⑤VS襲撃者
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通り名を『襲撃者』という裏世界における殺し屋。
裏世界には異能や魔道具を駆使して対象を殺戮する職業がある。その中でも上から数えた方が早い知名度がある者だ。有名じゃ仕事にならないだろ、と言いたいところだが異能というものはそんな現実論を跡形もなく粉砕してのける。
その襲撃者いくつかあるアジトの一つに私達『ラバーズ』は襲撃を敢行していた。
襲撃者に襲撃なんてその道を行くものならば笑うかもしれない。勿論、私だって無事に成功するなんて思わない。失敗の可能性の方が大きいくらいだ。
だが、やる。
このまま何もせずに死ぬくらいなら抵抗はする。それだけだ。
アパートの二階の一番奥の部屋の前までやってきていた私とミミー。怪しい点は見られず速やかに辿り着くことができた。
ここでミミーは他のメンバーに連絡を入れる。
「こちらミミー、扉の前に来たよ」
『俺の方は追跡者を倒したぜ。素人だった、すぐに合流する』
ツンケンは無事に追っ手を撃破したようだ。続いて探索担当の陽輝君の報告。
『今のところ辺りに人影はないよ』
「オーケー、こちら実行に入りまーす」
軽い口調でミミーは言ってトランシーバーをしまった。裏世界の連絡手段としては少なくない手法。電気で動いている訳ではない。
「じゃあ鮎、よろしく」
「うん」
私は異能『念力』を発動する。手をかざすだけで扉の鍵は開けられた。
鍵に罠は仕掛けられていなかった。特殊な開け方をしないと爆発、なんてことも考えられたがその心配はなさそうだ。
「で、次……」
念力でドアを開く。反対側の窓から入る光のおかげで中は見やすい。だが、どこからどう見ても空き家という感想しか出ない。
ここから見える床から壁、天井もくまなく調べるが不審な点はない。
念力で強めに叩いても罠が起動することもなかった。
「行けるのかな……?」
「センサーの類いもないしね……」
何もないのがかえって怪しい。心なしか空気も冷たいような思えた。
元より時間はあまりない。悩んでる暇はなかった。
ゆっくりと玄関に足を伸ばす。そのまま一歩一歩、音を立てないように侵入した。
「…………」
「…………」
用心しながらさらに内部を確認するが同様に特に何もない。
まさか、ここはダミー?
発信器やセンサーも付けないで?
そんなことあるのか。それとも隠し部屋でもあるのだろうか。
「本当にここなんだよね?」
疑ってる訳じゃないがここまで何もないと訊きたくもなってしまう。
「そのはずなんだけど……」
「閑散としてるけど妙に生活感がある」
「"現実影響率"が高いんじゃないの? 理由はわからないけどさ」
南木市は魔神、他の暗躍のせいで力場的に不安定になっている。現実世界に依っている修正が働いているのかもしれない。
そんなところをアジトにするとは。
不用意に物を置いて修正消滅されたら溜まったものじゃない。もっと他の理由があったと考えるべきだ。
ピキリ、と。
妙に聞き慣れた音がした。
辺りを見回す。
「今の音?」
「……――鮎、上!」
「えっ!?」
見上げた瞬間、天井に亀裂が入った。
崩れる――だが、ここは二階建てのアパートの一階部分。のし掛かる重みは何トンだ?
私の異能の限界重量は二トン前後しかない!
「私じゃ、耐えられないかも!」
「鮎!」
天井がみるみる迫り、やがて爆音が鳴り響いた。なすすべなく私達は瓦礫に飲み込まれる。
◎
アパートからやや離れた位置座標にてツンケンは崩落を目にしていた。
「なんっ!?」
急いでバッグからトランシーバーを取り出し鮎かミミーと連絡を取ろうとするが反応はなかった。なので他のメンバーである陽輝と冷徹に向けてメッセージを飛ばすことにする。
が、手に持った文明の利器は真っ二つになってしまう。ボロッと部品が撒き散らされた。
「まさかっ!」
顔を上げれば、道路の向こう側に人影があった。
ラフな格好をしているあたかも人畜無害そうな青年。見た目は平凡そのものだが、纏う雰囲気は素人とは画するものだった。
ツンケンは直感的に直観する。
こいつが『襲撃者』だ、と。
バッグを肩から下ろしてジッパーを開き、もう片方の空いた手にハンマーを握る。
「お前が襲撃者だな。あの崩落……俺達が来るのがわかっていたのか?」
答えを期待した質問ではなかったが、返答はある。
「そちらが俺のことを探るように、俺も探っていただけだ」
「そうかい。誰の依頼だ?」
「さあ」
「そうかよっ……!!!」
ツンケンは右手を大きく振りかぶってハンマーを投げつけた。スキルを使っているのでただの投擲でも狙い通りになる。顔面目掛けて鈍器が飛ぶ。
ザンッ!
