⑥ユアターン
◎
倒れているのは血だらけの男だった。
今にも殺されるところだった。
だから、俺は手を伸ばした――。
したらざくり、と。
「やれやれ、ようやく俺の出番か? いや、違うか……」
詰まりのない、流水が如き一撃で右腕を切断された。
血のようなものが吹き出るが、痛くない。
にしても鋼鉄並みの硬さのはずなのにこうもあっかり切られるとはね。
対面には見覚えのある青年の姿があった。
この前は暗くて見えなかったが、今は黒のパーカーにジーンズというラフな格好をしている。
いつかの夜にぶった斬られたのはまだ記憶に新しい。
「お前、何で……」
あちらも俺のことを覚えていたらしいく、驚愕の表情を浮かべていた。死んだと思っていたやつが生きてるんだ、当たり前の反応だ。
俺は足下で倒れる少年を確認する。
全身のありとあらゆる箇所に裂傷を負っているので、本来の顔も形も認識できない。脈を取ろうとも思ったが、首筋すらも切断されているため無意味だろう。
せめてハンカチで首を覆う。それでも血が滲んで池を作ろうとする。
素人考えだが多分、後数分で死んでしまう。
「こればっかりは祈るしかないか」
背中まで見せたのに攻撃しない青年は意外に律儀なのかもしれない。
俺は振り向いて青年に相対する。
「お久し振りですねって挨拶する関係でもないですが、一応」
「お前……」
「ああ、生きてることに関してですか。それはこの通りですよ――」
先の存在しない右腕を上げれば、血液が鎖のように連なって地面に転がっている腕と繋がった。チェーンが巻き上げられるようにして右腕が縫合される。
右腕は肌色の皮膚ではなく、錆びた金属に変質している。
これが俺の力――。
現象を凝視していた青年はゆっくりと口を開く。
「金属の血液、傷の治癒、死すらもなかったことにする――」いつかのような鋭い睨みを効かせて口にした。「『金属再生』とでも言おうか」
「金属再生か」
なかなか良いセンスじゃないか。気に入った。これからこの力をそうやって呼ぼうか。
中二病満載の宛字はいらない。
「種明かしと命名が終わったところで……あなたは誰ですか?」
「っ、お前みたいな素人がなァッ」
奴は明らかにイラついている。
俺だって冷静にはいられない。こんな状況だ、今さっきまで生きていたやつが死にかけている、落ち着いて話なんて聞いていられない。
「確かに俺は素人ですよ。でもそれが何だって言うんです? まさか裏世界は長くいる俺達のものだ、なんて言いませんよね」
「…………」
「そう睨まないでくださいよ。俺はただ知りたいだけですから」
「…………」
沈黙。
一触即発。
紙一重の境界。
気まぐれか、彼は言葉を紡ぐ。
「俺はこの世界で『襲撃者』と呼ばれている」
「そうですか。それで十分。では襲撃者さん、ここはどうか引いてくださいませんか」
勝ちでも、負けでも、引き分けでもない。
ノーカウント。
戦わずして終わらす。これが最上だ。いや、最強か。
「ふざけてるのか?」
勿論、こんなことを言っても了承してくれるような人はいない。もう少し人畜無害な顔をしているハンマーの少年ですら説得には応じなかったのだから。
それに殺し屋ならば顔を見られたら終わりだ。当然俺も倒れてる彼のように処分するのだろう。
じゃあ、何故訊いたかって? 倒した後に良い人だって気づいたら嫌だからだ。
「ダメですか。じゃあ、始めましょうか」
金属化、両腕。
心の中で呟くと、肌色だった左手は右手のように錆びた金属のような色合いに変化する。ずっしりとした重みが腕にかかる。
状態を低くして臨戦態勢に入る俺。
「何なんだよお前……」
襲撃者と名乗る青年は、ただ俺のことを見据えるだけだが。
刹那――風が一陣吹き込む。
わからない、わからない理由で直感する。
