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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
二章 選択代償とエンドマーク
29/89

⑦アジト(某マンションの一室)

 

 ◎


「――ぁ」


 起床一番、背中にかかる冷たい感触が全身を震わせる。床で寝たかのように芯まで凍えた。


「実際床か」


 寝た状態で見渡せばフローリングと誰かの足がある。黒い靴下を履いた細い足。

 見上げると制服姿の有崎さんがいた。スカートの中身は陰ってて確認不能だ。そんな俺のことを仏頂面で見下ろしている。


 見下ろすっていうか見下すか。


「起きたね結城君」

「はぁ…」状況を整理する時間が欲しかった。「どうもご機嫌よう」

「随分と陽気な挨拶をしてくるのね。スカートの中、覗こうとしたよね」

「たまたま眼に入っただけであって見たかった訳じゃない。下着は脱がせて見たいものだろ」

「…………………………」

「……怒ってらっしゃる?」


 さっきから目付きが怖い。

 というかここはどこなんだ。マンションの一室ということしかわからない。カーテンは閉まっており徹底的に情報を遮断している。

 だが、視界が仄かに青いので裏世界であることは確定。


「俺の記憶では、襲撃者とか名乗るやつがいたはずなんだが」

「説明はする。だけど、君も説明するんだよ」

「何を?」

「君が知ってる全てを」

「全てって、全て?」

「そう、君が隠そうとしていたあれこれも」


 殺伐とした雰囲気だ。否定したら手を出してきそうだ。

 ここは相手のテリトリー、勝算は低い。勝てないとは思わないけど。


「話し合いができるだけマシか……」


 ここではまともな精神を持つ人は少ないからこれだけでもありがたい。ならば、俺も譲歩してもいいと思った。

 そんな俺に睨みを利かせながら彼女は言う。


「じゃあ、正座」

「は?」

「正座して。何するかわからないから」

「えっと……話し合いは?」

「だから結城君は正座、私はこのまま」


 俺はスカートと話をする趣味はないんですが。

 有無を言わさない態度だから文句を言うのは止めた。仕方なく正座する。正座したってプライド以外は減らないからな。


「その前に今何時か教えて欲しいんだけど」

「午後四時」

「うっわ、結構経ってるな。授業サボりか……」

「死にかけっていうのにそういうこと気にするの?」

「一人暮らしだから学校から親に連絡行くのは困るんですよ」

「……そっか、君も大変なんだね」


 君"も"ね――。

 裏世界にいる俺と同じような年の人はほとんど学校に行ってないと聞いたことがある。そう考えたら有崎さんはまともな方なのだろう。

 どちらにも俺より浸かってる分、ますます歪にも見えるが。


「そんなことはいいのよ。訊きたいことはたくさんあるから」

「はい」

「まずは――あなたは敵?」


 いきなりこれを聞くか。大事なことではあるが、どうも答えにくい。定義は何だ? 黒い情報屋と知り合いというのは敵の条件なのだろうか。正義の味方、なんて言ったらどうなるやら。


「敵ではないよ。そりゃ、そう言うしかないんだけどさ」

「そう。じゃあ、今日あなたのしたことを全て教えて」

「ええ、全てですか……?」

「敵じゃないならいいでしょ」

「……あんまり記憶力は良い方じゃないんだけどな――」とつらつら喋る。


 そうだな。朝は五時半に起きたかな。顔を洗って朝ごはんの準備をした。ご飯は炊いてたからスクランブルエッグを作って食べたかな。お茶も――そんなことはどうでもいい? 学校でのこと?


