⑳悪意と報い
◎
「ずっとずっと前から気になってたことがあるんだけど訊いていいかな?」
四月某日、高校に入学した直後の俺と愛の会話のこと。
桜咲く並木道、登校中のことだった。
改まった言い方だったからか不思議そうな顔をしたが快く「いいよ」と言ってくれた。
「『人生に無意味なことなんてない』ってよく言うけどどういうことなんだ?」
中学生の頃から彼女から頻繁に聞いた台詞だが、深すぎて真意を読み取ることができていなかった。俺よりも色々考えてるであろう愛の言うことだから前々気になっていたのだ。
「言葉通りの意味だよ」
「あっさり……」
「冗談冗談。でも海斗君が期待するような答えじゃないよ?」
「別に期待とかはしてないよ。ただ訊きたいだけ」
「海斗君がそう言うならそうなんだね」
乗り気ではなかったものの愛は答えてくれた。こういう優しい性格は本当に惚れ惚れとする。
「結果論」
「結果論? 終わり良ければ全て良しみたい?」
「そんな感じそんな感じ。世の中には嫌なことがあったり、悲しいことがあるよね。不幸のどん底ってやつ。でも、それを乗り越えられたら後は幸福しか待ってないじゃん」
「は、はあ……」よくわからなくて曖昧に頷いた。当たり前っちゃ、当たり前だが。
「相対的な話ね」
「つまりさ不幸も幸福の布石なんだよ。努力を続ければいつか報われる……って訳じゃないけどいつかその経験が役に立つ時が必ず来るから。辛い体験をしていれば大抵のことに動揺しないだろうし、悲しいことを体験したら同じ境遇の人を励ますことができるかもしれないしさ」
つまり自己満足、と俺なんか思ってしまうけれど。
「なんか綺麗事過ぎるっていうか……」
聞くと愛は「そうかもね」と何とも言えない微笑みで返してきた。俺の感想が気に召さなかったようで。
「実際問題として空回りなんてこともあるじゃん。恥ずかしいこととか、とてもじゃないけど立ち直れないやつ……」
数十年生きてればいつまでも後悔することもあるだろう。普通人生はもっと長いのだから、後悔や不幸は数えきれないほど降りかかるはずだ。受験に失敗したとか、自転車で事故を起こしたとか。
それこそ人の命を殺めるとか――。
「辛いし、忘れられないだろうね。でも、それならもう同じ失敗はしないでしょ?」
「なんか無理矢理ポジティブだな……」
「でも自分を幸せにできるのは自分だけだからね。どんなにちっぽけでも自分が納得できればいいんだよ」
「なんかそういう言い方をすると世界とか人生が大したことないよな気がする」
「実際そうなんじゃないのかな。こんなこと考えなくても満足してる人はいるからね。でも意識的に努力できるからさ」
「はあん……少しはわかった、かな?」
「そんな真面目に考えなくてもいいんだけどね」
そう嘯いて、やっと綺麗な笑顔を見せる愛。道を進んで行けば学校が見えてきた頃だった。
なあ、愛。何で君はそんなことを考えていたんだい?
俺は――ちゃんと理解しているのか?
「うっ……」
目覚めたのは、吉田邸の敷地の外だった。
つまり、邸宅の中でバラバラにされた俺は外で復活した。
作戦は成功したのだった。
とても作戦と呼べるものではないけれど。
要は俺の持つ甦生の異能の基点がどこにあるか、だ。
結果的に言えば、最も体積の大きいところが本体として回復する。
だから、あらかじめパーツを敷地内から出した後に槍操掌握に投げたパーツよりも細切れにされれば復活地点が変わる。
そのために自分で自分の右足を切断する必要があった。
俺の手に鋭利な刃物があった訳じゃない俺は、釘抜きで太股を裂くしかなかった。痛覚が麻痺したとしても、自分で自分を抉るのは想像を絶する辛さがある。
控えめに言っても死にたくなった。
「何も考えたくねえ……」
今まで起こった出来事は二〇分にも満たないことだったなんて。
極限状態に晒された精神はいとも簡単に崩れ去る。張り詰められていた糸は今、切れた。
だが、まだ最後の一仕事残っているんだ。
本当の、本当の、本当に終わる最後のピースを探し出すことに成功した。いや、わかっていたけど見逃していた。
だから、もう終わりだ。終わらせよう。
喫茶店『seraphic』。
奥にある秘密の部屋には既に真倉さんはいた。優雅にコーヒーを飲んで椅子を傾けていた。
「…………」
「首尾はどうだい結城君?」
俺に気づくとにやつきながら訊いてくる。
もう、いい。一度深呼吸する。
「あなたが大好きな異能バトル編は終わりですよ。無様に逃げて帰ってきたところですから」
「へえ。じゃあ、これから展開編が始まるのかな? それとも解答編か? どちらにしても面白そうだ」
「違います。始まるのは――いえ、終わるんです」
俺はポケットからただの紙切れ三枚をテーブルの上に叩きつけた。
「エンディングですから」
◎
テーブルの上には紙切れが三枚。
日本銀行が発行した紙幣。偽札ではない。
「三万円あります。言ってましたよね、これで真実を教えてくれると」
意外だったのか少し驚いたような顔をしている真倉黒人さん。付き合いは短いが笑ってない彼というのも珍しい。
興が醒めたとでも思っているのかね。
「……君はこういうことをしないと思っていたんだが」
「偏見ですね」
「だったみたいだ」と言いながらお札をジャケットの内側にしまいこみ「じゃ、また今度」と席を立った。
