②死んだはずの転校生
七月の初めのことだ、私立小平花守高校に転校生がやってきたのは。
本格的な夏が始まろうという時期に現れたのは至って平凡な男子だった。それどころか平均よりも下という風な印象を受ける。
特にこれといって特徴のない同い年。
視線を下げて俯いているので少々影が薄い印象。
彼は先生の指示に従って教卓の前で自己紹介をした。
「結城海斗です……よろしく」
当たり障りのない答えと陰鬱そうな声のトーンから人見知りなんだろうと思った。この感想はこの教室にいる誰もが考えただろう。昨日は転校生が来ると盛り上がっていたが見事に期待を裏切ってくれた、と思う人もいるはずだ。
そのまま朝のホームルームが終わる。
私はこのクラスで学級委員を担っている。なので先生から転校生のサポートを任されていた。
一時間目の授業が始まる前に早速、結城という男に声をかけることにした。
彼は暫定的に窓際の一番後ろの席を使っている。結城君は無表情のまま青い空を見上げていた。
「私は有崎歩美、これからよろしくね結城君」
私が自己紹介するとこちらに顔を向けて返事する。
「よろしく、有崎さん」
すると、意外なことに朗らかにそれも笑顔で返事をしてきた。思わず言葉を失う。第一印象とは裏腹に接しやすいタイプ。緊張して上手く自己紹介できなかったのかもしれない。
だが、言葉を失ったのはもう一つ理由がある。
私は彼に会ったことがある、ほんの数日前に。
けれど、あり得ない――私の記憶には刻まれている記憶と食い違う光景がそこにある。
「何で……」
なんたって私の知っている彼は死んでいる。三日前、彼がある男によって四肢を切り刻まれたシーンは今も目に焼きついていた。
その結城君が怪訝そうな顔を向けてきたのでハッ、とした。動揺を気取られないように取り繕う。
「えっと、私学級委員だから困ったことがあったら言ってね」
「ああ、そういうことね。ご親切にどうも」
「うん」
あの時、彼は私のことを見ていないはずだ。死角に入ってこちらが一方的に見ていただけ。
だが、見間違いの可能性もあり得る。同じ顔の人は三人はいると言うし。
なので、ストレートに訊いてみることにした。このまま悩んでても答えはでない。
「結城君ってさ……死んだことある?」
「は、はぁ……」と困ったように相槌をうった。普通の反応。「死んでたらここにいないと思うけど」
「そうだよね。変なこと訊いてごめんね」
「いや、死にかけたことはあるけどさ」
不意に結城君は言った。気にしないで、と軽く言うようなさりげなさで。
は? 死にかけたことはある?
「ちょっと、それって――」その台詞の真意を聞こうとした時、一限目の始まりを知らせるチャイムが鳴り響いた。間もなく担当教員も教室に現れる。
タイミングが悪かった。でも彼の反応は黒っぽい。もしかしたら"あちらの世界"の人間かもしれない。そうでなくとも知っている可能性がある。
「じゃあ、有崎さん」
「あ、うん」
彼の向けた目は私の心を見透かすような鋭さだった。もしかしたら私が気づいたように彼も薄々感づいているかもしれない。時間をかけてる暇はなさそうだ。
一時間の英語演習の授業中、私は三日前のことを思い出していた。
先ほど、彼は死にかけたと言っていたが、私だって少なくない数死にかけていたりする。その中で最も最近なのが三日前なのだ。
学校帰りの放課後に通り魔に刺された訳はない。トラックに轢かれた訳でもない。
こことはちょっと違う世界の話。多くの人が生きているこの現実の世界とは違う鏡面世界。鏡のように対称ではあるもののそこにいる者は異常な力を持っている。
通称、裏世界。
そこにある力こそが異能。
私の所属してる組織の目的に従って任務を遂行していたら後ろから奇襲を受けた。これ自体はよくあることだが、待ち伏せされていたように思えたのが気がかりだった。
ともかく『襲撃者』に狙われた。
彼は、所謂ところの殺し屋という職業だ。その中でも襲撃者は有名どころ。その実力は『黒槍』に匹敵すると言われている。私を含めてそこらの異能使いじゃ相手にならない。
背後からの斬撃によって行動不能に陥った時に彼――結城海斗が現れた。けれど大口を叩いた割に呆気なくバラバラにされてしまった。その隙に私は逃げることはできたけど一人の人生を終わらせてしまったことに心を痛めていた。
いたけど、いたのだけれど――。
休み時間、彼の周りには人だかりができていた。第一印象微妙だったにも関わらず男女半々にクラスメイト達が囲っている。
結城君は彼に対しても分け隔てなく接していた。気遣いや愛嬌もあってすぐに初対面の人とも仲良くなっている。
「…………」
うーん。
似たような人とか?
双子の兄弟?
幻覚?
