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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
一章 裏と表のプロローグ
2/89

②ラブ&ピースの放課後

 

 ◎


 南木市、とある住宅街の一角。

 六月の初旬、俺は未だ五月晴れの広がる空を見上げた。

 時刻にして午前八時。

 仄かに吹き込む風を身に受けると、前髪が揺れたので軽く整える。ついでに制服の襟を正した。


 すると、隣の家屋の玄関口が開け放たれた。

 現れたのは俺と同じ高校の女子制服を纏った少女。俺にとってはお隣さんであり、幼馴染だ。


「お待たせ、海斗かいと君」


 悪びれもせず彼女――八神やがみあいは薄い笑みをたたえながらこちらまでやって来た。

 髪型は背中半ばまである黒髪を三編みハーフアップ、

 身長は一七〇センチくらいの俺に迫り、

 凛とした顔とは裏腹に見せる表情は柔らかく、

 何より慈愛を尊ぶ精神を有している。幼馴染であることすら誇らしいそんな少女だ。


「いや、さっき来たばっかだよ」

「ふふ――、デートの待ち合わせみたいなこと言うのね」

「嫌だった?」

「そんなことないよ」


 言い合って、いつも通り並んで南木みなみぎ高校に登校し始める。

 長い付き合いだ、わざわざ何かを話したりしない。俺はただ隣り合いながら遠くの空に積乱雲の塊を見上げた。

 住宅街を出、歩道橋を登って県道の先の先にある山影に視線を飛ばす。綺麗だ。


「あ、そうだ」


 唐突に愛が声を上げたので、耳を傾けた。


「放課後、体育祭について話し合うから残ってね」

「もうそんな季節か……」


 クラスで学級委員の愛、副学級委員が俺。

 体育祭が二週間を切り、すぐに控えているため、選手決めを初めとした問題について話し合わなければならない。面倒なところで言えば、応援旗作りだ。


「放課後にまた言ってくれたら忘れないな」

「もう、ちゃんと覚えててよね」


 トン、と人差し指を俺の額で弾くと先行して橋を下った。額を押さえながら俺は着いていく。

 それから道なりに進むと南木高校が見えてくる。同じく登校する生徒は軒並み夏服で涼しげだ。



 愛が教室に入り「おはようー」と誰がいるかも確認せずに挨拶をすれば、クラスメイトはこぞって反応をする。

 人気者の彼女は男女問わず愛想を振り撒いた。俺のその影に隠れて速やかに自席に着く。


 彼女と違って俺は目立つタイプではない。

 ハブられるほどではないが、愛と話していると若干釈然としない視線を食らうことはある。それくらい普通なやつだ。


 手で顔を扇いでいると、遅れて荷物を整理し終えた愛がやって来る。机の前にやって来て嬉しげに微笑む。


「海斗君、昨日のテレビ見た?」

「見てないけど」

「見て、って言ったじゃん。昨日、舞鶴まいづるちゃんが出てたんだよ」

「へえ、テレビに出るのってどれくらい儲かるんだろう」

「もうっ、そんなことばっか」


 彼女が頬を膨らませてぷんすかしていると、一人の男がやって来た。


「おいおい、相変わらず熱いなお二人さん」


 言って野郎がニヤついた。

 彼は島崎しまざきという金髪の男で、クラスメイトからは屑男くずおと呼ばれている。由来は三股がバレたからだとか。

 相変わらずの態度にため息でも吐きたい気分だが、愛は彼の煽りに慣れていないようでわたわたしている。


「そ、そんなんじゃないよ!」

「確かに今日この頃は暑いよな」


 窓の方に視線を向ければ、それだけで汗が流れそうだった。

 これからさらに気温が上がると考えると嫌気が差すというものだ。

 頬を紅潮さる愛に追撃する島崎。


「そんなつもりじゃないなら、俺と――」

「何やっての馬鹿ッ!」


 たじろぐ愛を守るように少女が現れ、島崎の頭を殴打した。鉄拳制裁したのは同じくクラスメイトのツインテールの女だ。


「愛ちゃんに触るな屑野郎!」

「何すんだよ、日高ひだかっ!」


 日高さんはクラスでは一号いちごうと呼ばれ、愛と同じく人気者だ。一号の由来は島崎の一番目の元カノだからで、彼らは幼馴染らしい。

 はっきり言って爛れた関係で、別れたり付き合ったりを繰り返しているようだ。

 心なしかこの教室にはヤバいやつが多い気がする。


「朝っぱらから愛ちゃんを口説くな。まったく……結城ゆうきも何とか言ってよ、幼馴染でしょ?」

「そういうのは双方の同意というやつだから俺の預かり知らぬところだな」


 俺しては喩え、幼馴染でも他人の恋に口を挟むのは野暮だと思う。困っているのなら勿論助けるが、個人的感情で止めることはない。


「はあ、結城はそういうことだめなんだよ。いつか足元救われるよ?」

「だな。そんなんだと人生空振りするぞ?」

「二人して謎の予測をしないでくれ。俺に襲いかかるのは悉く悪いことなのか」


 付き合いが長いだけあって島崎と日高の息は合っていた。

 それで言うなら、一線を越えてなにしろ俺と愛のシンクロ率ももう少し高くてもいいはずなんだが。

 当の愛も若干不満そうで。


「鈍感っ」

「俺はそんなんじゃないけどな。昼間は太陽光が眩し過ぎて寝落ちもできないほどデリケートだぞ?」

「そういうことじゃないし」


 プイッ、とそっぽを向いてしまう。

 正直言えば、ちょっと怒った顔も可愛いと思ってしまう。にやけてしまいそうになるが耐えて、兼ねてからの質問をする。


「愛はさ……俺のことどう思ってんの?」

「え!?」


 実際のとこ俺のことをどう思っているか。

 愛の動揺の背後で「行きやがった!」「こんなナチュラルに責めるの!?」とか言う男と女がいるがここはスルー。


「いや、その……良いと思うよ……?」

「良いとな」


 それはつまり鈍感でも良いということか?