咄嗟に前転しながら横に避ける。頬が軽く削れた。
「見えない攻撃……だが、法則はある。直感で避ける要素が存在する。そしてこいつの怪我を見る限り同時攻撃も可能、か」
全身に裂傷を負った姿――傷の深さはほとんど同じに見える。広範囲弱威力の攻撃といったところか。
範囲攻撃もあるのに使わない理由。避けた左右にまで攻撃を飛ばさない訳とは何だ。
「おっ?」
躓いたと思ったら、足首が切断された。
いつの間にか斬撃を放って俺の足に到達させていたらしい。正面からの一撃はフェイクと言ったところか。
さて、足は数十秒で治るとしてもどう対策すればいいのか。
裏世界の異能の振り切り方の最もは距離を取ることだ。能力範囲は視界内、という人は多いらしい。
ただ、同じ場所にい続けるのは危険だ。迷うにしても移動しながら。
俺は復活した足で襲撃者の背中に回り込むように移動する。呼応して襲撃者も向きを変えてくる。
ピスッ、ピスッ、ピスッ、と。
いたるところに擦過傷が現れる。痛覚がないから気づくのが少し遅れている。弊害にもなるな。
頭から下半身の全身にかけて傷はあるものの、やはり威力は小さい。金属化した部分は軽く傷ついているだけだ。
パワー、範囲、距離でバランスを取っているんだろうな。MAXが一〇だとして、パワーに五を割り振ったら範囲とバランスでさらに五を割り振るといった感じ。予測はこの方向でいいだろう。
「行くぞっ!」
種明かしと行こうか。
襲撃者に向かって走り出す――これはいつぞやの夜にやったようなのとまったく同じ行動だ。あちらからしたら肩透かしかな同じ手、正面突破とも言う。
「…………」
無言に能力を行使してくる。
唐突にスピードを緩めて横っ飛びで避け、右の肘の金属アタッチメントを外してロケットパンチを繰り出す。スプリングによる反動で飛ばしただけの物理投射だ。
流石に少しは驚いたのか視線が揺れる襲撃者。しかし、冷静に対応。金属の拳は斬撃により縦に二つに割れた。
威力一点集中型の攻撃か――。
「この隙に行けば――」
次の攻撃に威力は込もってないはずだ。
一歩踏み込むが、僅か一歩がラインだった。踏み入れた爪先が切れる。
咄嗟に足を引いた時には遅かった。左右の肩を初めとして、内臓部分にまで亀裂が走る。斬撃が蓄積して高硬度の金属鎧すらも圧搾した。
「――馬鹿なっ!?」
「不死身なだけの雑魚が。粋がるのも大概にしろ、俺は今機嫌が悪い」
「がっ……………」
斬撃の衝撃で視界が狂った。どこを見ているのか真っ白な光景。いや、真っ青だ。倒れて空を見上げる態勢となる。
「首切断、失血じゃ死ななかった。今度は何を試そうか、手始めに――心臓を切り刻むか」
「うっ……――があああああぁぁぁぁぁッ!?」
胸から背中にかけて貫通する。微塵切りでもするように細かい刃が差し込まれる。
この世のものとは思えない量の赤い塊が飛び出してきた。
痛みはないとは言え、精神的にくる。
だが、やられっぱなしじゃいられない。
左手を襲撃者に伸ばすと、手のひらから短剣が生成される。赤く錆びているナイフを顔に向けて飛ばした。
「チッ!」
顔を振って避けられたが頬にはしっかりと薄い傷ができていた。避ける際に俺と距離が離れた隙に立ち上がった。
「『金属再生』だけじゃない。金属生成もある」
「…………」
襲撃者は自らの頬傷から溢れた血をを手で脱ぐって、その赤色を見つめる。
対して襲撃者は苛立ちを隠そうともせずに言った。
「発言も異能も、勘に障る野郎だな! 徹底的に、復活できないほど切り刻んでやるよ!」
「望むところ」
とは、言いつつも。
このまま戦ってても勝てないのは明白。あくまでも時間稼ぎ。ここで倒れているハンマー少年の仲間が来るのを待っている。
だからもいって諦めている訳でもなち。勝てるなら勝ちたい、時間稼ぎでも勝つことは諦めない。
