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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
一章 裏と表のプロローグ
21/89

㉑解決 / epilogue

 

 ◎


 真倉黒人は高らかに哄笑する。狂喜に満ちた叫びが部屋を支配して蹂躙する。


 はっきり言って気持ち悪い。不快係数が秒速一〇メートルで上昇していく。

 心底嬉しそうに、彼は言った。


「気づいてしまったか! いやいや、まさかバレてしまうとは!」

「――そういうことなんですね。そうですか」

「隠していた訳じゃないが、君は絶対気づけないと思ったんだがな」


 真倉黒人が忌避される理由、拒否される理由。名は体を表すというのなら彼は根っからの黒幕だ。


「最初から考えてた訳じゃないんだがね!」


 いけしゃあしゃあと真倉さんは言う。


「ショッピングセンターの屋上のところからですか?」

「その前、極悪編隊とのエンカウントの時だよ。初め、君と出会った時点で何も知らず、能力すら持っていないと思った。だから、消そうとした。顔を見られて良いことはないのは説明する必要もないだろう? だから君は帰ってこないと思った。殺されてるはずだった。だが、何食わぬ顔で帰ってきた。予想が外れたよ」


 元々、極悪編隊とのエンカウントは俺を殺させることが目的。いや、極悪編隊なら手を下すとわかっていただけか。生き残れたのは俺の甦生の異能があったから。


「能力の詳細を知りたくなった。だから続いて、試しに手練れの異能使いを送り込んでみたんだ。それがショッピングセンターの屋上の件」


 試しに、か。

 どこまで最低なんだ。


 俺はともかく栞ちゃんのことは許せない。あんな傷だらけになりながら俺を守ってくれたというのに、それが全部全部全部実験だと?


 栞ちゃんより強い異能使いを雇って俺の力を引き出そうとした――結局、俺は何もできなかったが今も生きている。ならば彼の目的は果たされたのかもしれない。


「その時に助けにこれなかったのはわざとですか?」

「いや、そこは本当。理由は赤岩にこのことがバレて殺されかけていたからだ」

「そうですか」


 赤岩さん気づいてたのか。怒ってたのは栞ちゃんまで巻き込んだことだよな。意外と目端が利く人のようだ。


「それと彼女を雇う金よりも、槍操掌握ランスコマンドの依頼料の方が高かったってのもある」

「依頼ですって?」

透明インビジブの捜索の依頼さ。都合が良かった、だから偶然を装って誘導した。彼は強力な異能者だったが人というものを理解してなかった。恨まれるのも当然だよ」

「そうですか……」


 あっちも因果応報だ。泥棒なんてしてたら恨まれるに決まっている。

 そういえば槍使いのあの男もあれやこれや口走っていたな。

 だからって、真倉さんも槍操掌握ランスコマンドも良い訳じゃない。人を殺めるのは言語道断の行為。


「そして最後」と区切る。「吉田浩二郎に異能使い三人を紹介したのも俺だ」


 だからこそ前もって俺に完璧な情報を俺に渡すことができた。何故こんな回りくどいことをしたかは考えるまでもない。


「吉田浩二郎に情報をリークした振りであの三人を紹介した。ここでさらに金銭を得た」

「――やっぱ金ですか」

「だが、馬鹿にはできない。誰だって、ただの紙切れに命を、人生を賭けているんだから」


 仕事とはそういうことなのだろう――、と彼は言う。

 良い高校に行って、良い大学に行って、良い企業に入社して、多くお金を手に入れるのだ。生きるためにお金を手にしなければならなくて、お金を手に入れるために働く。

 命のために働いている。

 誰だってお金は欲しい。


 だが、許しちゃいけないラインってものがあるだろ。


「あなたが賭けたのは他人の命でしょう?」

「上手いね。そうだね、けど、っていうならそれも自業自得、因果応報なんだろうさ。俺みたいなやつだ出会ってしまったそいつの人生自体が」

「…………」


 そういうことなのか?