小気味の良い音と共に、ハンマーは持ち手の部分で切断された。
運動量を分けながらデタラメな方向へ進んでいく。襲撃者に何らかのアクションだ。
まだ地面に接触していない、ならば――。
「(『鉄槌投擲』!)」
金属槌を含む上部パーツは軌道を変え、襲撃者のこめかみに向かう。
死角からの一撃。
今度はサクッ、と。
またしても切断された。金属すらと真っ二つにする斬撃。
だが、ツンケンからしたらそれは何となく予想範囲にある威力だった。殺し屋で大成しているのならそれくらいはあるだろう、と。
故に、既に次の攻撃は放っている。
正面にストレートでハンマーを放っていた。先ほどの攻撃は威力とスピードも乗っていないが今回は渾身一撃。食らったら脳漿撒き散らして死滅するどころじゃない。
当てればの話――だが。
「(俺の攻撃は強いが単純、種がわかればガードされてしまう)」
ほんの数分前に撃破した少年にも二回目にしてガードされた。能力を見られた以上は打倒の難易度はさらに上昇している。
「(シンプル故に小細工ができない。だから、とにかく責めるしかねえ!)」
鞄からハンマーを取り出して回転をかけて投げつける。合計五つの鈍器が宙を飛んでいる状態。
一つでも当たれば大ダメージになる、はず。
「そうか」平然と歩きながら襲撃者は呟く。「この程度か……詰まらない仕事寄越しやがって」
襲撃者はごくあっさりと全方位のハンマーを両断する。
予備動作の必要がない能力。
鎌鼬のような、見えない刃を発生させる力が周囲に発生していたことはツンケンにも何となく推測できた。
そして、正面に投げたハンマーが切られた。斬撃の方向は正面。このまま刃が進んできているとしたら自分に――。
「ぐっ」
ツンケンは体勢を落としながら右に避ける。瞬間、左肩に裂傷が刻まれる。
水鉄砲のように肩から血液が飛び出し、地面に飛び散った。軽症だがシンプルに痛いと感じるだけの威力。
ツンケンは警戒して後退するが、襲撃者はゆるりと距離を詰めて進撃する。
「物体操作系だがハンマーを投げてきたことから扱えるのはハンマーのみか。そして、同時に五つ投げたが操作できるのは一度に一つ」
「情報は流れてるか……」
「弱小スキルだな」
否定することはできなかった。実際、襲撃者レベルには歯が立たない異能だ。
応用できないスキルの分、ごり押しができなければ勝算はないのだ。こういう時こそ仲間の手を借りるべきなのだがその方法は封殺されている。
風が吹いた――。
ピスッ、ピスッ、ピスッ、ピスッ、ピスッ、ピスッ――。
「うっ、がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
全身という全身に切り傷が生まれ、痛みがツンケンを襲う。
切り刻まれた血管の中には生命活動に影響を及ぼすものも多分にある。金属を両断するような一撃ではなく、広範囲における弱威力の切断技。
腱でも切られたのかその場に膝を付くツンケン。
「うっ、あ、たまがぁ……」
目から頭にかけて縦に線が入っていた。深さ9ミリはあるか。
意識が断絶したツンケンは血を垂れ流す人形と化す。
その光景を見下ろす襲撃者の表情は冷たくも、歪んでもない。
彼にとって人殺行為は日常茶飯事、動揺や躊躇いは今や存在しない。ただ作業的に命を刈り取る。
「こりゃ、あいつらも依頼する訳だ」誰にでもなく襲撃者は言った。「裏世界に関わる人間、特にガキが増えている。本格的に始まるかもな"整備"が…………」
「せい、び……だと?」
辛うじて開く右目で襲撃者を見据えた。
襲撃者は足を振り上げてツンケンの左肩を押し蹴る。抵抗なく血を吐き出しながら道路に横たわってしまう。
血の池が広がる。
匂いが広がって霧散する。
「お前らのような部外者が成り立っていたはずの歯車を狂わせるって言ってんだよ」
襲撃者はらしくもなく声をあらげた。魔神の消失から裏世界の情勢は変化している、その影響をもろに受ける職業に属しているからだ。
「魔神の影響率が高過ぎた。これから害虫が増える、その前にお前らゴキブリを処理しなきゃならないんだよ。ったく面倒臭せぇな」
「どの、口が言ってっ……お前らのせいで、俺達はこんなことをしなければなくなっていうのによっ!」
死にかけた体で持ってツンケンは噛みつこうとする。「てめぇの利益のために散々人を騙して傷つけたんだそ!? それが俺達のせいだ? ふざけんなっ!」