「有崎さんが学校を出てから、か。俺も学校を出て有崎さんを探した」

「探したってどうやって?」

「調べてもらった」

「誰に?」


 その情報源である情報屋の名前は真倉黒也。黒色が大好きな男。裏世界においてはかなり有名らしいが俺にはよくわからない。


 試しに電話してみたら条件付きで教えてくれた。きっと後でこってり搾り取られるな。


 しかし、この名前を教えていいものか。危険注意、という看板を背中に着けてなければいけないような人だぞ、軽率に口にしたら有崎さんにも被害が出るかもしれないのに。どころか俺まで危なくなる。

 視線を辺りにさ迷わせる。


「どうしても言わなくちゃダメかな…?」

「…………」

「言います! 言いますから! 偽名かもしれないけど真倉黒也って人」

「――真倉黒也ですって!?」


 瞬間――名前を口にした刹那。

 怒り、激怒、憤怒。

 血走った眼。浮き出た血管。


 初めて有崎歩美のことが怖いと思った。それ程感情を剥き出しにした反応を見せた。


 俺が会ったことある人もこんな怒り方をする。隠そうともせずに出力してしまうやつが。

 ああ、ヤバい、喉が渇いてきた。


「あの男について知ってること全部言って!!!」


 激情に駆られながら有崎さんは俺に詰問する。今にも首を絞めてきそうな勢いだ。

 茶化したり、冗談を言ってられる余裕はない。


「真倉黒也、情報屋、以上」

「ふざけないで答えろ!」

「ふざけてない」


 ワイシャツの襟を掴んで無理矢理持ち上げられる。どころか足まで離れてしまう。

 女子高生のどこにこんな力が――って力、異能かよ。

 俺をここまで運んだのもこの力か。念力かな?


「いいから答えてっ!」


 仇のように睨みつけてくる。俺は睨んでどうするんだよ。

 有崎さんの両手首を力強く掴み、諭すように言う。


「ふざけんなってのは俺の台詞だ」

「んっ!?」


 骨まで軋む痛みに耐えられるものではない。

 有崎さんは手を離した。肩で息をして俺のことを睨むが、ハッと理性に醒めたのか顔を白くした。

 とんでもないことをしてしまった、と顔に書いてある。


「ご、ごめん……」


 スーっと涙が溢れる始末。

 何なんですか、この人は!? 情緒が不安定にも程がある。

 感情が全然操れてないではないか、表に出過ぎだ。

 それとも――隠せなくなったのか?