 違うはずだ。同じであってはならないのに。

 確かに努力でどうにかできることではあろう。

 俺は何にも言えなかった。


「……槍操掌握ランスコマンドいましたよね」

「そう、吉田浩二郎に紹介した。あの三人では足りないかもしれないってね」

「そうですか」

「だからここでも金を要求した」

「俺という脅威を自ら作り上げて金儲けですか……そう、ですか。マッチポンプどころじゃないですね」

「ショックかい?」

「ええ、そりゃ……今までやってきたこと全てが無駄に思えてきます」

「はっはっはっ――それは重畳だ」


 邪悪な笑い。笑いものにされて、娯楽にされて、手の上で転がされて。

 それでも一向に怒りが湧いてこない。自分が馬鹿だったと思わされる。

 でも、無駄ではない。

 それがなかったら俺は今ここにいないんだ。


 結局、俺に接触したのも金になりそうだったから。仲良くしたいってのもその場凌ぎ。

 信用していた訳じゃないけど、信頼しても良いと思っていた。

 俺の方こそ裏切られない前提の信頼。

 自業自得なんだよな。


「君は悉く俺の予想外のことをしてきた。最初から最後まで。実際、さっきまではこんなことを言うなんて思いもしなかった」

「知りませんよそんなこと」

「ああ、そうだね。君は何も知らない――

 世界に数人の支配者がいることも、

 人為的に地震を起こす技術があることも、

 月の裏に宇宙人がいることも、

 世界が夢の世界へ向かっていることも、

 この世界にしか金の概念がないことも、

 メディアにより常に人心誘導も大衆扇動されていることも、

 不思議道具の世界が遠くにあることも、

 イルカが未来的な存在だということも、

 新世代の子供はよりアップグレードされていることも、

 そして――世界に意思があるということも。

 俺のことも当然知らない。だけど、何より君はそれでいて面白かった」


 加虐的な、ただただ俺を心を挫くだけの、ただただ俺の精神を殺すための笑み。


「何より面白かったのが――結城海斗と八神愛との関係だった」


 俺と愛の関係――。

 幼馴染で、クラスメイトで、隣通しに住んでいて、学級委員と副学級委員で。

 それ以上でもそれ以下でもない、はず。


「俺はさあ、君達は共依存の関係だと思っていたんだ。一人がいなくなったらダメになって、泣いて喚いて、それがなかったら何もできなくなる最悪で最低の気色悪い人間関係のことだ。調べてみて実際、八神愛はその傾向があったよ。君のために努力して、君のことを考えて、それ以外は後回しになっていた。だけど、君の方は違かった。八神愛のことを中心に据えていても、演じるように生きていた君は彼女とは明らかに画していた。よくよく考えてみたら最初からおかしかったんだ。君は大切な大切な幼馴染が死んだというのに冷静過ぎた。時間が解決とかじゃない君の心を整理が着いただけなんだ。整理が着いたらもう悲しまなかっただろう。そして何より、目の前に殺した張本人がいるというのに自業自得だって? いかれてるね! 裏世界の住人に劣っていないくらいに――八神愛なんて目じゃないくらいに。動揺を表に出さず、否、動揺はしていたが軽く受け止めて、受け流していた。気づいた時、俺は久し振りに震えたよ。心の芯から震えた」


 何も答えない。そうしたら真倉さんの思う壺だ。


「君は――八神愛のことどうでもいいと思っていたんじゃないのか? 彼女の前で演じるのに疲れていたんじゃないのか?」


 何も答えたくない。答えてしまったら認めるようなものだから。何を?


「いやいや、違うな。八神愛が死んで――喜んでいる自分がいるじゃないのか? 前から八神愛に死んで欲しいと思っていたんじゃないのか?」


 何も答えられない。何故かわからない。

 暗い暗い迷宮のような笑みで彼は言った。


「……言いたいことはそれだけですか」

「ああ、そうだ。俺の話を聞いてくれてありがとう。君は良いやつだ」

「はい、もういいです」


 頭が痛けりゃ、心臓も痛い。けれど息はちゃんとできているし、思考もできる。

 それは、意思ではなく身体。


「一発殴れば満足です」

「くっくっくっ――」


 真倉黒人は笑った。何故笑うのかわからない。

 不快だ。不快過ぎる。

 自分で自分の足を切断した時よりも、眼球に槍を刺された時よりも気持ち悪い。

 純然な恐怖を抱いた。


「殴れるものならどうぞ殴ってくれ」


 真倉黒人は席を立ち上がり両手を開いた。

 殴って欲しいのか? 意味がわからない。マゾヒストなのか? 何なんだ?