「長剣生成」
刃渡り一メートル以上ある剣を一振り生成する。安土桃山時代にありそうなカーブした片刃の刀。
それなりの重みがあるが両腕は既に金属と化している、大した負荷もかかっていない。
進行方向へ右足を前へ出す。そこから腰を捻り、剣を縦に振るう。
パキッ、と。
「脆い……」
襲撃者の異能によりあっさり壊れてしまう。
予想済み、そして――何となく見えてきた。今度は両刃の剣を作り出す。腹の部分が大きめの西洋剣。
今度は襲撃者の頭を狙って振り下ろす。種も仕掛けもない単純な動き、即座に対応される。
剣芯と、俺の腹部に斬撃が襲いかかった。
「――ふぐっ……」内臓を掠め取る一撃に思わず吐血する。が、上半身と下半身に分かれることはない。
何故なら――途中で襲撃者のスキルが解除されたから。
では、何故スキルが解除されたかと言えば俺の剣が襲撃者の頭にぶつかっていたから。
刃ではなく、腹が。
襲撃者は脳が一瞬揺らされ、能力を解除してしまった。
剣の腹の半分まで切られた剣。
縦に振っていたら薄過ぎて切られていただろうが、横に振ったから切り裂ききれなかった。
「俺の体を両断することに斬撃の力を使い過ぎたみたいですね。あなたの能力、力の分配が肝らしいですから」
「う、ぐっ……」
奴の頭から血が流れている。致命傷とはほど遠いが判断力の低下等は起こるだろう。
能力の性質上、かなりの集中力が必要となるはずだ。
勝算が見えてきたんじゃないか?
そもそも死なないってのからして長期戦をしたら無敵だけど。
「嘗めるなよ、素人が」
「一筋縄じゃないぜ?」
修復した剣を握り直して襲撃者に向かって突っ込む。
金属化――両足。
関節をスプリングとし、いつもの数倍の威力で地面を蹴って一気に右方向へ跳躍する。後方のアスファルトの道が抉れたほを横目に接近する。
「予想通り……」
かなり焦っている模様。その分威力はかなりのもの出していた。
襲撃者の予想外のスピードを叩き出せば避けること自体は訳ない。
「だが、あの鎌鼬のバリアをどうするか」
近づこうとすれば途端に周囲に斬撃を回して防御してくる。試しに腕を突っ込んでみたが細切れになった。俺の金属再生の硬度じゃ越えられない。
どうすればいい。生成スピード追い付くか? 破壊と創造のスピード勝負。
「――それはやめておこうか……」
あくまでもまっとうな方法で勝とう。
襲撃者の攻撃のターン。
ならば、と俺は体を前に壁を生成する。厚さ二センチの鉄の板。
一刀両断という風に壁は三つにバラバラにされる。
目的は視界を防ぐため、俺は体勢を低めて事なきを得た。
「この、ちょこまかとっ!」
「生成! 手裏剣!」
右手の指と指の間に四つほど生成し、放り投げた。半分は真っ二つになるが、残りは襲撃者に向かう。
「くっ」俺が避けるように彼も横に避けた。
的が小さ過ぎれば処理しきれないみたいだ。その分、避けられやすくもあるが距離によっては有効。
このまま押しきれるかと思えた。
だが、襲撃者の纏う雰囲気が変わる。さっきから殺意は向けられていたが、これはさらに異質なもの。
よくわからない。
よくわからないが、闇という言葉が当てはまるような不気味な空気感。
「"八つ裂き"」
それが技名と気づいた時には襲撃者の攻撃は目の前まで迫っていた。
いや、攻撃されたことに気づくにもさらに時間を要した。要してしまった以上俺は攻撃を食らってしまう。
胴体がルービックキューブの面のように四角に切り取られ――胸から下腹部にかけてまさしく八つ裂きにされた。
腹が消失してグシャッ、と頭と腕の重さに耐えられず体は潰れる。人型を保つことすらできなかった。
だが、それでも俺は生きているし、思考もできる状態。頭さえあれば多分大丈夫なはず。
多分は多分。
逆光なのか俺のことを見下す襲撃者の顔に影が射した。