 ため息を吐きたくなる。真っ当だった人間がここまで壊れるなんてどんな経験をしてきたというのだ。

 狐に摘ままれたというか、狸に化かされたというか、そんな気分だ。それとも猫を被っていた、と言うべきか。


「――有崎さん、話してよ。君にあったことを」


 俺がどんなに話してもダメだ。ちゃんとお互いのことを話さないことには進めない。



 ◎


 率直言わせてもらえれば、彼女から聞いた話はありふれたものだった。


「結城君はどうやって裏世界のことを知った?」


 話題提起という風に有崎さんは尋ねてきた。

 先ほどの反応のこともあって言おうか迷うが正直に答える。


「真倉さんが教えてくれた」

「……そう」


 露骨に嫌そうな顔だった。

 あの人は誰からも嫌われているからな。自らそういう風に仕向けていると思える程だ。


「私は知らず知らずの内に裏世界に入ってたの。ほとんどの人はこっちのパターンだと思う」

「そうなのか……」


 人を引き込むタイプがあるとしても、一番初めに裏世界に気づいた人はそっちのパターンしかあり得ない訳だ。自然に気づくというのは納得できる。


「家でゴロゴロしてたら急に視界が青くなるもんだから最初は驚いたけどね。それよりも自分だけの世界ってのが楽しくてしょうがなかったの」

「気持ちはわからなくもない」

「それだけならまだ良かったけど――"力"があったから」

「異能か……」

「一気に世界が広がったように思えたよ、実際その通りだろうけど。だから舞い上がって色々なところで遊んだ」


 遊びと行っても異能を使ったアクロバティックなものだろう。有崎さんの異能の実態は知らないが物体を浮かせられるのならこれでもかと遊べるだろうな。

 一人ジェットコースターとか楽しそう。


「そして、出会ったの――情報屋に」

「情報屋……」


 なるほど、これなら確かに真倉さんは敵だ。彼は情報屋だけでなく裏家業までも牛耳ってるようなものだからな。


「私は最初は油断してた。急に現れたから怖かったけど『同じ境遇の仲間がいる』って聞いて着いていっちゃったの」

「怪しさ満々じゃないか」

「高校に入学したばかりだったから浮かれてたの!」


 ということなら情報屋の方もそういう時期を狙っていたのかもしれない。騙しやすい思春期の高校生を――。


「それに世界を独占するのに罪悪感を抱いたりしてね」


 有崎さんはそう付け加えた。


「で、集められて今の仲間と出会ったんだけどその時に個人情報を盗られたの」

「個人情報?」


 随分と身近な言葉だったのでついつい鸚鵡返ししてしまった。

 個人情報と言ったら携帯番号とか、暗証番号とかか。裏世界で回収してものを現実世界で使うのか? 学生からってのが効率悪そうだ。


「まあ、この場合の個人情報ってのは"名前"と"異能"のことなんだけどね」

「異能はともかく名前? そんなの現実世界でも簡単に探れるじゃん。住所とかの方が危ないと思うけど」

「住所は……まあ、不法侵入し放題だけど。でも裏世界において名前と異能を知られるのは致命的なんだよ」

「何で?」

「急かさないで!」


 注意されてしまった。でもそんな怒鳴らなくてもいいじゃないか、と思う。


「一から説明するから静かにしててよね」

「はい……」


 扱いの酷さはともかく、しばらく静かにしておく。


「まず異能ってのは今の認識でいいよ、裏世界で使える固有の力。で、重要なのはその分類。今回の場合は――"発動条件"が鍵になる」

「…………」


 発動条件、言われただけじゃよくわからない。

 分類と言っていたが、俺の知っているのは異能が魔法と超能力と分けられることくらいだ。


「条件はおよそ三つ――"自分と接触しているものに対して力が使える場合"。"視界内で力が使える場合"。"名前や異能を知ってる場合"」

 三つの指を立てて有崎さんは説明する。

 まず一つ、と中指を折った。


「接触したものに影響を与えるタイプ。例えば『強化ブースト』とかね」

「ブースト?」

「文字通り自分の力を強化する異能。要は自分を基点とするやつのことを言うの」


 ということは俺の金属化はこれに分類されるということか。足が速くなるとか、感覚拡張とかもそれに該当しそうだ。

 どちらかと言えばシンプルなものが多い。

 有崎さんは次、と薬指を折る。


「視界内が能力発動範囲のタイプ、これも特に説明は要らないと思うけど、目に見える範囲で異能を使うことができるの」

「じゃあ、有崎さんはこれに当たるのね。別にその物に触らなくとも浮かせるっぽいし」

「な、何で知ってるの!?」


 何気なく言ったつもりだが結構狼狽していた。俺の適当な予想は当たっていたみたいだ。


「ま、まあ、その通りだけどね」気を取り直して説明続行する有崎さん。「襲撃者もこれね。斬撃を飛ばせるのは視界内だけ」


「だけ? 後ろに飛ばすこともできそうだけど」

「その場合は真後ろから出現させることはできない、って考えて。正面から後ろに攻撃を放たないといけないの」