 何となく違う気がするが、良いと思ってくれているらしい。漠然としているが悪い評価ではないだろう。

 付き合いは長いし少なからず好意はある、というところか。とりあえずお礼を言う。


「ありがとう」

「あ、うん……それってどういう?」

「良く思ってるんだなって」

「……はあ、そうだよね。期待した私が馬鹿だったかも。やっぱ鈍感」


 愛は露骨なため息を吐いて遠くの空を見上げ、島崎と日高さんは俺を見ながら肩を竦めた。

 相変わらずだな、と言われている気分だ。


 ほどなくして始業のチャイムが鳴り響き、担任の先生がやって来た。バラバラ、と生徒が席に着きホームルームが始まる。

 毎朝のことで緊張感の欠片もないが、今日はいつもと違かった。


「一週間前からナイフを持った不審者が目撃されてるから気をつけてください」


 その情報は既にここら一帯に広まっている。俺も勿論、愛だって知っているはずだ。

 発見されたのが深夜帯とはいえ、危ないことは確かだろう。

 ことによっては授業短縮ということもあるかもしれない。

 そういえば、登校路に覆面パトカーが留まっていたな。



 時は進んで昼休み――。


 いつもなら一人で昼を食するところだが珍しいことに、今日は愛と日高さんと一緒。


「結城ってモテないよね」

「急に何だよ、日高さん」

「いやあ、絶妙に外してると思って」


 どうしてか早速文句を垂れてきた。

 はて、一体どうしてか。

 体育の授業で嫌なことでもあったのかこのツインテール娘。


「運動も並みにできるし、勉強も結構できる。野暮ったくはあるけどやる時はやるし」

「そんな風に思われてるんだ……」


 思いの外好評価だ。


「顔も悪くないし、あたかも優良物件に見える」

「含みがあるな」

「――奇行を除けばだからね。休み時間に死んだ後のためのビデオレターの内容を考えるようなやつじゃなければ」

「そこまで変じゃないだろ」

「変だよ!?」


 思いの外低評価だ。

 高校生が遺書の内容を考えたっていいじゃないか。

 というかそんな理由でモテてなかったのか俺。


「世の中いつ死ぬかわからないじゃん。交通事故とか、飛行機がここに墜落してくるとか」

「そんな劇的なことは私達には起こらないよ。平凡に生きて平凡に死ぬの」

「普通が一番幸せってやつなのかね。でも、もはや交通事故は平凡なことだと思うけどな」


 一歩踏み出すだけで――何かもを終わらせることができる。

 そんなところが幾つもあるとも言える。そう考えればどこもかしかも危険なところばかりだ。


「ま、思想の自由は法律で認められてるけどね」


 適当に言って日高さんは弁当に箸を向ける。

 釣られるようにして俺も卵焼きをつついた。

 その間、愛は仲間外れされたと言わんばかりに不機嫌ムードを漂わせていた訳だが。


「海斗君はちょっと誤解されやすい性格してるだけだもん」

「誤解されちゃダメじゃん」

「折れに言わせてもらえば、付き合いが長ければ問答無用で好感度は上がると思うけど」


 俺と愛然り、日高さんと島崎然りだ。

 単純接触効果で片付けるつもりはないが慣れというのは重要な様子ではあろう。