 席を立ち上がり、一歩踏み出す。右の拳に力を込めた。何の意思も籠っていないただの暴力――。


「じゃあ、行きますよ」

「異能を使うかい?」

「使いませんよ」

「そうかい、残念だ」


 じゃあ、本当にさようなら八神愛。

 俺は先に行く。俺達は別々の世界に行く。

 俺は拳を振り抜いた。

 最後だからこっちも言わせてもらう。


「――勝手に俺の気持ちを捏造してんじゃねぇよ!」



 ◎


 通称、氷結城――。


 水瀬みなせのぞみが『創造クリエーション』という異能を使って作り上げた水色の空中浮遊している建造物。


 そこへ向かうための唯一の道は階段。五〇メートルの高さがあるため入口に向かうだけでも一苦労の難儀なところ。

 二回目ということもあり勝手がわかってるから余裕を持って足を動かせる。とは言っても上りきったところでは当然息は切れる。


 デカイ扉に向かって「ごめんください」と呼び掛ける。すぐに空気も揺らさず玉座への扉が開け放たれた。


 目前の玉座に優雅でありながら、堂々と、にしては威圧的で、偉そうにお姫様が君臨している。長い金髪、吊り目、前衛的ドレス、どれからも発されるオーラだけで跪いてしまいそうだった。

