③彼への理解
◎
「おはよう……結城君」
「ああ、おはよう有崎さん」
翌日、結城海斗は私よりも先に教室へ来ていた。今日はちゃんと話を聞き出そうと意気込んでいたのだが予想の上を行く展開。私はいつも一番最初に来てるので、期せずして二人きりという状態。
話を聞くにはもってこいだ。
彼の出方を疑いながら私は自席にバッグを置いた。結城君に声をかける。
「あ、あのっ」緊張して声がうわずってしまう。ちょっと恥ずかしかったが当の彼はそっぽを向いていた。またもや外を眺めている。ガン無視というやつだ。聞かれてなくて良かったけど釈然としない。
「あのさ結城君」
「はい?」
「昨日さ……何度か死にかけたって言ったよね。それってどういうこと?」
こちらの思惑が気取られないように自然を意識して訊いた。
すると、結城君は健康優良な表情を崩した。苦いものを飲み込んだ後のような嫌そうな顔だ。
「いやあ……言うなって言われてるからさ」とはぐらかされた。
「誰に?」
「それも言えないんだよ」
「…………」
ええと?
何を考えているかまったくわからない。
死んだことに関することを喋れないというのはわかる。裏世界の住人だったとしたら自らの異能を言うようなものだからだ。
でも、何だ? 言うな、って言われている?
何故そのことを喋る。
言うなって言われてることを言うとは一体どういうことか。自ら怪しまれたいのか。
続けて結城君は言う。
「そんなに知りたい?」
「!」
知りたいと言ったら答えてくれる? まさか。そんな甘い話はないと思うけど一応ね。
「し、知りたいな……」
「そっか」
そう返事して結城君は窓から空を見上げる。
「…………」
「…………」
え? もしかして今ので話終わり?
知りたいか知りたくないか訊いただけで答えてはくれないの?
思わせ振りにもほどがある。これは一発くらい殴ってもいいような扱いじゃない?
心の中でため息を吐いた。
でも、結城海斗に『秘密』があることはわかった。それだけでもよしとしよう。それに『ラバーズ』としても調査しているから放課後にはまとまるだろう。
いざという時もあるかもしれないから連絡先でも聞いておこうかな。あくまでクラスメイトとして。
「結城君、ID交換しよ?」
「あぁ」
メッセージアプリで連絡先を交換した。
まるで学生みたいなことをしている。
裏世界に浸っているためか、このような学園生活を懐かしいと思った。自分から足を突っ込んだとは言え、あんなことになるとは予想できる訳がない。だけど、だからって――。
「――っとにさあ……」
「嫌なことでも?」
無意識に毒づいてしまった。
裏世界に来てから性格が歪んできている。特に言葉遣いが乱暴になっている。このままだと男子のように『だろ』という語尾になるかもしれない。
あーあ、染まっちゃったなぁ――。
私だって友達に囲まれて学園生活楽しみたいのに。
不意に目の奥が熱くなった。
あ、ヤバい泣く。すぐにそっぽを向いて顔を隠す。
「――泣いてるの?」
デリカシーのない野郎がそう訊いてきた。野郎じゃなくて結城君が。
嗚咽のおかげで私は答えることができなかった。
「俺は――泣けないから……」
言うや、彼は私の横を通って教室から出ていく。私はその後ろ姿を見つめた。
泣けない、か。
きっと結城君は裏世界のことを知っている。不思議なことに確信できた。
「でも、関わらせちゃダメだ……」
優しい彼は、きっと力になってくれるだろうけど、これ以上は傷ついちゃいけない――。
彼は私以上に脆い。一度手を染めてしまったら、きっと結城君は元に戻れなくなる。なのにそれを悲しめず、溜め込むしかないんじゃいつか壊れてしまう。
そういう人は裏世界には多くいる。
けれど、もしかしたら彼は――死んでも終わらないのかもしれない。乗ってしまったら、絶対に降りられない。そんな列車の扉の前にいる。
絶対に背中を押しちゃいけない。
私はこれ以上彼に関わることのは止めることにした。切っ掛けとなり得る存在は近くにいない方がいい。
「それに私達で解決しなくちゃね……」
自分のことは自分で何とかしなければならない。
なんて言ってたのだけれど。
昼休み、私は飲み物を買いに外にある自動販売機へ向かおうと教室から出ようとすれば偶然、結城君と一緒になってしまう。その手には財布があるので購買にでもいくのだろう。
いや、ただ教室の出るタイミングが同じだっただけだ。仲良く二人で行こうなんて展開にはならない。
「よっす、そっちも買い物?」
「あ、うん……」
なんて、彼の方が私の勝手な心情を知る訳もなく途中まで一緒に行くことになってしまった。道案内して欲しい、と言われたら断ることもできない。
