⑰三人の門番
◎
新都心駅から徒歩二〇分のところに吉田邸はある。
普通の一軒家四棟分の敷地が柵に囲われ、そこに壮大な家屋が建っている。柵はトゲトゲで登るのは難しいというか痛い。ご丁寧に有刺鉄線まで巻き付けてあるのだ。
「裏世界を通るからここは関係はないけど……」
真倉さんの情報通り門の前には二人の黒服がいた。あからさま過ぎてここら一帯が不審な様相を呈している。
片方はグラサンを付けてないな。
こうしてジロジロ見続けてる訳にもいかないのでそろそろ作業に取りかかる。
作戦は簡単、まず説得。無理だったら強行突破。
「さぁ、行こうか裏世界に」
何度目かになる視界反転と青い景色。
南木市内ではないのでここら一帯は壊されていない。現実世界と何ら変わらない。
吉田邸に目を向けると――門の前に一人の女が立っていた。どうやらそいつが護衛らしい。
女は銀色のフレームの槍を持って暇そうに、柵に背中を預けてボーッとしていた。時折欠伸をしているので数時間前からいると思われる。
確認してから一歩を踏み出した。迷わずに飛び出した。
当然、門兵に気づかれる。
だがそれでいい。そうでなくては説得することができない。
「…………」
近づくにつれて、心臓の痛みが強くなっていった。それでも足は止めない。
正面までやって来た。
それでも門番の女は動こうとはしなかった。俺の顔を見て欠伸するだけ。
妙だ、何もしてこないいや、話し合いをするのだからありがたいはずだ。
不安を抱えたままおもむろに口を開けると。
「あ、あの――ぐぶっ……ぐばぁッ……」
発そうとした声に血が乗って出てきた。
あいにく何が起きたのかすぐにわかった。前もって相手の異能は知っていたから正体もわかる。
が――。
心臓にレーザー光線を撃ち込まれたことを理解して何になるんだろう。
自分の体が、重力に従って崩れていく。自覚的、というのは妙な気分だ。
「うあぁ……」呻き声が上がる。
超能力『装填式光線』。
二階の窓付近にいるやつに心臓を狙われた。それがわかっていたから第一の門番は何もしなかったのだ。
自らは何もしなくとも終わると思っていたから――つまりは油断だ。
「…………」
俺は、俺の心臓は貫かれてもこうして鼓動を刻んでいる。血は溢れているけど、体は動かせる。
門番の彼女がおもむろに近づいてくる。死体だと思って処理しようとしているのだろう。
「――……」
倒れてから丁度二五秒経った瞬間、起き上がって走り出す。
「――っ!」
「何!?」
完全に油断していた門番の女。
槍を構える時間は与えない。門番ごと正面の扉に飛び込んで無理矢理敷地内部に侵入した。
急いで玄関口に向かおうとするが、強めに地面に叩きつけたはずなのに女が足を掴む。
「ぐっ、離してください!」
「切り落とす……!」
もう片方の手に握られていたはずの槍はいつの間にか縮小してナイフサイズになっていた。
銀フレームで刃が普通のより小さいもの。手術とかであるメスみたいな形。
それは迷わず振り下ろされる。
また、同時に三〇秒の経過――つまり、窓からのレーザーのリロードも終了する時刻になった。同時攻撃をされる。
二階から先行の光が漏れる――。
「くっ、優先するは足だ!」
片手なら振りほどけるので、強引に女の手を蹴りほどいてナイフを避けた。
だが耳元で――蒸発する音。
右腕が上がらない、と思い目を向ければ首の一部と肩辺りがごっそりなくなっていた。
皮膚は熱でドロドロのため血も出ない。「――うっ」転びそうになったがなんとか踏ん張り前へ進む。
自分の異能のことは実感した今もわからないが、多分即死レベルじゃなきゃ何でも耐えることができる。
痛みも熱も遮断され届いていない。同時に傷も治る能力。既に千切れた腕が段階的に再生成されている。
玄関口にいる女の異能は『三撃切断』。
主な武器は両腕に付けている七〇センチの三本の刃と、一五センチの投げ鉄針。
異能は、斬撃を飛ばすこと。斜線上に入らないことで攻撃を避けることは可能。