 こちらをこれでもかと睨んでくるが、何を言うでもないのが怖い。


「どうやら解決したようだな」


 不意に声をかけられた。


「ああ……ええ、はい」

「その顔を見ると納得いくような結果じゃなかったみたいだが?」


 そう言うと床面が隆起して円卓が現れた。玉座も滑るように移動し、向かい合うように座る。


「で、結局誰だったんだ?」


 臆することなく核心を訊いてきた。男勝りの行動力。躊躇も遠慮もあったものじゃない。


「真倉さんですよ」

「やっぱりな」

「わかってたのか?」

「そうだ、当たり前だ」


 嘘っぽかった。深く突っ込まないでおこう。殴られてしまう。


「で、どうけじめを着けたんだ?」

「直接話を聞いて、終わらせましたよ」

「終わらせたっていうのは殺ったってことか?」

「殺ったってことじゃないです……」


 俺の台詞を聞いて希は少し意外そうな顔を浮かべた。


「……お前がそれでいいって言うならいいんだけどよ」

「で、何のご用でしょうお嬢様」

「私の名前はお嬢様じゃねぇよ」

「じゃあ女帝ですか」

「そっちの方が嫌だ。帝王も女帝も嫌いだ」


 その謎の拘りはいいとして。


「本当の要件は何なんだ? 希ちゃん」

「――っ、わざとやってるよな!? おい!!!」

「……俺はデフォルトで女の子の名前にちゃんを付けるんだ」

「愛のことは愛って呼んでんじゃねぇかよ!」

「それは嫌だっていうから……」

「私だって言ったろだろ! この屑野郎!」


 バキ、と。

 メギョリメギョリ、と。


「――うっ…」


 突然頭部に衝撃が走り、椅子から崩れ落ちて倒れてしまう。手元には一〇キロのダンベルが落ちている。

 殺されかけた……会話を楽しみたかっただけなのに。どんなことをしたらあんな効果音がなるのだろう。俺の回復の異能がなければ確実に殺られてたぞ? 軽率に殺し過ぎだろ。


「冗談はともかく、何の用だ?」

「…………」


 俺の変わり身と無傷さに驚いている希。取り繕うように喋り出した。


「そ、そうだな……話がしたくてな」

「話?」

「愛のことだ。言うか言わないか迷ったけどこれを逃したらもうチャンスがないと思ってな」

「…………」


 裏世界での愛の親友である希。随分とダウナーな関係っぽいが、どんな話をしたのかは少々気にならなくもなかった。

 一瞬迷って「わかりました」と答える。


「お前がわかってもわからなくても喋るつもりだったけどな」

「やっぱ女王様じゃないか……」

「話っていうのはな、お前ことなんだ。現実世界の話は隠したがっていたみたいだが、お前のことについては妙にハイテンションに語ったんだよな」

「…………」

「で、いつかは忘れたけどよ好きな人の話をしてな」

「最近の女子高生みたいなことを……」


 年齢的にはそうだけど。というか希は何歳なんだろう。年上っぽくはありそうだが、意外に下という線もある。


「それがどうやらお前っぽいなーって」


 そしてそれを聞いた俺はなんと言えばいいんだ。好かれてたことは知っていたけど。クラスメイトとかに煽られてたけど。


「自分から言うのは嫌らしかったから私が言ってやろうと思ってな」

「……な、何を?」

「好きなところだ」

「……形容し難い気分になりました……」


 もうお腹一杯です。メモ帳を見る限りだと、恥ずかしい展開になりそうだ。


「まず優しいところ。誰にでも気兼ねなく接する人気者なところ……そうなのか?」

「訊かないでくれ。かなり萎える」

「私が疲れてる時、助けてくれるところ」

「そりゃ、幼馴染ですから……」

「正直者で嘘を吐けない」

「別に吐く必要がなければね」

「カッコいい」

「…………」

「そういう姿に憧れて頑張って、そういう姿に惚れたみたいだぜ」

「憧れ、か――」


 俺のことを好いてくれて、憧れてくれたのか。

 でも、それは――。


「――憧れてたのは俺の方だけどな」

「あ?」

「努力家なところに憧れた。優しいところに憧れた。その心に憧れた。その姿に憧れた」


 俺が頑張ってこれたのは愛がいたからだ。あんな風になりたかった。理想の、尊敬の、憧憬の対象だったから一緒にいたかった。

 隣にいたかった。

 だから、演じてまで努力していた。

 それでも――涙は出なかった。


「……好きだったのか?」


 無粋なことを訊く。

 しかし、どうなんだろう。正直わからない。

 この想いは純粋なものだ。だけどそこに恋愛感情があったかと問われれば――。

 俺の答えは……。


「――友愛だよな。ゆーあい、You&I」


 一瞬、冷たい視線を向けられる。

 何事もなかったかのように話を進められた。


「……言い聞かせてるように思えるが?」

「どうだろうな……正直わからない。でも愛に好きって言われて、付き合って欲しいと言われてたら、迷わず付き合ったと思うよ。愛が幸せになってくれるなら何でもしたと思う、って言ったら凄い重い奴だな」

「はっ――無条件に優しいってのも考えものだな。誠実と不誠実が紙一重に折り重なっている訳か」

「そんなんじゃないけどな。こういう自分を作ったのは愛に憧れてたからだし」

「見事なまでにすれ違ってた――なんてことねえよな」


 文脈がすごいことになった。


「ないのか?」

「ない」

「そうですか」

「お前は最初から、愛が憧れるくらい良いやつだったってことだろ」

「…………」


 そういうことなのか。

 子供時代の記憶はあまりないけどそんな優しさ溢れる少年ではなかったと思う。

 それと違ければ、幼馴染だからかな。


「実際どうなんだろう……好きだったのかな」

「好きか嫌いかで言えば?」

「好きだな」

「じゃあ、好きでいいだろ」

「……そんな決め方じゃ俺は好きな人ばかりになるけどな」

「あー、そういえば言ってたな。すげえモテるからムカつくって」

「えええぇぇぇ、マジで!? そんなことないはずだが!?」

「相当のたらしみたいだな。実際のところどうなんだ?」

「……マジですか。うわぁ……」


 心の中でそう思われてたんだ。結構ショックなんですけど。

 何か日記にもそんなこと書いてあったけど、こんなところで不満を解消していたとは。

 落ち込んだ俺を見かねて、希は肩に手を乗せて言い聞かせるようにする。


「そう落ち込むな。悪口も聞いたけどよ、お前の良いところはもっと聞いた。あいつは確かにお前を愛してたよ――」

「――愛だけにってか? つまんねえな」


 馬鹿にして鼻で笑ったら頭部にとんでもない衝撃が走った。

 いや、俺じゃなかったらマジで終わってるからな?


「図に乗るな!」

「――うげ!?」


 一〇〇トンと記されているハンマーが盛大に落っこちた。首は飛ばされなかったみたいだ。


 裏世界にも少しだけど容赦というものがあるらしい。嬉しいような虚しいような、不思議な気持ちになった。

 悪いばかりではない。


「でも……」


 流石に永眠する威力でした。おやすみなさい。


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