 それはともかく、教室で女の子二人と昼食を摂るというのは目立つもので――俺じゃなくて彼女らがだが――視線に晒されてあまりリラックスすることはできなかった。

 なので飲み物を買いに行く、と言って教室を出る。



 冷水機で冷水をがぶ飲みして日向の、人気のないベンチマークに腰かける。人目がないので足でも組んでみた。

 気を抜いたからか深いため息が漏れる。

 変な汗もかいている。


「やばい……視線キっツいな……」


 人も目を合わせるどころか、見られることですら辛い。

 直接見られなくとも、隣に向けられていたとしてもだ。

 自意識過剰でも、そう意識してしまったら拭えないものだから。




 放課後――。


 体育祭の応援旗のデザインと、種目の分配について学級委員と話し合う。それを先生に提出し、オーケーサインが出ればクラスで取り組むことになる。


 形式的な段取りではあるが、たかだか高校の体育祭なので正直皆やる気はないだろうから凝る必要はない。

 拘るのは文化祭だけでいい。


「このクラスのスローガンの案は『清々堂々』でいいかな?」

「あ、うん……」


 体育祭にスローガンが必要なのかは疑問であるが、やれと言われたらやる。スローガンに関してはクラス単位で案を募っているのだ。

 正直さらさらやる気は出ない。


「――まあ、これくらいでいいんじゃないか?」

「そうだね。後は体育委員の風音かざねに任せようかな」


 陸上部と体育委員は毎年、馬車馬のように働かされる。そこまで大変ならそもそもやらなくてもいいと、思ってしまうけれど。

 まあ、御愁傷様だ。


 一通り決め終えたところで、愛が問いかけてきた。


「今度の日曜日って暇?」

「予定は入ってない」

「じゃあ、買い物付き合ってくれないかな。先月できたばっかのショッピングセンター」

「駅前のやつか」


 基本的怠惰の俺は重い腰を上げられるかが問題になる。土日なんかに惰眠を貪るのも悪くない訳で。

 とはいえ、昼休みやらに日高さんに散々揶揄されたので断るという選択肢は避けたいところだ。


「わかったよ。ちなみに誰が来るの?」

「私と君」

「二人きりなんだ……」


 何の不都合はない。

 むしろ他の人がいる方が気を遣って辛そうだ。

 思い返せば、愛と出かけるというのも存外久し振りだ。中学三年くらいの時に流れで一緒した以来か。


「じゃあ、準備しておくよ」

「デートだからよろしくね」


 大変嬉しそうに彼女は微笑んだ。




 体育祭の決め事を終え、登校と同じように愛と共に下校した。

 道中、不審者騒ぎがあったため制服の警官が街を巡回していたのを見たら、日曜の買い物が心配になった。


 日高さんに言わせれば、平凡な我々には劇的なことは起こらないらしいが、それならそれでいいと思う。俺は最悪を想定しているだけでしかない。



 その夜のことだ――時刻にして午後一〇時頃。


 南木市全体を揺るがす地震が起きた。

 小さな横揺れだったものの、いつもと違うような気がした。


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