㉒裏回想
◎
六月一六日、夜――。
古家セントラルセンターの屋上。
涼しげな風吹く真夜中二人の男女がそこにはいた。
一人は真倉黒人。
「君みたいな素晴らしい異能使いを葬るのは心苦しいが、依頼だから仕方ないんだ」
悪びれることなくそう言った相手は学生服を纏った少女――屋上の縁に片足でバランスを取って遊んでいるのは八神愛と呼ばれる少女。
正真正銘一七歳だが、宿る瞳は女子高生のものではなく破壊を司る魔眼だった。
裏世界において最強の一角とされる、魔怪本人。
「心にもないことを……結局は金だろ。金銭至上主義者め」
彼女は男勝りな乱暴な言葉遣いで返した。
「そんなことはないさ。依頼料は数百億だ。『八番目の大罪』『八帝魔神』にそれだけなんて破格も破格だ」
「その値段に見合う訳があるってことか」
「そういうことだ」
そう言って真っ黒ファッションの真倉はポケットからスタンガンを取り出した。扱いが雑で歩いている途中に自分が気絶してしまうこともしばしば、なんてことはない。
「こっちも忙しいからそろそろ終わらせよう」
「…………」
「何か言うことはないかい? 最後だから聞いてあげよう」
その態度に愛は怒れて睨み付けるが、無意味だと思いすぐに止めた。これから死ぬという事実をただ頭で考える。
裏世界で生きている以上そういうことになる覚悟はしていた。
裏世界に未練はない。
だが、現実世界にはあった。何よりも大切なことが、誰よりも大切な人が。
未練を断ち切ることは不可能なほど――。
「おい、真倉黒人」
「何かな?」
愛は指を鳴らした。すると紫色の異空間が発生してそこから何かが押し出される。時を経るにつれ積み上がっていく。
数えきれない程のジュラルミンケースが屋上を占拠した。
「ここに一〇〇〇億ある。私が裏世界で集めた全ての金だ」
「へえ……」
「使わないままにするのは勿体ないからな。依頼してやるよ」
「……これだけの額に見合う依頼となるかなり骨が折れそうだ」
「はっ」鼻で笑い飛ばす愛。「簡単なことだぜ――」
「――もしも、私の幼馴染が裏世界に入るようなことがあれば、全力で阻止しろ」
結城海斗の裏世界進出の阻止の依頼。
真倉黒人はこう答えた。
「理由は訊かないでおこうか。そんなのでこの大金もらえるなら断る理由はない」
「良かった」
安堵の声を漏らす八神愛。心残りはやっぱり海斗のこと。
もしかしたらここに来る、という懸念があったから。
「なら、もう言うことはないな」
「じゃあ、終わりだ」
スタンガンが愛の腹部に当てられた。ボタンを押すだけで後方へ倒れ、そのまま二〇〇メートル落下する。
バチッ――。
もう、屋上には一人しかいない。
「くっくっくっ――」
笑いが一つ。
約束なんてあってないようもの。片方がいなくなったら守る必要なんてない。
「さて、幼馴染ねぇ。そいつが魔神のことを知ったらどう思うか。面白そうだな」
邪悪な決心は現実のものとなる。
高笑いが辺りを響かせた。
八神愛の依頼を受けた上で、破棄ひ、真倉黒人は確固たる意思を持って結城海斗を裏世界に引きずり込んだ。
理由はその方が面白そうだったから。そして、訪れた現実は彼が考えている以上に抱腹絶倒だっただろう。




