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リバース・ワールド・クリエーション  作者: 冷やしヒヤシンス
一章 裏と表のプロローグ
15/89

⑮都合の良いこと

 

 ◎


 闘志は十分。

 恐怖は勇気で覆い包んだ。逃げようとは思わない。


 十字架を握った腕を空へ掲げる。裏世界の青い太陽に重なるように伸ばした。


 それは――勢いそのまま綺麗に回転しながら俺の足元に落ちる。


「――ん、あれ、落ちた……?」


 あ? 何だ?

 赤い池が、ほろほろと広がっていく。

 知覚したのは『軽さ』だった。明らかに物足りない右腕に違和感を覚えた。

 あたかもいつも着けていた五キロの重りがなくなったように体のバランスが崩れる。


 それから数刹那、遅れるようにして気づいた。知覚した。

 俺の腕が――。


「ぐっ、ぐっ、ぐぅぅッ……」


 理解した瞬間、痛みの暑さのアラートが全身を駆け巡った。喉が内側から破られるような怒号を上げる。

 脳内血管が熱によりドロドロに溶けて神経が


「があああああああああああああああああああああああああああああッッッ――ぐぅッ!?」


 神経を薄皮に削られるような感覚。

 とにかく――この世のものとは思えない激痛が駆け上がる。


 愛の件で叫びに抵抗ができたのが悪かった。咆哮が恒常化したために痛みを麻痺させることができない。意識を保ちつつ激痛激熱に苛まれることとなるのだ。


 地面にうずくまり血に沈んだ。沈んだのは自分の血にだ。


「勇気君!?」という栞ちゃんの声が聞こえたけど、まともな反応を返すことができない。どうしても我慢することができない痛み。


 ザッ、ザッ――と足音。

 考えうる最悪の状況となってしまった。

 俺も、栞ちゃんも倒れ――。

 そして、立っているのはこのスーツの男だけという状況。

 俺のそばまで寄って彼は言った。


「何かしようとしていただろ? 見逃すつもりも待つつもりもない」


 俺の倒れてる場所の少し後ろのアスファルトには一本の槍が深々刺さっていた。

 高速で打ち出して俺の腕を抉ったらしい。


「――があぁ……っ!」


 油断していたのは俺だけだった。

 素人の俺にも間断なく注意を払い続けたこの男。

 ならば、これはなるべくしてなった結果。最初から徹頭徹尾負けていたのだ。


 後退して待ちの姿勢を取った時点でどうしようもなく終わっていた。


 意識が遠退いていく――。

 出血し過ぎた。意識の遠退き方が想像以上にヤバい。痛いけど、眠るように糸が緩んでいく。

 栞ちゃんは涙流しながら叫び続けていた。でも、耳は器官としては最後まで残るらしいが聞こえない。


 俺にできることなんてないどころか、女の子を泣かせてしまうなんて。

 幼馴染に何と言われるかわからない――。

 黒いスーツの男に止めを刺されるまでもなく、命の灯火は消えていく。


 憎悪の感情はない。ただ悔しい。


 結局俺はこの物語に関わる資格がなかったということが。

 前に生き残ったのもただの偶然。俺が選ばれたものだとかじゃなく、運が良かっただけの凡人。

 そう思ったら、情けなくて仕方がない。

 ここが引き際なのかもしれない。


「…………ぁ」


 正真正銘、出血性ショックによる絶命。


 俺は『重装結界インフィールド』と『槍操掌握ランスコマンド』の戦闘の結果は知らない。



 ◎


「奇跡的というかなんというか……」


 真倉さんはそう言った。


「良かった……本当に良かったですっ!」


 泣きながら栞ちゃんは言った。


「使えんやつだな」


 赤岩さんはそう言った。酷いな。


 という訳でなんか生きていた。

 死んだと思っていたら生きていた。


 どうやら、いつかに真倉さんの言っていた、俺こと結城海斗が所持する異能のおかげらしい。