真倉さんの情報のおかげで対策も万全だ。
一〇メートルの距離で一旦止まり腰を低めて相手の様子を伺う。再生を見られているのでおそらく、撃破よりも拘束を優先する。
二階からの『装填式光線』のリロードまで二三秒。
「……――」
膠着してる暇はない。後ろから槍使いが迫ってきている。
見えない攻撃だとしても避ければいいだけの話。当たって死なないなら臆する必要もない。
正面に疾走する。
玄関口の門番である少女はクローを構える。左右の刃を交差するように斬撃を飛ばしてきた。
軌道は見えないし、音もしない。
勘で避けるしかない。
「だが、見えなくともわかる!」
走り幅跳びのように右足で弾けるように跳躍する。
下方で何かが通過したような感覚――チラッ、と見れば脛に傷跡ができていた。
首を抉られても平気で走ってくるやつを見てしまったら、頭とか心臓を狙うのは躊躇うだろう――。
ならば選択肢は絞られる。だから跳んだ。
だが、着地しようとした時には既に鉄針が投げられていた。到達は着地のタイミングと同時。
今の回避も、相手油が断しているところに不意をついただけでしかない。実力はあちらが格上。
「だが――嘗めるなよ!」
ドスドスドス、という気色悪い音が体から発されてもそのまま走り出した。もう右腕は使える。
この距離なら斬撃の異能を使わず、直接攻撃してくる。
振り上げられる爪と、三白眼から放たれる殺気。迎撃して勝利を収めるのは今の俺には、というか一生できない。
――する必要もない。道を反れておもいっきり右側に曲がった。
斬撃は相変わらず見えない。
バスッ、と。
左腕から血が噴き出す。噴水の如く撒き散らして一帯を汚してしまう。
だが、今さらこんなダメージを受けても何にも感じない。
「くっ、何だこいつ!?」という爪使いの動揺の声を背中に受ける。
建物に面する位置まで移動することでレーザー攻撃を妨害しつつ、邸宅内部に入れるようなデカイ窓を探す。突破した二人も後ろから追ってきている。
やたら肩にダメージを受けたがどうにか第一関門はクリアしたと考えてもいいだろう。回復能力ありきってところがだいぶズルい気もするが。
「間取りも教えてもらえば良かったなっ」
リビングの大きな窓から家に侵入しよう。
軽く窓を叩いて強度を確かめて、懐から金槌を取り出して殴るように振り下ろす。
バキッという小気味音は鳴るが少しヒビが入っただけだった。最近のガラスはよくできてるな、おい。
もう少し都合の良いことが起きて欲しいところだ。
続けて一〇秒連打するがそれでも表面の部分しか削ることができなかった。
「おいおい……! ダメなのかよ!?」
続行は不可能と判断しその場から離れようとした時には遅かった。
既に、既に、既に回り込まれて、取り囲まれていた。
前門の虎、後門の竜。見上げればもう一つの門。登竜門とか?
三つの黒い視線に捕られる。
「…………」
流石にこの人数を相手取るのは無理ゲーだ。
ここまでしておいておかしいとは思うが、説得を試みてみる。
「ま、待て、待ってください! 話だけでも聞いてください!」
「…………」「…………」「…………」
ガン無視された。当たり前だ、これだけの大立ち回りで無害な人間だと判断してくれる道理はなあ。
壁を背にして左右に見渡せるように体勢を変える。どちらかと言えばの話で、前後は危な過ぎると思ったからだが。
爪使いの女は手を軽く回し――。
槍使いの女は中段に構え――。
そして――目配せをする。
踏み込みを見逃さなければ避けることはできる。だが、今回は仮に避けられたとしても追撃レーザーが飛んでくる。
どれか一発は攻撃を貰う覚悟をしなければならない。最低でも二つは受けるだろう。
槍使いの女の剣道の摺り足のような移動――一気に距離を詰められる感覚だが、武器の性質を理解すれば難しい問題じゃない。槍なら範囲は狭い。
よって爪使いを出し抜く必要があ――!?