無言のままというのは気まずい。
結城君の方は気にしてないようだ。私だけ意識しているのは釈然としない。友達らしく話しかければいっか。
「そういえばさ――」
「こんにちは」
何唐突に昼の挨拶してんだよ、と思ったが先生とすれ違ったみたいだ。「こんにちは」という挨拶が返ってきた。
急に喋り出すから驚いた。
意外と真面目。
「ちゃんと挨拶するんだね。関心した」
「あ、そっか。この高校は挨拶を強要されないのか」
「挨拶を強要……?」
何か堅苦しい高校にいたみたいだ。私達の中だけでも思っている常識にずれがあった。
興味が出て特色なんかを訊きたくなった。
「ふぅん。それってどん――」
「こんにちは」
まだ先生がすれ違った。
タイミングよ。悪意が感じ取れるタイミング。
勿論気のせいだろうけどまたも遮られたのだ。咳払いをして改めて問い直す。
「結城君はどんな高校に通ってたの?」
「……普通だけどな」
「その意味深な間は何よ」
「友達も三人しかいなかったからね。まあ、それなりに恵まれていたとは思うけど」
どうも彼の言い方からはネガティブな印象を受ける。表情を窺ってみるが変わらずだった。あんまり楽しくなかったのかな。それともそう演じてるのか。
雑談をしていたら購買はすぐ目の前だった。
特に目的もなく喋ったのだけど彼の人となりについて少しは理解できたと思う。
はっきり言って変人だ。
「案内ありがとう」
「気にしないで。ついでだったから」
私の目的は自動販売機で飲み物を買うこと。お手頃価格のお茶。
「そう?」
「そうよ」
いつからかはわからないけどきっと彼は受身な性格なんだ。社交的だけれど、流されやすく、自分で動こうとは思わないやつ。
別れ様、私は最後に質問した。
これも特に意味もない疑問。話の流れ的に訊かないのは不自然だと思ったに過ぎない。
「そういえば結城君ってどこ高校通ってたの?」
「南木高校だよ」
隠そうともせずに結城海斗は答えた。
南木市というのは――私達裏世界の住人に絶対封鎖領域と呼ばれている地域だった。過去、そこは魔神という魔法使いが陣取っていた領土だったが、現在、魔神の消失を期に無法地帯として様々な異能使いが暗躍している場所でもある。
「…………………………」
欠片だったはずの記憶が噛み合っていく。
確かあの地域に現れたという不審者は異能使い。
裏世界における南木市の破壊。
魔神の死亡。
結城海斗の転校の時期。
点と点が繋がって線となる。さらに無数の線が形を成している。全てが符合した。
「当たりどころじゃない――彼は、どこにいるっていうの?」
現実世界と裏世界、どちらの住人?
下手すれば結城君はここよりも深いところにいる。
◎
「結城きゅーん、今帰り?」
「……そうだけど……」
「じゃあ、私達と一緒に帰らない?」
放課後、颯爽も帰ろうとする結城君に怜奈ちゃんが声をかけた。
やはり彼は誰かが誘わなければ一人で帰るようなタイプだ。
「別にいいけど」
「そっか、じゃあ帰ろ」
怜奈ちゃん、未来ちゃん、私と結城君というメンバーで帰路を共にすることになる。女子三に男子一というのはなかなか萎縮しそうなものだが気にしてる様子はない。良くも悪くも平等に接してるということか。
それとも女子と一緒に帰るのなんて慣れてるとか? 意外と女誑しな性格かも。
「ねぇ、ちょっと……」
そんな中、二人が私を結城君の隣に押し付けようとする。
何を勘違いしてるのか。
まだ出会って二日だというのに。それはひとえに彼の適応力の高さが原因でもあるのだが。
どこだろうが彼の隣だろうが私は気にしない。
それよりも! こういい空気がクラス内に既に蔓延し始めているのだ。その筆頭この二人なんだけど。
これが普通の人の日常――こんな風だっけ。上手く思い出せなかった。
◎
午後八時半、小宮駅――。
私達『ラバーズ』がいつもいるのは改札を出てすぐの陸橋上だが、今回はその下の階層にいた。あまり聞かれたくない話だ、心理的に暗がりを選んだ。
「情報は集まった?」
「ぼちぼちって感じかな」
ミミーも、皆もめぼしい情報を手に入れることはできなかったらしい。私は学校に行ってるから当然調査できない。
襲撃者について早急に解明したいところだが彼の近辺はセキュリティが固く情報は集められない。雇い手くらいは知っておきたいところ。それも難しそう。
「それであの結城、ってやつ説得できたの?」
「ううん。何となくだけど危険だと思って」
「危険?」
「もしかしたら――私達よりも深層にいるかもしれないから」
魔神の件に関わっているのなら、きっとそのつてでかなりの異能使いと接触しているだろう。彼を呼び込んだら必ず火種になる。
あの得体の知れなさは実際見てもらわないとわからないと思う。