見えたのは殺意。純度一〇〇パーセントの殺意。
怒りに染まった顔を最後に、俺は眼球が四つに等分され視界を失った。
さて、俺の異能『金属再生』は一体どこまでの破壊が許容されるのか。致命的な命題だ。核が存在するのか、もしくは一部細胞があればいいのか、この場合は俺の"パーツ"と言ったところだろうけど。
頭を潰されても、心臓を刺されても死なない。
しかし、どこにもないなんてことはあるのか。
俺の知らないところで条件が満たされるなんてことがあったら……なんて思った。
真っ暗な視界の中、浮かび上がったは青い文字だ
〈再生機能、実行中………〔5%〕〉
◎
私がやって来た時には道路に二人、倒れている男がいた。見覚えのある服装の制服姿と、私服。
片や血だらけで今にも死にそうな状態。片や傷なんてどこにもないが、死んだように倒れている状態。
予想の斜め上を行く展開で言葉が浮かばない。
「ツンケンと……結城海斗……」
交戦した痕跡がある。一見、二人で戦いあったように見えるがもう一人の登場人物がいるはずだ。夥しく流れている血液からしてもそれはわかる。
見舞わしても三人目はいなかった。撃退したのか撤退したのかわからないが。
「冷徹ちゃんを呼ばないと……」
埃がかかって汚れているトランスシーバーを強く握ると、丁度冷徹ちゃんから連絡が届いた。
『今、向かってる。敵は……襲撃者はさっき逃げたよ。一応陽輝に頼んであるから』
「うん……」
ツンケンの元に駆け寄って座り込む。広がっていた血は黒く変色していた。時間が経っている。
「あ、ああ……何でよ……」
死んでいるのかわからない。
死ぬのは怖い。けれど死なれるのはもっと怖い。
生命活動の停止の瞬間がいつ訪れるかわからない――。
「いや……いや、いや」
嫌気が差す。
ここまでのことをされてようやく気がついた。自分ならばいくらでも犠牲にできたのに、誰かがこうして被害を受けてしまってようやく気かついた。
冷徹ちゃんがやって来たのは間もなくだった。
「ギリギリ間に合ったみたい。あと少し遅れてたらツンケンは死んでたよ……」
一つ安堵、で残りの生き倒れは――。
冷徹なる彼女は不躾に結城海斗を調べ始める。ポケット等、全身をくまなくまさぐった。よくも男子の体を触れるものだ。
「生徒手帳……名前は結城海斗。これが鮎の言ってたやつ?」
「そう、だけど」答えたものの疑問なのは私の方だ。「何で彼がここにいるのかわからない……」
「イレギュラーってことね。ふうん、言った通り甦生系の能力者っぽいわね」
グサリ、と落ちていた手裏剣の欠片で冷徹の女は海斗の腕を刺した。
「冷徹ちゃん……!」
「心配しなくとも傷は塞がってるわよ。私の『時間逆光』みたいにね。再生の異能なのは確定。それで鮎は……どうするつもり?」
どうする、というのはこれから撤退するに当たって結城海斗を連れていくか、否か。
ではなく、処分するか、否だろう。
「――連れていこう。敵ではないと思うから……」
「本当に大丈夫? 私が言うのも何だけど怪しさ満々じゃん。特に学校行ってるはずなのにここにいることが。こいつがストーカーって線はないの?」
「それは……」
そんな人ではないと思いたかった。出会って二日間の私には彼が信頼できる人物か知る術はないのだ。
しかし、改めて考えてみれば異様にエンカウト率が高い。
「甦生するなら連れてくしかないしね」
「鮎がそう言うならいいけど」
この冷徹ちゃんは私に対しては素直だったりする。スレンダーさの際立つ彼女はポケットに手を突っ込んで踵を返した。
「じゃ、運ぶのは任せてもいいよね?」
「それはそうだけどミミーがピンチなんだよっ」
「あ、そう言えば」
思い出したように私と冷徹ちゃんは部屋に押し潰されかけているもう一人を助けに向かった。