 背後から突然切られるなんてことはないのか。予備動作が生じるなら対応できる。

 だがしかし、さっきから有崎さんは視界内視界内と連呼しているが、本当にそんなことがあるのだろうか。


「視界内ってさ……例えば高いところに行ったら数百キロ離れたところでも能力発動できんの? できたらそれって最強じゃね?」


 極論、宇宙に行ったらどうなるかって話だ。

 脳で理解できる範囲って考えるべきなのか、それとも。


「理論上ではそうだけどそんな器用なことできる人はいないよ。遠くを見たってその空を見てるから」

「空?」


 俺が首を傾げると、彼女は手を伸ばした。その柔らかそうな手を握ったり開いたりする。


「ほら、握ってる」

「へぇ、えそういうことか」

「理解してくれて何より」


 見える景色は階層的に空、空、空、空、物体という形になっている。どこの空を選択して、空を無視して物体に注視して――ってのができるほど頭を整理できないという訳だ。

 人間の頭は存外雑なものだ。認識となったらなおさら。


「そして、三つ目。名前や異能もか情報を基にする場合ね……条件が条件だから使いにくいけど相応の力があるの」


 情報と言っても、住所や趣味、好き嫌いで能力が発揮されることもあるとか。

 能力を発動するためとは言え個人情報を盗まれるのは確かに嫌だな。他にも悪用ならいくらでもあるだろうし。

 有崎さんは続ける。


「その中でもとりわけ厄介なのは一時的にだけど"現実世界に戻れなくなる"ってやつ」

「そんなことができるのか!?」

「ええ、いるわ。当然スキルランクはS」


 ランク云々は知らんけど。


「そりゃ恐ろしい能力だけどその前に現実世界に戻ればいいだけじゃないの? その後裏世界に入らなければ問題なさそうだし」


「それはそうだけど」ぎこちない笑みを浮かべながら答える。


「一旦この世界を知ったらそう簡単に抜け出せないよ。結城君だって道が混んでるって理由だけで裏に入ったんじゃん」

「確かに……!」

「意外と抜けてるよね……」


 彼女の中で俺の評価は下方修正したみたいだ。

 有崎さんの言ったことはもっともだった。だが、それを行わなければならないほどの事態なんだろう? 選択する余地なく裏世界から足を洗うべきだ。


「影響率って知ってる?」


 唐突に話を変えてきたので少し戸惑った。

 俺が聞いたのは現実という接頭が付いていたがそれだろう。


「聞いたことはある」

「内容はわかるんだね。じゃあ、言いたいことはわかるよね」

「あーっと?」


「素人」と俺のことを馬鹿にしてから俺のために説明してくれる。「現実と裏の反映率――つまりさ、現実でも裏世界の能力が発揮されるケースもあるってこと。前例も少ないけど、なかった訳じゃない」

「可能性ねえ……」


 異能をたくさん使っていると影響率が高くなると聞いたことがある。何者か、裏世界に参入する人は増えて欲しくて、出ていくのは避けて欲しい訳だろう?


 何者かの暗躍の可能性がゼロじゃない以上は警戒すべきなんだろうけど。その何者かが情報屋なのか、そうでないかはわからんが。

 有崎さん達が動くには十分な理由なのか?


「情報屋を狙っている理由はわかった。でも何でそんな急いでるんだ?」

「情報屋なんて滅多に現れないのよ! 今日やらなかったらもう到達することができなかったの!」

「待っていたチャンスが到来したってことね……でも、あの感じじゃバレてたように思うけど」


 先読みされていたみたいだし。俺というイレギュラーがいなかったら壊滅していたかもしれない。


「あっちも隙になることがわかってたんでしょ。相当焦ってたみたいだし……こっちにそういう魂胆がなかった訳じゃないけどさ」

「焦ってた?」

「だから言ってるでしょ。裏世界の学校に覆われてた結界がなくなったからって!」

「聞いてないんだが!?」


 裏世界の学校に結界が張られている? 意味がわからない。説明不足にも程がある。


「誰が? 何で? いつ? どうして?」

「うるっさい! 魔神がやったことなんだから知らないってば!」

「……魔神だと……?」


 まさか――ここでこの名前を聞くとは思わなかった。

 いや、真倉さんが『ラバーズ』と襲撃者の交戦場所を教えてくれた時からどこか引っ掛かってはいた。


 南木市――元魔神のお膝元、陣地、縄張り。そして、俺の実家がある場所。

 彼らの先の戦いが、魔神が囲っていた結界が破れたことを原因となったのならば――。


 やらなくてはならないことがある。

 速まった心臓を落ち着けるために一息吐いた。

 隣り合っている有崎さんに俺は言う。


「二日間で決めよう」

「何の話してんの?」

「有崎さんの手伝いをするって言ってるのさ」


 これから始まる土日の間に決着を着ける。情報屋が学校にいることがわかっているのなら手がかりを得ることも可能だ。

 躍動の二日間が始まるぞ――。


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