⑭暗殺者 槍操掌握
◎
大きな振動が鉄骨の階段を揺さぶる。足を乗せている鉄板が軋み、バランスが崩れた。手すりを掴むもネジが外れたようにグラグラして使い物にならなかった。
最終的に栞ちゃんの手を握ってしまう程。
音源はほんの少し上。
屋上以外にありえない。
早鐘を打つように心臓が暴れ、全身をとめどなく駆け巡る血液。
瞬間的に意識が超集中状態まで引き上げられる。
「……栞ちゃん、『透明』の人ってこういうことできる人かな?」
「無理だと思います」
「じゃあ、誰がやったんだろうね」
「…………」
それがわかればどれだけ楽な話か。結局自分の足を動かすさかない。
「――上るしかない。今、真実を確かめなければこの後行き詰まる」
「……わかりました。ですが先に行くのは私です、私の後に着いてきてください」
「ああ」
一歩一歩踏み締めて残り少ない階段を上がっていく。音を小さくしようとすればする程足が震えて振動を伝える。
「落ち着いてください」
察した栞ちゃんが励ましてくれた。
「大丈夫……まだ、大丈夫だから」
あたかも大丈夫じゃなさそうに聞こえるかもしれない。実際八割方大丈夫じゃない。
それでも度胸と意地だけは絶対に曲げられない。階段を上る。
壊れている自動ドアを背にして屋上駐車場の様子を見てみた。視界内には誰もいない。
「ここの裏ですかね」
エレベーターホールのある箱の外側のことだ。
嫌な予感。嫌な悪寒。嫌な俯瞰。
茹だるような熱味に脳が溶け出る感覚。
ふと、手に甦る暖かさ。
「ここで待っててもいいですよ」
「いや、行くよ……」
自然握る力が強くなる。
煙が漂ってきた。おそらく先程の衝撃でコンクリートが破壊されたからだろう。
そんなことをしでかすは異能使い以外にあり得ない。
駐車場に面している扉から出て、回り込むように後方へ歩いていくと――。
あ…………………………目が合った。
すぐに視界は黒に埋め尽くされる。黒い点が目の前に迫っていた。
「は……?」
黒い点が、黒い点が、迫っていた。
何かがこちらに向かって飛んで来ている。数秒せずに目下まで到達する。
瞬間に栞ちゃんが俺の手を引き、に立ち塞がるようにした。
「『重装結界』!」
栞ちゃんが叫ぶと菱形の半透明水色の盾が現れ、迫る黒点――否、黒の槍を弾き返した。
俺は、腰が抜けてその場に座り込む。
女の子に助けてもらうなんて恥ずかしい、とか言ってられるレベルではない。
俺は散々鈍感と言われていたが、さっきの人物から向けられたのは殺意だったことはわかる。
そして、その男の足元には真っ赤な真っ赤な池がある。そこに浸かるようにしている何か赤黒く、悪臭を放つ何かは――。
「うっ、うううううっ――心臓がっ……!」
胸が痛い。まただ、また捻られる感覚が襲ってくる。
注意をあちらに向けながらも栞ちゃんが「大丈夫ですか?」と訊いてくる。軽く「大丈夫じゃない」と答える余裕もない。
胸を押さえながら状況の成り行きを見守る。
一八〇センチくらいはありそうな長身にオールバックとメガネ、灰色のストライプスーツが思いの外似合っている男だ。サラリーマンの鏡みたいなやつ。
何より殺気がおぞましい。
ポケットに手を突っ込んで何かを踏み台にしている。何かというのは所謂、骸というやつだ。
誰かのは言うまでもなく透明だろう。理由はわからないが――殺されていた。
俺のことは眼中にも入れずに栞ちゃんを狙っている。ただ突っ立ってるだけにも関わらず俺にまで凄みが伝わってくる。
「下がっててください勇気君」
「ああ、わかった」
道中とは比べ物にならないくらい真剣な声色の栞ちゃん。それは俺も似たり寄ったりだとは思う。
ゆっくりと、立ち上がる際もスーツの男から目を離さなかった、むしろ離せなかった。
その口が動いたことも勿論見ていた。
「『槍操掌握』」
だからこそ――心の芯から震え上がる。
いつの間にか彼を囲うように一〇本の漆黒の槍が宙を漂っていた。
青い太陽の光を反射して煌めく槍は、目で追うのもできない速度を出し、列を為しながら栞ちゃんを突き刺そうと向かっていく。
対して彼女も指を鳴らして言う。
「『重装結界』ッ!」
十の槍を、十の壁が的確に受け止める。
槍は弾かれた後に再び男の下に集結した。自動追尾だけじゃなく、意思による操作も可能。
そして、栞ちゃんの異能は防御結界。
おそらく自分から一定位置の攻撃を防ぐというものだろう。
