覗くと見慣れた人物、愛の母親がいた。何やらそわそわしているようだが、こんな時間急ぎ用事でもあるのだろうか。
俺の母親が表に出て話を始めた。愛の母親が切羽詰まったようなジェスチャーをして、捲し立てるように何か言っているように見えた。
「何かあったのか……?」
気になって、愛からメールでも来てないかスマホを確認していると、自室の扉がノックされることなく開かれた。
人物は俺の母親。
急にどうしたの、と俺が言う前に母は先んじた。
「愛ちゃんが家にいないんだって。夜ご飯になって部屋に呼びに行ったらいなかったみたいで。家中探したけど見つからなくて……でも靴は玄関に残ってるらしいし……海斗君は何か知ってる?」
いきなりのことで話についていけないが、少しずつ言葉を咀嚼していく。
今現在愛は家にいないようだ。
少なくとも夕方は一緒に帰ったはずなので、この三時間でどこかへ行ったということになる。
それも靴も履かずに?
「それに最近はここら辺に通り魔がいるから心配って……」
「そっか」
学校でも回覧板で注意喚起されていた。
警察も夜にパトロールしているので、危険なことに巻き込まれる確率は少ないはず。
だが、万が一ってことはある。
「家にいないってことは出掛けたってことだろ。靴は学校で使ってる運動靴でなんとかなるし、バレずに家を出るのも難しくないはず……」
だからといって何だって話だ。わざわざそんな手の込んだことをする。
情報が少なすぎて推測することもできない。
「思い当たることはないな……」
「そう、伝えてくる」
俺の返事を聞いて母親は玄関口まで戻っていった。
自室には先程まではなかったピリついた空気が蔓延っている。だが、思考するには良い環境でもある。
考えるべき重要なことは何故隠しているのか、もしくは何故連絡できないか。それ自体は考えればわかりそうものだが。
「早く帰ってくる予定だった。けど、予想外のことが起こって時間がかかってる。加えて連絡できない状況……」
そんな状況は通り魔に殺られるくらいしか起きようがない気がする。
そもそも出かける理由だ。
学校帰りに寄れないところなのか。
そして、親や俺にバレないようにする必要がある場所。
ゲームセンターに行くくらいなら別にここまでする必要はない。何かやましいことをしていたと考えるべきか。
そうしたら愛が何らかの犯罪に主体的に関わっている、とも考えなければならない。
それは――とても信じられない。
昔から人のために何かするのを生き甲斐にした器用貧乏な女の子だった。
困ってる人がいたら迷わず助けに行く程のお人好しが、犯罪を看過する訳も、是認する訳もない。
彼女は確固として意志を貫き通す力を持っていた――。
「これ以外の場合も当然あるよな……」
この方面の思考は放棄する。現実味がないから。
それにしばらくしたら帰ってくる可能性だって十分ある。シリアスなムードになっているけどすぐ戻ってくるかもしれない。
道に迷ったけどスマホをなくしてしまい帰り道がわからない状況にあるとか。
「そういえば――」
中学生の頃、この時間帯に一緒に出かけた公園があったことを思い出した。
思い当たることといえば迷わずこれのことじゃないか。さっき突然「一緒に遊んだ公園覚えてる」と訊いてきたんだ。
明らかに怪し過ぎるだろ。
公園に関して、該当箇所はいくつか存在するので断定することはできないが、もしかしたらそこらにいるかもしれない。
「一応、行ってみるか」
団地の公園、小学校近くの公園、中学校近くの公園以外にも、しばらく歩くことになるが、丘の上にある公園にも行ったことがある。
前もって目的地を決めて家を出た訳ではないけど、なんとなく一番遠くの丘の上の公園が怪しい気がした。
道中に団地の公園に寄れるし一石二鳥だ。
街灯だけでは頼りなかったのでスマホのライトを使用して進んでいく。この時間帯に散歩している人もいて、急に現れるからドキッとする。
徒歩三〇分でようやく、長ち階段のある丘の麓までやって来た。ここからさらに階段を上らなくてはならない。
これが意外とキツい。
ここに来たのは小学生くらいの時だったはずだが、よく登ったものだと思う。
登りきると、すぐの石碑に南木公園と刻まれている。
南木公園――通称、天空遊園。