初対面だが、彼の見た目はすごく普通だけど何考えているのかわからない節がある。単純そうに見えて深い、考えてなさそうに見えて鋭いような。
学園生活の邪魔をするのも忍びない、裏世界については次の休み時間にでも聞こう。
そう思っていたが、休み時間の度に彼の周りには人が集まっていた。
そこまでの人気なのか。
こう言っちゃ何だがどっからどう見ても普通じゃないか。The平均、ミスターアベレージだ。
もしかしたら一周回って普通というのが流行っているのかもしれない。そんな馬鹿な。
遂には昼休みになってしまった。私が彼の席を見た時にはそこには誰もいない――既に他の人に誘われて食堂に行っていた。
思い通りに行かず肩を落としていると――。
友達の怜奈ちゃんと未来ちゃんが声をかけてきた。その手には弁当箱を携えている。昼休みはいつも三人で一緒しているのだ。
「歩美ちゃん、今日ずっと転校生君のこと見てるよねぇ」
「そうそう、もしかしてあれですか? 一目惚れってやつですか?」
なんて言いながらニヤニヤしていた。
仮にそれなら良かった、と本気で思う。色恋で煽られる程度で済むならその方がいい。私が彼と話し合わなければならないのは人の生死が関わっているから。
私は平静を装って彼女らに返事する。
「そんなんじゃないよ。すぐ友達できて良かったって思っただけ」
「そっかあ、でも確かに歩美ちゃんは面食いだからねえ。結城君だっけ? 何か普通って感じ。中の中から中の上みたいな」
「でも何か性格良さげだよね、話したことないけどナチュラルに懐に入り込む的な?」
地味に失礼なことを言う怜奈ちゃんの発言はともかく、思うところは大体同じだった。
とても裏世界で生き残れるようなタイプとは思えない。あの世界においては彼は善良過ぎる。
今日話を聞くのは無理そうかな。
いつも通り三人で机を囲んだ。
「いただきます」と手を合わせて昼ごはんを食べ始める。「うわぁ、ピーマン入ってる……」
深緑の野菜は大嫌い。ごめんなさい、お母さん。
◎
午後六時頃、私は小平駅前にいた――。
この時間帯だと仕事帰りの社会人や学校帰りの学生が溢れかえっているはずだがそんな様子はなく、閑散としていた。
沈みかけの太陽もどうしてか青色を発している。
「なんてね。裏世界だけど」
私は手持ち無沙汰にベンチに座って足を揺らす。
裏世界特有に青さに照らされる小平駅には私と私の仲間、計五名しかいなかった。異能組織『ラバーズ』のメンバー。男二人、女三人で構成されている同い年のグループ。
活動目的を遂行するためにこうして人気のない場所に集まっている。今は、私達はトラブルに見舞われて専ら襲撃者について話し合っていた。
「誰が依頼したのかまだわからないのかっ!」
我慢できずにツンケン(渾名)が声をあらげる。
それに対してとある少女が呼応するように返事した。
「あの『襲撃者』なんだよ!? 依頼相手の手がかりを残す訳ないでしょ!」
少女――ミミー(渾名)が返すように怒鳴る。
「まさか『ビリー』が生きてたとか……?」
陽輝君(本名)は恐る恐るその名を口にする。
『ビリー』というのはある情報屋の通り名。傲岸不遜な態度で『透明』と並んで誰からも嫌われ、所持していた異能が諜報向きで実力だけは折り紙付きだった。
先週私達が殺した――はずなのだが。
「でも確かに瓦礫の中までは確認してないからね。それに情報屋を名乗ってるんだから生き残る術は十分あると思うし」
冷徹ちゃん(渾名)が悲観的なことを呟いた。
そして私はそれを肩を竦めて眺めているのだ。そんな私に気を遣って陽輝君が「大丈夫?」と心配してくれる。良い人だ。
「ちょっとね」話そうかどうか迷ったけど、ここにいるのは謂わば運命共同体。隠し事なんてしたくない。
「実は――」
私は三日前のゴタゴタについて、結城君のことを絡めて詳しく話した。彼の転校がなければ話す必要もなかった事柄だ。
話を聞いて皆は腕を組んだり、唸ったり。
「――バラバラになって甦った? 甦生系能力者? 冷徹みたいなやつじゃなくてか?」
「甦生系なんてスゴいレアスキルじゃん。というかそういうことは早く説明してよ」
「つまり結城という彼は襲撃者の顔を見てるってこと?」
「怪しい匂いがプンプンするわ……絶対ヤバいやつでしょ」
ツンケン、ミミー、陽輝君、冷徹ちゃんはそれぞれの感想を口にした。それぞれごもっともな意見だ。中には耳が痛くなるようなこともある、そういう意味では確かに有意義ではあった。
「鮎、引き込めないのか?」
鮎とは私のラバーズにおける渾名――歩美だから鮎……それはともかくだ。
ツンケンの発言に私は一瞬言葉は詰まらせる。
彼は襲撃者と正面から相対した。殺し屋は顔を見られた相手を絶対に逃がさない。近いうちに私もまた狙われる。その時に彼の情報があれば優位に立ち回れる。
だが――。
「――まだ裏世界のこと知ってるかもわからないし。それに私達みたいな目に合わせたくないよ」
「そりゃあ、そうだけど……」
事情が事情なためにいつもツンケンしているツンケンも強気には出られない。それは『ラバー』結成の核心だから。
それもこれも全部――…………言っても仕方ないけども。
ああ、本当に何でこんなことに。
意識していなかった、けれど頬から透明な水が伝った。知らず知らずの内に想いが積み重なっていたのかもしれない。
「あれ……? 私、何で泣いて……」
「どうしたの鮎!? ツンケン、何でそうデリカシーのないこと言っちゃうかな!」
「俺かよ!?」
「大丈夫、鮎? 無理しないでね」
「女が泣くほど面倒なこともないわ」
ツンケンとミミーは相変わらずの仲だった。陽輝君はいつも心配してくれて、冷徹ちゃんは冷たい……というか酷い、まさに冷徹だ。でも、心強い。
この四人がいてくれるなら私は勇気が出るしこの光景を守るためなら何だってできる。悲しくたって前に進むことができる。
膝を強めに叩いてベンチから立ち上がった。
「――落ち込んでる暇はないか。もう大丈夫だから、行こう」
そうだ。
行くんだ。
私達が生きるために――殺しに。
生きるため、というのは正当化できる理由足り得ない。でも私達にはそれしかない。
「絶対に助かるんだ……!」
敵は裏世界そのものだ。でも私達五人ならできる。