俺は今に心臓を押さえる。さっきから心臓の痛みが収まらないのだ――。
やがて黒スーツは声を放つ。
「誰だお前ら?」
当たり前の質問だが、それはこちらの台詞だ。俺達よりも早くここに辿り着いて目的の人物をばらしたのだから。
「……」栞ちゃんは答えなかった。
男はそんな反応を歯牙に止めず「ふん」と鼻を鳴らして――。
「――そういうことか」と呟いた。
さっきまでの困惑は完全に消え去っている。この黒スーツの男は何故こういう状況になったのかわかったかのように。
実際そうなんだろうけど。
察しが良すぎるのか、情報を持っていたのか。
「ふん、若いな」
馬鹿にするように言い放つ。
ブン、と音がした。
続くように激突音が響いてくる。栞ちゃんめがけて槍が上空から落ちてきていた。鼓膜を破られたかと錯覚する威力。
だが、栞ちゃんはちゃんとガードできている。
「いや――八本だけしかない!?」
よく見ると黒の槍が二本足りない。そこら辺に浮いてる訳でもないなら、既に――。
大外回りで栞ちゃんに向かってきている。
「栞!!!」
「大丈夫です」
背中に向かって曲線を描きながら迫る槍に目を向けもせずに答えた。
結果としては、言葉通り大丈夫だった。
背中側にも水色の菱形のバリアが展開されて槍を完全に弾き飛ばした。
「全範囲自動バリア……これが、『重装結界』か!?」
半端ない魔法だ!
見た目はどちらかというと超能力のようだが、そんなのはどちらでもいい。付け入る隙のない異能だ。
付け入る隙のない――?
どこかで聞いた言い回しのような気がする。
続く黒槍の連撃も悉く打ち落とした。
護衛は伊達じゃない。流石三倍。
しかし、こうして見ていると明らかなで致命的な問題が浮上してくる。いや、こんな遠回しに言う程じゃない欠陥だ。
攻撃ができていない――。
「…………」
いや、どうしようもなくね? っていう。
確かにこれなら負けないけど、勝てもしない。現状詰んでるようなものだ。
栞ちゃんはスーツの男と相対し続けているため声をかける訳にもいかない。
「一応、真倉さんに連絡しておくか……」
さらに離れたところの建物の影でスマホを起動した。連絡先は初めて出会った頃に交換している。
コール音がしばらく。
一分以上鳴らしてようやく繋がった。いきなり笑い声が届いてくる。
『はっはっはっ、どうしたんだい結城君?』
「ピンチなんで助けてください」
いきなりなんか楽しそうな笑い上げているのが癪だったので、とりあえず過剰に言ってみた。
けれど――。
『悪いけど無理そうなんだ』
「何でですか!?」
『ピンチなのはこちらも一緒だからさ』
「……まさか異能使いですか……?」
『そっちも大変そうだね』
彼が言ったところで何か不穏な音……バキィッ、というこちらのバトルと似たり寄ったりなえげつない音声がスマホから飛び出した。
「大丈夫ですか!?」
『君は余裕そうだね』
「いやいや、本当大丈夫ですか?」
『こっちは軽く死にかけるよ。そういう訳だから助けには行けない。片が付いたとしても支援はできないから』
「ちょっと待ってくださいよ!」
『まぁさあ、そんな時頼りになるのが護衛だから。とにかく頑張ってくれ、俺も――』
「勝手に切らないで……」
途中で通話が切れてしまった。こちらとどっこいどっこいの目に合っているらしい。
真倉さんのことだからなんとかするのだろうけど。でも、それではこちらの問題はどうにもできない。
真倉さんを経由して赤岩さんに連絡が取れればすぐ駆け付けただろうに。
「できなかったことを嘆いても仕方ないか……」
視線を戻して二人の戦闘を眺める。
藤堂栞――『重装結界』。
黒スーツの男――『槍操作』。
どちらも人知を超えた力の持ち主。
槍による圧倒的攻撃。
壁による絶対的防御。
矛盾なんて言葉が思い浮かぶが、起こっているのはただの均衡でしかない。
どちらも決定打に欠け、どうすることもできない状況。
それは観測者である俺以上に、当人達は理解しているだろう。
分類として超能力は『自分の体力を減らす』というのがある。魔法の場合は『空間の気を使う』と。
スーツの男は超能力。栞ちゃんは魔法。
魔法の場所による制限、超能力の体力による条件。
どうしても――この勝負は根気比べということになる。
「俺に何かできることはないのか……!」
力を持たない無能でもできることとはなんだ。
石を投げつけるとかか?