 そのスキルが俺を助けてくれた。元々俺のだから助かったと言うべきか。一命をとりとめることができた。


「ご都合展開極まれりって感じじゃないか?」

「そんな運が良かった、みたいな状況じゃなかったですよ」

「そうだろうね。君達が戦ってたのはこの道では有名な殺し屋……君の幼馴染程じゃないが恐れられているやつだからね」

「そんなやつがまた何故あそこに……」


 真倉さんは何でもないことのように言った。

 俺が会おうとしたやつが誰からも恨まれるであろう泥棒なら、殺しの依頼をされててもおかしくない。


 けれど、タイミングが絶妙過ぎたような気がした。偶然にしては運が悪過ぎる。本当に運が悪いだけなら泣きたくなる。


槍操掌握ランスコマンド


 一〇を超える槍を思いのままに操作することのできる異能。

 強力な威力と人間の反射能力を超える速さ。


「しお……藤堂さんは大丈夫なんでしょうか?」


「見ての通りさ」と親指で隣指し示す。


 ここでようやく俺がどこで横になっているのか気づく。無機質なコンクリートに囲まれている空間にベッドが二つ、俺が使っているのと栞ちゃんが使っている物。


 栞ちゃんも横を向いていて顔が合った。頬にはガーゼが張り付けてある。


「大丈夫――ではないよな……」

「私のはただのかすり傷ですから」

「それは擦過傷って言うやつだから」


 よく見れば首もとや腕にも包帯が巻かれていて服には血の痕が鮮明に残っていた。

 俺がどう選択しようと何も変わらなかったと思うが、申し訳なさが先に立つ。後悔は先に立たないのに。


「それより勇気君」と神妙そうに言う栞ちゃん。


「どうしたの?」

「どうしたの、じゃありません。その腕のことです」

「ああ――これかあ……」


 紛うことなく俺の右腕。

 傷跡も残さずに完全にくっ付いている右腕。

 黒い槍で切断されたはずの右腕。

 何の問題なく、何事もなかったかのようにくっ付いていた。もし記憶が飛んでいたら切られたことにさえ気がつかなかっただろう。


「俺は寝てしまったからわからないっていうね……」

「取れた腕を近づけたら勝手にくっ付いてしまって……流れた血もいつの間にか消えていて」

「それで輸血はいらないって訳か……で、真倉さん」


 こんな時の真倉さんだ。

 言語道断、一切合切、完全無欠の答えを出してくれるだろう。


「何でも屋みたいに扱うなよ。わからないこともあるさ」


 やれやれ、と言わんばかりに首を振っている。

 期待した俺が阿呆だったな。今日判明したことだ、わかるはずもない。彼は何でもは知らない人だ。


「でも今回は結果通りに理解すればいいと思うよ。当たり障りない回復系、時間を戻す系の能力ってとこだろうさ」

「回復、時間を戻す……発動条件が死ぬとかだったら使えないにも程があるな」


 甦ったところでまた殺られるだけだ。

 あるに越したことはないだろうけど。


「そういう訳で気絶してた訳ですが、敵の方は……?」


 そりゃ、栞ちゃんが生きてるのだからなんとかしたんだろうけど事実確認はしておきたい。


「護衛である彼女がきちんとやっつけてくれたよ」


 やっつけたってな……言い方ってもんよ。


「それは……わかりますが。実際いる訳ですし」

「必勝法を使って勝ったとだけ。彼女の名誉のためにこれ以上は言わないでおくよ」

「…………」


 意味深なこと言うくらいなら省略しててもいいのに。逆に気になるっての。

 悪癖みたいなものなのかな。

 後、訊かなければならないことは――。


「誰がここまで運んできてくれたんですか?」

「赤岩さ。藤堂さんを背負って、君も引きずってここまで来たよ」

「……素直に感謝していいものか」


 当の赤岩さんは壁に背を預けて腕を組んでいる。やがて鋭い眼光を俺と真倉さんに向けた。

 あれ?