「…………………………っ、あ――あ?」
先程、俺はちゃんと言っていたことだ。実力は『格上』だと。それは異能の強さだけではない。
理解していたはずなのに見える景色だけで判断してしまった。
だからこうして――先んじられて足が潰されているのも当たり前のはずだったのに。
「さっき手を回してたのは、俺の足へ斬撃を飛ばしてからかよ……!?」
今の俺は痛覚が限りなくゼロになっている。だから蓄積するような刺激に気づくことができなかった。
痛みというのは人間にとっての危機反応。それがなければ、いつの間に出血死することもある――これはそういうことだ。
見えない三本刃に目を奪われている間に、腹部に槍の衝撃が走った。
皮膚を突き抜けて異物が入り込む。
内臓を内側から抉られて、混ぜられる感覚だと思ったら実際そうされていた。絶妙に不快な角度で槍が刺さっている。骨の抉り方が秀逸過ぎだ。
「ぐ……ぐふっ」
二度目の吐血。
刹那――視界が揺れる。傾いて、傾きっぱなしになった。
爪による斬撃は俺の首を半分くらい切断したのだ。信じられない、言葉にできない夥しい血液が飛び出す。
「あ、あがッ……」
グラッと倒れそうになるが、その前にもう一つの、最後のアクション。これでもまだ足りないとばかりに。
全身を焼き尽くす特大レーザーが降ってきた。沸き上がる熱線に体が蒸発する。
「ぁ――」
貫通。切断。炭化。
怒涛の三連攻撃が放たれてボロ雑巾のような有り様。真っ黒に成り果て、崩れ落ちる。
今度の、今度こそは――って何回だこの台詞も。
だけど今回は本当に体が動かせない。意識以外の全てを刈り取られたような感触だった。
見事過ぎる三人組だ。即興だというのに対応も完璧。プロプレイヤー。
俺は彼女らに絶対勝てない。
でも――まだ心臓は動いている。
◎
おもむろに近づきながら二人は会話をしていた。
「こいつどうする? 真っ黒だけど、まだ生きてんのか?」
「どうするって、甦生系なら捕らえて閉じ込めるしかないでしょ」
「そりゃ、そうだけどよ。というかそもそも何者だったんだよこいつ。素人の割に良い動きしてたよな……ダメージ度外視だが」
「ここの主人に目的があるんでしょ。でも素人の若者に狙われるってどんだけあこぎなことしてたんだろうね。これだから人間の屑は……」
「そういや甦生系を高く買ってくれるところあったよな?」
「人身売買ね。でも最近色々あったから無理なんじゃない?」
「ああ『魔界』、『透明』か。確かに最近は怪しい、裏世界で何かが起こってるのかね」
「リーダーはどう思う?」
次の台詞は上から聞こえてきた。
「均衡自体は保たれると思う。影響力があるとは言っても異能使い二人の死で揺らぐような地盤じゃない」
「そうかもね」
「だがよ、立て続けに起こってるだろ?」
「誰かの裏世界の参戦が引き起こしたとことだと言いたいの? 例えばそこの無名の異能使いとか?」
「…………」
「…………」
彼女らは無言で一点を見つめる。
カチ、カチ――時計の針が時を刻む音。元を正せば構成している歯車の駆動音。
三人の視線が一点に集まった。
「もしかして生きてる……?」
「甦生系だからなあ」
「二人とも離れて。もう一度撃つから」
黄色の光線が降ってきた。真っ黒だったものがさらに真っ黒になることはなく、ボロボロに崩れるだけだった。
「炭化したら流石に甦れないとかあるかな?」
「でも肩に食らったのは治ってたろ……」
「ちょっとなら大丈夫とかあるかもしれないよ」
「そりゃそうだ」
カチ、カチ――歯車の鳴る音は止まない。心臓から刻まれていた。
「おい……!」
「これはバラさないといけないかもね」
「けっ、意味わっかんねーな!」
「曖昧なの嫌いだものね」
そう言って得物を構えて、容赦なく繰り出す。槍を突いて、爪を裂く。
ありったけの粉砕。
ガラス窓ごと破壊する一撃が見舞われた。塊はリビングのテーブルの上に無惨に乗っかる。
方法はどうであれ――家の中に入ることができた。モールス信号のように途切れ途切れだが意識は途絶えていない。
歯車は加速する。
「――ぐふっ……」
黒い皮膚が内側から崩れて赤錆色が析出した。体を動かそうとする度に金切り音が節々から聞こえる。
ここまで吹っ飛ばした張本人二人が窓から入ってきた。二階から階段を駆け下りる音も伝わってくる。
その前には――回復したい。
「こいつ……さっきよりも復活してね?」と爪使いが言った。
また「音も心なしか大きくなってるしね」続いて槍使いも言う。
リビングに繋がっている階段から降りてきたレーザー使いは「バラバラにしましょう」と言った。
冗談じゃない。むしろ冗談だろ。
絶体絶命かもしれない。
だが、ここに入ってこれたってことは無駄じゃなかったってことだ。
それがわかれば、努力できる。いつだって俺ができたことはそれだけだった。
積み重なったことを覚えているから絶対に負けない。
全身から表出した赤錆色からさらに亀裂が走る。
「――ようやくっ、ここまで来たんだ。終わってたまるか」