冗談キツイぜ。本当に何もできないじゃないか。
ただ待つことしか……それはとてつもなく悔しい。だが感情論でどうにかなる訳はない。実際の行動を伴わなかったら結局サボってたのと同じだ。
「…………」
できることは自分に失望しながらただ祈るのみだ。
栞ちゃん頑張れ、と思いながら瓦礫から顔を出した時だった。
バキッ――と。
端的に言えば、結界のバリアが破られた音。破壊の衝撃で栞ちゃんは後方へ倒れてしまう。
バリアの衝撃吸収の上限を超えたのか!?
「ぐうぅ……」
起き上がろうとしている時には、黒スーツは――いつの間にか黒の槍を手に持って構えていた。一〇本の槍と別のもう一つを掴んで強襲する。
瞬き一回もしない間隙に何もかもが起こっていた。
「くっ……」
栞ちゃんは倒れた体勢からの横転がりと結界で攻撃を防ぎきって、なんとか状態を起こした。
戦い慣れしている――。
達観したように見詰める男は槍を持ってない手を首にあてて擦りながら言う。
「能力強度がこちらの方が上だとわかった。もう終わりだ、面倒だから抵抗するなよ」
余裕の宣告。さっきの連撃も本気ではなかったというのか。
首から手を離し、指先が上から下へ振り下ろされると、一〇の槍が真上から叩き込まれる。
一点集中の縦による一撃。ピンポイントで威力が上がっている。
結界の能力の原理はわからないが先程のように壊れる未来は目に見えてるものだ。
どうやって乗り切るのか、それとも――。
「こんなことしてる場合じゃない……こんな時のためだろ、希っ!」
ポケットから黄金十字架のペンダントを取り出した。
曰く、『ピンチの時に使えば大抵なんとかなる』という代物。
何が起こるかわからないが使うタイミングはここしない。右手に握ってイメージする。
全てを解決する黄金時代の力が秘められているはず――。
「…………………………………………あれ、」
使えなかった。
そもそもイメージってなんだ? 何のイメージをすればいいんだ?
取扱説明書も付けておいてくださいよ希さん。
槍は容赦なく栞ちゃんに向かって降り注いだ。コンクリートが砕けて煙が上がった。
うっすらだが煙の向こうに水色の何かが浮いているのが見える。結界は生きている。
「栞ちゃん!?」
だが、彼女が無事という保証にはならなかった。
そこにいるのは傷だらけになって、それでも戦い続ける少女。とても見ていられない赤さを纏っている。
頭から、腕から、足から、背中から、腹から、その他から。
足元をおぼつかせながらそれでも相対しようとしていた。
こんな姿を見たら、見せられて、何もせずにいるなんてできない。
闘志が恐怖を塗り潰した。
黄金の十字架よ――力を貸してくれ。
今ここでやらなきゃ、一生後悔してしまう。それもまただ。二回目なんて真っ平ごめんだ。
後悔はもう十分。深呼吸をし『槍操掌握』を見詰めて俺は告げる。
「俺は、戦う――!」