これはこれは……まさかの古典的で使い古されたネタか。
「突っ込み待ちですか? そんなことして欲しい訳じゃないです」
「……やれやれノリが悪いな」
大袈裟に肩を竦める真倉さんが改めて座り直したところで、俺も席に座る。
顔を歪めて、見透かしたようなことを言う。
「こうして三万円かけて、依頼という形にしなくともわかってるんじゃないのかい?」
「大方の見当はついていますよ。でも直接聞きたいですから、あなたの口から」
「そうかい」と胸の前で手を叩いた。「依頼は受けたよ。じゃあ、訊きたいことは?」
俺は今まで真実を知るために行動してきた。ビルに行ったり公園に行ったり、廃工場やショッピングセンターの屋上にも行ったりした。
そして、いろんな人物に出会った。振り回されて、走り回された。その際に俺の裏世界での才能が明らかになった。
でも真実に到達することはできなかった。運が悪かったからかだと――そう思っていた。
最初から無理だって可能性もゼロじゃないはずだった。
散々変わっていると言われていたが、確かに聞く耳を持っていないのかもしれない。警告はあったんだ。
「……俺が訊きたいのは一つ。この物語の真実です、八神愛を殺したのは誰ですか?」
力強く言い放った。対して答えいとも容易く――。
「――いいだろう。八神愛を殺したのは俺だ」
あまりにも呆気なく真実は明かされた。
そんな予感はしていた。どこか怪しい雰囲気はしていたが、実際に相対してみたら。
「…………そうですか」
「八神愛の殺害の依頼を吉田浩二郎"経由"で請け負った」
「そうですか」
そこら辺の流れはまだわからないことがある。俺の表情から察したのか説明してくれた。してくれた、って当たり前ではあるけれど。
「改めてそこにい至るまでの話をしておこうか。どこまでわかってる?」
「水瀬希と極悪編隊に会ったことはわかってますけど……あと、極悪編隊と戦う前に怪我をしていたとか」
「じゃあ、時系列順話しておこうか。一応君の知ってる情報から」
俺の知っている情報と言うと、所謂現実世界のことだろう。
俺が最後に会った愛の姿は――。
「放課後、学校帰りです、午後四時頃。数日前から怪しい素振りを見せていました」
「その後は当然裏世界に入った。まず古家セントラルタワーに向かった訳ではない、最初に向かったところは創造の城だ」
「それはわかってますよ」
「じゃあ、そこで八神愛と水瀬希の戦闘が行われたことは?」
「戦闘……」一瞬言葉に詰まる。「仲良いって言ってましたが」
希の一方的な好意だったのならかなり可哀想だ。
「そこの理由は知らないけどさ」
――いや、そこ重要じゃね?
だが、極悪編隊の彼女がそんなことを言っていた。服がボロボロになっていたと。それをどうしてか希が隠した。喧嘩にしてはやり過ぎたのか。
「その後、天空遊園で極悪編隊と交戦して壊滅させたってことまではわかります。あなたが出るのはここからですよね?」
「そうだ」
何故か誇らしげであった。
「俺は依頼通りに、八神愛に接触、スタンガンで気絶させ、体裁だけでも事故死に見せかけるためあのビルから突き落とした」
今まで会ってきた異能使いによると愛の異能『魔界』は最強の魔法と聞いていた。
それを言うに事欠いてスタンガンで気絶させるだって?
真倉さんも異能を持っているらしいが、それを使ったのを隠しているのか。
「ちなみに南木市の通り魔事件は異能使い。裏世界で殺人を犯し、そいつが現実世界へ戻った際に目撃されたというのが顛末だ。そして、その通り魔は八神愛が殺した。裏世界の街ごと、な」
「何でそこまでのことを――」
「現実世界で発見された遺体はバラバラだったため警察には新たな事件として扱われているがね。バラバラ死体という事実は伏せられて君達住民に伝えられただろう。八神愛のその行為が誰のためかは言わなくてもいいか」
「…………」
俺のためだってか?
本当に愛がそんなことを思っていたのなら――。
「当日起こったことはこれくらいだ。君は、君の大切な人を殺した俺のことを最低だと思うかい?」
喩え、最低と答えてもきっと何も思わないだろう。だから答えなかった。
人を殺した銃に憎悪を向ける人は少ない。大体そんな感じかもしれない。
けれど言いたいことある。
「別に愛が死んでしまったことは――やってきたことを考慮すれば自業自得だと思いますから」
「辛辣だね」
「色々な人の話を聞いてこの世界の八神愛を理解しました。何をされても仕方ない、と思いますよ」
「辛辣というよりも冷酷だ。目の前に殺した張本人がいるというのに」
的外れな台詞だ。
真倉さんにしては珍しい、なんて言っても俺と彼の付き合いはほんの数日。
だけど、真倉黒人という人格をこれでもかというくらい体感したのは事実だ。
「真倉さん」
「改まってどうした?」
「真実を聞かせてください」
「だからさっき言っただろ。俺が八神愛を根こそぎにしたって」
「そんな台詞は初めて聞きましたよ……ではなくて、俺が確認したいのは『後』のことですよ」
そう言い終わった瞬間だった。
真倉さんは思い切り、あからさまに、それでもやっぱり大袈裟に俯いた。そして打ち震えた。
やがて「――そうか」と呟く。
その反応で俺は確信した。
「く、くっ、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」