「そこがガキって言ってるんだよ」
ツンケンの腹部を細い足がめり込む。傷口という傷口から噴水のように血液が舞った。
「自業自得なんだよ。何でもかんでも大人のせいにしてんじゃねぇよ。自分の判断だろ、責任を押し付けるな」
「おごぉっ……」
毒でも飲んだように口から赤い泡。色が白くなったツンケンの顔は自らの赤によって染め上げられる。
襲撃者はポケットに手を突っ込んで遠く――陽輝が監視している場所を見上げる。そこも既に折り込み済みだった。『ラバーズ』が襲撃者を理解する以上に、襲撃者は『ラバーズ』を理解している。
あの五人に勝ち目は存在し得ない。
それは絶対。
運が良ければ、なんて介在しない純然な事実として。
襲撃者は倒れるツンケンに目を向けた。
「……………」
言葉はなかった、斬撃がツンケンの頭部を縦に両断するように射出される。鉄をも切り裂く不可視の裂斬――頭蓋骨なんて容易く切り裂く。
バラバラと赤い残骸は堕ちて、弾ける――。
◎
私とミミーは瓦礫の中から這い出た。
崩落したアパートに押し潰されそうなところを異能の力で何とか切り抜けることができた。
舞った煙によって視界が晴れないがすぐ近くのものは辛うじて認識できる。手のひらには冷たい感覚があった。
「……氷」
ミミーが異能を用いて氷のドームを形成したことにより事なきを得たのだ。
「私の魔法が間に合ったみたい」安堵の息を吐いてミミーは体の力を抜いた。「鮎のサイコキネシスがなかったらその前に押し潰されてただろうね」
念力による時間稼ぎがなければ建物ワンフロア分の重みに耐えられる氷のドームを作ることはできなかった。
危機一髪、生き残る。
「私達じゃなかったらダメだったかもね」
「そういう意味では運は良かったかもしれないけど……」
「バレてたね」
ミミーはあっけらかと言うけれど、事態は困窮を極めている。
先回りされ罠にはめられたのだ。罠だからって爆弾みたいに目に見えるものばかりじゃない。
「(私達よりも前にここで待ち伏せしていた。計画が露見していたの?)」
壁に耳あり障子に目あり。
裏世界では常識、ここを徹底できるかがプロと素人の境目と言っても過言ではない。
露見する理由はこれでもかと考えられる。誰か一人が軽率な行動しただけでここまでの事態になってしまうこともある。
「失敗かな…」ミミーは俯きながら。「私達が死んだと思われてるならいいんだけど…」
「ツンケンはどうするの!?」
悪い予感が脳裏を過る。ここで待ち伏せされてたのなら次はこれから来るであろう彼が標的となるのは道理。
落ち着いてられる精神状態ではない。
「……………」
「何とか言ってよっ」
生き残れた――と言うよりも生き残ってしまったという感じだ。ミミーはまるで死のタイミングを誤ってしまったような心情。
生きていたら決断に苦しまなければならないから――。
「ねぇ、ミミー!」
「わかんない! どうすればいいかなんて私に訊かないでよ!」
「ミミー……」
涙を浮かべるミミーを見て私はやるせない気持ちになった。
自分が実行しようと言わなければ、なんて思う。他にも方法はいくつも考えられたはずだ、と。
煙は晴れない――密閉空間になりつつあるため、空気の移動が行われていないから。
責任――。
責任なんて取れるはずもない。
それは仲間のことも、殺めてしまった命も。
逃げることは許されない。見えない何者かが背中を押してくる。生を叫んで、死を謳ってくるのだ。
でも、私はは立ち上がった。
私には選択肢は元より一つしかないから。でも、ここまで付き合わせる必要はない。
襲撃者が狙うのは私だから。
「私は――私だけは、こんなところで立ち止まる訳にはいかないから……」
「鮎……」
「ごめんね、辛い思いさせて。私が何とかするからここで待っててよ」
「ダメ! 絶対に無理だよ!」
ミミーの忠告も聞かず、私は走り出す。
心は怖いほど落ち着いていた。恐怖の感情をどこかに忘れてしまったのかもしれない。
ただ闘志と殺意だけが疼く――『念力』で捻じ切ることしか考えていない。
「……絶対に殺してやる――」
手遅れなのは私自身なのかもしれない。
理性をなくしたら人間じゃないもと思う。もし、獣と化したのならば裏世界にも現実世界にも居場所はない。
それでも。それでも。それでも。
「それでも、行かないとっ!」
自分のために誰かが死ぬなんて嫌だ。ノンストップで深層へ足を踏み入れる。