「なんか……真倉さん怪我してませんか?」

「はっはっはっ、バレた?」


 睨まれてても、怪我してても楽しそうだった。なんか人生楽しそうだな。羨ましくはないけど。


「衝撃に耐えきれなくてね。お陰さまで松葉杖がなくとも歩けるよ」

「そこまでのダメージなんですか」

「流石に直撃したらね……」

「直撃したんですね……どういう状況ですか。核爆弾に当たったたんですかね」

「はっはっはっ、本当にそれだ」


 一瞬、赤岩さんの睨みが強くなったような気がしたが、いつも通りか。

 でも、運んでくれたんだからお礼はしないいけない。


「あの……ありがとうございます赤岩さん」

「…………」


 目線だけで華麗にスルーされたが反応してくれただけマシか。

 ポケットに入ってるスマホが壊れてないか確認してから、時間を見る。

 午後もいい時間帯、そろそろ帰らなければならない。丁度良く起きれたようだ。


「……色々ありましたが、帰宅してもいいでしょうか?」

「そんなのに許可がいるのかい?」

「ただの確認ですよ、ダメだった場合の」

「そうかい。考えを整理する時間も必要だろうし、いいんじゃないか」


 むしろ、疲れ過ぎてすぐベッドに入ってしまいそうだが。

 適当に頷こうとしたら「いや……」と彼は続けた。


「今回のことは……本当に申し訳ないと思っているッ」

「台詞のチョイスはわざとなんですか……」


 渋い声にして言わなくてもいい。


透明インビジブルが何者かに狙われることは、想定してなかった訳じゃなかった。こういう結果をもたらしたことには本当に申し訳ないと思う」

「……結果オーライですよ」


 これだけで済ませるのはあっさりしてるとは思うけど、過ぎたことを言っても仕方ない。それに反省してるなら怒る必要もないから。


「気にしてないって言ったら嘘になりますが大丈夫です」


 俺の被害は限りなくゼロに近い。

 あるのは嫌な感触と記憶のみだ。これは心の問題、誰かのせいではない。


 それと比べて栞ちゃんは実害がある。俺よりも彼女の方が心配だ。

 横になっている栞ちゃんに話しかけた。


「……怪我はしてるけど、無事に帰ってこれて良かったよ。こんな俺なんかの護衛をしてくれてありがとう。それとごめん」

「そんなこと言わないでください。守れなかったのは本当のことですし、謝らなければならないのは私です」


 栞ちゃんは良い娘だったということで。

 帰るのが遅くなると母親を心配させてしまうので、というか今の時点でも、場所に言わずに出掛けてるので心配をかけているので早く帰れるならそうしたい。

 俺はまだ一七歳だから。


「じゃあ、ってここはどこですか?」

「とある病室……というのは冗談で、俺のアジトの一つ。南木市内だからすぐに道はわかると思うよ」

「それは重畳ですね」


 情報屋のアジト……ちょっと新鮮かもしれない。病室があるってのがなかなかカオスではあるものの。


「今度こそさようなら」

「ああ、また機会があれば」


 部屋を出てすぐに階段があったのでそこを上ると、鉄の扉があり、開くとそこは瓦礫の中だった。

 地下を改造したということだろうか。


「…………」


 こんなんで場所なんかわかるかよ。

 どこにも道はない――。



 ◎


 思うところもあり、学校は休んでいたけど二週間を超えるとなると流石に現実的にまずいことになってくる。

 学校からは電話がかかってきた。

 八神家は引っ越ししてしまうし、どうなるのかわからない。


 そういう訳での思うところだ。

 その時は母親が説明をして急場は凌げた。


 結局昨日は目ぼしい情報を得るどころか死にかけるという事態に陥った。

 思い出してみても、あれがどういうものなのかいまいち理解できない。


 異能と異能による戦い――。


 敗者はきっと死んだんだろう。

 勝者が息の根を止めたんだろう。

 生きるか死ぬかしかないのかもしれないけど、だからこそ関わりたくなかった。

 話し合いじゃ解決できないことあるだろう。

 けど――。


「反実仮想だよな……」


 起きてしまったことは仕方ない、と思っているのにどうしても考えざる負えない。


 もう、ここまで来たら真実を知りたいとか言ってられる状態じゃない。まさに命がいくつあっても足りないというやつだ。生きることすら難しい。


 もう――何かも忘れたい。

 今なら引き返せる。確実な安全を確保することができる。


 それでいいのか?

 悪くはない。

 悪くはないってどういうことだ?

 良くもないってことだろうな。どちらにしても後悔する選択になる――。


「――なんて。無傷で目的を完遂する、これだけが唯一後悔しない方法、だよな」


 無傷とまでは言わない。

 あんな世界なんだ、ある程度の損失は覚悟しなければならないだろう。そこは努力で減らすしか方法はない。


「やるか、やらないか」


 今までみたいに楽観思考で考えてならないことだ。

 だけど、愛はずっとこの世界で生きてきたんだ。


「馬鹿だな……どうしようもない馬鹿だな俺は」


 後悔はするはずだ。

 やって後悔する。

 やって後悔するか、やらないで後悔するかなら俺はちゃんとやって後悔する方を選ばなくてはならない。


 俺の知っている愛ならそう選択する。世の中無駄なことなんてないって証明しなくちゃならない。


 時間の無駄だなんて思わない。

 命の無駄だなんて思わない。

 想いの無駄だなんて思わない。


 馬鹿な選択か?

 いやいや、大馬鹿だ。天上天下を見回してもこんなやつはいないだろう。宇宙中を探し回っても二人くらいしかいないだろう。


 でも――馬鹿で悪い理由はない。

 馬鹿は馬鹿な人生を送るだけ。ならいいさ。それが最終的に後悔しない選択肢になる。


「十把一絡げに解決するまでは――逃げずに戦う」


 それが、俺のできることってやつだろ。

 散々迷った。戻ってきたに過ぎない。だが、絶対に引き返さないと覚悟を決めた。


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