⑯最後の最初
◎
アジトから自宅に帰ってきた俺はリビングにいる母親に思いの丈を伝える。裏世界のことを調べている合間も考えていたことだ。
「……転校してもいいかな?」
ずっと考えていた思うところの正体。
幼稚園から小学校、中学校、高校まで一緒に通った。でも、それも卒業しなくてはならない。
「忘れたいこともあるしさ……」
母は無表情を貫き通していたがやがて「……本当にいいのね」と訊いてきた。
その答えは当然は肯定。
「うん」
「わかった。どこに行きたいとか決まってる?」
「それはまだだけど……学力的には少しランクは下がりそうかな。それに場所については話し合わないといけなさそうだし」
結局はここから通いたくないからこういう提案をした訳で、少し遠く程度じゃ何にも変わらない。
家庭の事情を鑑みて決める必要がある。
それもかれも全てが済んだらだが。
「――そろそろ出かけるわ」
「また? どこ行くかくらい教えてよ」
「……ちょっと裏にね」
「裏って? 住宅街の?」
「そんなとこ」
知らなくてもいいことは知らない方がいい。これでもかと学んだことだ。それに何より心配をかける訳にはいかないから。
スマホを起動する。
「真倉さん、次お願いします」
◎
某喫茶店に慣れたことでマスターとはあたかも友人かのように接していた。
奥の部屋にて、最後の関係者について知らされる。
「最後の人物は単純に言えば金持ちだ。勿論、現実世界においてだ」
「現実世界の金持ちが裏世界で悪巧み、ですか」
「そんな感じ。だがまあ、基本暴力の世界だからそんなに上手くはいかないんだけどね」
「持ってる異能に依存するって感じですか。名前は?」
「急かしたがり屋だな。そういうやつはモテないぞ? 名前は吉田浩二郎。あの吉田産業の社長だ」
「はあ……」
無知な高校生、結城海斗だ。
知らない企業だがある程度の知名度があると思っていいだろう。そんな人も裏世界で暗躍しているとは。
「しかし、ここで問題が発生するんだ」
真倉さんはわざとらしく手を広げてそう言った。
「問題というと?」
「顔見知りではあるんだけど……なんというか連絡先を知らないんだ」
「…………」なんともコメントしづらい理由だ。「じゃあ、無理ってことですか?」
そう問うと、否定の言葉が返ってくる。
「可能ではある」
「いやに遠回しですね。なんかそういう嫌いがありますが、普通に言ってもいいですよ」
「そんな回りくどかったかな? だが、可能でなくちゃここで話してないしね」
「そうですけど。冗長ではありますね」
今は若干気が立っているから一々反応してしまうのかもしれない。危うく最低人類になるところだった。
「可能ではあるが、限りなく不可能に近いって言いたかったんだよ」
「難しいってことですよね?」
「そうだ。俗に言う運ゲーってやつだよ」
今さら運ゲーと言われても、運良く生き残ったばかりだ。常に試されているような気がする。
それに無理ゲーではないらしい。
「さしずめ――『表裏切り替え型潜入任務』といったところかな。概要を説明する、心して聞くように」
脈絡に逆らうように、心底楽しそうな表情を浮かべていた。
それがどうも怪しく思えたのは初めて だったかもしれない。なんとなく不安が募っていく。
陰口は言わない、代わりに直接暴言を吐くタイプ。
なんかそういう危うさを感じた。
話を聞いた後――。
「今説明した通り今回こちらでできることはほとんどない。作戦を考えるのも、実行するのも、危険を冒すのも君だけだ」
責任があるのも、取らされるのも俺。これも今さらだ。
「そんなのはここに来たときから思ってましたよ……幸運には期待しない」
「そうかい。君がやるべきことは吉田浩二郎に会うこと、そこに行くまでが肝になる」
「それが潜入ってことですか?」
「ああ。彼の邸宅に忍び込んで、俺と通話させることができれば協力してくれるだろう」
「真倉さんに繋げるんですか……」
「いろんなものを貸してるからそこらの心配は無用。そのやることってのは住居侵入だが、金持ちだけあって護衛がいる」
護衛――そういえば栞ちゃんはあれからどうしたのだろう。赤岩さんがちゃんと 持って帰ったのかな。
いや、持って帰ったというのは言葉のあやで深い意味はないけど。
「俗に言う黒服ですか」
「はっはっはっ、面白いこと言うな。現実世界においてはそうだ」