「結城海斗については僕も調べたよ」
陽輝君の担当は結城君の調査だった。
「彼自体はかなり普通で特に怪しいところはなかったよ。でもここ最近は少し慌ただしかったみたい。重要なところだけを言えば幼馴染が亡くなったり、引っ越ししたりしてたね。前に住んでたのは南木市らしいし」
「…………」
こんなとこまで探られてしまうのだ、裏世界は。
本当に怖いことだ、今だからこそそれをちゃんと理解できる。知られたくないこともあっさり突き止められてしまう。
「一日じゃ詳しいとこまでわからなかったけど、幼馴染が亡くなった後は学校行ってなかったみたい。でも転校してちゃんと学校行ってるみたい。他人だけど良かったと思うよ」
陽輝君はこういうところがある。致命的に優しいのだ。この世界では不要になるような感情をちゃんと持っている。
そういう意味では憧れる。信念を曲げない心の強さ。
そして、結論。
「異能使いかそうじゃないかと訊かれたら――七三で能力者だね」
七対三。七〇パーセントの確率で異能使いということだ。
だとしたら能力は甦生系統か。分類は不明。
陽輝君がここまで言うのなら、私の仮説も信憑性も増す。
「最近目覚めたタイプだと思うよ」と肩を竦めて報告を終えた。
「素人かよ。元からあんまり期待してなかったからいいけど」
ツンケンが欠伸しながらぼやいた。
結城君の協力はあくまでとスペアみたいものだった。変わった異能とは言え、襲撃者の顔がわかれば良いだけでしかなかったので痛手ではない。
そもそも覚えてるかどうかも怪しいからね。天然っぽそうだったから。
「で、襲撃者の方はどんな感じ?」
冷徹ちゃんが促せば担当のミミーが一歩前に出る。
ぼちぼち、と言っていたがどうなんだろう。
「襲撃者のスペアハウスを二つ確認した」
「マジか!?」
「うん、でも一〇もあるの内の二つだからね。私に見つけられるくらいだから本命はもっとセキュリティの固いところにあるだろうし。でもしばらくは拠点としてそこを使うと思う」
プロは裏世界にも現実世界にも逃げ場を作っているものだ。襲撃者もその例に漏れない。
それでもこの発見は大きい。手がかりになる。
「目視に留めたからあちらも私達が気づいたってことに気づいてないはず」
「空振り覚悟で張るか」
「でもトラップとかもあるんじゃないの?」
かく言う私は奇襲をこの身に受けたので警戒心が働いている。
「それは鮎の能力で何とかするんだろ。『念力』でさ」
私はため息を吐きながら答えた。
「そんな万能のものじゃないのよ」
私の使うサイコキネシスなんて裏世界では"ランクC"の異能として扱われている。その中でも私の扱える総重量は下の方だ。精密性もあるとは言えない。
万能と言えなくもないが、かの襲撃者に通用するとはとても思えない。実際死にかけた訳だし。
「絶命しなければ私が何とかできるかもしれないけどね」
そう答えたのは冷徹ちゃん。
彼女は『時間逆行』というスキルを持つ超能力者。その名の通り物体の時間を巻き戻すことができる。"ランクS"に属する時空干渉系スキルだ。
にしても私に犠牲覚悟で索敵させるとは。一度交戦してるので適役ではあるものの、もう少し躊躇してもいいのに。
まあ、断らないけど。
誰かはやらなければならないのなら私がやる。そういう方針で話を進めることにした。
「今日は木曜日だから……決行は明日。それまでミミーは皆にその場所の情報送っといて。陽輝君は周辺の調査、ミミーとツンケンは戦闘準備。冷徹ちゃんはいつも通りに」
時間逆行は実質回復役なので最前線に置くことができない。自分のことは逆行できないらしいのでダメージを負わせる訳にはいかない。
そのせいで前回私はギリギリの瀕死という状態で運ばれのだが。
「おうよ」「わかったわ」「うん、任せて」「…………」
それぞれがそれぞれの返事をして急場の計画はとりあえず形となる。ここは裏世界にしばらくいる分、決断力も精神力もかなりのものだ。
最近は――学校でも裏世界のことを思い出すようなことがあった。
もしも、私達が目的を達成してこの世界から足を洗うとなった時に元に戻れるのだろうか。一般人のように振る舞えるのだろうか。
手遅れなんて思ってしまう。そんなこと考えても仕方ないけれど結城君を見ているとそういうボーダーの危うさに考えさせられる。
「――じゃあ、解散しよっか」
私の合図で『ラバーズ』の四人は小宮駅から離れてすぐに視界から消えてしまう。その後もしばらく帰る気にならなかったが明日は学校がある。戻らなければならない。
この時の私はまさかあんなことになるとは思わなかった。
世界は私の事情等構ってくれない。
特大の難題を容赦なく課してくる。