「つまり……」
「――裏世界にも護衛がいる。当然異能使いだ」
現実世界には格闘技を使える精鋭兵、裏世界には容赦のない異能使い。一介の高校生一人が突破できる相手じゃない。
「そのための潜入ですか……キッツいですね」
「だろうね。現実世界と裏世界を縫うようにして邸宅に侵入する。だが片方の世界にいる時はもう片方の世界の情報を得ることはできない――これが運ゲー」
つまり、突然現れて鉢合わせするなんてこともある訳だ。バレたら逮捕又は、爆発。
本当に逮捕されて、本当に異能で爆発されるリスクがある。
「護衛の人数は確かめてある。現実世界では、入口に二人、裏口に一人。プラス玄関口に監視カメラ。裏世界は入口に一人、玄関口に一人、家の中に一人だ」
「監視カメラですか……」
「異能使いよりも監視カメラを気にするとは」
「そんなつもりはないですっ、ただ現実世界となるとまた勝手が違いまさし」
異能のことを知ってからだとちゃちいと思ってしまうが、犯罪として完全無欠の証拠になり得る。
「……てことは玄関までは裏世界から行かないといけないじゃないか――と思ってるだろ?」
あたかも俺がそう思ってるかのように真倉さんは言ってきた。そう思ってたけどさ。
「監視カメラと言っても死角はある。首が回っていたとしても障害物があったら意味はないのさ」
「そんな障害物があると?」
「木が生えてる。その影を伝えば十分近くに寄ることはできる」
「随分と古典的な方法ですね」
ステルスゲームか。
それだってどこにあるかわからない状況から始まる。直近の難易度は変わらない。
しかし、現実的ではある。
でも住居侵入は罪悪感に来るものがある。どんな理由でも犯罪を是とする訳にはいかない。
故に迷う。迷って、悩んで、頭を抱える。
「…………」
「そんな長考してどうした? やっぱり辞めるかい?」
嗜虐的な笑みを浮かべながら真倉さんは言う。ねぇどんな気持ち、と問われるように。
「――仕方ないか、これは……やりますよ」
「それなら良かった」そう言い、胸ポケットから四つ折りにされた紙を取り出す。
開くとB5サイズの紙。
「ここに護衛をしている異能使いの情報を書いておいた。君は喜ぶかもしれないが全員女子だよ?」
「喜びませんから……俺が女好きだと思っているのなら是非とも改めて欲しいですね」
「そうかな? 藤堂さんの時とか『や、やべえ、可愛い!』とか思ってたんじゃないのか?」
「別に思ってもいいじゃないですか。実際可愛かったんですから」
「そういうとこ、チキン野郎ってことだよ」
「赤岩さんがいたじゃないですか……そんなことより手書きなんですね」
結構字が綺麗だ。ボールペンで名前と年齢、異能詳細が書かれている。
よくもこんな情報を手に入れたものだ、と関心するばかり。
なんてのは筋違いか。完璧に個人情報だ。悪巧みにしか使い用がない。
「書面というのは現実世界においてはそれが一番安全だからね。裏世界には千里眼みたいなこもをするやつもいるのさ」
「いつも見られている、だけど自分はそれに気づけない……かなり怖いですね」
「それが俺の腕の見せどころさ。まあ、怖いと言ったら現実世界でも一緒だよ。今の時代、衛星は新聞の見出しを拡大して読めるみたいだから」
「……警察の捜査とかに使えたら便利ですね」
「悪用するにも便利じゃないか」
決行は早い方がいい、時間帯は裏世界経由ならいつでもいい。準備もしなくちゃならないし昼過ぎぐらいにしておこう。
軽く息を吐いてから席から立ち上がる。
「では、これくらいにしましょうか」
「……次で最後かな?」少し惜しそうに訊かれた。
「ですね」
ポケットに紙切れをしまって扉を開け、俺は振り向かずに告げた。
「まあ、なんというか――ありがとうございました」
「俺と君の中じゃないか……それに一万円は貰ったよ」
「ちゃんと覚えててくれたんですね。あんな安い額でこんなにしてくれたんですから、お礼も言いたくなりますよ」
「そうか。なら精々頑張り給え高校生」
嬉しそうに聞こえたからきっと笑っていたのだろう。こちらとしては死にに行くようなもなのに、随分気楽なもんだ。
俺の話だから他人事なのは当たり前だが。
そろそろ迎えてくれよ、エンディング。
「……行くしかないんだから」
踏み出した足はぐらついていない。これでもかと地を踏み締める




